1. 地方独立行政法人化の経緯と現状
(1) 独法化まで
2007年10月、青森県当局は、工業、農林、水産、食品の4部門を統合し、単一の一般型地方独立行政法人を2009年4月に設立するという基本方針を決定した。独法化の狙いとして、試験研究機関の自律性や自主性を高め、弾力的、効率的で透明性の高い運営を確保すること、工業系と農林水産系を統合することにより、両分野の連携を強化することが挙げられた。職員の身分については、本人の希望を聴取し、身分移管を希望する場合は法人職員、希望しない場合は、三セク派遣法に基づき、県職員の身分を持ったまま法人に派遣することが示された。
青森県職員労働組合では、事実上休眠状態にあった研究職評議会の活動を再開し、県当局との交渉等に臨んだ。試験研究機関の職員を対象としたアンケートの結果は、様々なデメリットを懸念する声が多く、独法化に対する反対意見が大多数を占めるものであった。役員が各試験研究職場に入り、意見集約を図った結果、反対の立場で対処しながら現実的な対応をしていくことには理解が得られたが、身分や勤務条件について不安を訴える声が強く、後述するように、研究機能や県民へのサービスの低下を懸念する意見も多数出された。
2008年4月、庁内に専任の独法設立準備グループが設置されるとともに、設立調整委員会が立ち上げられ、独法の制度設計が進められた。8月には独法移行後の身分や配置に関する職員の希望聴取が開始された。その後、国への認可申請と県議会における定款、中期目標、及び初年度運営費交付金の議決を経て、2009年4月に「地方独立行政法人青森県産業技術センター」が発足した。
(2) 独法発足時の状況
独法化に伴って、農林系の2場所、水産系の1場所が廃止または統合となり、食品系の1場所は行政機関に改組された。県有財産のうち、土地や建物は独法に承継または無償貸与、備品は無償譲渡された。正職員の人員数は376.5人となったが、身分移管でプロパー職員になった人は少なく、県からの派遣職員を選択した人が多かった。また、派遣にも同意せず行政機関に異動した職員が少なからずいた。発足時の「地方独立行政法人青森県産業技術センター」の概要は下記のようなものであった。
① 組 織
・一般型(非公務員型)地方独立行政法人
・本部事務局、農林5研究所、水産2研究所、食品3研究所、工業3研究所
・正職員数376.5人(ハーフタイム勤務の再雇用職員を1人当たり0.5人に換算)
② 身分・労働条件
・独法プロパー職員は86.5人。うち地独法59条による身分移管は73人。他は定年退職後の再雇用と理事。
・290人は三セク派遣法の準用による県職員の身分を保持したままでの派遣職員。
・派遣職員の派遣期間は当面3年間、最大で10年まで延長。
・賃金体系、就業規則はほぼ県に準じる。
③ 予 算
予算総額は7,785百万円であるが、これには「農商工ファンド」の造成費2,800百万円が含まれる。県からの運営費交付金(2009年度予算4,560百万円)は総枠として交付され、このうちの人件費分(同2,889百万円)については積上げで算定された額が確保された。予算減額の基準となる効率化係数は年1.5%に設定された。
④ 定款、中期目標、中期計画
定款についてはホームページ(http://www.aomori-itc.or.jp)を参照のこと。中期目標には、農工一体となった産業技術の開発や、温暖化等の地球環境の変化に対応した諸問題の解決などが謳われた。
(3) 現在の状況
法人化から5年が経過して第1期の中期計画期間が終了し、2014年度から第2期に入っている。この間、小規模な組織の改編が行われたが、本部事務局と13研究所による体制は維持されている(図1)。2011年3月の東日本大震災では、八戸市にある食品総合研究所が津波で甚大な被害を受けたものの、その後比較的速やかに復旧して業務が再開された。
正職員の数は、退職者の不補充や県派遣職員の引き上げ等により、2013年度時点で347人(うちプロパー80人)と、発足時より29.5人減っている(表1)。2013年度の決算における収入総額は4,254百万円、そのうち県からの運営費交付金は3,649百万円となっている。このうち、正職員の給与については、現在も県職員に準じて積上げで算定された額が確保されている。
法人化と時を同じくして立ち上げられた「青森県産業技術センター労働組合」は、青森県職労の傘下の組織として位置付けられ、年に数回の理事長交渉を行い、労働条件の改善に努めている。
図1 地方独立行政法人青森県産業技術センターの組織図 |
|
表1 正職員数の推移 |
年度 |
2009 |
2010 |
2011 |
2012 |
2013 |
理事兼プロパー職員 |
5 |
5 |
5 |
5 |
5 |
正職員 |
プロパー |
73 |
68 |
63 |
70 |
75 |
再雇用 |
8.5 |
9 |
12 |
10.5 |
9 |
県派遣 |
290 |
284 |
280 |
267 |
258 |
合 計 |
376.5 |
366 |
360 |
352.5 |
347 |
|
ハーフタイム勤務の再雇用職員を1人当たり0.5人に換算 |
2. 地方独立行政法人化の影響
(1) 独法化前に指摘されていた問題点
法人化に先立って職員に対して行ったアンケートでは、下記のような問題点が指摘されていた。この内容は、2008年に開催された自治労全国研究職集会で報告した。
・成果主義により、短期で確実に成果の上がるような、資金を獲得し易い試験に集中し、収益性の低い研究(調査、基礎的研究)は、公益性、必要性が高くても行えなくなる。
・公設試の重要な目的である県民(農家、漁業関係者、県内企業等)への指導や要望への対応ができにくくなる。
・行政や普及との連携、関係が希薄となり、県全体の業務に支障が生じる。
・運営交付金等が先細り、研究や運営が困難となる。
・業績評価、予算獲得のための事務量が増大し、本来の業務に支障が生じる。
・人事面で問題が多く、組織として硬直する。
・役員報酬や会計システム、顧問弁護士料などの新たなランニングコストが発生する。むしろ独法の方がコストが大きい。
・具体的な将来プランが作成されておらず、独法化する前にやらなければいけないことを解決してからでないと、独法化しても失敗する。
・現状の施設の老朽化対策(施設、機器維持、整備)が困難となり、より競争力が低下する。
・業務の中立性、公共性、公平性が保てない。
・業務内容を変更しない限り採算性に問題がある。
・評価に関して問題が多い。
・現状の設備、人員、予算では生き残れない。
・外部資金導入のための基礎研究の体制、充実が困難。
(2) 独法化後の変化
前項で列挙した問題点を踏まえて、法人化後の変化をいくつかの項目について概観してみたい。
① 研究資金
県からの運営費交付金は効率化係数により毎年減額されていくが、それでも第1期では県予算におけるシーリングに比べて優遇されていたという。当初から競争的資金等の獲得の必要性が言われており、独法化により予算の扱いが柔軟になって外部資金を獲り易くなると期待されていた。決算額における受託研究等収入は、2009年度が256百万円だったのに対し、2013年度は308百万円となっており、大幅に増えてはいない。資金を獲り易い課題が過度に重要視されると、地味な研究が脇に追いやられる懸念がある。
② コスト・採算性
独法化に際しては、県とは別のオンラインシステムの構築等に相当額の経費を要した。その後の経過でも、独法化により県時代よりコストパフォーマンスが良くなったとは思われない。自己収入は2009年度が243百万円、2013年度は236百万円となっており、大部分は生産物等の売り払いによるものである。なお、当初、独法化を独立採算制と混同して不安視する声もあったが、最近はそのような誤解は減っている。
③ 県機関との連携・現場対応
県との関係については、当初の懸念とは逆に、むしろ従属性が強まっている面がある。最大のスポンサーとして県の顔色を伺うのはやむを得ないことであろう。現場対応については、職員が出向いて問題解決を図る制度も設けられているが、県時代に比べてむしろお役所的になったという指摘もある。
④ 人員確保
当センターでは、正職員の大部分が県からの派遣職員であることが他県の地方独法と異なる点である。遅れて試験研究機関の大規模な一般型地方独法化が断行された北海道や大阪でも、研究職員は全て最初からプロパーの身分となっている。県からの派遣では、三セク派遣法により本人の同意が必要であるが、新たに派遣に応じる県職員は多くなく、人員確保を難しくしている。派遣職員が今後プロパーになるためには、県を退職して独法に採用される形となり、そのままでは退職金の通算で不利となるので、制度上の措置が検討されており、職員に対する意向調査が行われている。今後、組合としての対応が問われることになろう。独法独自での研究職の新規採用は2012年からは毎年8人となっている。また、2014年には県時代を含めて長い間補充が行われていなかった現業職員が1人採用された。
⑤ 事務量の増大
県時代に比べて事務量が増大しているが、これは独法化による影響に加えて、試験研究機関を全て統合してその上に本部事務局を設けたことに起因する面も大きい。かつては各所属長の決裁で済んだ書類が、理事長印が必要になったために事務処理が煩雑になったものも多い。地方独法では、5年毎に中期目標と中期計画が策定され、毎年詳細な評価が行われて業務実績報告書が作成されるが、そのための事務量は膨大である。また、外部資金獲得に要する事務量の大きさは言うまでもない。さらに、企業会計に基づいた財務諸表を作成するにあたっては、事務職員の負担が極めて大きくなる。筆者は、独法化のマイナス面の最たるものは、この事務量の増大ではないかと考えている。本来の研究業務が二の次になっては本末転倒ではないだろうか。
3. 終わりに
本稿を読んだ人の中には、独法化の経緯と功罪を述べているだけであり、それに強く反対する姿勢が感じられないと不満を持つ向きがあるかも知れない。自治労全国研究職連絡会でも、独法化に対しては一貫して反対の立場をとっている。ここでは、青森県における事例をありのままに記述することで、独法化により試験研究の自由度が増すような期待は幻想であることを示したつもりである。今後、他の自治体で試験研究機関の独法化の計画が持ち上がった際に、対応を考えるための材料としてご活用いただければ幸いである。 |