【論文】

第35回佐賀自治研集会
第2分科会 地方税財政と公共サービス

 ある自治体に公営住宅が集中することで、その自治体の税収にマイナスの影響を与えるとすると、それは構造化されたもので永続化すると考えられる。そこで、東京特別区、26市における、公営住宅の集中が特別区税・市町村税に与える影響について考察を行った。都営住宅を主要なものとする公営住宅が集中して存在することは、そこに低所得者層が集中することによって、区税・市税収入を引き下げる要因の一つとなる。しかし、300万円未満年収世帯などの低所得世帯のすべてが公営住宅に居住しているわけではない。公営住宅に居住する世帯は、借家など(持家以外の住宅のこと。民間借家、都市再生機構・公社の賃貸住宅、給与住宅を含む)に居住する300万円未満年収世帯の特別区では16.9%、26市では20.3%にすぎない。残りの低所得世帯が民営借家など(公社・都市再生機構借家、給与住宅を含む)に居住している。公営住宅に居住していない(できない)膨大な低所得世帯が存在している。この層が区税・市税収入を引き下げている最大の要因であることがわかった。



東京特別区、26市における公営住宅の集中が
区税・市税に与える影響について

東京都本部/葛飾区職員労働組合・葛飾地方自治研究センター 井上 洋一

はじめに

 ある自治体に公営住宅が集中することで、その自治体の税収にマイナスの影響を与えるとすると、それは構造化されたもので永続化すると考えられる。東京特別区、26市(多摩地域)における、公営住宅の集中が特別区税・市町村税に与える影響について考察する。
 ①総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」を資料にして、特別区、26市の世帯年収別の住宅所有形態(居住形態)の特徴を明らかにする。②東京都「特別区決算状況」などを資料にして、特別区と26市の区税、市税収入の特徴を明らかにする。③特別区、26市における世帯年収の特徴を明らかにする。④前記の考察を踏まえて、・公営住宅に居住する世帯はどのような年収の世帯なのか、・低所得世帯層は公営住宅にどれくらい居住しているのか、・公営住宅に居住する世帯が税収に与える影響、などを考察する。

1. 東京特別区・26市の公営住宅

(1) 都道府県、大都市における住宅所有形態
 「平成20年度土地住宅調査」(注1)では、住宅所有形態は、持家、公営の借家、都市再生機構・公社の借家、民営の借家、給与住宅に分類されている。
 同調査をもとに都道府県別の世帯の住宅所有形態を表したものが表1-1である。
 持家割合(持家に居住している世帯数を総世帯数で除したもの)の全国平均は61.1%であり、低い方では東京都44.6%、沖縄県50.2%、大阪府53.0%、高い方では、秋田県78.4%、富山県77.5%、福井県77.4%、である。大都市を抱えた都道府県の持家割合は低く出る。
 公営借家割合(公営の借家に居住している世帯数を総世帯数で除したもの)は、全国平均4.2%であり、最低が埼玉県1.4%、最高が北海道7.0%である。
 民営借家割合(民営の借家に居住している世帯数を総世帯数で除したもの)は、全国平均が26.9%であり、最低が福井県14.9%、最高が沖縄県40.0%である。
 東京都は、持家割合が低く、民営借家割合が高い。公営借家割合4.6%(平均4.2%)、都市再生機構・公社の借家割合3.8%(平均1.8%)、民間の借家37.1%(平均26.9%)、給与住宅3.4%(平均2.8%)であり、借家関係の割合はすべて平均を超えている。
 大都市(2008年における政令指定都市など)の住宅所有形態を表したものが表1-2である。
 持家割合では、平均48.6%であり、特別区は42.3%である。公営借家割合は、平均4.8%であり、最低がさいたま市2.2%、最高が堺市9.6%である。
 大都市では、都道府県に比べると持家割合が下がり、借家関係の割合が上がる。

(2) 特別区における住宅所有形態
 「平成20年度土地住宅調査」をもとに、特別区における住宅所有形態を表したものが表1-5図1-1である。
 特別区の住居所有形態では、持家割合が高い区は、葛飾区57.5%、荒川区54.6%、台東区54.3%である(平均47.8%)。持家割合が低い区は、新宿区37.8%、中野区38.7%、中央区42.2%である。
 民営借家割合が高いのは中野区55.2%、新宿区51.4%、豊島区49.5%である(平均40.6%)。民営借家割合が低いのは江東区23.5%、葛飾区30.6%、足立区31.4%である。
 公営借家割合が高い区は、足立区11.2%、江東区11.0%、北区9.5%である(平均4.5%)。公営借家割合が低い区は、文京区0.9%、中野区1.2%、豊島区1.5%である。
 江東区は、都市再生機構・公社の借家割合が10.8%であり、際立って高い。
 葛飾区、足立区は、持家割合が高い一方、民営借家割合が低く、公営借家の割合が高い。区内に都営住宅が多数立地していることによる。中野区、豊島区は、持家割合が低く、民営借家割合が高く、公営借家の割合が低い。区内の都営住宅が小規模であることによる。

(3) 26市における住宅所有形態
 「平成20年度土地住宅調査」をもとに、26市における、住宅所有形態を表したものが表1-6図1-2である。
 26市の住居所有形態では、持家割合が高い市は、あきる野市77.2%、青梅市71.3%、三鷹市65.1%である(平均55.6%)。持家割合が低い市は、調布市43.5%、国立市44.2%、小金井市48.1%、武蔵村山市48.2%である。
 民営借家割合が高い市は、調布市43.1%、小金井市43.0%、狛江市41.8%である(平均30.3%)。民営借家割合が低い市は、武蔵村山市16.3%、あきる野市20.8%、町田市21.2%である。
 公営借家割合が高い市は、武蔵村山市31.7%、清瀬市12.0%、東村山市9.7%である(平均6.2%)。武蔵村山市が際立って高い。公営借家割合が低い市は、あきる野市0.7%、小金井市0.9%、武蔵野市2.0%、羽村市2.0%である。
 都市再生機構・公社の借家割合が高い市は、東久留米市12.9%、多摩市10.1%、稲城市10.1%である(平均5.2%)。

(4) 東京都による都営住宅の整備
 東京都における、公共の賃貸住宅には、都営住宅、福祉住宅、都民住宅、市区町村住宅、高齢者向け優良賃貸住宅、公社一般賃貸住宅、都市機構賃貸住宅がある。
 「平成20年度土地住宅調査」では、住宅の形態を「公営借家」と「都市再生機構・公社の借家」に区分している。本稿ではこの分け方に従って、「都営住宅、福祉住宅、都民住宅、市区町村住宅、高齢者向け優良賃貸住宅」を「公営借家」、または「公営住宅」として使用する。
 東京都における公営住宅の整備は、市区町村による市区町村営住宅の整備としてではなく、東京都による、都内全域を対象とする、都営住宅の建設として実行されてきた。一定の規模の土地の確保や建設条件の容易さなどの理由を満たす地域から、優先的に建設が進められてきた。市区町村を単位として、均等に一定割合の都営住宅を建設するということではなかった。特別区では足立区、葛飾区、江戸川区などの周辺区、そして多摩地域で都営住宅の建設が推進されてきた。
 「平成20年度東京都統計年鑑」では、都内の公営賃貸住宅を、「都営住宅」「市町村営住宅」に分類している。
 2008年度における特別区、26市の公営住宅などの戸数を表したものが表1-3表1-4である。都営住宅は、特別区168,793戸、26市92,363戸、その他1,390戸、合計262,546戸ある。
 公営住宅の戸数が大きい区は、足立区、江東区、北区、練馬区、江戸川区、葛飾区であり、東京東部、臨海部に集中している。26市では八王子市、町田市、東村山市、立川市である。地域的に偏在している。
 公営住宅戸数を世帯で除した割合でみると、特別区では、割合の高い区は、足立区(13.70)、北区(13.12)、江東区(11.70)、葛飾区(8.62)である。26市では、割合の高い市は、武蔵村山市(19.17)、清瀬市(15.18)、東村山市(10.10)、多摩市(9.70)である。

表1-1 都道府県別持家、公営借家などの構成(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

表1-2 大都市別持家、公営借家などの構成(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

表1-3 特別区 公営住宅の分布など
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」、東京都「平成20年度東京都統計年鑑」

表1-4 26市 公営住宅の分布など
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」、東京都「平成20年度東京都統計年鑑」

表1-5 特別区 公営住宅、一人当たり区税、居住形態など
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」、東京都「平成20年度東京都統計年鑑」

表1-6 26市 公営住宅、一人当たり市税、居住形態など
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」、東京都「平成20年度東京都統計年鑑」

図1-1 特別区持家、公営借家などの構成(2008年)
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」

図1-2 26市持家、公営借家などの構成(2008年)
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」

2. 特別区、26市の区税・市税の特徴

(1) 特別区における特別区税収入
 2001年から2011年の間の平均の一人当たり特別区税収入額を示したものが表2-1である。特別区税収入は2008年をピークにして減少している。
 一人当たり特別区税収入額が高い区は千代田区で33.79万円、低い区は足立区で6.09万円である。その格差は5.54倍である。
 一人当たり特別区税収入額から特別区の分類を試みると、一人当たり特別区税収入額が高い富裕区、富裕な区以外で平均税収額以上の標準区、平均税収額以下の困窮区の3つに分類することができる。
 富裕区(4区) 千代田区、港区、渋谷区、中央区
 標準区(7区) 目黒区、文京区、世田谷区、新宿区、杉並区、品川区、台東区
 困窮区(12区) 豊島区、大田区、中野区、練馬区、江東区、墨田区、板橋区、北区、荒川区、葛飾区、足立区

(2) 26市における市税収入
 2001年から2011年の間の平均の一人当たり26各市の市税収入額を示したものが表2-2である。市税収入は2007年をピークにして減少している。
 一人当たり市税収入額が高い市は武蔵野市で26.71万円、低い市は清瀬市で12.03万円であり、その格差は2.22倍である。
 一人当たり市税収入額から26市の分類を試みると、一人当たり市税収入額が高い富裕市、富裕な市以外で平均税収額以上の標準市、平均税収額以下の困窮市の3つに分類することができる。
 富裕市(3市) 武蔵野市、立川市、多摩市
 標準市(7市) 調布市、羽村市、三鷹市、府中市、国立市、国分寺市、昭島市
 困窮市(16市) 小金井市、町田市、稲城市、日野市、八王子市、小平市、青梅市、西東京市、東大和市、武蔵村山市、狛江市、東久留米市、あきる野市、福生市、東村山市、清瀬市

(3) 特別区税と市町村税の違い
 特別区税は、特別区民税(個人)、軽自動車税、特別区たばこ税、鉱産税、法定外普通税、入湯税の合計である。特別区民税(法人分)、固定資産税、特別土地保有税、都市計画税、事業所税などは、都税として徴収されている。特別区民税(法人分)、固定資産税、特別土地保有税は、東京都と特別区の間に設けられている都区財政調整制度(注2)の財源とされ、都区間の事務配分に応じて、都45%区55%に配分されている。区に配分された財源は特別区間の税収の格差を調整するための財源に使われている。
 市町村税は、市町村民税(個人、法人)、固定資産税、交付金、軽自動車税、市町村たばこ税、鉱産税、特別土地保有税、入湯税、事業所税、都市計画税、法定外普通税の合計である。
 特別区税と市税とは、構成する税目が違うため、特別区税と市税を単純に比較することはできないが、特別区間の区税収入の格差、26市間の市税収入の格差については、その傾向を示すことができる。
 都税とされている特別区民税(法人分)、固定資産税、特別土地保有税、都市計画税、事業所税などを区税に移譲した場合の試算が表2-3である(注3)。杉並区が標準区から困窮区に変化するが、富裕区から困窮区の順番に大きな変動はない。

表2-1 特別区一人当たり特別区税の推移(2001-2011年)
出所:東京都「特別区決算状況」平成13~21年度

表2-2 26市一人当たり市税の推移(2001-2011年)
出所:東京都「東京都統計年鑑」平成13~21年度

表2-3 都税を区税に移譲した場合の一人当たり区税収入額の試算(2008年決算ベース)
出所:東京都「平成20年度特別区決算状況」、東京都「平成20年度東京都統計年鑑」

3. 特別区、26市の世帯年収の特徴

(1) 特別区における世帯年収
 「平成20年度土地住宅調査」から各特別区の世帯年収を求めたものが表3-1図3-1である。
  世帯年収が高い区は千代田区で783.49万円である。低い区は足立区で464.55万円である。その格差は1.69倍である。
 各特別区の世帯年収の構成を表したものが図3-2である。300~700万円年収世帯の占める割合は、各区においてほぼ一定している。
 世帯年収が低い区(豊島区、荒川区、足立区)は、300万円未満年収世帯の割合が高く、1,000万円以上年収世帯の割合は低い。3区では300万円未満年収世帯のところがピークになっている(図3-3)。
 世帯年収が高い区(千代田区、港区、中央区)は、300万円未満年収世帯の割合が低く、1,000万円以上年収世帯の割合が高い。3区では、300~500万円年収世帯と1,000万円以上年収世帯の2つのピークがある(図3-4)。このことは、3区内では、2つの年収世帯に分極化していることを表している(格差の拡大)(注4) 。
 一人当たり年収額から特別区の分類を試みると、一人当たり年収額が高い富裕区、富裕な区以外で平均税収額以上の標準区、平均税収額以下の困窮区の3つに分類することができる。
 富裕区(4区) 港区、中央区、千代田区、渋谷区
 標準区(7区) 目黒区、文京区、江東区、大田区、新宿区、世田谷区、品川区
 困窮区(12区) 杉並区、中野区、台東区、豊島区、練馬区、墨田区、板橋区、北区、荒川区、江戸川区、葛飾区、足立区

(2) 26市における世帯年収
 同様にして、26各市の世帯年収を求めたものが表3-2図3-5である。
 世帯年収が高い市は町田市で580.99万円である。低い市は福生市で511.41万円である。その格差は1.14倍である。
 26各市の世帯年収の構成を表したものが図3-6である。300~1,000万円年収世帯の占める割合は、各市においてほぼ一定している。
 世帯年収が低い市(昭島市、狛江市、福生市)は、300万円未満年収世帯の占める割合が高く、1,000万円以上年収世帯の割合が低い。
 世帯年収が高い市(町田市、三鷹市、武蔵野市)は、1,000万円以上年収世帯の割合が高い。
 一人当たり年収額から26市の分類を試みると、一人当たり年収額が高い富裕市、富裕な市以外で平均税収額以上の標準市、平均税収額以下の困窮市の3つに分類することができる。
 富裕市(4市) 武蔵野市、三鷹市、国分寺市、小金井市
 標準市(9市) 国立市、府中市、調布市、稲城市、狛江市、多摩市、西東京市、小平市、立川市
 困窮市(13市) 日野市、町田市、羽村市、東村山市、福生市、東久留米市、昭島市、八王子市、青梅市、清瀬市、東大和市、武蔵村山市、あきる野市

表3-1 特別区世帯年収の構成(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

図3-1 特別区の世帯年収、一人当たり年収、一人当たり区税額(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

図3-2 特別区世帯年収の構成(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

図3-3 低年収区 世帯年収の構成(2008年)   図3-4 高年収区 世帯年収の構成(2008年)
 
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」   出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

表3-2 26市世帯年収の構成(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

図3-5 26市の世帯年収、一人当たり年収、一人当たり市税額(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

図3-6 26市世帯年収の構成(2008年)
出所:総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」

4. 公営住宅と区税・市税、世帯年収との関連

(1) 公営住宅と区税・市税の関連の類型
 公営住宅が総世帯に占める割合と一人当たり特別区税・市税の関連などを表したものが表4-1表4-2である。
 公営住宅が総世帯に占める割合と一人当たり特別区税・市税の関連をみると、以下の4つの類型に分類することができる。
 類型1
  公営住宅割合が高く(平均値〈区4.5%、市6.2%〉以上)、特別区税・市税額が低い(おおむね平均値である区税10.24万円、市税16.7万円より以下)であるところの8区・6市。
  ○足立区、江東区、北区、葛飾区、墨田区、荒川区、江戸川区、練馬区
  ○武蔵村山市、清瀬市、東村山市、東大和市、西東京市、小平市
 類型2
  公営住宅割合が高く(平均値〈区4.5%、市6.2%〉以上)、特別区税・市税額が高い(平均値である区税10.24万円、市税16.7万円より以上)であるところの2区・3市。
  ○港区、千代田区
  ○国立市、多摩市、昭島市
 類型3
  公営住宅割合が低く(平均値〈区4.5%、市6.2%〉以上)、特別区税・市税額が高い(平均値である区税10.24万円、市税16.7万円より以上)であるところの9区・7市。
  ○新宿区、中央区、品川区、渋谷区、世田谷区、目黒区、文京区、台東区、杉並区
  ○立川市、調布市、府中市、国分寺市、三鷹市、武蔵野市、羽村市
 類型4 
  公営住宅割合が低く(平均値〈区4.5%、市6.2%〉以上)、特別区税・市税額が低い(おおむね平均値である区税10.24万円、市税16.7万円より以下)であるところの4区・10市。
  ○板橋区、大田区、豊島区、中野区
  ○町田市、東久留米市、狛江市、八王子市、日野市、福生市、稲城市、小金井市、青梅市、あきる野市

表4-1 特別区 公営住宅割合、一人当たり特別区税、世帯年収構成など(2008年)
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」、東京都「平成20年度特別区決算状況」

表4-2 26市 公営住宅割合、一人当たり市税、世帯年収構成など(2008年)
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」、東京都「平成20年度特別区決算状況」

(2) 世帯年収の構成と住宅所有形態の関連
 特別区全体と26市全体の世帯年収の構成と住宅所有形態を表したものが図4-1図4-2図4-3図4-4である。
 26市においては、持家割合は世帯年収が上がるとともに高くなり、民営借家割合は低くなる。持家割合は特別区よりも高く、200~300万円年収世帯の45.6%を超えている。公営借家を利用している世帯は、主に300万円未満の世帯が多い(100万円未満年収世帯の12.9%、100~200万円年収世帯の16.9%、200~300万円年収世帯の9.0%)。

図4-1 特別区年収別世帯住宅形態(2008年)   図4-2 特別区年収別世帯住宅形態(2008年)
 
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」   出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」

図4-3 26市年収別世帯住宅形態(2008年)   図4-4 26市年収別世帯住宅形態(2008年)
 
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」   出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」

(3) 生活保護被保護人員と公営住宅戸数の関連
 2011年度の特別区全体と26市全体の被生活保護人員と公営住宅戸数の関連を表したものが図4-5図4-6である。
 特別区においては、被生活保護人員が少ない区は千代田区、港区、中央区であり、多い区は板橋区、江戸川区、足立区である。26市においては、被生活保護人員が少ない市は、羽村市、国立市、あきる野市であり、多い市は、立川市、町田市、八王子市である。
 特別区においては、中野区、豊島区、台東区、新宿区の4区を除いて、被保護人員が上昇するとともに、公営住宅戸数も上昇している。
 26市においては、あきる野市、青梅市、三鷹市の3市を除いて、被保護人員が上昇するとともに、公営住宅戸数も上昇している。
 このことから、被生活保護人員の多くが、公営住宅に居住していると考えることができる。

(4) 300万円未満年収世帯と公営住宅
 特別区全体と26市全体の300万円未満年収世帯の公営住宅と借家等居住割合を表したものが図4-7図4-8である。
 特別区全体においては、300万円未満年収世帯の借家等に居住する割合は65.86%で、公営住宅割合は16.87%である。公営住宅割合が高い区は江東区28.0%、足立区24.0%、北区21.0%である。300万円未満年収世帯の借家等の居住割合の高い新宿区(81.7%)、世田谷区(75.1%)、豊島区(71.2%)、中野区(70.8%)は、公営住宅割合は低い(新宿区9.9%、世田谷区6.3%、豊島区2.6%、中野区2.1%)。
 26市全体においては、300万円未満年収世帯の借家等に居住する割合は64.4%で、公営住宅割合は20.3%である。武蔵村山市の公営住宅割合は際立って高く76.2%である。300万円未満年収世帯の借家等の居住割合が高い調布市(75.0%)、小金井市(73.3%)、国分寺市(69.5%)は、公営住宅割合が低い(調布市10.3%、小金井市2.2%、国分寺市7.2%)。

図4-5 特別区被生活保護人員と公営住宅(2008年)
出所:東京都福祉保健局『福祉・衛生統計年報(平成23年度)』「東京都統計年鑑(平成23年)」

図4-6 26市被生活保護人員と公営住宅(2011年)
出所:東京都福祉保健局『福祉・衛生統計年報(平成23年度)』「東京都統計年鑑(平成23年)」

図4-7 26市 300万円未満年収世帯の公営住宅及び借家居住率(2008)
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」

図4-8 特別区 300万円以下年収世帯の公営住宅及び借家居住率(2008)
出所:総理府統計局「平成20年度住宅土地統計調査」

(5) まとめ
 公営住宅が総世帯に占める割合と一人当たり特別区税・市税の関連から、①公営住宅割合が高く区税・市税額が低い区・市、②公営住宅割合が高く、区税・市税額が高い区・市、③公営住宅割合が低く、区税・市税額が高い区・市、④公営住宅割合が低く、区税・市税額が低い区・市、の4つに分類できる。
 特別区においては、①は東部地域などの下町地域、②は都心区、③は山の手などの豊かな区、④は山の手のあまり豊かでない区、におおむね対応している。
 また、②は富裕区、①、④は困窮区、③は標準区に、おおむね対応している。
 類型1の「公営住宅割合が高く、区税・市税額が低い区・市(足立区など8区、武蔵村山市など6市)」は、世帯年収では300万円未満年収世帯の割合が高く、1,000万円以上年収世帯が少ない区・市である。
 規模の大きい公営住宅が存在している。300万円未満年収世帯のなかで、公営住宅に居住する割合が高い区・市である(例:足立区24.0%、武蔵村山市46.2%)。
 類型2の「公営住宅割合が高く、区税・市税額が高い区・市(港区、千代田区、国立市、多摩市、昭島市)」は、世帯年収では300万円未満年収世帯の割合が低く、1,000万円以上年収世帯の割合が高い区・市である。
 公営住宅が一定数存在するため、世帯に対する公営住宅の割合が平均を超えて存在している。300万円未満年収世帯のなかで、公営住宅に居住する割合が高い区・市である(例:港区18.7%、国立市18.2%)。
 類型3の「公営住宅割合が低く、区税・市税額が高い区・市(新宿区など9区、立川市など7市)」は、300万円未満年収世帯の割合が低い。1,000万円以上年収世帯の割合も高い区・市である。
 公営住宅数が少ないため、300万円未満年収世帯のなかで、公営住宅に居住する割合が低い区・市である(例:新宿区9.9%、立川市2.2%)。
 類型4の「公営住宅割合が低く、区税・市税額が低い区・市(大田区など10区、町田市など他3市)」は、300万円未満年収世帯の割合が高い。公営住宅数が少ないため、300万円未満年収世帯のなかで、公営住宅に居住する割合が低い区・市である(例:大田区6.9%、狛江市16.7%)。

5. わかったこと

① 一人当たり区税・市税収入、世帯年収、一人当たり年収などから、特別区・26市は、富裕区・市、標準区・市、困窮区・市の3つに区分することができる。
  特別区においては、おおむね都心区、山の手地域、下町地域(東部地域)に対応している。
② 都営住宅を主要なものとする公営住宅が集中して存在することは、そこに低所得者層が集中することによって、区税・市税収入を引き下げる要因の一つとなる。
  特別区では、足立区、江戸川区、葛飾区、26市では、武蔵村山市など類型1の区・市である。
③ しかし、300万円未満年収世帯などの低所得世帯のすべてが公営住宅に居住しているわけではない。公営住宅に居住する世帯は、借家など(持家以外の住宅のこと。民間借家、都市再生機構・公社の賃貸住宅、給与住宅を含む)に居住する300万円未満年収世帯の特別区では16.9%、26市では20.3%にすぎない。残りの低所得世帯が民営借家など(公社・都市再生機構借家、給与住宅を含む)に居住している。
  公営住宅に居住していない(できない)膨大な低所得世帯が存在している。この層が区税・市税収入を引き下げている最大の要因である。
  公営住宅の果たすべき役割は、低所得世帯の生活の安定と自立を支援することにあるはずである。その点からすれば、この数値は低いものと言わざるをえない。
④ 特別区と26市においては、特別区間、26市間の税収、世帯年収、における格差が存在する。税収、世帯年収における富裕区と困窮区の格差である。
  特別区においては、一人当たり特別区税は千代田区33.79万円、足立区6.09万で5.54倍の格差がある。世帯年収は、千代田区786.49万円、足立区464.55万円で、1.69倍の格差がある。
  26市においては、一人当たり市税は武蔵野市26.71万円、清瀬市12.03万円で2.22倍の格差がある。世帯年収は、町田市580.99万円、足立区511.41万円で、1.14倍の格差がある。
  特別区内における格差も存在する。世帯年収が高い千代田区、港区、中央区では、300万円未満年収世帯と1,000万円以上年収世帯の2つの峰があり、3区内においては、2つの年収世帯に分極化していることを表している。
  (特別区間と特別区内における、所得格差の拡大については、橋本(2011)が指摘している。本稿は、橋本(2008)に示唆を受け、公営住宅と一人当たり区税・市税収入の関連、世帯年収との関連について考察を行った。)
⑤ 公的な住宅政策には、「家賃補助」の考え方がある。低所得者対象の公営住宅の建設ではなく、民営借家の利用に対して家賃を補助するという考え方である。
  低所得世帯を対象とした公営住宅の建設によって、その地域が低所得世帯の居住区としてスラム化してしまうことを避け、地域的にも多様な階層の中に、溶け込ませていく政策である。検討する必要のある政策である。
  上記で明らかにしたような、地域間の所得格差の是正やその解消において、また生活保護世帯の自立を考えるうえで、低所得世帯の生活の安定、自立支援の役割を担う公的な住宅政策の重要性は増している。




(注1)「住宅・土地統計調査」(5年ごと)は、総理府統計局が行う、我が国の住宅とそこに居住する世帯の居住状況、世帯の保有する土地等の実態を把握し、その現状と推移を明らかにする調査。この調査の結果は、住生活基本法に基づいて作成される住生活基本計画、土地利用計画などの諸施策の企画、立案、評価等の基礎資料として利用されている。
(注2)特別区は、人口が高度に集中する大都市地域であるため、行政運営においては、行政の一体性・統一性に基づいて展開する必要性があるとされ、「都区制度」という大都市制度が適用されている。上下水道、消防など、一般に市町村が行うとされている事務の一部を、東京都が処理することになっている。都区の事務配分にあわせて、税の賦課、徴収についても、独自の制度が設けられ、特別区の課税権は制約されている。税の賦課、徴収については、都が市の事務の一部(消防・上下水道等)を実施していること、特別区間の行政水準の均衡を図るための財政調整を行っていることから、固定資産税、市町村民税法人分、特別土地保有税、事業所税、都市計画税などの市税相当分の税目が都税として徴収され、都区財政調整制度を通じて東京都と特別区に配分されている。
(注3)拙稿(2012)を参照のこと。
(注4)橋本(2011)では、総務省統計局「平成20年度土地住宅調査」を用いて、特別区間と特別区内の所得格差が拡大していることを明らかにしている。

参考文献
井上洋一「2000年以降の都区関係―特別区制度改革の現状と課題」『市政研究』175号
     大阪市政調査会、2012年4月
総理府統計局『平成20年度土地住宅調査』
東京都『東京都統計年鑑』平成13年度~平成22年度
東京都主税局『東京都税務統計年報』平成13年度~平成22年度
東京都総務局行政部区政課『特別区決算状況』平成13年度~平成22年度
橋本健二『階級都市』筑摩書房、2011年
本間義人『どこへ行く住宅政策』東信堂、2006年
    『居住の貧困』岩波書店、2009年
野口定久、外山義、武川正吾編『居住福祉学』有斐閣、2011年