【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第4分科会 地域から考える再生可能エネルギーによるまちづくり

水循環基本法制定と今後の水行政について


京都府本部/京都水道労働組合 船岡 英彰

1. はじめに

 水循環基本法が、2014年3月に衆・参両議院において全会一致で可決、成立し、7月1日に施行された。
 水循環基本法は、水循環に関する施策について基本理念を定めることによって、健全な水循環を維持又は回復させるといった理念法である。この基本法策定により、今後、さまざまな施策が具体化され、推進されていくことであろう。
 本レポートでは、現状の水行政の問題点と水循環基本法の概要を述べたのち、今後の水行政の在り方を考える。

2. 水循環とこれまでの水行政

(1) 日本と水(水循環基本法の附則より)
 水は生命の源であり、絶えず地球上を循環し、大気、土壌等の他の環境の自然的構成要素と相互に作用しながら、人を含む多様な生態系に多大な恩恵を与え続けてきた。また、水は循環する過程において、人の生活に潤いを与え、産業や文化の発展に重要な役割を果たしてきた。
 特に、我が国は、国土の多くが森林で覆われていること等により水循環の恩恵を大いに享受し、長い歴史を経て、豊かな社会と独自の文化を作り上げることができた。
 しかるに、近年、都市部への人口の集中、産業構造の変化、地球温暖化に伴う気候変動等の様々な要因が水循環に変化を生じさせ、それに伴い、渇水、洪水、水質汚濁、生態系への影響等様々な問題が顕著となってきている。

(2) 自然の循環と人工的な循環
 前節のように、水は自然の中で循環を繰り返している。海の水が蒸発して雲となり、雨となって森や林に降りそそぐ。降った雨は地中に染み込み植物へ潤いを与え、土中で貯留・涵養されたのち、湧き出して川となる。川は途中で合流を繰り返しながら流下し、また海に戻っていく。
 近代に入り、この自然の水循環の中に人工的な水の流れが生まれた。都市部では地面がアスファルトで覆われ、浸透・貯留といった機能が失われた。また、上流から下流の間に、水の利用・浄化を担う水道や下水道の流れが何度も発生することになった。

 

(3) 水行政
 このように、昔と比べて、水循環の形は大きく変わってきている。また、水に対する要求も、かつては「量」を重要視するあまり「質」が軽んじられてきたが、近年では、将来に渡って持続可能な社会を求める動きから、「質」の重要性が高まっている。
 しかし、これらの問題を考えるにあたって、日本では、同じ水というものを扱っていながら、その管理は目的別に細分化されすぎている。河川は国土交通省、公共水域の環境保全が環境省、上水道は厚生労働省、下水道は国土交通省といった具合である。そこには、縦割り行政であるがゆえの省庁の壁が存在し、また、水循環全体を見る視点が欠けている。
 そのため、水全体に関わる問題に対処するべく、水行政の一元化、すなわち、水循環基本法が求められるようになった。

水の利用・浄化に関連する管轄省庁  
水資源 河川、ダム 国土交通省
水の利用 水道 厚生労働省(水道)
受水槽 厚生労働省(衛生)
工業用水道 経済産業省
水力発電 経済産業省
水の浄化 下水道 国土交通省
浄化槽 環境省
農業集落排水 農林水産省
制度 公営企業制度 総務省

 ちなみに、水の利用・浄化に関して詳細に述べるなら、その細分化はさらに顕著である。水資源と下水道が国土交通省、上水道・受水槽が厚生労働省、工業用水・水力発電が経済産業省、農業集落排水が農林水産省、浄化槽が環境省、これらを管轄する公営企業制度が総務省といった具合である。さらに、地方自治体においては、これらの部門は市町村単位で管理されており、上流域や下流域の問題を考えることが少ないという現状にある。


3. 成立までの経過と水循環基本法の概要

(1) 草案から成立まで
 水循環基本法の成立の経過を見てみると、新聞などでは、「2007年の水制度改革推進市民フォーラムの議論に端を発し、水制度改革国民会議で原案を起草。2010年に中川秀直の呼びかけにより設置された超党派の水制度改革議員連盟が立法に向けた取り組みをしてきた」と紹介されることが多い。しかし、さらに遡ると、全水道や自治労、そして連合の取り組みがあった。
 水道・下水道(及び公営ガス)労組である全水道では、1998年から「水基本法(仮称)」について検討を開始し、2000年には「水環境を統一統合した水基本法を制定し水行政の根幹とすること」という政策要求を行った。さらに、2001年には「水基本法案」を提言し、それ以降、全水道水政策の中心課題としてきた。また、時を同じくして、自治労でも公営企業評議会において、「水基本法(仮称)」の草案が起草されていた。
 その後、全水道及び自治労は連合のもとに結集し、2001年には連合における「2001-2003年度 政策・制度 要求と提言」において水基本法の制定を求め、それ以降も、関係組織と意見交換を重ねつつ、シンポジウムの開催や政府・政党に対する働きかけなどの取り組みを重ねてきた。今回の水循環基本法成立は、これらの成果が実ったものと言える。

(2) 水循環基本法の概要
 水循環基本法は基本法である。基本法には、有名なものだと、環境基本法や災害対策基本法などがあるが、これらは、国の制度・政策に関する理念や基本方針が示されているものである。
 水循環基本法では、「水循環」「水が、蒸発、降下、流下又は浸透により、海域等に至る過程で、地表水又は地下水として河川の流域を中心に循環すること」と定め、「健全な水循環」を、「人の活動及び環境保全に果たす水の機能が適切に保たれた状態」と定めている。
 そして、水循環について、以下の目的と基本理念を定めている。

水循環基本法 第1条(目的)

 この法律は、水循環に関する施策について、基本理念を定め、国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにし、並びに水循環に関する基本的な計画の策定その他水循環に関する施策の基本となる事項を定めるとともに、水循環政策本部を設置することにより、水循環に関する施策を総合的かつ一体的に推進し、もって健全な水循環を維持し、又は回復させ、我が国の経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上に寄与することを目的とする。


水循環基本法 第3条抜粋(基本理念)

① 水については、健全な水循環の維持又は回復のための取組が積極的に推進されなければならない。
② 水が国民共有の貴重な財産であり、公共性の高いものであることに鑑み、すべての国民が水の恵沢を将来にわたって享受できることが確保されなければならない。
③ 水の利用に当たっては、水循環に及ぼす影響が回避され又は最小となり、健全な水循環が維持されるよう配慮されなければならない。
④ 水は、水循環の過程において生じた事象がその後の過程においても影響を及ぼすものであることに鑑み、流域として総合的かつ一体的に管理されなければならない
⑤ 水循環に関する取組の推進は、国際的協調の下に行われなければならない。

4. 今後の水行政はどう変わるか

(1) 水循環基本法によって変わること
 水循環基本法によって、今回新たに以下のようなことが定められた。
① 水を、国民共有の貴重な財産と定義
  かつて、河川水は河川法により公水であったが、地下水は民法により土地所有者のものとされてきた。しかし、水循環基本法により、地表水も地下水も水循環の一部とし、「水」は「国民共有の貴重な財産であり、公共性の高いもの」と位置付けられた。
  これにより、これまで規制ができなかった地下水の過剰な汲み上げにストップをかけることができるだろう。さらに、公共財と定められたことによって、水を扱う上下水道事業は、より公共性の高い性質のものとなった。
② 水の日
  国民の間に広く健全な水循環の重要性についての理解と関心を深めるようにするため、8月1日を水の日と定め、国及び地方公共団体は、水の日の趣旨にふさわしい事業を実施する。
③ 流域連携
  「流域として総合的かつ一体的に管理されなければならない」「流域の総合的かつ一体的な管理を行うため、必要な体制の整備を図ること等により、連携及び協力の推進に努めるものとする」とある。自治体の行政境界は人為的なものであるが、水循環は自然の摂理に従うといったことである。
  これにより、まずは流域間での連携、そしてゆくゆくは流域全体での管理運営ということに発展するであろう。また、その際には、「流域の管理に関する施策に地域の住民の意見が反映されるように、必要な措置を講ずる」とあるように、共有の財産である水に関する施策には、住民参画が求められることとなる。
④ 貯留・涵養機能の維持及び向上
  「水の貯留・涵養機能の維持及び向上を図るため、雨水浸透能力又は水源涵養能力を有する森林、河川、農地、都市施設等の整備その他必要な施策を講ずる」とある。近年では、海外資本によって水源林近くの土地買収が行われている地域もあるが、この問題に歯止めをかけることができるであろう。

(2) 水循環政策本部の設立
 水循環基本法は理念法であり、具体的な取り組みは、今後、この基本法の目的や理念に適合するような行政諸施策が定められることによって進められていく。
 そのため、まずは、内閣総理大臣を水循環政策本部長とした水循環政策本部を立ち上げ、「水循環基本計画」を策定することとなっている。現在、水循環政策担当大臣に、太田昭宏・国土交通大臣が任命され、設立準備室には、各省庁から17人の要職の方が集められている。今後、水循環政策本部が発展し水循環庁となり、各種施策の実行を担っていくことが期待される。
 また、各自治体においても、水道行政、下水道行政、衛生行政、河川行政、森林行政が連携し、健全な水循環をめざす取り組みを行っていくことが必要となってくる。

5. 終わりに

 水循環基本法成立は、スタートラインに過ぎない。今後の水政策がどうなるかは、抽象的な基本法をどう展開するか、各法律にいかに当てはめていくかといった運用にかかってくる。
 水は国民共有の財産であり、また、国民会議及び超党派の議員連盟により立法された経緯から、今後の政策立案に関しては、政治・民間双方によるフォローアップ体制の構築が期待される。全水道でも、この法律の制定に深くかかわった経緯から、今後も連合などを通じて各種審議会への関与を行い、法の実効性を高めるための取り組みを進めていく。
 また、上下水道事業は、水循環の中において重要な位置を占め、社会基盤の基礎となる公共財でもある。全水道は、水道・下水道事業に携わる労働組合として、持続可能な上下水道事業をめざすため、水に係る労働の尊厳と重要性を訴えるとともに、水循環基本法の理念と必要性を地域に対して訴えていく。