【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第5分科会 発信しよう地域の農(林水産)業 つながろう生産者(地)と消費者(地)

 平成の大合併で、静岡県浜松市となった旧引佐町の中山間地"鎮玉(しずたま)地域"の活性化をめざして設立されたNPO法人ひずるしい鎮玉。浜松市中山間地域づくり事業「田舎ゆったりプロジェクト」を立ち上げ、農業を通じた交流人口の増加と定住促進に向けた活動を展開しています。



美しい里山環境の維持をめざして
―― 「NPO法人ひずるしい鎮玉」の取り組み ――

静岡県本部/特定非営利活動法人ひずるしい鎮玉 廣瀬 稔也

1. はじめに

 日本の中山間地域においては、少子高齢化と後継者の多くが都市部へ転出したことによって、耕作放棄地の拡大が顕著になっています。私の暮らす浜松市北部の中山間地"鎮玉(しずたま)地域"においても同様に、何年も耕作されず雑草がおいしげった水田を多く目にすることができます。
 耕作放棄地の拡大を押しとどめるだけでなく、人口減少に歯止めをかけ鎮玉地域の活性化をめざそうと、2013年2月に地元の団塊の世代によってNPO法人ひずるしい鎮玉(以下、ひずるしい鎮玉)が設立されました。ひずるしい鎮玉では、浜松市が公募した中山間地域まちづくり事業に申請し、2013年10月から「田舎ゆったりプロジェクト」という事業を展開しています。このレポートでは、「田舎ゆったりプロジェクト」の農業にまつわる活動についてご紹介します。

2. 田舎ゆったりプロジェクト

 「田舎ゆったりプロジェクト」は、浜松市中山間地域まちづくり事業の一環として、2013年10月から2022年3月までの8年半、地域資源を活かして、域外からの交流人口を増やし、定住人口の増加と地域の活性化をめざすプロジェクトです。

(1) 鎮玉地域の概要
 ひずるしい鎮玉の活動対象としている地域は、浜松市北区に位置しています。1889年の町村制施行で7つの村が合併して発足した鎮玉村(1955年に引佐町に合併)の大部分をしめ、主な旧村を単位とする4つの自治会(田沢/的場四方浄/別所/久留女木)で構成されています。世帯数は337で、人口は約1,000人ほどです。しかし、多くの日本の中山間地と同じく、高齢化率30%を超える"超高齢社会"となっています。とりわけ高齢者だけの世帯は全世帯の2割を占め、その半数近くが高齢者の独り暮らし世帯です。
 職場や高等教育を求めて若い世代が域外に転出してしまうため、従事者の不足と高齢化により、耕作放棄地の増加や山林の荒廃が進み、地域の共同作業や祭事などの維持・継承も困難な状況になりつつあります。さらに、今後この傾向は更に加速することが予想され、この先10年の集落の存続も危ぶまれています。
 自然環境としては、多数の小川や沢が域内を流れており、毎年6月には乱舞するホタルは、県西部一ともいわれています。また、地域の8割以上を森林が占めていますが、木材価格の低下や人手不足もあり、手入れが行き届かず、その荒廃も大きな課題となっています。

(2) プロジェクトのねらい
 ホタルに象徴される鎮玉地域の里山環境を地域の貴重な資源として捉え、「川」・「農」・「里」のカテゴリー別に復元・整備する過程で、これに関わる人材を地域外から求め、地域活動の協力者や定住者に成長させることにより、将来的に集落を維持し、鎮玉地域を活性化させることが、「田舎ゆったりプロジェクト」のねらいです。
 このプロジェクトを通じて、
 ・美しい里山環境を求め、多くの人が訪れ、新たな定住者がいる
 ・地域資源を活かして働く場を生み出し、いつまでも安心して暮らせる
 ・地域との交流者と住民の手で、今後も里山環境を維持できる 地域をめざしています。

(3) 地域の魅力をつくりだす「農」事業
 「田舎ゆったりプロジェクト」の核をなすのが「農」事業です。農事業では拡大する遊休農地と荒廃する山林を活用した3つの事業を具体的に展開する計画です。
① 遊休農地での田畑オーナー制度
  圃場整備がされている遊休農地を借り受けた田畑オーナー制度を創設し、交流人口を増やしながら、域内の遊休農地の削減に取り組み、美しい農村風景の復活をめざします。当面は水田での米づくりをメインとし、オーナーには、田植え、草取り、稲刈り、収穫祭の年4回の活動に参加してもらう予定です。
② 農作業の代行受託
  人手がたらず遊休化した農地の管理を受託し、農作業をすることで耕作放棄地の拡大を防止します。また、急な予定や体調不良などで、草刈りなどの農作業代行の希望があれば随時対応し、地元の方の耕作継続を応援していきます。
③ 荒廃山林の林床の活用
  鎮玉地域が属していた旧引佐町は日本最大規模の花木の産地でしたが、価格の低下や後継者不足などによって花木栽培は衰退しています。市場のニーズにあった生産体制が必要ですが、販売できる大きさまで育つのに一定の年月がかかる花木の特性上、多様な品種の栽培が難しいという事情があります。
  そこで、域内の荒廃山林を活用し、花木に用いられるナンテン、ヤブツバキ、神事などに使われるサカキ、植木などに使われるマンリョウ、薬草となるクロモジ、ドクダミなど地域の林床に生えている植物の林床栽培を行います。林床では、雑草や害虫となる昆虫類がほとんど発生せず、除草や殺虫などの管理がいらないほか、日照が少ないため光合成を活発に行う必要が生じ、葉の色が濃く美しくなるなどの利点もあります。
  荒廃山林を活用した環境調和型で手間のかからない林床栽培を成功させることで、地域の高齢者やサラリーマンの現金収入の向上につなげ、新規定住者の獲得につなげることをめざします。

3. プロジェクトの進捗状況

 2013年10月に「田舎ゆったりプロジェクト」を始めてから、まだ一年もたっていませんが、現在までの取り組み状況についてご紹介します。

(1) 遊休農地の調査と田畑オーナー制度の試行
① 域内の遊休農地調査
  鎮玉地域に遊休農地がどの程度あるかという統計データは残念ながらありませんでした。そこで、自治会を通じて、域内の遊休農地についてのアンケートを3自治会(的場・四方浄自治会、田沢自治会、別所自治会 266世帯)のみ全戸配布し、遊休農地の実態を把握するところから始めました。
  ただアンケートをお願いする地元の方々には高齢の方が多いことから、質問はきわめて単純にした上で、文字も読みやすく大きなサイズにしたアンケート用紙を作成しました。
  アンケートの回答数は82件(回答率30.8%)で、遊休農地をお持ちの方が32.9%と3割を超えていました。その遊休農地をお持ちの方を対象に「できることなら、ご自分の遊休農地をもう一度、田畑に戻したいというお気持ちはありますか?」と尋ねたところ、「はい」と回答した方はわずか11.1%と少ないことがわかりました。
  またひずるしい鎮玉のメンバーはほとんどが鎮玉で生まれ育った人間ばかりなので、域内をくまなくまわり、遊休農地の目立つ場所を地図に書き込んでいきました。
  アンケートと実地調査をふまえて、比較的、遊休農地が固まっている田沢自治会の日比平地区を中心に3人の方から、使われていなかった水田3反7畝を、ひずるしい鎮玉で借り受けて耕作することになりました。
  今後は、毎年、少しずつ借り受けて耕作する遊休農地を増やしていく予定です。
② 田畑オーナー制度試行
  ひずるしい鎮玉では、2015年の春からの耕作者を地域外から募集する田畑オーナー制度を予定しています。しかし、いきなり経験もないままに始めて問題が起きてはいけないという思いもありました。
  浜松市では、市内の中山間地への移住を推進するために「浜松市田舎暮らし推進事務局」という組織を設けています。「浜松市田舎暮らし推進事務局」では、2013年から都市部の若い女性に中山間地域を訪れてもらい、その様子をSNSで発信してもらうことを目的とした「はまらぼ女子部」というプログラムを始めていました。ひずるしい鎮玉では、2014年1月に一度、この企画の受け入れを行ったことがあり、このつながりを活かして、2014年度に「はまらぼ女子部」で水田を借りてもらい、田畑オーナー制度の試行実験を行うことになりました。
  ひずるしい鎮玉で借り受けた遊休農地での農作業は、メンバーを含む地元の方の農作業と重なると、農機具を使うことが難しくなるため、晩稲(おくて)の苗を使って、周りよりも1か月程度、遅いスケジュールでお米作りを行います。そのため5月の連休ごろには、地域の田植えはほぼ終わっているのですが、5月末までに耕うんや代掻きなどを行い、6月7日に田植えを行いました。
  ひずるしい鎮玉で借り受けた水田のほとんどは農機具を使って田植えを行いましたが、「はまらぼ女子部」で借りてもらった水田1枚は、公募で集まった「はまらぼ女子部」のメンバーと、浜松市の若手女性職員など15人程度が、横一列に並ぶ昔ながらの方法で苗を手で植えてもらいました。田植えは初めてという参加者がほとんどで、参加者のFacebookなどで発信された参加者の感想をみると好評だったようで、今後、7月19日に草取り、10月ごろに稲刈り、11月にとれたお米をつかった収穫祭と、後3回の活動に参加してもらう予定です。

(2) 農作業の代行受託
 遊休農地調査のアンケートの中で、「現在、農作業をされていて、お困りの事はありますか?」と、その困っている作業内容についても質問しました。回答者のうち34.1%が農作業で困っているということで、一番、大変な作業が草刈りで15件、全般的に作業すべてが大変という回答も9件ありました。
 当面は、田畑オーナー制度用に借り受けた水田での農作業にしっかり取り組み、地元のみなさんに活動を認めてもらうなかで、今後、農作業を手伝ってほしいという声にこたえていければと考えています。

(3) 荒廃山林の林床の活用
 環境影響評価を仕事としている、ひずるしい鎮玉のメンバーを講師とした学習会を開催し、実際の山の中を歩いて生息している植物を学びました。市場で販売できそうな植物が、あちこちにはえていることは確認できました。これからは、地域の農産物直売所をはじめ、市場調査を行い、どのような植物が必要とされているかなど販路を確保していきます。また、利益が得られそうな植物がどこにどれだけはえているかをデータベース化して、山林の地主さんの協力をえながら、継続的な採取・栽培の体制を構築していきます。
 また、薬草になる植物を利用した、交流人口を増やすための薬草教室の開催も行い、多様なチャンネルをつくっていきたいと考えています。

(4) 宿泊施設づくり
 ひずるしい鎮玉の活動エリアには、宿泊施設が一軒もありません。地域の魅力を伝えるためには、宿泊しながら地元の人とゆっくり交流してもらうことも重要です。
 そこで、現在、ひずるしい鎮玉のメンバー所有のログハウスを、農林漁家民宿として開業すべく準備を進めています。静岡県内にはすでに古民家を利用した農林漁家民宿が何軒も開業されていますが、囲炉裏があり、薪で炊いた檜風呂もついたログハウスは、地域の交流拠点となることが期待されます。

4. 今後の課題

 現在、鎮玉地域では、ひずるしい鎮玉以外にも、何人かの方が長年、水田を借り受けて農作業代行をされています。これから、そうした方々の高齢化も進み、誰かが農作業をできなくなると、地域の多くの方の水田が遊休農地化することは明らかです。
 少子高齢化が進む地域の将来を憂えて立ち上がった、ひずるしい鎮玉のメンバーも、団塊の世代が中心となっており、10年後の地域を考えたとき、専業ではなくとも農作業を担ってもらえる若い世代の協力が不可欠です。ひずるしい鎮玉の「田舎ゆったりプロジェクト」では、8年後のプロジェクト終了までに、5世帯が新たにこの地域に定住してもらうことと、その20~30倍の方に、各々の家に暮らしながらも、鎮玉地域に足しげく通い、地域での農作業などを行ってくれる応援団の組織化をめざしています。
 今、少子高齢化による過疎に悩む日本の中山間地は、いずれも地域の活力を外部に求めるべく多様な取り組みが全国各地で行われています。旧引佐町においても、地域活性化を目的とした2つのNPO法人が設立され、ひずるしい鎮玉と類似の活動を始められるようです。都市部からの交流人口を、地域同士の競争で奪い合うのではなく、どう協力関係を築き、全体の活性化につなげられるかというのも大きな課題だと感じています。
 哲学者の内山節・立教大学教授も、中山間地で新たに雇用を生み出せても業種が限られているので、これからは雇用を生み出すことを考えるのではなく、仕事づくりをしやすい環境、仕事づくりの支援体制をいかに整備できるかが重要だとおっしゃられています。全国的に、インターネットを利用して、中山間地に暮らしながら仕事をする人が少しずつ増えてきていますが、残念ながら鎮玉地域には、光ファイバー回線が全域に張り巡らされていません。鎮玉地域の一部ではADSL回線の利用しかできませんし、光ファイバー回線を引ける地域でも、申込数が一定数に達して初めて回線の敷設工事が行われる状況です。田舎暮らしを希望する人の定住を促進するためにも、情報通信インフラの整備が大きな課題だと感じていますが弱点となっています。
 2012年に新東名高速道路が一部、開通しました。鎮玉地域から、新東名高速道路の浜松いなさインターチェンジまでは5分程度となり、浜松市の中心部への所要時間と、名古屋インターチェンジまでの所要時間がどちらも約1時間とほぼ同じです。浜松市内に限らず、高速道路によるアクセスのよさを最大限に活用して、田畑オーナー制度の利用者や、応援団のメンバーの募集エリアを、名古屋などの大都市部まで広げることも重要だと考えています。
 ひずるしい鎮玉の活動はまだスタートしたばかりです。今後も全国各地の先進事例に学びつつ、美しい里山環境の維持のために頑張っていきます。