【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第7分科会 ワークショップ「自治研」 楽しく学ぶ自治研活動

 岩手県三陸沿岸部は、東日本大震災大津波で甚大な被害を受け、いまだに「進む風化と進まぬ復興」と言われている。いわて地方自治研究センターでは、これまで「復興シンポジウム」や「被災地視察」、「行政への政策提言」などの活動を行い、その報告書として「自治研いわて」を随時発行してきた。今般、その取り組みの概要を「東日本大震災と自治研活動」として取りまとめ、今後の自治研活動で大災害や復興を考える素材として、多くの関係者に一読願い、討議の参考となれば幸いである。



東日本大震災と自治研活動


岩手県本部/自治研推進委員会・非常勤研究職員 刈屋 秀俊

1. はじめに

 発災から3年半が過ぎた東日本大震災の自治研活動を振り返ると、壊滅した地域や心の葛藤は時間の経過とともに落着きを取り戻したかのように見えるが、被災地や被災住民の声を聴くほどに適切な表現ではないが「ヒト・モノ・カネ」のすべてで苦悩し、その被災地の切実な願いが、なかなか政府や関係省庁に届いていない実態が浮き彫りとなっていることだ。特に、県行政や被災自治体では復興の担い手である職員の慢性的な人員不足や職員の健康問題が浮上し、加えて、復興公共事業の資材高騰や従事者不足による入札不調問題と事業の遅滞、復興計画予算の財源確保や事業手続きの煩雑さなど、個々人の意欲の面だけでは解決されない構造的な課題にも言及された。
 地方自治の根拠となる地方自治法の冒頭には「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする」と明記されている。しかし、住民が受け身のままでそのことが享受されるのか、震災後の日常生活を見聞きし検証し続けると、常に、住民の起点で自治を探求し続けることの重要性が再認識され、それが自治研活動の本旨ではないかと思われた。東日本大震災と自治研活動のテーマを掲げたが、まだまだ続く、次世代へのテーマでもあると思っている。

(1) 2012年3月「震災復興シンポジウム」
 3・11の大津波被災から1年となるなか「東日本大震災復興に向けたシンポジウム」を三陸沿岸で甚大な被害を受けた宮古市で開催した。このシンポジウムでは、被災者の救済や復旧の活動について、宮古市職労と遠野市職労から報告を受けた後、宮古市内で地域の再建に活動している民間団体や行政の代表者がパネリストとなり、活発なパネルディスカッションが行われた。「1年が経ってまちや生活も元に戻りつつあるが、地域再建と復興はこれから長期間にわたる。破壊された地域コミュニティと産業を取り戻し、将来を見据えて安心安全な宮古市を築いていきたい」と、それぞれの立場から思いが訴えられた。
 自治労はこれまで復興支援に延べ4千人近くの組合員を宮古市に派遣、北海道や近畿の仲間も自治労のゼッケンを着用して、避難所運営や各種申請受付の窓口業務などに従事、市民から「自治労さん」と親しく声をかけられるなど活躍した。今回のシンポジウムにも支援業務に従事した全国の自治労の仲間も参加し、現地の参加者やともに滞在した復興支援者と親交を深める場ともなった。

(2) 2012年9月「2012いわて地方自治研究集会」
 集会のテーマは「東日本大震災後の復興と私たちの課題」として開催され、基調講演では崎山比早子さん(医学博士)が「福島原発事故と放射能対策を考える」と題して講演した。分科会は、第1分科会「宮古市の復興状況と遠野市の後方支援について」、第2分科会「学校教育と福祉現場の被災と復興の現状」、第3分科会「安心と安全なまちづくり」、第4分科会「放射能汚染対策の現状と課題」の4分野で行った。開催の趣旨は、未だに東日本大震災による岩手県内の行方不明者は1千2百人を数え、全国の震災避難者数は約33万人、岩手県内でも4万2千人の方々が不自由な仮設住宅生活を余儀なくされており、大量に発生した「がれき処理率」も21%などと復旧や復興が遅々として見通せないなか、地方自治研究活動の立場から再検証する場として開催した。分科会では自治労や自治研センターの会員をはじめ、岩教組、高教組、国労、県交通労組、全自交の皆さん、県議や市町村の地方議員の皆さんも参加し、レポートの報告と活発な討論が交わされた。
 第1分科会では、宮古市職労と遠野市職労から被災状況や支援活動の報告がなされ、3月11日の大地震直後の惨状や救援活動の状況、公共を担う自治体職員の災害での役割や非常事態での態勢と課題について議論された。
 第2分科会では、岩教組と高教組、県立学校事務職組と社事労組から震災直後と現在の復旧状況が報告され、学校施設の修復や生活再建がまだまだ遅れており、学校現場でもその弊害や影響が見られていること。子ども達や父母、教職員のメンタル面での後遺症も未だに続いている実態やその対策の強化など、ハード分野のみならず教育や福祉分野にも行政はもっと目を向けて欲しいと口々に訴えられた。
 第3分科会では、震災によって遮断された公共交通網をどのようにして維持し、県民の足を守るために取り組んだのか、国労、県交通労組、全自交からその取り組み状況が報告され、沿岸被災地の交通網復旧の重要性や公共交通の役割が再認識された。今後もJR岩泉線の廃止問題や三陸鉄道の再建、鉄路からバス運行のBRT問題などについて、地方自治体と一緒に運動を進める連携の強化が訴えられた。
 第4分科会では、午前の基調講演の崎山先生が助言者となり多くの参加者があった。岩手県職労や各市職労・町職労などから、放射能汚染に対する対策状況が報告され、崎山先生より専門的なアドバイスや参加者からの質問に対する応答説明が行われ、放射能対策の難しさや監督官庁の態勢不備が浮き彫りとなった。特に、現在進められている「牧草地の除染事業」では、画一的で机上の論理で上から指示が出され、実際に作業する現場が混乱しており、農畜産物への実効ある放射能対策と東電に対する早期の汚染補償が訴えられた。

(3) 2012年11月「2013年度県政運営に関する政策要望の申し入れ」
 いわて地方自治研究センターとして、達増拓也岩手県知事と面談し「2013年度県政運営に関する政策要望書」を提出し、後日、県当局より文書にて回答が提示された。この要望書は、宮古市で開催した「震災復興シンポジウム」や「いわて自治研集会」などで集約された意見要望や政策課題、地方自治を取り巻く財政課題や福祉政策、雇用課題、災害対策など22分野から105項目が盛り込まれた。「災害に強い地域づくりに関して」では、下記の要望事項を申し入れた。
① 行政・企業・住民が協働し、責任と能力を分かち合うために、住民参加による地域防災計画の見直しを進め、コミュニティの防災力の向上を進めること。また、災害時の自治体間の相互支援・協力協定締結を推進し、防災体制を強化すること。具体的なシミュレーションに基づく訓練研修の実施、自治体職員への災害時の情報トリアージ訓練も検討すること。
② 市町村と連携して日常の生活圏を基礎とした地域防災計画の検証を図り、一次避難所の施設整備に当たっては、調理室、衛生室、トイレの確保などに配慮すること。
③ 必要物品の確保には、過去の災害復興経験や日ごろの訓練を通じて検証を行い、必要最低数の装備・備蓄に努めること。
④ 寸断されたライフラインの復旧活動を円滑に行うため、各施設を熟知した人材確保や人材育成、技術継承を進めること。
⑤ 原子力防災特別措置法の緊急事態宣言の基準を見直し、自治体の対応力強化にむけた支援策を国に働きかけること。また、放射能汚染被害の対策を強化するとともに、東電への賠償請求と補償の速やかな対応を求めること。
⑥ 大規模災害の事前予防、事後対策などに区分した法整備、また、復旧・復興は県や市町村が具体的に着手することから、災害時の人命や救急体制などの緊急支援、被災者の生活対応、地方財政の確立、雇用維持、学校教育の立ち上げ、農林水産業や地場産業の生産再開などへ相互に連携した支援体制の構築を国に働きかけること。
⑦ 震災復旧・復興に係る自治体職員の増強と態勢強化を市町村と連携し推進すること。
⑧ 12年度の復興予算不用額については、被災地の生活支援策に充当するよう国に働きかけること。

(4) 2013年11月「東日本大震災被災地への復興視察」
 被災地への復興視察は、沿岸被災地の復興に向けた取り組みが積極的に展開されつつも、被災者の生活再建とまちづくりや地域再生を進めるうえで、新たに直面している課題や対応策も山積しており、これまで、被災地の復興・復旧を積極的に支援してきた立場からも、現在の被災地の現状や今後の課題などを視察し、関係者から現状を聴取して、これからの自治研活動や行政機関への政策提言に活かしていく事を目的として実施された。
 視察の最初の訪問先は大船渡市永沢応急仮設住宅で、高台にある大船渡中学校グランドの敷地内に建てられ118世帯が暮らしており、その敷地内にある集会所を会場にして仮設住宅で暮らす避難住民12人の方々から、仮設住宅での日常生活の模様や行政の支援体制、困っていることや行政要望などを中心に懇談や意見交換を行った。
 次の視察は、遠野市防災センターの復興支援活動と遠野仮設住宅視察で、遠野市防災センターは2012年7月に新施設が完成し、遠野市民の災害から生命と財産を守ることや、沿岸被災地の後方支援の拠点施設として機能している。遠野市は東日本大震災で沿岸被災地の後方支援で大きな役割を果たし、内外の高い評価を受けている。視察では、遠野市消防本部消防長をはじめ担当職員の方々より、東日本大震災での遠野市の実情や支援活動の内容について説明を受けた。その後、遠野市が震災から4ヶ月後に建設した応急仮設住宅「希望の郷・絆」を視察、仮設住宅の建材には地元産木材を活用しバリアフリーとコミュニティ形成、住民共助の促進をめざした提案型の仮設住宅として建設され、敷地内にはサポートセンターも配置し、遠野市の社会福祉協議会の職員が生活支援相談員として常駐、また、全国のボランティア支援者も受け入れている。
 次は、大槌町立大槌小学校を訪問、東日本大震災の大津波で甚大な被害を受けた大槌町では、大槌小学校、安渡小学校、赤浜小学校、大槌北小学校の4校が被災して校舎が使用できなくなり、大槌町内の「大槌ふれあい運動公園」のサッカー場敷地に仮設のプレハブ校舎を建設、町内4つの小学校を1校に統合して開校した。視察では、大槌小学校校長より、被災後の学校運営や子どもたちの生活状況の話を聴取した。その子どもたちの日常の学校生活から、被災地の苦悩する実態が受け取れるので紹介したい。「現在の在校生は423人で教職員は35人だが、極めて多忙で授業や生活指導に取り組んでいる。校舎はプレハブ仮設校舎で隣の教室の声や廊下の音が響き、夏や冬場の室温を一定に保つのに苦労している。現在、通学する児童の4割が仮設住宅に住んでおり、町内を循環する通学マイクロバスは7割の児童が利用し、一番遠い子どもは1時間以上かけて通学している。大津波で親や家族が亡くなっている児童や、精神的なケアが必要でPTSDと診断されている児童もおり、教職員も神経を使いながら学校生活を送っている。現在、スクールカウンセラーが配属されており、子どもたちの悩みや相談に対応している。子どもたちもやっと落ち着いて過ごしているように見えるが、実は心に重い蓋をしたまま、過ごしているのではないかと思っている。実際の学校運営では、子どもたちに日々接する教職員も精神的に余裕がなく大変でいる。子どもたちも抑えられてきた感情が、正直に表に感情を出せるようになり、子ども同士のケンカも多くなっている。子どもたちの作文にもその気持ちの変化が表れており、職員室でその本当の気持ちの作文を紹介したら、教職員も涙を流して聞いていた。被災した両親は住まいの再建や仕事の確保などで将来不安を抱いており、家庭での日常生活から子どもたちも敏感に感じ取り、さまざまな精神的な影響が表れている。親の収入が減少して行政から就学援助を受けている児童は5割となっている。お母さんが精神的に病んでしまい、子どもへのネグレクトという例も見られている。親の不安がストレートに子どもの不安につながっているようだ。家庭に帰って子どもたちを静かにすごさせるには、ゲーム機器の遊びが一番良いようだが、それで良いのだろうかと思っている。「ゲームの内容が暴力的で対決して闘うものが多く、そのことが実際の学校生活にも影響しており、子どもたちの健全な心の育みも学校としての課題となっている」と語られ、大人社会の縮図が子ども社会と言われるが、そのことが如実に表れていた。
 視察の最後は大津波で中心部が流失した、宮古市田老地区の現地視察で、説明のため同行した宮古市議より、宮古市の復興状況と課題について説明を受けた。田老地区の現地視察では防潮堤から田老中心部の現状を視察し、区画整理事業や高台移転計画の進捗状況、三陸鉄道田老駅や三陸縦貫道路の整備状況、防災を学ぶツアーの現状、田老観光ホテルの保存計画の課題、魚市場の復旧状況、新防潮堤の建設計画などの説明を受け、その後、岩手県で最も世帯数の多い「グリーンピア三陸みやこ仮設住宅」や「仮設商店街たろちゃんハウス」、グリーンピア三陸のホテル内に開設された診療所などを視察した。

(5) 2013年11月「2014年度県政運営に関する政策要望の申し入れ」
 前述の被災地への復興視察で、被災地から寄せられた要望を達増知事に直接報告をし、ぜひ、知事としても被災地に足を運び、その現状と打開策に尽力を願うことを強く申し入れた。また、前年と同様の趣旨で「2014年度県政運営に関する政策要望の申し入れ」を行い、13年度の震災分野事項に新規として次の事項を盛り込んだ。
① 震災復旧・復興に係る自治体職員の増強と応援体制強化を国や市町村と連携し推進すること。同時に、職員のメンタルヘルスや労働環境の保全にも充分な配慮と対策を行うこと。
② 東日本大震災で被災された方々の生活支援、仮設住宅の補修、災害公営住宅の推進、まちづくり再建への支援など、被災地の要望に沿った施策と支援を拡充すること。特に、国の重点が東京オリンピックへとの懸念もあることから、引き続き、復旧・復興への国の支援強化を働きかけること。
③ 東日本大震災で自宅家屋が流失した被災者への「防災集団移転促進事業」は、国の対象戸数条件があることから、移転新築希望者があったとしても適用除外となる案件が見られているため、戸数条件を見直し、すべての希望者が補助対象となるよう、関係機関に見直しを働きかけること。
④ 被災者生活再建支援法では、災害の規模が全壊又は大規模半壊等の世帯が同一市町村で10世帯以上ある場合に適用されるとなっているが、同法の趣旨は被災世帯の早期生活再建支援であり、10世帯に満たない場合でも支援を受けられる制度となるよう、関係機関に見直しを働きかけること。
⑤ 本年の集中豪雨災害や大型台風災害など、これまで経験したことがないような自然災害が発生し、道路、河川、農地、住宅など地域住民に甚大な被害が発生しており、行政機関としての防災体制と災害対策への再検証が求められ、災害復旧、住民の避難誘導、河川への洪水対策、危機管理体制などの再点検を市町村や関係機関と連携して実施し、安心な県土づくりを推進すること。
⑥ 国の消防力整備指針による県内の整備基準充足率は、全国平均を下回っており、消防力の充足率向上を市町村と連携して取り組むこと。また、消防力整備指針に対する地方自治体の低い充足率の問題は、地方交付税での消防費の基準財政需要額と国が定める消防力整備指針との乖離があることから、国に対して交付税措置の見直しを働きかけること。

(6) 2014年3月「3・11から3年・復興シンポジウム」
 宮古市で「3・11から3年」復興シンポジウムを開催し、被災県の陣頭指揮を執っている達増拓也岩手県知事が基調講演を行った。達増知事は、当時、大槌高校生だった佐々木茜さんの「震災を見つめた詩・瞳に映るもの」を朗読、被災を受けた方々の深い悲しみと葛藤を振り返り「復興とは自治であり、学びであり、改革である」と自身の思いを語った。また、被災地では貧困や格差が被害をさらに拡大していると指摘「その解消をめざして被災県も努力していくことが、国全体の解消に向けた大きな力になると思っている。市場原理の導入だけが万能ではなく、被災地や地元の暮らしを最大限守ることが復興そのものだ。県としても、地域を支える若者や女性の活動を積極的に支援していきたい」と抱負を述べた。基調講演の後には、4人によるパネルディスカッションが行われ、被災地の現状や支援活動のあり方などが報告され、全国から参加した自治労の仲間の発言も交えて活発な意見交換を展開し、今後も復興の検証や自治研活動の重要性を確認し合った。翌日は大津波でまちが全壊した田老地区を訪問、「たろう観光ホテル」の6階から自身が撮影した松本勇毅社長より、その映像と当時の惨状が話され、改めて大津波の恐怖と命の尊さを学んだ。今回のシンポジウムで集約された復興に関わる課題解決や被災地の要望を働きかけるため、小原代表が上京して以下の項目について、社民党の国会議員団に被災地と被災住民の現状を訴えた。
① 一日も早い仮設住宅から自宅、又は、公営住宅への移転を望んでいる。(仮設住宅入居者数33,699人)
② 小規模住宅団地造成は比較的早く進んでいるが、大規模住宅団地造成やかさ上げ工事は遅れており、難航する用地取得が要因としてあげられている。
③ 津波復興拠点整備事業が魅力ある事業となるよう願っている。大船渡市の事業課題の実例がある。
④ 新たな事業を復興の起爆剤にと期待している。宮古市の事業課題の実例がある。
⑤ 地域住民の足を守るうえで、路線バス、鉄路は重要な交通手段である。JR山田線の復旧・復興は、JR東日本会社の経営と企業責任において、将来にわたり行うべきである。
⑥ いま、地方自治が問われている。
 ア 人間復興こそ震災復興の基本理念
  ・被災者の人間らしい暮らし、学び、仕事、コミュニティを重視した復興の推進。
  ・自治体側の要望がハード面整備優先になってはいないか、被災者の心の不安をなくす努力を。
  ・仮設住宅等から自殺者を出さない視点と取り組みを忘れないこと。
 イ 地方分権、地方主権の観点から見える姿
  ・地方自治体は、国への依存を強めているがそれで良いのだろうか。
  ・復興財源の確保のために独自性の押し出しを弱めてはいないか。
  ・地方自治体職員の増員と健康管理体制を強化すべきである。
  ・被災現場のやる気を引き出す復興でありたい。これからが復興本番となる、地方自治体の底力を発揮せよ。
 ウ 人口流失にどう対応
  ・現在、生きて現地に暮らしている人たちが、被災地の復興に関わっていくことが大事ではないか。
  ・この人たちとともに頑張る以外に人口流失を止める手立てはないのではないか。

2. むすびに

 被災地のダメージは想像を超えるものがあり、何とかならないかとの焦りも強く感じる。自治研という立場から着眼して進めてきたが、長期間にわたる復興のなかで、あるべき姿をどのように探求すれば良いのか、被災者と常に寄り添って考えていく原点と、震災を風化させない発信力の継続を忘れずに歩むことが重要と感じている。わが郷土の先人、宮沢賢治は「世界全体が幸福にならなければ、個人の幸福はあり得ない」との願いを説いた。ぜひ、被災者の幸せが実感されるまで、引き続きのご支援とご協力を心より願ってやまないものである。