【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第8分科会 男女がともにつくる、私たちのまち

 超高齢社会、少子化、人口減少という状況下にある現在、基礎自治体に求められる子育て支援のあり方を考える。とりわけ、3年連続人口が増加している新潟県聖籠町の子育て支援策を題材にして、基礎自治体が担うべき子育て支援のあり方を考えてみたい。



基礎自治体に求められる子育て支援
―― 新潟県聖籠町の取り組みから ――

新潟県本部/自治研推進委員会・第2分科会(子育て支援)

1. はじめに

 わが国は、2007年に65歳以上の老年人口割合が21.5%と超高齢社会に突入し、翌2008年からは継続的な人口減少社会に入った。国立社会保障・人口問題研究所の出生中位推計の試算(2012年1月推計)では、2048年に日本の人口は1億人を割り込み、65歳以上の老年人口割合は、2035年に33.4%(総人口の1/3)、2060年には39.9%(同2/5)になると推計している。
 こういった状況の中で、今後の社会構造に大きな影響を及ぼす少子化が社会問題となっている。ある死亡の水準の下で、人口が長期的に増減せずに一定となる出生の水準を「人口置換水準」というが、実はわが国の出生率は1974年以降30年以上もの間人口置換水準(現在は2.07)を下回り続けている。ところが、戦後のベビーブームなどによって増加傾向にあった人口が持つ特性いわゆる「人口モメンタム」により、出生率の低下が総人口の増減に即座に反応しないという状態が長く続いていた。
 しかし、長期にわたり低出生率が続いた結果、若年世代ほど人口規模が縮小しており、今後出生率に一定の回復があったとしても、人口の長期的な減少が決定的となっている。これまでも少子化についての様々な原因分析が行われてきたが、少子化を解決する抜本的な対策が打たれることはなく、少子化が問題となり始めてから現在に至るまで、日本の出生率は人口置換水準に戻ることなく、低下傾向で推移している。
 新潟県内においてもこの傾向は変わらず、統計データからもそのことが確認できるが、総務省がまとめた住民基本台帳による人口動態調査(2013年3月末)で、唯一3年連続で人口が増加しているという特異な傾向を示す自治体が新潟県聖籠町である。
 聖籠町は出生数に関わる統計数値が県内では突出して高位にある自治体である。財政力指数は1.147(県平均0.509)であり、豊かな自主財源を独自の子育て支援策に振り向けており、それが子育て世帯に支持されているという。本稿では、聖籠町の子育て支援制度を題材に、少子化時代に基礎自治体に求められる子育て支援のあり方を考えてみたい。


2. 聖籠町の子育て支援

(1) 聖籠町の概況
 聖籠町は、新潟県の北部、飯豊連峰に源を発する加治川下流の海岸地帯に位置し、東は新発田市、南は新潟東港中央水路を境界に県都・新潟市に接する総面積37.99平方キロメートル、人口約1万4千人の町である。全体的にほぼ平坦な地形で、豊かな穀倉地帯を形成、また果樹などの栽培も盛んに行われるなど、かつては農業を主としていたが、1969年に新潟東港が工業専用港として開港されると急速に工業化が進んだ。その後、運転を開始した東北電力・東新潟火力発電所などの立地により財源が豊富なこともあり、県内に3ある地方交付税不交付団体の1つとなっている。また、精密機械や食品加工などの大工場が多く、製造品出荷額は1,158億円と県内の町村としては最大規模を誇る。
 総務省の人口動態調査(2013年3月末)によれば、聖籠町は3年連続で人口が増加しており、2012年度だけで見ると自然減19人に対し社会増が38人となり、他の県内自治体が全て人口減少しているという状況下にあって、僅かではあるが全体として19人の増加(増減率0.13%)となっている。新聞報道によれば、同町ではこの理由を「3~5歳児の基本保育料を無料にするなど子育て支援を充実させているため」と分析している。それでは、聖籠町の人口増加の理由であると考えられる特徴的な子育て支援制度の幾つかを具体的に見ていきたい。

(2) 特徴ある子育て支援制度
① 保育料
  まず何と言っても特筆すべきは、家庭で保育ができるか否かに関わらず、通常保育(月~金の8:30~15:00)が無料ということである。また、家庭で保育ができないことが条件となるものの、所得要件なく長時間保育(月~金の8:30~17:30)については月1,000円という破格の負担で利用できる子育て環境が整備されている。一般的な自治体では、所得税が課税される世帯で3歳以上児の場合月1万5千円~3万5千円前後という保育料が徴収される場合が多く、例えば月3万円が3年間と考えても約100万円の違いが生じることになり、子育て世帯の家計負担は大幅に軽減されることになる。

県内の主な自治体の3歳以上児1人の標準的な月額保育料

 

住民税均等割世帯

住民税所得割世帯

所得税10万円の世帯

同20万円の世帯

聖籠町

1,000

1,000

1,000

1,000

新潟市

9,000

11,500

33,000

35,300

上越市

6,000

9,000

41,000

48,000

燕市

3,500

10,000

25,500

27,000

新発田市

10,400

14,400

24,200

30,500

柏崎市

6,500

9,800

30,600

31,800

② 出産祝い金
  出産祝い金制度は、最近まで県内5自治体で実施されていたが、燕市は2011年度に、新発田市は2012年度にそれぞれ制度を終了している。現在確認できるのは、胎内市が第3子に10万円、第4子以降に15万円支給という祝い金制度、阿賀町が第2子に5万円、第3子以降10万円支給という祝い金制度を設けている。一方、聖籠町は第1~3子まで5万円、第4子以降10万円(義務教育就学前まではこれとは別に月5千円)という祝い金制度を設けている。
③ 子どもの医療費助成
  子どもの医療費助成(入院・通院)については、県内どの自治体も中学校卒業までを対象とするところが主流であり、町村を中心に一部では高校卒業までを医療費助成の対象にしている。聖籠町は中学校卒業までを対象としており、年齢要件は特筆すべき状況にないが、通常月4回までは支払う必要のある一部負担金(通院530円/日、入院1,200円/日)を小学生までの子どもは月2回まで支払えば、残りの2回は償還払いされるという独自の助成制度を展開している。

 以上見てきたような、ある意味では大胆な子育て施策は、全て財源の裏付けなしには実行できないものである。現下の経済情勢や厳しい将来見通しが予測される社会状況の中では、子育てにかかる費用は極力減らしたいというのが子育て世帯の本音であり、聖籠町の施策が支持される理由なのではないだろうか。


3. 聖籠町の統計指標

 さて、前章では聖籠町の特徴ある子育て支援制度を見てきた。本章では、聖籠町の子育て支援制度が、出生に関わる各種指標にどの程度影響を与えているのか、その相関関係について見てみたい。

(1) 人口増に結び付く指標
 人口の増減に関わる指標で、聖籠町が県内でも極端に高い、あるいは低い指標は次のとおりである。(データは『平成25年度版新潟県100の指標』より。新潟県は30自治体であるため30位は最も下位となる。)
① 出生率(9.1‰:2位 →県平均値7.5‰)
② 合計特殊出生率(2.14:1位 →県平均値1.41)
③ 死亡率(10.6‰:29位 →県平均値12.0‰)
④ 人口自然増減率(2.4‰:1位 →県平均値-4.1‰)
⑤ 人口転入率(4.17%:2位 →県平均2.69%)
⑥ 平均年齢(43.6歳:30位 →県平均47.0歳)
⑦ 婚姻率(5.3件/千人:2位 →県平均4.4件/千人)
⑧ 離婚率(2.23件/千人:1位 →県平均1.38件/千人)
⑨ 老年人口割合(21.8%:30位 →県平均27.2%)
⑩ 生産年齢人口割合(63.0%:1位 →県平均60.3%)
⑪ 年少人口割合(15.2%:1位 →県平均12.5%)
 平均年齢、3区分別人口割合から聖籠町は若い自治体であることが分かる。出生率や合計特殊出生率は高いが、老年人口の占める比率が少ないためか死亡率も新潟市に次いで低く、人口の自然増減率を押し上げる結果となっている。出生の前提条件とも言える婚姻率は1位だが、逆に離婚率も2位と高位であり、双方の差は県平均とほぼ同じ概ね3程度である。ただし、一般的に出生の前提は婚姻にあることを考えれば、婚姻率の高さが出生率に強い影響を与えていることが推測できる。
 県内の他自治体との統計数値の比較から、聖籠町の子育て支援策が、出生率等の数値に良い影響を与えていることは間違いないと思われるが、一方で、以下に示す聖籠町が持つ独自の強みも統計数値に影響を与える要因になっているのではないかと考えられる。

(2) 聖籠町の強み
① 県都・新潟市に近くアクセスが良いこと。
  旅客用の鉄道駅はないが、町内には高速道路、国道7号バイパス、幹線道路が整備されており、新潟市や新発田市方面に延びている。自動車運転免許証の保有率も県内2位(71.7%、県平均66.8%)と高く、車社会に適した立地である。
② 製造業を中心とした恵まれた雇用環境で生活しやすいこと。
  従業者1人当たりの商品販売額が県内1位(5,936.6万円/人、県平均3,355.1万円/人)で、製造業の従業者数、製造品出荷額も自治体規模で比較すると極めて高い。一人当たりの所得も県内3位(3,104千円、県平均2,632千円)である。また、基準地価は隣接する新潟市北区、新発田市より圧倒的に安く、宅地分譲も積極的に行っていて新たに住宅を求める子育て世帯が求めやすい条件が整っている。持ち家比率も、隣接する新潟市や新発田市に比べ高い。
③ コンパクトな自治体で行政効率が高いこと。
  総面積は37.99平方キロメートルと県土のわずか0.3%で、ほとんどが平坦部であり、利用可能な土地が広い。人口密度は366.3人/平方キロメートルで行政効率の良さが際立っている。


4. 県自治研集会での取り組み

 聖籠町の子育て支援策を題材にして、2014年7月に開催された県自治研集会で自治体の子育て支援に関するパネルディスカッションを行った。その議論の中で、一般的な自治体では聖籠町のように潤沢な財源はなく、貴重な福祉財源を子育て支援にだけ振り向けるような社会的合意はまだ出来ていないという点が指摘された。
 また、「子ども子育て新制度」にかかるニーズ調査の結果を受けて、本来自治体が提供すべきは、親を楽にするための子育て支援策ではなく、子どもの目線に立った支援策なのではないか。さらに、親向けのサービスを手厚くすることにより親子が一緒にいる時間が減ることは子どもにとってはどうなのか、そして、子が病気のときに親が面倒を見られないという社会のあり方そのものについての意見も出された。
 この集会の議論で得られたことは、社会や地域のニーズを捉えて公共サービスを提供することが自治体の使命ではあるが、一方で、子ども目線という子育ての本源的なあり方との均衡点を見極め、基礎自治体として節度ある子育てサービスをどのように提供していくのか、という視点も欠いてはならないということであった。


5. おわりに ~地域目線の子育て支援~

 望まれて生まれてくる子どもと望んで生んだ親がいて初めて親子の絆が生まれ、それが良好な人間社会を築く基になる。経済一辺倒で過重労働を強いられる社会の有り様や情報化の進展、娯楽活動の増大、核家族化の進展、行き過ぎた個人主義等により、子育てが人生や社会の財産ではなく、逆に負担であるという考え方が広がっている。これは、例えばリフレッシュのための保育園利用などという事象にも現れているが、いつの間にか日本は、忙しくて子育てをするゆとりが持てない社会、子育てに楽しみを見いだせない社会になってしまったのである。こういった社会そのものを考え直し、子育てという営為を捉え直す、そんな時代を迎えているのではないだろうか。
 本稿で見てきたように、聖籠町は子育ての環境を整えた結果として出生率が向上し、県内で人口動態が唯一増加している特異な自治体であり、聖籠町が行っている子育て支援策には子育て世帯から支持される要素が多く入っていると考えられる。そしてまた、聖籠町の子育て支援策は、聖籠町という一自治体が、自身が置かれた状況を冷静に分析した上で、地域社会の未来を考えた結果として、どのような子育て支援が有用なのかという地域的な視点から、自治体の身の丈に合った施策に取り組んできた結果であることを押さえておく必要がある。
 子どもは地域の宝であり、地域社会を元気にするパワーの元であると言える。日本の国力や経済というマクロの視点ではなく、子どもが地域社会やそこに生きる大人たちの活力の源であること、子育て環境が整うことによって、子どもが増えることは社会にとってプラスであることを再認識したい。
 2015年4月から開始される「子ども子育て支援新制度」は、すべての子どもに良質な成育環境を保障し、子ども・子育て家庭を社会全体で支援するという考え方のもとに取り組まれる制度である。各自治体に設置される子ども・子育て会議では、様々な利害関係者が地域の子育てを考え、実行していく役割を担うことになる。前項の4でも指摘したように、各自治体においては、子育て支援にかかる地域の合意形成を図り、節度あるサービスという考え方を踏まえつつ、子育ての環境整備を行うための知恵を絞ることが求められることになるだろう。同時に「子育ては親育て」とも言われるが、子育てには忍耐力や粘り強さが求められる。そういった意味では、利便性や快適性を追求する現代社会の中で、どちらかといえば大変さが強調される子育てという営為についてのパラダイムシフトも行政主導で進めていかなければならない課題になるだろう。そして、子どもの存在が地域社会に与える影響を真剣に考え、地域社会が子育てについて改めて問い直す機会とすることが求められているのである。