【自主レポート】

第35回佐賀自治研集会
第9分科会 平和と共生のために、自治体は……

 私たち川崎市職労清掃支部では、差別の撤廃と人権の確立をめざし人権問題に取り組んでいましたが、2012年1月「民族(朝鮮人)差別が記載された封書」が投函されるという事件が発生してしまいました。この事件への対応を協議していくなかで取り組んできた活動を報告させていただきます。



人権課題への取り組み
―― 差別のない職場に向けて ――

神奈川県本部/川崎市職員労働組合・清掃支部・自治体政策部長 崔  拡史

1. はじめに

 あらゆる差別の撤廃と人権の確立をめざし、"あらゆる差別をしない・させない・許さない"の3本の柱を基本に人権問題に取り組んでいるなか、2012年1月11日(水)に川崎市環境局多摩生活環境事業所に「民族(朝鮮人)差別が記載された封書」が『川崎市全職員』という差出人名で投函されるという事件が発生しました。
 このような差別事件は過去にも発生しており、その都度、2度と起きないようにさまざまな取り組みを行い、あらゆる差別の撤廃と人権の確立をめざしてきましたが、結果として差別事件が発生したことは、私たちの取り組みの甘さが露呈したと言わざるを得ません。
 私たちは会議での議論、川崎市職労本部をはじめ「神奈川人権センター(*1)」や「民族差別と闘う神奈川連絡協議会(かながわみんとうれん(*2))」からの提言を踏まえ、改めて本事件に正面から向き合い、当事者に対して何ができるのか、何をすべきなのか、深く考えました。そういった思いから、プロジェクト会議を立ち上げ、環境局廃棄物関係職員研修検討委員会の設置、人権学習会、「12・5人権週間統一行動」実施など組合と市の当該局とで本事件に正面から向き合い、なぜこのような問題が起こったのか、民族差別とはなんなのかを根底から見つめ直し取り組んできました。しかし犯人の特定には至らず本事件の真相は究明できていないことからも被害者の救済ということへの限界を感じ、顧問弁護士とともに警察へ被害届を提出し捜査を始めるよう相談しましたが、結果として警察の返答は「被害届については受理するが、事件の緊急性がないため捜査は行わない」というものでした。     
 私たちは当事者が受けた心の傷をいまだ癒すこともできずにいます。仲間を思う気持ちから、犯人に対し怒りという感情だけがむき出しになったことや、何をすればいいかわからず口を閉ざすこともありました。当事者との話し合いのなかで涙することもありました。それでも当事者と向き合い、対話をしていくことで自身に置き換えてこの事件の根幹を考え、労働組合として何をすべきかを見出そうと話し合いを続けました。支部執行委員の各々が当事者と向き合いながら、今後の方向性を示すことができるように取り組んできました。二度とこのような思いを当事者にはさせないために、改めて全職員の意識啓発とあらゆる差別の撤廃に向けた人権意識の確立をめざし強い思いを持って継続的に取り組みを進めてきました。


2. なぜ私たちの職場には在日コリアンの仲間がいるのか
  「朝鮮人強制連行・強制労働」の歴史を学ぶ

(1) 人権学習「松代大本営跡」へのフィールドワークへ
 まず私たちは、被害にあった当事者の立場(気持ち)を考え、この問題を真摯に受け止めた上で人権問題に関する取り組みを強化するためにも、"なぜ私たちの職場には在日コリアンの仲間がいるのか"という視点から、在日コリアンの歴史的背景を学び、「朝鮮人強制連行・強制労働」を"肌で感じてみる"ということが必要であるという考えから、2012年5月13日(日)~5月14日(月)にかけ長野県長野市松代町にある「松代大本営跡」へのフィールドワークを開催することにしました。
 事前準備として清掃支部執行委員を対象に「在日コリアンのルーツの一端を知るために」とする学習会を開催しました。NPO法人在日外国人教育生活相談センター・信愛塾(*3)の理事でかながわみんとうれん幹事の大石文雄さんを講師に招いて「松代大本営と在日コリアンの歴史を考える」と題しての学習会としました。大石さんは歴史を振り返りながら「在日コリアン(韓国・朝鮮人)は、日本と朝鮮との近現代史の中での植民地支配の結果であり、松代大本営地下壕は戦時下の朝鮮人強制連行(募集・館斡旋・徴用等)による労務動員によって造られた。このような歴史的背景を踏まえた上で、在日コリアンとともに生きる社会を築かなければいけない」と語り、講師の大石さんの在日コリアンとの出会いや、これまでの活動などについても語ってくれました。

(2) 5月13日(日)長野県松代へ
 フィールドワークのガイドを長野市議会議員の布目裕喜雄さん、松代大本営ガイドクラブ代表の原山茂夫さんに依頼し、案内をしていただきました。
 原山さんからの説明のなかで「この地下壕は朝鮮人の強制連行によって掘られている。日本の侵略と加害の負の歴史をたどることができる貴重な戦争遺跡だと考えています。しかし地元の皆さんにとってみると、朝鮮人差別が歴然として残っていて、30年前から15年ぐらい前までは"朝鮮人の方々を語り継ぐのはいかがなものか"という空気が非常に強くありました。いろいろな証言を集め、証言集を残す中でようやく地元の皆さんにも保存運動に一定の理解が得られるようになってきましたが、いまだに朝鮮人差別というのがこの地下壕を通じて、現代の問題として私たちに問いかけている」とも話されていました。

(3) フィールドワーク終了後の意見交換(以下は参加者の意見・感想です。)
 ・朝鮮人を強制連行し地下壕を掘らせてまでも、天皇を守らなければいけなかった(国体護持)という当時の状況を感じることができた。
 ・フィールドワークであらためて強制連行(労働)の過酷さが伝わり、現地に来ることに意味があると思った。自分だったらとても働けないと思った。
 ・戦争時における労働力(強制)を朝鮮に求めたことや、強制退去をさせられた地元住民に対して、差別されていたと非常に感じた。今後の松代はどのように反映していくのかと考えさせられた。
 ・強制連行(労働)の爪痕を見ていると、当時の劣悪な環境だったことをひしひしと感じた。現在でも近隣住民の中には、松代大本営を保存していくことに反対している人がいることに差別を感じた。
 ・「軍隊は国(天皇制)を守るが国民は守らない」という原山さんの話がとても印象に残りました。当時の技術(人力)で劣悪な状況下でこの地下壕を掘ったと思うと、圧倒された見学でした。
 ・被害者意識、加害者意識の双方をきちんと考えなければいけない。
 ・戦争に対しての謝罪・反省・補償はしないといけない。従軍慰安婦問題も事実を見ることが必要だと思った。
 ・松代大本営を保存する運動を、地元の高校生が始めたことは意味があることだと思う。
 ・自分の祖父も、ここで働いていたかもしれないと思うと感慨深いものがある。「天皇を守る」ためには、人を犠牲にすることが当たり前という考えは理解できない。地元住民にも差別意識があることは勉強になった。
 ・沖縄の方がイメージとしては悪かったが、松代は風化した所から掘り起こし、この問題を再び風化させないという気持ちが伝わってきた。
 ・このフィールドワークを通じて、知らないことは聴く。聴くことができるようにならないといけないと思った。
 ・「差別投書」が投函されてからも在日韓国・朝鮮人差別について知らない人はいましたが、フィールドワークを通じて知ることができたと思います。


3. 本軍従軍「慰安婦」問題を考える

(1) 2013年7月16日 清掃支部執行部人権学習会開催
 安倍政権による憲法改正に向けた歴史的事実の歪曲に始まり、在特会(在日特権を許さない市民の会)による国際人権法を無視したヘイトスピーチ、朝鮮学校無償化問題など、人権の世紀といわれるこの時代に逆行する動きが強くなるなかで、従軍「慰安婦」は「当時あってしかるべき」「第2次世界大戦中の従軍『慰安婦』は必要だということは誰でもわかる」と言い切った橋下大阪市長の発言が大きな問題とされました。
 このような社会情勢だからこそ人権課題への取り組みが重要であると再認識し、また、私たち清掃支部の方針が揺るがぬよう2012年度に引き続き執行部人権学習を開催しました。
 この橋下大阪市長の問題発言から、約2カ月遅れでの開催になりましたが今回は従軍「慰安婦」を主題に学習会を開催しました。
 導入部のドキュメンタリー『15のときは戻らない』では「当時の状況(閉じ込められ・強制的に性行為をさせられる)・日本に対して謝罪を求め続けている意味(賠償問題だけではなく、二度とこのようなことがあってはならないという思いから)」など、今を一生懸命生きているハルモニたちを強く感じることができました。
 講師の近藤和枝さん(NPO法人在日外国人教育相談センター信愛塾スタッフ)からは「慰安婦」問題とは何か、国際的な動きに加え「慰安婦」という表現自体の矛盾点などを説明していただきました。また、慰安所を作った日本軍の動機、女性たちがどのように集められたのか、敗戦直後、現地に取り残された(当時の国際法に違反)女性たちがどのような生き方を選択したのか、戦後の日本の対応なども話していただきました。
 学習会を終えて、私たち執行部はメディアが一時的に流している情報にただとらわれるのではなく、問題点に対しどう考え、行動していくべきか話し合い、「反戦・平和、あらゆる差別をしない・させない・許さない」という行動理念を維持していくことが今後の課題であるという認識に至りました。

(2) 2013年7月27~28日 反戦・平和学習フィールドワーク
 NPO法人安房文化遺産フォーラムに講師・案内を依頼し、千葉県館山市へ向かい、市内に混在している戦争遺跡をめぐり平和を考えるフィールドワーク行いました。
 海と山に囲まれた町のなかにいまだに残る戦争遺跡を「負の遺産ではあるが、平和学習のための資料として残していきたい」と語りながら、市内を丁寧にガイドしていただきました。


4. 労使による差別事件再発防止に向けた取り組み

(1) 「差別のない職場に向けて」環境局・清掃支部共催人権学習会
 差別投書投函事件後に設置された、「環境局廃棄物関係職員研修検討委員会」の取り組みとして環境局・清掃支部共催人権学習会が2014年2月13日に開催され97人が参加しました。
 人権学習会は、私たちの職場の仲間に宛てられた「民族差別投書事件」を機に、この2年間行ってきた世界人権週間に合わせた「人権週間職場研修」の取り組みをさらに充実するために開催したものです。
 内容は2部構成で、1部は「人権問題に関する経過及び当時の対応状況等」とし、職場の対応、支部の対応、環境局の対応を事件発生時の担当者が、あらためて当時の思いを含めて話していただきました。当時、被害者が所属していた生活環境事業所所長の話では、事業所として前例がないこと、デリケートな問題でありどう対応すべきか悩みながらも、当事者の意向をくみ労使で今後の対応を協議していくこと、事業所職員に対して投書が送られてきた事実と今後の取り組みを周知していたことなど、当事者の思いを常に考えながら行動していくことが重要であり、意識の啓発につながることが語られました。最後に「今後も労使が共に協力し、差別やいじめがない働きやすい職場づくり」をめざして取り組んでいきたいと話されました。
 2部は「環境局職員の人権意識の向上に向けたこれまでの取り組みと今後の取り組み」とし、局の取り組み・支部の取り組み・各職場の取り組み報告をしていただきました。
 ある職場では、職場研修を実施する動機付けについて「差別投書があったこと、被害者との向き合い・寄り添いが問われていること」とし、目的意識については「聞いているだけではなく人権について自分で考えること」を所属長がしっかりと説明し、自らの経験談を語りながら職員一人ひとりから意見を聞き研修を進めていったことなどが報告されました。また、「人権意識を向上させ差別を許さない取り組みの基本は、『学ぶ・行動する』を一体のものとして進めることが重要であり、自分で理解し、知識として身につけていくこと、また、人権について主体的に考えることなどを重点に取り組んでいくことが必要だ」と説明されたということです。
 この学習会は、それぞれの代表者が各々の視点に沿った話をして、当事者に対し「しっかりと向き合う・寄り添う」ことの重要性、問題発生時にはすばやい状況把握と連携が不可欠であることが共有される機会になりました。

(2) 学習会終了後のアンケート結果から(抜粋)
〈大いに参考になった〉
 ・同じ職場の仲間が差別されるという事は怒りを感じる、今回のような学習会を通して、みんながお互いを理解し合える、気持ちの良い風が通る職場にしていきたいと感じた。
 ・事件の経過対応状況などから、その時にかかわった人たちの生の声を聞け、その思いがわかり良かった。
 ・難しいあまり事例のない案件に取り組む貴重な報告が大変参考になりました。
 ・人権について今一度考えないといけないと思いました。差別のない社会を目指さなければならないと実感しました。
 ・事件発生当時の生々しい状況が語られ、そのときの被害者の苦痛や恐怖感が感じられた。人権研修はどうしても理念的な内容に陥りがちだが、事実はやはり人の心に届くものと思う。
〈参考になった〉
 ・立場の違う関係者が、各々に振り返りながらスピーチするのは参考になった(共有しようとする気持ちがつたわるのは良いと思う)。次は経過の重複を避ける工夫が欲しい。
 ・このような学習会がないと、はっきり言って風化している感があったので、とりあえず一歩一歩でも進んでいるんだなと思った。
 ・ただ報告として話しているように聞こえました。絶対に許さないんだ! という意気込みが感じられませんでした。
〈少し参考になった〉
 ・ひとつの提案としての参考になりました。
 ・経過についてよくわかった。具体的な取り組みが提示されないので、何をすべきか良くわからない。
〈あまり参考にならなかった〉
 ・予想のできる結果報告ばかりでした。


5. 今後の取り組み

(1) つながりを持った取り組みの継続
 この間、私たちは、"あらゆる差別をしない・させない・許さない"を基本理念として受け継ぎ活動してきましたが、いざ差別事件を目のあたりにしたとき、労働組合として「できること、できないこと」を痛感し限界を感じるなか、川崎市職労本部・友好団体やNGO団体などとの話し合いや学習会を重ねるごとに、新たな視点に立ち、当事者と向き合うことを続けてこられたと感じています。しかし、事件が解決していないことを考えると、当事者の救済はできていない事実を真摯に受け止める必要があることから、当事者への謝罪とともに差別投書事件に対して、どのような対応が望ましいかを話しあい、支部としては今後も差別投書事件を風化させないよう組合員・職員全体に人権意識の啓発を継続して行っていくこと、当事者への救済を行っていくことを提案させていただきました。当事者からは事件発生当初の思い(不安・疑心)、この間の私たちとの関係のなかで生まれた気持ちなどを伝えてくれるようになったことで、この2年間の活動がまちがっていなかったこと、当事者と寄り添うことができたと感じました。
 今後も、私たち清掃支部は友好団体とともに人権課題への取り組みを継続していき、当事者の救済はもとより、このような事件が二度と起きぬよう、「差別のない職場に向けて」活動を継続していきます。




*1 神奈川人権センター:部落、民族、障害者、患者、女性、海外援助協力などの問題に取り組む県内の人権NGO・人権問題解決のために活動する市民団体など計26団体と13個人の正会員で構成され、趣旨に積極的に協力、連携する多くの賛助会員16団体9個人によって支えられている団体
*2 民族差別と闘う神奈川連絡協議会:在日韓国・朝鮮人をはじめとする定住外国人と日本人との共生をめざし、定住外国人への差別をなくすための取り組みを行っている市民運動の結集体
*3 NPO法人在日外国人教育生活相談センター・信愛塾:現在、5カ国の在日外国人の子どもたちを中心とした子ども会、学力保障の場としての補習クラス、母語クラス、日本語クラス、そして在日外国人の人権や教育・生活相談等、在日外国人とともに生きる社会を築くための様々な活動を展開しています。)