1. はじめに
いったいそれがなんであるのかが、よくわからない。多くの人は番号制度について、そのような漠然とした認識しか持ち合わせていないのではないだろうか。それでも、現場である地方自治体はそう言っては居られない。「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(番号法)」(以下、番号法)への対応が眼前の喫緊の問題として立ち上がっているからである。
しかし本論文は、このような業務そのものから少し離れたところから、番号制度を見ていきたい。その際に我々が取る視点とは、この制度が「いったいなんであるのか」を問うものである。番号制度がどんな理念や大義を掲げているものであるのか、それがどこから来てどこへ向かうのか、ということを真正面から考えるということである。
業務は進めなければならないが、我々が何を行っているのか、ということについての反省と考察を我々は欠かしてはなるまい。法改正を経て、なお思考停止に陥らず、その政策の背景とこれからを見つめながら、議会や市民とも議論を行い、その結果、道具として活用することができれば、そこにこそ、中央集権的な行政の在り方とは真逆の、地方自治の推進可能性が開かれるであろう。
また、本論は我々がひとりの国民である、という視点をも欠かさない。従来の番号制度の議論は、行政の効率化やセキュリティ管理、個人情報をいかに守るかというプライバシーに関するものに終始し、その実質についての議論が十分になされてきたとは言えない。ひとりの国民として考えるならば、番号制度について、管理されるのではないかという漠然とした不安こそあれども、日常的な手続きが便利になるのであればと、積極的な賛成も反対もすることができないものになっている、というのが論者の実感である。しかし、以下のように「取るべきものを取り、与えるべきものを与える」ための税や社会保障に関する公正性を達成するための制度なのだと言われれば、この制度はすぐさま、我々の生に密接に結びつくものとして立ち上がってくる。
(……)番号制度の活用により、所得情報の正確性を向上させることができ、それをベンチマークとして、社会保障制度や税制において、国民一人ひとりの所得・自己負担等の状況に応じたよりきめ細やかな制度設計が可能となり、ひいてはより適切な所得の再分配を行うことができるようになる(政府・与党社会保障改革検討本部2011:4)。
番号制度が生活保護の不正受給、現在進行形で世代間格差を生み続けている年金や、介護保険制度の改正、こうした社会保障制度の重要なトピックとともにある制度であるということ、我々の生涯に深くかかわる制度なのであるということ、こうしたことを認知することは、番号制度への関心ひいては関与を生むであろう。この制度がほんとうに「国民の視点をもっている」のかどうかを見ていくこともまた、本論の目的である。
2. 番号制度の目的とその手段、現状認識
(……)行政運営の効率化及び行政分野におけるより公正な給付と負担の確保を図り、かつ、これらの者に対し申請、届出その他の手続を行い、又はこれらの者から便益の提供を受ける国民が、手続の簡素化による負担の軽減、本人確認の簡易な手段その他の利便性の向上を得られるようにするために必要な事項を定めるほか、個人番号その他の特定個人情報の取扱いが安全かつ適正に行われるよう(……)特例を定めることを目的とする。
以上は番号法の第1章総則第1条の抜粋であるが、ここに番号法の目的は直裁に記されている。これを抜き出せば、
(1) 行政運営の効率化
(2) 行政分野におけるより公正な給付と負担の確保
(3) 手続きの簡素化を通じた、国民の利便性の向上
(α) 以上を行ううえで、個人情報が安全かつ適切に取り扱われるようにすること
という3つの事項(これに付随するものとしてのα)が番号法のめざすところ、目的ということになる。そのための手段として番号法が要請しているのが個人番号の導入であり、また、それを可能にするものとしての情報システムの整備及び運用である。
(……)個人番号及び法人番号の有する特定の個人及び法人その他の団体を識別する機能を活用し、並びに当該機能によって異なる分野に属する情報を照合してこれらが同一の者に係るものであるかどうかを確認することができるものとして整備された情報システムを運用して、効率的な情報の管理及び利用並びに他の行政事務を処理する者との間における迅速な情報の授受を行うことができるようにする(……)
つまり、最高の個人識別可能性を持つ個人番号(そして法人番号)を活用することで、税や社会保障など複数の異なる分野に分離している情報を紐付け、それが同一人物のものであるということを確定していくということである。個人番号を中心とする情報システムの確立とその運用という手段が、上記の3つの目的を達成するための最適解である、そのような認識のもとに、この法律は制定されたのだと言えよう。
また、番号法において以上の目的を設定するということ、すなわちこれらを達成するという法律の持つ意欲は、これを裏返せば、(1)「行政運営が非効率的である」、(2)「行政分野において公正な給付と負担の確保が達成できていない」、(3)「国民の利便性を十分に高められていない」という現状認識に等しい。
以上、番号法の趣旨を概観した。そこで我々は次に、こうした手段を取ることがどうして3つの目的を達成するために必要であるとされるに至ったのかを、歴史的な観点から見ていく。
3. 番号制度の歴史的背景
番号制度の歴史は古い。というのも、それは戸籍・納税・社会保障等の社会制度の歴史と切り離せないからである。(注ⅰ)
戸籍制度は、古代に遡ることができるものの、1872年の「戸籍法(壬申戸籍)」が全国統一の制度として画期的であった。この法律は定住を基本とした農村社会を前提としており、都市化による住民の移動の増加に対応することが出来なかった。そして、1951年に「住民登録法」が制定される。これは世帯台帳を法的に位置づけるものであり、戸籍簿としての機能に、住民登録制度という機能が新たに加わった。だが、届け出や台帳が重複するなど制度的には不完全なものであった。また、1967年の「住民基本台帳法」で、台帳が住民サービスを目的とするものとして位置づけられる。住基台帳は選挙人や年金受給のための基礎的な資料であった。そして、紙の台帳における管理が限界を超えた段階において、転回点が生じた。1999年「住民基本台帳法」が改正され、全国単位での本人確認が行われると共に、弱者のためのセーフティネットとして利用されることを目的とし、住基ネットが設立される。導入時に多くの批判を受けながらも、2014年現在、大きな事故は発生せず、安定的な稼働が行われているといえるだろう。
しかし、住基ネットにおいても、2010年の「高齢者所在不明問題」等、国民の生死について全体的な把握ができているとは言うことができず、多くの問題点が存在する。死亡届のみで国民の死を管理する制度の隙間で、不正な年金受給が行われていた事実が明るみに出た。所在や生死が不明な高齢者が大量に存在することが発覚したのである。2010年9月1日時点で住民基本台帳から確認される100歳以上の高齢者の数は44,449人であるのに対し、厚生労働省が面会など本人確認を行ったところ、所在、存命が確認できた者は23,269人に過ぎなかった。(注ⅱ)
納税制度においては、国家が個人の収入を十全に把握することができていないという現実がある。2008年「定額給付金政策」では、こうした背景が原因となって、現金の給付に所得制限をかけることができなかった。
社会保障制度においては、1961年(昭和36年)個別分野における社会保障番号が導入された。年金番号、健康保険番号の導入は画期的ではあったが、それぞれの制度において独自に付番を行っており、加入する制度が転職などを通じて変わると、番号が変わってしまうというものであった。そこで、1997年基礎年金番号が導入される。制度間を移動する被保険者に関する情報を的確に把握することによる届出の簡素化、届出忘れによる未加入者の発生の防止を図るものであった。ところが、2007年「消えた年金問題」が発覚。基礎年金番号による把握の限界がそこに露わになった。
戸籍、納税制度、社会保障制度、こうした社会制度に内在している以上のような機能不全は、生涯を通じて個人を特定する個人番号を要請する。国民の"ゆりかごから墓場"まで、一生涯を通じて本人確認をすることができるようになること、彼・彼女がいくら収入を得て、納税を行うのか、医療費をかけ、死亡を確認するのかを把握することができるようになること、これらが達成されることによって、機能不全から回復し、「行政運営の効率化」を達成しようと試みるものが番号制度である。
だが制度の不完全さや管理態勢の不備によって課題となっている「行政運営の効率化」とは、国の行政運営の失敗を補うものであり、これを「国民の視点」に立ったものと見なすことは困難である。適切な制度設計ができなかったためにより適切な制度設計をめざすこととは、国家が機能を果たすための自浄作業に他ならないからである。そこで番号制度が真に「国民の視点」にかなうものであるのかどうかは、「行政運営の効率化」にではなく、「公正な給付と負担の確保」と「手続きの簡素化を通じた、国民の利便性の向上」がいかに果たされるのかにかかってくる。
以下では具体的に、番号制度によって効率化や公正さがいかに達成されるのかを見ていく。
4. 番号制度は公正な給付と負担の確保を達成するか
番号法の根拠とも呼べるものがある。民主党政権時代に発表された「社会保障・税番号大綱」(政府・与党社会保障改革検討本部:2011)であり、番号法そのものがこの大綱に多くを依っている。ここには番号法のめざすところ、理念が示されている。それは要約すれば、"国民の所得情報をより正確に把握することで、国民一人ひとりの所得・負担状況に即したより細やかな制度設計を行い、所得の再配分を行う"ものである。つまり、そこでめざされているのは、不公平の改善=再分配政策の徹底である。人口減や高齢化による社会保障の世代間格差、医療費の増大を目の当たりにし、日本の将来を危ぶみ、「取るべきところから取り、与えるべきところに与える」ことをめざすという理念が上位に置かれているのである。
ここに存在するのは、社会制度の網目をかいくぐる不正な個人、フリーライダーの存在についての意識である。医療費が漸進的に高まっていく中で、不正を許さない制度を作らなければならないという使命感であり、社会保障を適正に、困窮しているひとに与えるのだというバランス感覚である。
(1) 公正な負担の確保
何故十分な税収を得ることではなく、「公正な」税負担が達成される必要があるのか。その答えは、「社会保障と税の明日を考える」というパンフレットに明確に示されている。現在の社会保障制度の土台である国民皆保険制度の制定(1961年)から50年以上が経過し、「私たちの目から見えにくいところで社会保障制度を取り巻く環境は大きく変化」している。少子高齢化、政府の財政赤字の拡大、待機児童への対応などの新たなニーズの発生。こうした時代状況の変化に伴い、「『社会保障と税の一体改革』は、現在の社会保障を『守り』、『充実し』、そしてみんなで支え合う仕組みをもう一度作り上げるもの」であるとされる。このパンフレットは、社会保障の基盤が不安定化するなかで、社会保障と税制度についての国民の納得感を高めることで制度を安定的に維持していくことを意図しているのである。公正な税負担が、安定した税収につながると考えられている。
ところで、こうしたパンフレットはいったい誰を対象としているのであろうか。①「現在適切に保険料を支払い、納税をしていて、社会保障と税制度にあまり不安を感じていない国民」ではあるまい。②「現在適切に保険料を支払い、納税をしているが、社会保障と税制度に不安を感じている国民」や、③「適切に保険料を払っておらず、納税をしていない国民」となるであろうし、③の国民に対して、社会保障・税制度に納得をしてもらい、適切に納税をしてもらうことであろう。つまり、非納税者や滞納者などのフリーライダー(ただ乗りをする人)が一番の対象である。
番号制度は、こうしたパンフレットによるソフトな説得とは異なり、フリーライダーを制度的に不可能にするハード的仕組みを備えている。
① 扶養控除のダブル適用の是正
税務当局が保有する各種所得情報を、番号を用いて正確かつ効率的に名寄せ・突合することにより、所得の過少申告や税の不正還付等を効率的に防止・是正できる。例えば、母・息子・娘という3人の家族構成で、娘が母親と同居しており、息子が別の県で働いているという状況を仮定する。このとき、母親の扶養控除を娘・息子が別の地方税局に同時に申請した場合、現在の仕組みでは、氏名・住所による名寄せが行われるため、突合が非常に困難である。つまり、息子娘のどちらの扶養控除の申請も通ってしまう可能性があり、そのような事案も発生している。不正還付等の防止・是正には多大な事務量を要する。しかし、番号制度の導入によって、個人番号が付番されたならば、地方税局同士のあいだでの突合が容易になり、税の不正還付を効率的に是正することができるようになる。
② 「資料情報制度」の効率化・正確性の向上
現在の所得に対する課税制度は、納税者が所得を得る様々な取引において、給与支払者から給与の源泉徴収票や支払調書を税務局に提出してもらい、これと納税者の申告とを突合することで行われている。この納税者による申告はマイポータルの仕組みの導入によって簡易化される。給与所得や報酬情報のみならず、年金保険料や国民保険料などの社会保険料支払い状況や株式配当などの金融所得情報といった各種情報がパソコン画面に表示されるため、確定申告の準備の手間が軽減され、より正確な申告をすることができるようになるためである。この仕組みによって申告忘れや漏れが減少し、不申告が抑止される。
③ 生活保護不正受給の抑止
生活保護の受給決定のために、「預貯金、保険、不動産等の資産調査」、「扶養義務者による扶養の可否の調査」、「年金等の社会保障給付、就労収入等の調査」などが行われるが、転居などで住所の変更を繰り返していた場合、保護の決定実施に関する各種情報の提出を、申請を受けた市町村は、他の市町村へ求める必要がある。これも基本4情報(氏名、性別、生年月日、住所)をもとにした突合確認であるため、本人確認に難があり、多大な事務量が必要となっている。しかし、番号制度導入後は、必要に応じて情報提供ネットワークシステムを通じて、保護の決定実施に関する情報を他市町村等に照会し、当該情報等に基づき保護の決定を実施することができるようになる(注ⅲ)。 以上の3つはどれも、非納税者や滞納者、フリーライダー(ただ乗りをする人)を仕組みとして発生させないようにするものであり、一定の有効性は見込めるだろう。だが、そこにはいまだ多くの不十分な要素がある。
最大の問題点は、所得の正確な把握ということに関して、個人に対する利子所得や個人の事業所得はそもそも個人番号が付番されないために、これを把握することが出来ないということにある。つまり、銀行預金等をカバーすることが出来ず(注ⅳ)、自営業者や農家の所得の正確な把握という積年の課題の解決にも結びつかないのである。銀行預金をカバーすることが出来ない現状においては、どんなに預金を持っている国民であっても、公的年金控除制度によって、年金が一定額を超えない限りは所得ゼロと見なされ、所得税や住民税がかからないという事例を防ぐことはできない。介護保険料、特別養護老人ホームの利用料金、高額療養費も同様に、住民税の支払状況に基づいて課税がされる。マネーロンダリングや生活保護不正受給などをも含めた不正の防止という観点からいえば、公正な負担の確保をめざすために、銀行口座への付番は欠かすことが出来ないであろう(注ⅴ)。個人事業主の所得の正確な把握について決め手に欠けるというのは、日本だけでなく国際的な問題でもある。個人事業主といわゆるサラリーマン(給与所得者)との所得把握の不均衡、通称「クロヨン」(給与所得者の所得把握率が9割なのに対し、自営業者の場合は6割、農家の場合は4割であるという不均衡を表す言葉)は解消されない。事業所得を正確に把握するためには、小売りをも含む事業者が、取引相手に取引の度に支払額を記した法定調書に法人番号を記入してもらい、税務署に提出してもらわなければならず、これは不可能であるからである。むしろ、源泉徴収されている会社員らの給料や副業収入については、番号制度の導入によってその把握がより明確になるのであるから、かえって不均衡は拡大する可能性さえあると考えられよう。
以上見てきたように、パンフレット等の広報活動というソフト面からの社会保障・税制度の納得感の向上、そして番号制度というハード面からのフリーライドを不可能にしていくという二側面から、公正な負担の担保を行い、社会保障・税制度の安定化、持続可能性の向上をめざしていくということは、その意義も含めて理解できるものである。だが、番号制度を導入したとしても、一体的な国民の所得把握には限界があるということも明らかになった。
そして、扶養控除のダブル適用等、フリーライダーがどれほど現在存在しているのかということの調査、数値の算定がなされていない(少なくとも私見の限り、見当たらない)ということも言及に値するだろう。いくら番号制度で公正な負担が担保されると言ったところで、その費用対効果を見積もることが出来ないためである。すなわち、番号制度を通じて国民の所得を一体的に把握するという目標のために求められるのは、番号制度の導入の後にも先にも、税制改革に他ならない。番号制度は特効薬ではなく、単なる手段・ツールである。
(2) 公正な給付の確保
では一方で、公正な給付はいかにして確保されるのであろうか。「傷病手当金と厚生年金等の併給調整」、「老齢厚生年金の加給年金額の加算に関する手続き」、「基礎年金番号の難点の解消」など、政府が提出するものに年金制度に関するものが多いことが注目に値する(注ⅵ)。「消えた年金問題」をはじめとし、年金制度に対する不満や不安が非常に大きく、主に国民年金の納付率に影響を与えているという現状を見据えたものであると考えられる。上にあげたもののすべては、「資料情報制度」の効率化・正確性の向上の場合と同様、様々に分離しておかれている情報を、個人番号のもとに紐付けることで個人が特定される結果として与えられるものである。
そして、社会保障制度において最大の課題を解決する仕組みの構築をするという部分に関しては、住民サービスとして画期的なものであると評価できるであろう。その課題とは、国民が、自分が様々な給付制度の中のどの制度に該当するのかどうかを知るための仕組みが不十分であるというものである。インターネット上に用意されるマイポータルの導入を通じ、そこにログインすれば、情報の「プッシュ配信」(申請してサービスを享受するのではなく、該当するサービスがあればそれが自動的に通知される仕組み)を受け取ることが可能となり、課題解決の一助になる。
プッシュ配信という仕組みは画期的であり、住民サービスの向上に確実につながるものであると評価できるが、疑問が若干存在する。それはプッシュ配信といっても、インターネット上のサイトにログインをして情報を見にいく必要があるために、本人確認、ログイン認証の強度が重要になってくるという点である。電子納税の仕組みであるeLTAX(エルタックス、地方税ポータルシステム)は、電子自治体の促進として鳴り物入りで導入されたものの、使用者の数は非常に低調である。その原因として、ログイン認証の強度が高いことが上げられる。カードリーダーに自治体で発行してもらった住基カードなどのICカードを挿入し、電子証明書をインターネットブラウザに格納したうえでなければログインできない、という仕組みは、相当のITリテラシーを要求するものである。これと同様の仕組みがマイポータルにおいても同様に適用されるのであれば、利用者数は低調に終わるという未来を容易に思い描くことが出来よう。
最後に、公平な給付という観点において、「給付付き税額控除」(注ⅶ)という論点が失われてしまっていることを指摘したい。2009年3月に施行された定額給付金の給付対象者が全国民であったのは、国民の所得を正確に把握できていないという国の側の事情があった(注ⅷ)。そして「給付付き税額控除」のために、国民の所得を正確に把握するツールとして番号制度が必要であるとされていた。つまり議論そのものは番号制度導入後になされるはずである。しかし、本論第4章(1)でみたように、公正な負担の確保のための所得の把捉は、税制度そのものの改革なしには十分にはなされなかった。適切な給付は、公正な負担の担保抜きにはなされることは決して出来ない。まさしく国の主張するように、社会保障と税の制度改革は一体として行われなければならないために、ここでもやはり求められるのは税制度改革である。
5. 番号制度は<国民の視点>を持っていたか
番号制度が国民の視点を取っているかということについて、語り残した論点がある。それは「手続きの簡素化を通じた、国民の利便性の向上」である。現在の手続において必要となる住民票や印鑑証明書などの本人証明を簡易化し、必要書類を減らしていくという視点は、まさに正しい現状認識とその解決手段を提示しており、この点で論を俟たず、議論すべき点はあまりないように思われる。それはすぐさまなされなければならない課題である。
以上で(1)行政運営の効率化、(2)行政分野におけるより公正な給付と負担の確保、(3)手続きの簡素化を通じた、国民の利便性の向上という3つの目的を見てきた。(1)は全く国の都合に基づいており、(2)においては国民に十分な納得を導くとはいえず、(3)においては明らかに国民の視点にかなったものであった。それぞれの目的に重複する要素も存在する。手続の簡素化は行政運営の効率化を導くであろうし、行政運営の効率化と公正な給付と負担の確保もセットであるためだ。それゆえ、ひとつの目的における瑕疵はほかの目的における瑕疵にもつながる。本論は、公正な負担と給付という一対の要素の不十分さと、番号制度の導入における費用対効果の計算が不十分であることを番号制度における大きな問題点として提示するものである。
医療費の増大はとどまるところを知らない。そのなかで社会保障の在り方は、限定的な方向へ進まざるを得ない。増大する支出の分だけ収入を得る、あるいは安定した収入を得て、その分支出を減らしていく、または限りなく支出を減らしていき、減税を行う、端的に言えばこれら3つ以外に社会保障制度の持続可能性はない。番号制度は、「安定した収入を得て、その分支出を減らしていく」ためのツールとして、一定の役割を担うであろう。だが、それが番号制度導入に伴う経費に対してどれだけの効果があるのかということが不明である限り、きちんと番号制度の評価をすることができない。
我々地方自治体の職員は、番号制度と国民の視点を常に意識し、社会保障と税の一体改革の可能性を少しでも高めるために、我々の福祉国家を守るために、公正な給付と負担の確保に全力を注がねばならない。その理念は現在の問題をはっきりと捉えており、それが国の都合や言い訳によって誤った方向に導かれないために、我々は監視の目をも備えていなければならない責任があるのである。 |