【自主レポート】自治研活動部門奨励賞

第35回佐賀自治研集会
第12分科会 地域包括ケアシステムの構築

 大牟田市職員労働組合では、地方自治体を取り巻く環境が激変するなか、時々の情勢に応じた行政サービスのあり方について、大牟田市職員労働組合方針である、「地方自治を確立し、住民福祉を守る」「公正公平な社会をつくる」に基づき、地方自治研究活動を行ってきました。今回、政策・施策・事業が住民に与える影響を評価し、よりよいまちづくりを進めるためのHIAというツールを活用した実践活動について報告します。



すべての政策に健康の視点を
健康を意識したまちづくりへ―新たなツール・健康影響予測評価
(HIA:Health Impact Assessment)を活用した実践活動

福岡県本部/大牟田市職員労働組合 渡辺 裕晃

1. はじめに

 最近ではあらゆる格差の拡大が懸念されており、政策・施策・事業が、住民の幅広い意味での健康(健康、福祉、生活など)にどのような影響を与えるかを様々な角度から評価し、好影響は最大化し、悪影響は最小化するためのツールである健康影響予測評価(HIA:Health Impact Assessment)が開発され、欧州諸国(EU)を中心に世界各国に徐々に広がりを見せ、日本でも少しずつ知られるようになって来ました。また、人々の健康は、医療技術や保健医療政策のみならず、雇用、教育、住宅、食料、環境、経済などさまざまな分野の政策によって大きく影響を受けます。しかしながら、保健医療政策以外の政策分野において、健康に関する配慮を求める機会は限られています。そこで、特に保健医療政策以外の政策分野において、健康配慮を求める社会的なメカニズムとしてHIAが発展してきました。
 今回、大学の専門家と連携してこのHIAというツールを使った以下の3つの活動に取り組みましたので報告します。
① 地域医療の確立・向上をめざす大牟田地域医療を考える会への参加(大牟田市立病院の経営形態の変更へのHIAの適用)
② HIAスクリーニング・チェックリストの開発と、様々な行政課題へのHIAの応用可能性を検証するための「HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会」の立ち上げ
③ 多くの人にHIAを体験してもらうための「まちづくり学習会(HIAワークショップ) 格差のないよりよいまちをめざして-参加型まちづくりツールの活用-」

2. 地域医療の確立・向上をめざす大牟田市地域医療を考える会への参加

(1) 大牟田市立病院の経営形態の変更へのHIAの適用(HIAとの出会い)
 2007年12月に総務省から「公立病院改革ガイドライン」が示され、多くの公立病院で地方独立行政法人化や指定管理者による公設民営など、経営形態の見直しが進められ、大牟田市立病院も2010年4月から地方独立行政法人へ移行することとなりました。しかしながら、このような経営形態の変更が、住民や職員その他の関係者の健康にどのようなポジティブまたはネガティブな影響を与えるのかは明らかではありません。
 一方、近年欧州諸国(EU)を中心に、健康に影響を及ぼす原因を幅広く捉え、政策・施策・事業が、住民の健康にどのような影響を与えるかを事前に予測し、ポジティブな影響を増進し、ネガティブな影響を低減する情報を政策等の決定者に提供する「健康影響予測評価(HIA)」という手法が広まっており、WHO(世界保健機関)もこの手法を世界各国に推奨しています。日本ではまだ数少ない事例しかありませんが、この手法を中核市への移行に適用し、住民にどのような健康影響が及ぶかについての研究などが行われています。
 このようななか、2009年1月に、日本で健康影響予測評価(HIA)を先行して研究している久留米大学医学部環境医学講座から、大牟田市立病院の経営形態の変更に「健康影響予測評価(HIA)」を適用し、大牟田市立病院の経営形態の変更が、住民、患者、職員等の健康に、直接的あるいは間接的にどのようなポジティブまたはネガティブな影響を与える可能性があるかを検証し、その結果を活用しながら、地方独立行政法人として地域医療の中核となる大牟田市立病院の医療サービスや地域医療の確保・向上に貢献したいとの呼びかけが、多方面の地域医療関係者に行われました(表1)。
 具体的には、「大牟田市立病院の経営形態の変更に関する健康影響予測評価」の運営会議として「大牟田市地域医療を考える会」を設置し、地域医療関係者や専門家に幅広く参加してもらい、「健康影響予測評価(HIA)」を行いたいとの要請でありました。
 大牟田市立病院の地方独立行政法人(非公務員型)化については、大牟田市の労使間で厳しい議論を経て、2008年12月に労使合意していましたが、この会の趣旨が「地方独立行政法人化を否定するものではなく、地方独立行政法人として地域医療の中核となる大牟田市立病院の医療サービスや、地域医療の確保・向上に寄与すること」が目的であったことから、大牟田市職員労働組合から運営会議のメンバーと運営会議の事務局に参画することとなりました。
 この会では、表2に示すような会議や関係病院等へのヒアリングを行いながら、健康影響予測評価(HIA)に関する作業を進めました。最終的に関係機関との意見交換を行いながら報告書(※大牟田市立病院の経営形態変更に関するHIA適用結果の概要参照)を作成し、関係者向けの報告会を開催しました。報告会では、「健康影響予測評価(HIA)という新たな手法について大変勉強になった」「健康影響予測評価(HIA)を様々な分野に応用できないか」「独立行政法人化して一定期間経過後に再評価をしていただきたい」との意見が出され、会からは、「当面は会を存続し再評価の実施に向け努力したい」との回答を行いました。また、久留米大学医学部環境医学講座からは、政策、施策、事業に健康影響予測評価を適用するかどうかをスクリーニングするHIAスクリーニング・チェックリストの開発について提案が行われ、関係者へ協力依頼が行われました。

※大牟田市立病院の経営形態変更に関するHIA適用結果の概要
 大牟田市立病院の経営形態変更に関して当初は、「住民・患者」への影響として不採算診療科(部門)の縮小・廃止による医療サービスの低下、「開業医」への影響として2次救急機能の縮小(重症患者の受け入れの縮小)、「病院スタッフ」への影響として公務員の身分がなくなることへの不安や賃金労働条件の悪化、「消防救急隊」への影響として救急搬送患者の受け入れの縮小などが懸念されるのではないかとの意見が示されました。
 実際にHIA作業を進めていくと、健康影響が予測される項目は合計20個に及び、特に、ポジティブ(好影響)かつ確実性が「高」かつ影響の強さが「大」であると予測した影響は、「住民・患者が独立行政法人となっても母子・救急医療が安心して受けられる」でした。これは事前に予測していた結果とは反対のものでしたが、HIA作業を進める中で地方独立行政法人のメリットが明らかとなり、それを最大限活用することができれば医療サービスの低下を回避できるとの予測から導き出されたものでした。また、ネガティブ(悪影響)かつ確実性が「高」かつ影響の強さが「大」であると予測した影響は、「病院スタッフの非公務員化による賃金・労働条件の変更による不安」でした。さらに、大牟田市立病院に救急医が確保されていないことから、救急搬送患者の受け入れの縮小は、ネガティブ(悪影響)かつ確実性「中」かつ影響の強さは「大」と予測されました。
 最終的には予測した健康影響のポジテシィブ(好影響)面をより良くし、ネガティブ(悪影響)面をできる限り軽減するための提言書を作成し病院長へ提出しました。特に、「救急搬送患者」の十分な受け入れを継続して行うことや、「病院スタッフの非公務員化による賃金・労働条件の変更による不安」に対しては、職員の納得を得られるよう十分な協議を行うことを繰り返し要望しました。また、賃金水準の低下がある場合は労働環境を良くするなどの対応も検討することを提言しました。

表1 大牟田市地域医療を考える会メンバー
救急医療関係者 1人
地域保健関係者 2人
医療機関関係者 1人
大牟田市立病院関係者 3人 大牟田市職員労働組合から2人参加
行政関係者 1人
労働団体関係者 2人 大牟田市職員労働組合から1人参加
市民団体関係者 2人
学術研究機関関係者 2人 久留米大学医学部環境医学講座
事務局 3人 大牟田職員労働組合と久留米大学医学部環境医学講座から参加

 

表2 大牟田市地域医療を考える会 会議スケジュール等
開催月 議題等 その他
第1回目
2009年
3月24日
1. 「大牟田市地域医療を考える会」を設置
2. 議長の選出
3. 事務局設置
4. より良い地域医療のために健康影響評価の実施について
5. 健康影響予測評価についての小講義
2月:嬉野医療センターへのヒアリング
3月:那覇市立病院、那覇市職員労働組合へのヒアリング
第2回目
4月24日
2班に分かれて(グループワーク)
・大牟田市立病院の経営形態が独立行政法人に変った場合に影響を受ける集団とその好影響・悪影響の同定
 
第3回目
5月26日
2班に分かれて(グループワーク)
・大牟田市立病院の独立行政法人化による健康影響予測評価の可能性と影響推移の評価
 
第4回目
6月23日
・大牟田市立病院の独立行政法人化による健康影響予測評価の裏付けとなる資料とヒアリングの必要性について  
第5回目
7月28日
・資料やヒアリングを基に久留米大学が作成した大牟田市立病院の独立行政法人化に伴う健康影響予測評価の内容確認と意見交換会 大牟田市民病院へのヒアリング
8月   北松中央病院、市立大村市立病院へのヒアリング
第6回目
9月4日
2班に分かれ(グループワーク)
これまで出た健康影響の可能性(確実~不確実)と便益性(便益~不便益)を表で分類して発表
報告書作成
第7回目
10月2日
・報告書(案)の作成・検討(1回目) 報告書作成
第8回目
11月20日
・報告書の確認(2回目)  
11月~4月 ・報告書に関する関係者との協議 最終報告書作成
2010年
8月9日
報告会  

 

2. HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会の立ち上げ(2010年11月~)

(1) HIAスクリーニング・チェックリストの開発と、様々な行政課題へのHIAの応用可能性の検証
 総合計画関係者1人(大牟田市地域医療を考える会)、行政評価関係者1人(新人)、保健福祉関係者2人(同考える会1人、新人1人)、消防関係者1人(同考える会)、地域医療関係者2人(同考える会1人、新人1人)、地域医療を考える会事務局1人(同考える会)と久留米大学医学部環境医学講座関係者3人(同考える会)でHIAスクリーニング・チェックリスト勉強会を立ち上げ、これまでに10回の勉強会を開き、公立保育所の民営化、子宮脛部がんワクチン接種事業、消防庁舎建替え、世界遺産登録推進、中学校給食導入、市営住宅建替え、清掃福祉収集、し尿収集の従量制、し尿収集サイクルの変更について模擬的にチェックリストの試行を行いながら、チェックリストの検証・改良作業を繰り返し行い、HIAスクリーニング・チェックリスト(試行版)が完成しました。

(2) HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会の実施状況
① 2010年10月1日 第1回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  健康影響予測評価とは何か?
  健康影響予測評価はどのようなことにどのように活用できるのか?
  HIAスクリーニング・チェックリストについて
② 2010年11月12日 第2回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  第69回日本公衆衛生学会総会(東京)報告
  自由集会-HIAの政策、施策、事業への適用(日本HIA研究会)報告
  大牟田市の行政評価について
  HIAスクリーニング・チェックリストについて
③ 2011年1月14日 第3回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  アジアHIA学会(11月・ニュージーランド)報告
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行結果(公立保育所の民営化)
  HIAスクリーニング・チェックリスト(変更版) 
④ 2011年2月4日 第4回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  HIAスクリーニング・チェックリスト(変更版)
⑤ 2011年5月31日 第5回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  第11回HIA国際会議(4月14日~15日・スペイン・グラナダ)報告
  経営形態変更病院のヒアリング結果
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行結果(子宮頸がんワクチン接種事業)
⑥ 2011年7月29日 第6回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  HIAガイドライン作成状況について報告
  (日本公衆衛生学会版健康影響予測ワーキングチーム)
  新HIAスクリーニング・チェックリストとそのしおりについて(案6)
  新HIAスクリーニング・チェックリストの試行(案6)
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行結果(消防庁舎建替え)
⑦ 2011年10月14日 第7回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行(世界遺産登録推進、中学校給食導入)
⑧ 2012年1月27日 第8回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行(市営住宅建替え、清掃福祉収集)
⑨ 2012年4月24日 第9回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行
  (し尿収集手数料の人頭制から従量制への変更)
⑩ 2013年1月30日 第10回HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会
  HIAスクリーニング・チェックリスト試行(し尿収集サイクルの変更)

(3) HIAスクリーニング・チェックリストの内容や設問の構成
① 本事業に関する目的、主な対象集団、期待される成果をお書き下さい。
  ・事業目的
  ・主な対象集団
  ・期待される成果
② 本事業の実施により以下の社会的弱者集団へ影響があるかどうかをチェックして下さい。

社会的弱者集団 影響あり 影響なし 社会的弱者集団 影響あり 影響なし
女性 単身世帯
男性 交通弱者(不便な住居)
乳幼児 情報弱者(TV・新聞なし)
学童 外国人
中高生 低所得者
妊産婦 身体障害者
高齢者 ホームレス
要介護者 その他

※以下の③~⑧の項目について、+(好影響)と-(悪影響)を具体的に記述してください。
③ この事業は社会的弱者集団のライフスタイル(食事、運動、睡眠、学習、嗜好品、反社会的行動、薬物乱用)にどのような影響(好影響または悪影響)を及ぼすと考えられますか。
④ この事業は社会的弱者集団の社会環境(雇用条件、収入、地域とのつながり、ストレスなど)にどのような影響(好影響または悪影響)を及ぼすと考えられますか。
⑤ この事業は社会的弱者集団の社会の平等さ(差別、公平性、機会均等、少数民族《外国人など》)にどのような影響(好影響または悪影響)を及ぼすと考えられますか。
⑥ この事業は社会的弱者集団の生活(居住環境、労働環境、汚染、気候変化、感染症の拡がりなど) にどのような影響(好影響または悪影響)を及ぼすと考えられますか。
⑦ この事業は社会的弱者集団に提供されるサービスの質とそのサービスへのアクセス(ヘルスケア、交通、行政、住居、教育、レジャーなど)にどのような影響(好影響または悪影響)を及ぼすと考えられますか。
⑧ その他考えられる影響があれば記載して下さい。

HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会

 

(4) HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会での主な意見
① HIAでいう健康の概念が広範囲にわたるので、理解するのに時間がかかった。
② チェックリストの使い方を理解するのに時間がかかった。
③ 試行する事例について詳しく解説できる人をメンバーに入れる必要がある。
④ 試行する事例とは直接的に関係がない多部署のメンバーが参加することで幅広く意見が出る。
⑤ メンバーが対等に意見を出すことで、意見が偏らないようにすることができた。
⑥ チェックリストが系統的に意見を出せるようにつくられているので、話があちらこちらに飛んで断片化することがなかった。
⑦ Health(健康)の視点で幅広く仕事を捉え直すことができたり、新たな発見(想定外の思わぬ収穫)があった。
⑧ 保健・医療などの健康政策以外のことから健康影響を受けていることがわかった。
⑨ 最初はHIAの意味が良く分からなかったが、試行を体験してHIAについて大変興味を持った。
⑩ 地方自治体の職員は、政策・施策・事業の意志決定に携わることが少なく、むしろ国などで決まったものを実施する部分が多いので、意志決定ツールとしてではなく、よりよく事業を進めるためのツールとして使うことができる。
⑪ 国、県の職員、あるいは各級議員、また市民協働の視点から地域自治組織など、チェックリストを使用する対象の拡大も検討していいのではないか。
⑫ 市民活動の視点から地域自治組織などでチェックリストを使用してもらってもいいのではないか。
⑬ チェックリストを使うときはすぐに意見をまとめよう(結論を出そう)とせず、できるだけ開く議論や深める議論を行うことも、影響範囲を広範囲に予測する上で重要である。
⑭ 議会質問対策ツールとして活用できる。
⑮ 行政評価の新たな評価軸として活用できる。
⑯ 仕事のやり方に関する研修はあるが、仕事のやる気・やりがいを高める研修はない。このツールを使った研修プログラムを作ることで、仕事に対するモチベーションをあげることができるかもしれない。
⑰ 試行を通して、仕事に対するポジティブな気持ちが強くなった。
⑱ まちづくりに関する職員参加型研修ツールとして活用できる。

3. 多くの人にHIAを体験してもらうための まちづくり学習会(HIAワークショップ) 格差のないよりよいまちをめざして-参加型まちづくりツールの活用-」の開催

(1) 趣 旨
 大牟田市職員労働組合では、地方自治体を取り巻く環境が激変するなか、時々の情勢に応じた行政サービスのあり方について、大牟田市職員労働組合方針である、「地方自治を確立し、住民福祉を守る」「公正公平な社会をつくる」に基づき、地方自治研究活動を通して提言や活動を行ってきました。このワークショップでは、HIAというツールを活用しながら、今後のまちづくりについて参加者全員で考えるとともに、ワークショップを行い、人と経験の交流を通して組織の活性化と結集を図ることを目的としました。

(2) 事業目的
 最近ではあらゆる格差の拡大が懸念されており、行政が行う政策・施策・事業が、住民の幅広い意味での健康(健康、福祉、生活)にどのような影響を与えるかを様々な角度から評価し、好影響は最大化し、悪影響は最小化するためのツール(HIA:健康影響予測評価)が開発されています。この学習会では、基調講演やワークショップを通して、HIAがどういうものかを知ってもらうとともに、行政にとどまらず、どのような場面でどのような使い方があるかについて幅広く意見交換しながら、参加者全員で考えることを目的としました。

(3) 事業内容
① 開始前にアンケートを記入してもらう。
② 趣旨説明・全体スケジュール説明 5分
③ 基調講演  
  HIA(健康影響予測評価)について 30分
   久留米大学医学部環境医学講座 教授 石竹達也 先生
④ 活動報告  
  HIAの試行事例について 25分
   久留米大学医学部環境医学講座 助教 星子美智子 先生
⑤ グループワーク 90分
  組織(職種・職場)混在グループ(60分)
   帝京平成大学地域医療学部(千葉)  教授 原 邦夫 先生
   セッション1:HIAスクリーニング・チェックリスト適用事例の説明
    自己紹介(簡単に)、役割分担(①司会者、②記録係、③発表者)
    校区まちづくり活動拠点の新設について
   セッション2:HIAスクリーニング・チェックリストの試行(体験)
    校区まちづくり活動拠点の新設についてチェックリストの試行
  発表・質疑 各班から発表してもらう。(30分)
  ※グループワークの留意事項
   司会・記録係・発表者を決め、①全員が積極的に意見を出す、②他人の意見を尊重し傾聴する。批判はしない、③いい点・参考になる点に焦点を当てる―ことを約束事とし討議を進める。各班にファシリテータ(HIAスクリーニング・チェックリスト勉強会メンバー or HIA経験者)を入れる。ファシリテータは、様々な観点から幅広く意見が出るように、開く議論を意識し、適宜アドバイスを行う。
⑥ 終了後にアンケートを記入してもらう。
⑦ 日 時
  2012年8月1日(水) 学習会 17:30~19:30、交流会 19:30~21:00
⑧ 会 場 
  学習会は職員会館3階2・3会議室、交流会は職員会館1階カメリア
⑨ 参加対象
  執行委員全員、現評幹事5人、企業労組執行委員5人、市病労組執行委員5人、ユース部役員5人、消防改善推進委員会5人、書記局、HIAチェックリスト勉強会メンバーも含め合計60人程度
⑩ その他  
  政治局(県議、市議)、推薦市議、(国会議員)、退職者の会、県本部執行委員
⑪ 地域コミュニティ推進課等へも出席を要請する。

まちづくり学習会HIAワークショップ(2012/8/1)

 

 
 受講修了記録カードで参加者のモチベーション

 

まちづくり学習会HIAワークショップで使用したHIAスクリーニング・チェックリスト

まちづくり学習会HIAワークショップ直前・直後のアンケート結果
*WS参加前後のアンケート結果の比較

図1 ワークショップ直後は
気分が大幅に改善

 

図2 ワークショップ後にWHOの
健康の定義の理解度がアップ

 
 

図3 ワークショップ後に健康の
社会的決定要因の理解度がアップ

 

図4 ワークショップ後にHIAの
考え方の理解度がアップ

 

まちづくり学習会HIAワークショップを掲載した機関紙

 

 

4. まとめ

 これらの活動を通して参加者からは、「HIAでいう健康の概念が広範囲にわたるので、理解するのに時間がかかった」「HIAスクリーニング・チェックリストの使い方を理解するのに時間がかかった」などの意見が示されましたが、一方では「HIAの視点で仕事を捉えなおすことができ、新たな発見もあった」「試行した事例とは直接的に関係がない多部署のメンバーが参加することで幅広く意見が出る」「地方自治体の職員は、政策・施策・事業の意志決定に携わることが少なく、むしろ決まったものを実施する部分が多いので、意志決定ツールとしてではなく、よりよく事業を進めるためのツールとして使うことができるのではないか」「市民活動の視点から地域自治組織などで使用してもらってもいいのではないか」などの意見も示されました。
 以上のことから、HIAでいうHealth(健康)の概念をわかりやすい言葉(例えば「住民福祉」「生活」「幸福」)で説明する工夫が必要であることなどに留意しながら、HIAに関する勉強会やHIAスクリーニング・チェックリストを活用した参加型のワークショップを実施することは、保健・福祉・医療以外の多分野の関係者にHealth(健康)への理解を深める機会となることや、参加者がHealth(健康)を念頭に置いた事業推進をするようになること(=住民の幸福につながる政策の立案)に寄与するものと考えられました。HIAスクリーニング・チェックリストについては定量的な評価方法や用語の平易化など、なお改善の余地は残るものの、使用方法や使用する対象者などについて幅広い活用の可能性が示唆されました。
 HIAスクリーニング・チェックリストは、健康影響を系統的に評価するように作成されており、話があちらこちらに飛んで断片化することが少なく、健康影響の大きさについて参加者が対等な立場で均等に発言するように工夫されているため、声の大きさに左右されることなく、民主的に議論ができるツールであると感じられました。ワイワイガヤガヤと型にはめず自由に意見を出すことで、幅広く意見が出され予期せぬ収穫(想定外の想定)につながるケースも見受けられました。このようなことから参加型まちづくりツールとしての応用の可能性もあると考えます。
 あらゆる格差を縮小し住民の幸福を増進するうえで、住民と直接接する自治体職員がHIAのことを理解する意義は大きいと考えますが、大牟田市職員労働組合の中でも、HIAを直接体験したことがあるメンバーはまだ職員の1割程度にとどまります。したがって、今後もHIA勉強会やHIAワークショップを継続し、組織内外の多くの人にHIAを体験してもらいながらHIAを普及していくことが当面の課題です。また、先々は、市民協働の視点で住民と一緒に実施するHIAワークショップへ発展させたいと考えています。




※ 参考資料(日本公衆衛生学会版 健康影響予測評価ガイダンスから引用作成)
■HIAについて
 近年欧州諸国(EU)を中心に、健康に影響を及ぼす原因を幅広く捉え、政策・施策・事業が、住民の健康にどのような影響を与えるかを明らかにし、ポジティブな影響を増進し、ネガティブな影響を低減する情報を収集し整理するための「健康影響予測評価(HIA;Health Impact Assessment)」という手法が開発されている。ここでいう「健康」とは「病気でないとか病弱でない」という狭義の意味ではなく、「住民福祉」や「生活」「幸福」などのような広義の意味をさしている。
 1990年代にEUを中心に広がり、近年では国際HIA会議が結成され、世界各国に浸透し始めており、アメリカ、オーストラリア、タイでも実施されている。WHO(世界保健機関)は、Health in All Policies(すべての政策に健康の視点を)という考えのもと、世界各国にこの手法を推奨している。
■HIAとは
 HIAとは、新たに提案された政策が健康にどのような影響を及ぼすかを事前に予測・評価することにより、健康の便益を促進し、かつ不利益を最小にするように政策を最適化していく一連の過程とその方法論のことです。HIAは主に環境分野で発展してきましたが、今日では特に欧州を中心に国や自治体などの政策形成のツールとして、雇用、教育、都市開発などさまざまな領域で適用されています。
■HIAがなぜ必要か
 人々の健康は、医療技術や保健医療政策のみならず、雇用、教育、住宅、食料、環境、経済などさまざまな分野の政策によって大きく影響を受けます。しかしながら、保健医療政策以外の政策分野において、健康に関する配慮を求める機会は限られています。そこで、特に保健医療政策以外の政策分野において、健康配慮を求める社会的なメカニズムとしてHIAが発展してきました。
■HIAと健康格差
 近年、国内においても海外と同様に、健康格差の存在に関心が集まっています。健康格差は主に教育、所得、住居、職業などの社会的健康決定要因(いわゆる保健医療以外の要因)に起因するとの指摘もあります。そのため、健康格差を指摘した多くの報告書が、健康格差の取り組みとしてHIAを提唱しています。

参考文献
(1) 藤野善久、健康影響評価の概要とその応用の可能性 背景、概念、定義、基盤、手法など、医学書院、2009;73:483-487。
(2) 日本公衆衛生学会版健康影響予測評価ガイダンス、2011。
(3) 石竹達也、政策評価に社会医学の視点を -ツールとしてのHIA(健康影響予測評価)の必要性、社会医学研究、2013; 30(2): 63-72。
(4) 星子美智子、原邦夫、渡辺裕晃、久篠奈苗、松本悠貴、森美穂子、森松嘉孝、辻吉保、村本淳子、石竹達也、地方自治体で活用される健康影響予測評価(HIA)のスクリーニング・チェックリストの開発とその活用、久留米醫學會雑誌,2013; 76(8/12): 284-295。