5. 高次脳機能障害者の地域生活の課題
本節では、4節で提示した問題点を踏まえて、高次脳機能障害者、失語症者が地域で生活を継続していくために解決しなければならない課題を明らかにしていきたい。
(1) 競争・分離モデルから連帯・協調モデルを基本とした高次脳機能障害者、失語症者地域支援へ転換する
高次脳機能障害者、失語症者が、地域で生活を継続していくうえで、最大の問題は、高次脳機能障害をはじめ障害があることが、個人の問題にされていることである。
高次脳機能障害、失語症のリハビリテーションや地域での生活の継続は、個人の責任と努力によって、行うべきものとされている。
ここでは明らかに社会の責任が回避されている。発症に至るまでの企業の労働実態の問題や労働災害の問題など、社会の側の責任が問題にされていない。こうした考え方は、個人の努力と責任で障害を克服するべきであるという医療モデルを基本にしている。そこでは、社会的支援の充実よりも、個人の努力のみが問われてしまうのである。
障害は、発現形態が個別であるが、社会的関係の中で発生し、社会的関係の中で解決されるという立場にたつ社会モデルへの転換が求められているのである。
地域における生活の継続は、医療モデルでは、困難である。
医療モデルの原理は、個人の努力による個人の救済である。そこでは、競争と分離が基本の原理になっている。市場原理に基づく競争モデルとも親和的である。
社会モデルの原理は、障害のあるものもないものもともに助け合って社会のなかで生活していくというものである。社会を構成するものによる、連帯と協調が基本の原理となっている。
競争・分離モデル(医療モデル)によるリハビリテーションから、連帯・協調モデル(社会モデル)を基本にした地域におけるリハビリテーションが構想されなければならないのである。
(2) 幼児から高齢者まで対応することのできる高次脳機能障害リハビリテーション、言語リハビリテーションの仕組みを構築する
高次脳機能障害、失語症は、幼児から高齢者まで、年齢を問わず発症する。幼児期、学齢期、青年期、壮年期、高齢期などのライフステージに対応したトータルな高次脳機能障害、失語症のリハビリテーションの仕組みが必要である。
児童福祉・障害者福祉・介護保険のサービスの枠組みを超えた、高次脳機能障害(児)者支援の共通の取り組みが必要である。
児童福祉における、高次脳機能障害、失語症を発症した児童へのリハビリテーションの充実、障害者福祉では、65歳以上の高次脳機能障害者、失語症者への利用の拡大、介護保険では、第2号被保険者に関わる特定疾病の中に、原疾患を問わず高次脳機能障害、失語症を加える、などのことが検討されるべきである。
(3) 高次脳機能障害者、失語症者の身体障害者手帳、精神保健福祉手帳の取得が確実にできるようにする。要介護認定に高次脳機能障害、失語症が正しく反映されるようにする。高次脳機能障害、失語症の診断だけでサービスが受けられるようにする
高次脳機能障害者は、精神保健福祉手帳が取得できることになっている。精神保健福祉手帳の申請には、医師の診断書が必要であるが、病院に診断書の依頼をしても、多くの病院では、「書いたことがない」「高次脳機能障害の診断ができない」などの理由から拒否されることがほとんどである。また、失語症は、言語機能障害として、身体障害者手帳の対象となっているが、失語症での身体障害者手帳の取得は、重度の失語症でない限り、取得は困難な面がある。身体障害者手帳、精神保健福祉手帳の取得が確実にできるようにすることが必要である。
介護保険の要介護認定においては、外見から障害が分かりにくいことや高次脳機能障害者に病識がないことなどから、高次脳機能障害の症状が正しく反映されていない実態がある。高次脳機能障害の症状が正しく把握される必要がある。
このようにしても、高次脳機能障害者、失語症者のすべてが身体障害者手帳、精神保健福祉手帳を取得できるようになるわけでも、要介護認定を受けられるわけでもない。身体障害者手帳、精神保健福祉手帳がなくとも、高次脳機能障害、失語症の診断があるだけで、サービスが受けられるような仕組みの構築が必要である。
(4) 高次脳機能障害者、失語症者の地域生活を総合的にケアする仕組みをつくる
① 地域におけるリハビリテーションの整備
2節(2)、3節(2)で述べたとおり、地域において高次脳機能障害者、失語症者が利用できるリハビリテーションにかかわる社会資源は、障害福祉では、自立訓練、介護保険では、通所リハビリテーション、訪問リハビリテーションなどであり、限定されている。
このことは、障害福祉では、訓練等給付費の額が低く、専門療法士を配置した自立訓練の事業所としての採算が成り立たないこと、介護保険では、介護報酬の額が低く、通所リハビリテーションなどにおいて専門療法士を十分に配置することが難しいことによっている。
高次脳機能障害者、失語症者のリハビリテーションや生活支援においては、個別性の高い支援が必要であり、高次脳機能障害に対応したデイサービス、失語症に対応した言語デイサービスが必要である。
こうした社会資源が十分でない中にあって、それを補うために、地域における高次脳機能障害者、失語症者の支援を共通の目的として、障害福祉、介護保険サービスの事業所が協力していく体制を作りあげていく必要がある。
② 高次脳機能障害者、失語症者が働く場の整備
4節(1)で述べたように、高次脳機能障害、失語症を発症した者は、就労を継続することができない。再就職にも多くの困難がともなう。地域において、高次脳機能障害者、失語症者が働く場所を確保することが必要である。
高次脳機能障害者、失語症者のリハビリテーションに取り組む者の、ステップアップの場としても、働く場がある。
③ 高次脳機能障害者、失語症者の住まいの整備
親や親族と同居する高次脳機能障害者、失語症者にとって、親や親族が倒れてしまった場合には、地域生活の継続が困難になる。親や親族の支援が受けられなくなった後に、地域における生活を継続するためには、グループホームなどのケアがついた住まいが必要である。
高次脳機能障害者、失語症者のためのグループホーム建設は、愛知県などで支援者によって、先進的な取り組みがなされているが、全国的にみれば、その数はきわめて少ない(注10)。
④ 家族支援と家族会
高次脳機能障害、失語症を発症した当事者、家族は、介護や子育てや生活費などの問題に直面する。これらの問題を当事者と家族だけで解決することは不可能である。
4節(1)で述べたように、高次脳機能障害者、失語症者とその家族は、別居、離婚などの家族解体の道をたどることがある。
高次脳機能障害者、失語症者が地域における生活を継続していくためには、障害当事者支援ばかりではなく、その家族を支援することが重要な課題となる。
家族支援の中心には家族会の活動がある。高次脳機能障害者、失語症者のケアを行いながら社会的活動をする家族会は、当事者や家族にとって、頼りがいのある存在である。
支援者は、どちらかというと、経験や原則に従って、支援を行い、「規則」を基本にしている。これに対し、家族会は、その当事者・家族の状態を、丸ごと受け入れ、「共感」を基本にしている。そのことが、地域で生活を継続していこうとする当事者と家族に勇気を与え、大きな支えになっている。
支援者と家族会が、互いに補い合いながら、協力して家族支援を行うことが必要である。
⑤ 生活問題に関して相談できる窓口の設置
高次脳機能障害、失語症を発症することで、生活費や住宅ローン返済などの所得保障にかかわる生活問題に直面する。
所得保障のために、利用できる各種制度について申請や交渉をしなければならない。会社勤めであれば、まず休業補償手続き。復職に向けた交渉と手続き。復職が困難な場合には、退職の手続き。退職金の交渉。雇用保険の手続き、などがある。その他にも、障害厚生年金の申請手続き。住宅ローンがある場合には、返済に係る信用保証会社との交渉。入院費用に関する生命保険関係の申請、交渉などがある。
これらのことを、高次脳機能障害者、失語症者のケアを行いながら、家族が担わなければならない。こうした申請や交渉には、専門知識や経験が必要な場合もある。相談ができるような窓口の整備が必要である。
(5) 地域社会における高次脳機能障害、失語症の理解を促進する
高次脳機能障害、失語症は、地域社会にほとんど認識されていない。当事者に高次脳機能障害の自覚がないこと、地域社会に高次脳機能障害が理解されていないことが、高次脳機能障害、失語症の地域生活の継続を妨げている阻害要因である。
地域社会に、高次脳機能障害、失語症のことを理解してもらうためには、市民と高次脳機能障害者、失語症者が交流する機会を増やすことが必要である。地域活動支援センターでは、「高次脳機能障害ボランティア養成講座」「失語症サポータ養成講座」などを実施し、交流する機会を設けている。
(6) 脳血管性障害を予防する
高次脳機能障害、失語症の主要な原因は、脳血管性障害によるものである。脳血管性障害は再発の可能性が高い疾患である。高次脳機能障害者、失語症者にとって、再発の予防はリハビリテーションの重要な課題である。
また、脳血管性障害は特別な疾患ではない。高血圧の人だけではなく、心臓疾患、ストレス、過労などの身近にあるものからも発症する。誰もが発症のリスクを負っているのである。脳卒中の予防のためには、日常的な健康管理が必要である。
一方、脳血管性障害をもたらすものは、労働環境からくるものもある。長時間労働や劣悪な作業環境などは、脳血管性障害の原因となる。劣悪な労働環境の改善は、脳血管性障害の最大の予防である。こうした劣悪な労働環境の改善は、労働安全衛生活動をはじめ労働組合の課題でもある。 |