1. 患者調査による入院期間
(1) 厚労省による2011年患者調査
本稿で利用したデータは全て2011年患者調査の結果として厚労省のホームページに記載されている数値を利用したものである(※1)。患者調査は、医療施設を利用する患者について、その傷病の状況などを調査し、今後の医療行政の基礎資料を得ることを目的としており、調査は3年ごとに実施されている。2011年度は全国の医療施設のうち、病院6,428施設、一般診療所5,738施設、歯科診療所1,257施設を利用する入院・外来患者約233万5千人、退院患者約102万人を対象にしていた。調査では入院・外来患者は2011年10月の医療施設ごとに指定した1日、退院患者は2011年9月の1か月間に行われた。なお、東日本大震災の影響により、宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県については調査を実施していないため、今回の結果はこれらの地域を除いて集計されている。
① 平均入院日数データの取り扱い
患者調査には入院患者の入院期間を調べたデータがある。それは医療機関に調査時点までに何日入院しているかを調べたものである。「政府統計の総合窓口、患者調査 平成23年患者調査 上巻(全国) 年次 2011年」では、例えば表番号24、推計入院患者数、入院の状況×入院期間×病院-一般診療所・病床の種類別に記載されている。さらに「患者調査 平成23年患者調査 閲覧(報告書非掲載表)」では表番号12と27に、精神疾患(副傷病)の有無別と病院・一般診療所・病床の種別の入院期間が掲載されておりネットでも閲覧できる。
これらの集計表で用いられている入院期間区分は0日~7日、8日~14日、15日~30日、1月~2月、2月~3月、3月~6月、6月~1年、1年~1年6月、1年6月~2年、2年~3年、3年~5年、5年~10年、10年以上、そして不詳に区分されている。しかし、入院期間の日数が等間隔ではないため、入院日数を推定計算するためには入院期間の中央値を利用した。例えば0日~7日は3.5日、8日~14日は11日と仮定してその他の期間を下記のように決めた(表1)。但し10年以上は中央値が無いので20年の日数5,475.5日を中央値と仮定した。
その仮定した中央値と患者調査による実際の入院患者数を掛け合わせると計算による入院日数の合計日数が得られる。そしてその全体の総計日数が入院患者による入院病床の占有日数となる。
表1.患者調査の入院期間区分とその中央値、調査時点での入院患者による病床占有日数 |
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患者調査入院期間区分 |
仮定平均入院日① |
患者人数×千人② |
病床占有日数①×② |
0日~7日 |
3.5 |
276.5 |
967,750 |
8日~14日 |
11.0 |
110.4 |
1,214,400 |
15日~30日 |
22.5 |
156.2 |
3,514,500 |
1月~2月 |
46.0 |
139.6 |
6,421,600 |
2月~3月 |
77.0 |
75.6 |
5,821,200 |
3月~6月 |
138.0 |
98.7 |
13,620,600 |
6月~1年 |
274.5 |
87.1 |
23,908,950 |
1年~1年6月 |
456.5 |
54.0 |
24,651,000 |
1年6月~2年 |
639.0 |
40.7 |
26,007,300 |
2年~3年 |
913.0 |
57.8 |
52,771,400 |
3年~5年 |
1,460.5 |
71.1 |
103,841,550 |
5年~10年 |
2,738.0 |
76.4 |
209,183,200 |
10年以上 |
5,475.5 |
93.6 |
512,506,800 |
計算での平均日数 |
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1,337.7 |
984,430,250 |
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② 病床の種類別に見た病床占有日数
本報告では、入院日数を取り上げた論文でこれまで無い新しき概念を導入して論を進める。それは病床占有日数という言葉である。もしも一人の患者が10日入院しているとしたら、その患者によって病床が10日間占有されているという意味の病床占有日数である。これは、患者調査の入院期間を基に計算した平均入院日数に入院患者人数を掛けて得られる数値である。病床占有率とは、全患者による病床占有日数を100%とした場合の割合を示す。
表1の入院日数の中央値と入院患者数を基礎データとして、入院日数中央値と入院患者人数を掛け合わせた値が病床占有日数で、全入院患者の占有日数に対する比率を占有率とした。(表2)
患者調査による全入院患者は1,341千人であるので、計算による平均入院日数を掛けると9億8,443万日となる。病床の種類で言えば精神病床患者は全病床の占有日数の57.9%で、次いで病院療養病床が23.3%と多く、病院一般病床は全体の17.1%にすぎなかった。
表2.病床の種類別に見た、入院患者数と平均入院日数による病床占有日数とその割合 |
入院病床の種類 |
人数×千人 |
計算による平均入院日数 |
病床占有日数×千 |
占有率 |
全入院患者 |
1,341.0 |
734.1 |
984,430.3 |
100.0 |
病院全体 |
1,290.1 |
749.9 |
967,429.9 |
98.3 |
病院一般病床 |
707.2 |
237.6 |
168,035.1 |
17.1 |
病院精神病床 |
293.4 |
1,941.4 |
569,601.9 |
57.9 |
病院療養病床 |
286.6 |
801.2 |
229,612.5 |
23.3 |
病院医療保険 |
221.8 |
737.4 |
163,560.9 |
16.6 |
病院介護保険 |
64.7 |
1,019.7 |
65,974.2 |
6.7 |
診療所全体 |
50.9 |
333.7 |
16,984.4 |
1.7 |
診療所一般病床 |
38.2 |
166.9 |
6,375.4 |
0.6 |
診療所療養病床 |
12.7 |
829.3 |
10,531.5 |
1.1 |
診療所医療保険 |
9.4 |
844.7 |
7,940.1 |
0.8 |
診療所介護保険 |
3.2 |
820.8 |
2,626.6 |
0.3 |
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③ 全入院患者による病床占有日数
患者調査は全入院患者ではなく既存病床の約78%を調べたものにすぎないから、もしも患者調査が悉皆調査(全病院・全患者を調査)であれば、入院患者数は既存の病床数とほぼ同じであると仮定して、推計入院患者数と入院期間の中央値を乗じて病床占有日数とその割合を推計した結果を表3に示す。
患者調査における入院期間データで平均入院日数を計算した表2によると、精神病床まで含むと全体では平均734日と長く、170万人床×734日平均入院日数で病床占有日数は12.6億日と天文学的な数値になる。すなわち、我が国の病床占有日数がこれほど膨大ある最大の理由は、我が国の病床が多くて入院日数が長いからである。
病床の種類別に見ると、病院精神病床が平均入院日数1,941日で占有率も53.1%と最も多く、次いで病院療養病床が21.1%で病院一般病床でも平均入院日数は237.6日と長いが占有率は17.0%しかない。このように計算された病床占有日数が適切であるかどうかについては、研究報告も見当たらず、現在のところどのようなチェック機能もない。この入院に伴う膨大な医療費を国民が負担し続けるのは問題であり、社会保障費の増大に対応して導入された消費税アップの前に取り組むべき課題であると考える。
表3.我が国の病床の種類別に見た平均入院日数と病床占有日数および占用割合 |
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全病院全患者を調査したとした場合 |
病床の種類 |
病床数 |
平均入院日数 |
病床占有日数(病床数×日数) |
占有率 |
全入院患者 |
1,714,676 |
734.1 |
1,258,746,401 |
100.0 |
病院全体 |
1,584,418 |
749.9 |
1,188,135,236 |
94.4 |
病院精神病床 |
344,414 |
1,941.4 |
668,639,635 |
53.1 |
病院一般病床 |
899,638 |
237.6 |
213,759,561 |
17.0 |
病院療養病床 |
331,020 |
801.2 |
265,200,034 |
21.1 |
診療所全体 |
130,151 |
333.7 |
43,428,883 |
3.5 |
診療所一般病床 |
116,099 |
166.9 |
19,376,224 |
1.5 |
診療所療養病床 |
14,052 |
829.3 |
11,652,649 |
0.9 |
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(2) 長期継続在院患者の実態
① 長期継続在院患者は統合失調症等の蓄積である
国立保健医療科学院疫学部の藤田利治は(※2)「保健統計からみた精神科入院医療での長期在院にかかわる問題」において(図1)1996年に入院した全ての精神疾患患者34万7千人のうち統合失調症等は36%(12万6千人)であったが、在院期間が3年以上の患者2万人のうち統合失調症等が60%(1万2千人)と多くを占めていた。また、1999年における精神疾患での在院患者34万7千人のうちで統合失調症等は64%(22万1千人)であったが、継続在院期間が10年以上の患者10万2千人のうち統合失調症等が84%(8万6千人)と大半を占める状況となっている。
図1.精神疾患での入院年次別の継続在院期間 |
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この結果として、精神医療の重大課題のひとつである長期継続在院患者の蓄積は統合失調症等の蓄積であることを端的に示す数字であると報告している。
② 日本の精神医療の向かう方向は入院医療中心から地域生活中心へ
日本の精神科病床は約34万4,000床。経済協力開発機構(OECD)加盟諸国と比べ人口当たりの病床数が多いうえ、平均在院日数も諸外国は50日以内なのに対し、日本は圧倒的に長い。国内で精神科病床が増えたのは1950年以降、国が精神科病院の整備を急いだ経緯があり、精神科病床の多くは統合失調症の人が占める。やがて治療薬の進歩などで入院者数は減少するが認知症の人の入院は増えている。国の調査では認知症の入院者のうち、約6割は1年以上にわたり入院しているという(※3)。
国は精神保健福祉施策の方向性を「入院医療中心から地域生活中心へ」と明確に打ち出した。また厚生労働省は今年3月、長期入院する人を地域生活に移行させるための具体策を話し合う検討会を設置して、精神科病床を居住型施設などに転換することの可否も議論している。
精神障害者医療の医療についての報告の一つに「もしも調子を崩して精神科病院に入院すれば、決まった時刻に、看護師の目の前で服薬することが課せられるは、おそらく、日本のどこでも、それが精神医療の『あたり前』であろう。だが、世界の潮流はまったく違う」と報告したものがある(※4)。
日本の精神医療は、ほとんど「本人が抗精神病薬を服用する」ことを大前提としている。症状と、症状に起因するさまざまな問題を抱えている本人が、薬物療法によって症状をコントロールすること。それが日本の精神医療の中心だ。まったくの「個人モデル」である。日本の場合、家庭や地域で安定した生活を営むことができないのであれば、精神科病院をはじめとする治療施設やグループホームなどを居住の場とさせ、ほとんどが精神疾患・精神障がいを持つ人々を中心とした世界で生活することを選択せざるを得ない。もちろんそこでも薬物療法は必須とされている。そこにも「社会」らしきものは出来るけれども、治療の内容は「社会モデル」ではなく「個人モデル」に基づいている(※5)。
図2. 統合失調症入院患者の抗精神病薬投与量国際比較 |
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精神医療と福祉を連携 医師や家族ら「考える会」によると(※5)、精神疾患に悩む人たちが住み慣れた地域で暮らせる仕組みをつくろうと、石川県内の医師や大学教授、患者の家族らが「石川の精神保健医療福祉を考える会」を今春発足させたとある。退院目標を共有することで、病院では、入院せざるを得ない場合も、入院時に退院目標を設定、家族らと共有することを進めている。退院を促進する取り組みの一つだ。
地域包括ケアシステムは、地域特性や社会資源のあり方に大きく依存しているため、全国一律的な対策で構築できるものではありませんが「医療と介護の連携」「地域包括システム構築」における多様な現場の取り組みを分析する中から、現場知を抽出し、よりよい地域包括ケアシステム構築に向けた磁力を期待します。 |