はじめに
公益財団法人京都市埋蔵文化財研究所(以下「埋文研」と略す)は、京都市内において、遺跡の発掘調査および資料整理と調査報告書の刊行、さらに普及啓発をおもな業務としています。また、京都市考古資料館の指定管理者として館の管理運営事業を2期に渡って受託しています。
京都は794年に平安京に遷都されて以来、1868年明治になるまで、1千年間以上日本の都が置かれていた都市です。埋文研はそうした歴史的な環境の中で平安京をはじめとして様々な時代の遺跡を調査・研究しています。
様々な機会に埋文研の活動成果を公開して、広く市民の方々に京都の歴史、日本の歴史についてのご理解を深めていただくためのお役に立ちたいと考えています。
1. 埋文研の現状
まず、埋文研の現状を報告します。京都市の外郭団体として京都市内の遺跡を発掘調査していますが、公共事業の減少などにより調査件数が減少するなどして、厳しい財務状況となっています。
京都市からの財政支援が議会裁決され、局面の一時的な打開にはなったものの、引き続き厳しい財政事情にあることには変わりありません。埋文研の内部努力と京都市さらに自治労の仲間の支援により、昨年秋に公益財団法人に移行することができましたが、2年連続赤字決算を生じると公益法人解散となるとされています。今後とも逼迫した財政状況を乗り切るためには、年間4億円の事業量を確保することが必要とされています。しかし、事業量の推移は開発者側に依存しているため、絶えず単年度収支赤字の恐れがあります。
それ故、絶えず財団運営努力をはかり、給与の削減や職員の他府県派遣などにも協力せざるを得ない極めて厳しい現状にあります。
今後とも、公共事業の確保のみならず、市民・地域に共感の得られる埋蔵文化財活用を展開していくことによって、公共サービスの一端を担う埋文研の位置の向上を図りたいと思います。
今までに模索しながら行ってきた埋蔵文化財に関する普及啓発活動のいくつかを発表したいと思います。これらは、市民の皆さんが地元京都に対する愛着と誇りをさらに深く持っていただくためのお手伝いになると考えています。
2. 普及啓発活動の数々
発掘調査の成果発表として京都の歴史を知っていただく普及啓発活動を行っています。
具体的には以下の事業・活動があります。様々な経験の中から、できるだけ理解しやすく丁寧な説明を常に心がけています。
まず、市民の皆さんを対象としたものには、発掘調査現地説明会・見学会、調査報告書刊行、文化財講座開催、遺跡めぐり・史跡ウォークなどがあります。
① 発掘調査現地説明会・見学会
発掘現場で調査中に開催して、調査の成果を広く市民の皆さんに公開します。発見した遺構や遺物を紹介し、当地の歴史を解り易く説明いたします。事前にマスコミ機関に広報発表し、成果の概要を記事にしていただき説明会の開催を宣伝していただきます。さらに登録していただいている方々には、はがきや電子メールで現地説明会のご案内をしています。時には千人を大きく超えることもあります。地元町内・自治会を通じて周辺の方々にも参加を呼び掛けていただきます。今までに200件以上の現地説明会を開催しています。
② 調査報告書刊行
発掘調査終了後には、整理作業を行い調査の成果を報告書にまとめます。報告書は学校や研究機関・図書館でどなたでも閲覧できます。内容は研究者レベルを堅持しつつ、最近では特に一般の方々にも解り易い表現を心掛けています。
③ 文化財講座
市民の皆さんを対象とした講座を開催し、発掘調査の成果を公開いたします。パワーポイントや資料を使用して解り易くお話しします。講演後には質問も多くあり、自説を持っておられる方との意見交換の場ももたれます。2014年5月ですでに250回を超えて開催しています。
④ 遺跡めぐり・史跡ウォーク
市民の皆さんを対象にNPO法人などと協力しながら、史跡や遺跡の見学ルートを計画し、地域の歴史を多くの方に知っていただくために実施しています。特に上京区の京都市考古資料館の周辺には多くの遺跡があり、その歴史を知っていただくために地図や資料を配布して、解説しながら巡ります。特に平安宮や豊臣秀吉関連遺跡に人気があり、他には鳥羽離宮、岡崎周辺、嵯峨・嵐山、太秦周辺の古墳なども実施しています。
⑤ 京都歴史散策マップの作成・配布
京都市内に数多く存在する歴史上著名な遺跡や社寺をまとめた散策マップを京都市の指導の下に作成しています。市民や観光客の方々が、土の中に残された京都の長い歴史を文化財と遺跡巡りを通して、より一層の親しみを感じていただくためのガイドマップです。平安宮、聚楽第、御土居跡、伏見桃山、東寺・西寺など40コースを作成しました。京都市考古資料館で無料配布しています。
次に、学校の社会科・歴史授業などへの協力としての活動は以下のものがあります。
① 小学生
各学校からの依頼に応じて、数人の職員が小学校に出張して、社会科授業の進捗に合わせた体験型の出前授業を行います。各時代(縄文から近世)の出土遺物に触れたり、約10種類の古代体験(火起こし・土器の文様付け・勾玉作り・あんぎん編みほか)を行い、歴史授業のサポートを行います。盲学校には生徒に自由に触ってもらえるように縄文土器・弥生土器・古墳時代の土器などを持っていきます。2012年度には、私立・公立含めて21校の小学校で実施しました。
② 中学生
京都市教育委員会の推進する「生き方探究・チャレンジ体験」の受け入れを行っています。考古資料館・発掘現場・収蔵庫などで、中学生が資料館展示・発掘調査・遺物洗い・遺物復元などの作業を行い、体験的に考古学に親しむことを目的としています。2008年度には、市内15校47人の生徒を受け入れています。
③ 中学・高校生
京都市の「5,000万人観光都市・京都」計画と連動させて、修学旅行で京都に滞在する中学生・高校生を対象として、各学校が実施する「体験学習」の一環として受け入れています。他府県から来られた中学生・高校生に平安京跡などの遺跡発掘を体験していただいています。今までには、神奈川県大清水中学校、長野県上村中学校、山口県秋穂中学校、東京都筑波大学付属駒場高校など多くの学校を受け入れています。
④ 大学生
考古資料館では毎年、各大学の博物館学芸員課程の実習生を受け入れ、学芸員実習を行っています。2012年度には、12大学35人の学生を受け入れました。また、「大学のまち京都・学生のまち京都」の特性を活かし、大学との協働により、発掘調査や京都市内に所在する大学における「研究・教育」の成果を、広く市民の皆さんに知っていただくことを目的として大学と埋文研による合同企画展も実施しています。
⑤ 私学教員
学校社会科教育への関わりとして、社会科教員への資料館展示遺物の解説や講習会を行っています。
3. 具体例として
2013年4月から7月まで実施した京都市上京区今出川通室町西入掘出シ町の上京総合庁舎整備事業に伴った発掘調査の例を取り上げてみます。
当地は、室町幕府3代将軍足利義満の花の御所および室町時代以降の上京遺跡の範囲内に位置しています。調査区は北と南の2箇所に設定しました。この調査では平安時代から江戸時代までの遺構や遺物が発見されました。
調査では、焼け土や炭が入った大きなごみ穴がたくさん発見されました。ごみ穴から出土した陶磁器類は江戸時代初め(17世紀初頭)の年代観で、元和6年(1620年)に上京で大火があったと記録する公家の日記と一致しました。大きなごみ穴は火事の後始末をしたものです。
出土した陶磁器類は、唐津(佐賀県)、高取(福岡県)、備前(岡山県)、丹波(兵庫県)、信楽(滋賀県)、美濃(岐阜県)、瀬戸(愛知県)などの産地のものがあり、奈良県や京都の製品もありました。さらに海外からの輸入品には、中国、朝鮮、安南(ベトナム)なども見られました。茶の湯の際に使用される器、いわゆる茶陶が高い割合を占めていました。
伝わっている江戸時代の絵図からは、南側調査区は町屋、北側調査区は武家屋敷にあたることが分かりました。
町屋の範囲からは、希少な輸入陶磁器や高級食器類(黄瀬戸・志野・織部など)が出土しています。このことから、当時の上京町衆は生活の中に茶の湯を取り入れ、輸入陶磁器や高級食器類を購入することができる経済力を持っていた事が分かりました。
また、武家屋敷地では、輸入陶磁器の割合がさらに多く、大皿や揃いもの(セット)などが多く見られました。武家の多くの客をもてなす暮らしぶりが見受けられました。
① 修学旅行発掘体験
4月19日、静岡県浜松市蜆塚中学校生徒3人が発掘体験しました。調査地の歴史的な変遷と発掘調査の進め方について説明を行ったのちに、現場に出て江戸時代の土坑(ごみ穴)の掘下げ作業をしました。土器など遺物を傷つけないように移植ゴテで慎重に土を掘下げます。土器を見逃さずに取り上げることに注意し、掘った土はベルトコンベアーに流します。最後に、自分たちが掘り出した土器類について職員が説明を行いました。中学生は実際に江戸時代の地表面に立ったことや、自分の手で江戸時代の茶碗や皿、瓦などを掘り出したことに感動していました。旅行後には、感想文とお礼のお便りを頂きました。
② 「生き方探究・チャレンジ体験」
6月5日、京都市立北野中学校生徒5人が体験しました。すでに前日に考古資料館で学芸員(埋文研職員)から発掘調査の進め方や展示品の解説を受けていることから、発掘現場での作業時間を多く使えました。実際に自分の手で江戸時代の遺跡・遺物を掘り出してみて、歴史が身近に感じられたようです。なお、チャレンジ体験卒業生が、地域の歴史イベントにボランティアとして参加してくれている例もあります。
③ 上京区役所職員の見学会
5月24日、上京区長を始めとした上京区役所の職員の方々20人以上が、自らの職場の地下の様子を見学されました。日常業務をされていた区役所の地中に、戦国時代の堀や江戸時代の人々の暮らしがあったことに感激されておられました。新しい総合庁舎のロビーに出土品を陳列するなどのアイデアもあるようです。
④ 広報発表
6月20日、現地説明会を開催して市民の皆さんに公表するために、事前にマスコミ機関に今回の調査成果を公表いたしました。調査成果を解り易く説明し、現地説明会の開催を記事にしていただくことを目的としています。朝日新聞、毎日新聞、京都新聞、NHK、読売テレビなど8社の参加があり、それぞれ放映や記事の掲載をしていただきました。
⑤ 現地説明会
6月22日、約500人のご参加がありました。調査地周辺の遺跡の説明や歴史の変遷を説明し、発掘した遺跡を説明図と現場で解説しました。さらに出土した多くの茶碗や懐石の器を展示しました。皆さんは約400年前の陶磁器類を前にして、器の産地や作り方などの質問をされて、興味津々の様子でした。上京の町衆のあいだにも茶の湯が流行し、舶来品や高級食器類を購入できる経済力を備えていたことを実感されました。遺跡と遺物で江戸時代初め頃の上京の人々の暮らしを想像していただけたようです。
さいごに
多くの市民の皆さんに「郷土愛・京都愛」をさらに強く・深く持っていただくために、埋文研は地元・京都の歴史を解りやすく伝える活動をしています。
地上に数多く存在する歴史上著名な遺跡や社寺に、発掘調査で知りえた地中からの情報を提供することで、「国際歴史観光都市・京都」を足元から支えていき、京都の歴史は日本史と直結していることを伝えていきたいと考えます。これらを通して、京都市の文化財行政において、埋文研の必要性を広く市民の皆さんにアピールしていきたいと考えています。 |