【レポート】 |
第39回静岡自治研集会 第1分科会 自治研入門! 来たれ、地域の新たな主役! |
文化遺産の活用について、近年特に観光や街の活性化の観点からも必要とされています。本レポートでは、牛久市住井すゑ文学館の整備及び開館後、どのように周辺の文化遺産と連携し活用しているのかを報告します。また、文化遺産の活用だけではなく、地域との連携、学校教育との連携をとおしてこれからどういうことが可能になるのかについて触れます。 |
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1. はじめに 茨城県牛久市の牛久沼畔の美しい風土と景観には芸術家を惹き付ける魅力があり、牛久の歴史文化の特徴の一つとなっています。この地には日本画家・小川芋銭のアトリエ兼住居である「雲魚亭」があり、作家・住井すゑの書斎や学習教室「抱樸舎」があります。その他に「牛久城跡」や「河童の碑」などの文化遺産があり、「観光アヤメ園」や「牛久沼かっぱの小径」、ダイヤモンド富士など自然豊かな牛久沼の景観を楽しむことができます。これら構成文化財や観光資源があるにもかかわらず、街の中心部から離れていること、周辺の道が狭く交通の便が悪いこと、駐車場やトイレなどを備えた拠点となる場所がないという問題がありました。しかし2018年1月に住井すゑのご遺族より、土地・建物(空き家)が市に寄贈されたことで、記念館として整備し、周辺散策の拠点とすることが可能になりました。その後必要な耐震補強などの改修工事を行い、2021年11月3日文化の日に牛久市住井すゑ文学館として開館しました。 郷土の偉人の功績を後世に継承し、市民文化の向上と郷土愛の醸成に資すること、周辺の文化遺産と連携し、それらを活用した新たな観光拠点とすることをめざしています。どのように整備し、現在どのように活用しているのか、紹介させていただきます。
2. 住井すゑ文学館整備の概要 (1) 作家略歴について住井すゑ文学館で所蔵する主な文学資料の作家略歴は、下記のとおりです。 ① 住井すゑ(1902~1997) 本名は、犬田すゑ。奈良県出身の小説家・児童文学者。1935年に夫である犬田卯(しげる)の郷里である牛久村に転居し、ここを拠点に執筆活動を行いました。犬田卯の死後、意を決して社会問題を扱った大作に打ち込もうと、被差別部落問題に取り組み、『橋のない川』を1959年から書き続けました。『橋のない川』は、新潮社によると約321万部の大ベストセラー小説となり、映画化もされました。(主な著書:『橋のない川』、『夜あけ朝あけ』、『向かい風』、『牛久沼のほとり』) ② 犬田卯 (1891~1957) 犬田卯は、牛久村(現・牛久市)に生まれ、小説家・批評家・農民文学運動指導者として活躍しました。文学による農民解放をめざし、さまざまな農民文学運動に組織者として持病の喘息とたたかいながら関わり続けてきました。(主な著書等:小田切秀雄編『日本農民文学史』、増田れい子共訳・エルクマン=シャトリアン著『民衆のフランス革命』) ③ 増田れい子 (1929~2012) 増田れい子は、住井すゑと犬田卯の次女で、ジャーナリスト・エッセイスト。1953年に毎日新聞社東京本社に入社、第2次世界大戦後初めて正式に採用された女性記者の一人でした。1984年に女性初の日本記者クラブ賞を受賞しました。(主な著書:『母・住井すゑ』、『看護 ベッドサイドの光景』) (2) 文学資料および建築について 2018年度に、牛久市の文学およびその関連資料についての調査研究(東海大学共同研究)、牛久市歴史的建造物に関する調査研究(東京藝術大学委託)を実施しました。 ① 文学資料 住井すゑ愛用の万年筆等の遺品や入稿原稿(「橋のない川」等)約2,800枚、草稿(下書きの原稿)約1,600枚などが発見されました。他に犬田卯、増田れい子資料、小川芋銭の書簡などがあり、日本における戦後文学史の研究対象としても重要です。さらに写真や子どもたちの教科書など作家の人物像に迫れるような資料もあります。これらは整備工事中に新たに見つかったものもあり、現在もなお整理途中です。 ② 建 築 建築調査の結果、昭和40~50年代の建物群として貴重であることが判明。特に作家の執筆空間や活動拠点が残っている点が評価されるので、築50年を経過した後、国の登録有形文化財として登録し、活用も可能です。そのため、文学館(記念館)として整備するにあたっては、建物の外観をなるべく残しながら、現行の法令に基づいて減築や耐震補強工事を行いました。 (3) 文学館の整備概要 ① 整備の経緯 開館までの整備の経緯は下記のとおりです。事業推進にあたっては、課や部を超えた協力体制をとりました。 【2017年度】 ・2018年1月 住井すゑのご遺族より、土地・建物(空家)及び整備費用100,000,000円が市に寄附 ・教育委員会文化芸術課において当該空家等の活用方法等について検討開始し、活用できる補助金等を模索。空き家対策課・建築住宅課の協力を得て、国庫補助(空き家対策総合支援事業)を利用。 【2018年度】 ・2018年度(仮称)住井すゑ記念館整備事業基本計画 ・2018年度牛久市の文学およびその関連資料についての調査研究(東海大学共同研究) ・2018年度牛久市歴史的建造物に関する調査研究(東京藝術大学) 【2019年度】 ・2019年度住井すゑ文学館改修工事実施設計 ・第2駐車場を改修工事に先駆けて整備 ・2019年度牛久市の文学およびその関連資料についての調査研究(東海大学共同研究) 【2020年度】 ・2020年度住井すゑ文学館改修工事(~3月末) ・牛久市住井すゑ文学館の設置及び管理に関する条例制定(3月議会) 【2021年度】 ・公共サイン設置、開館周知。都市計画課、広報政策課、商工観光課と協力。 ・牛久市住井すゑ文学館開館(11月3日) ② 整備内容
③ 施設概要
3. 住井すゑ文学館の開館およびその後の活用 (1) 広 報① 開館に向けた周知 ご遺族からの寄附以来、事業の進展や新資料の発見時に記者会見を実施したり、プレスリリースでマスコミにPRし、市広報誌で市民へ周知しました。年に2回くらいを目安に発信した結果、新聞紙面に載り、県内版のみならず、住井すゑの知名度から全国版で記事が紹介されることもありました。文学館開館を広報のピークにもっていくようにしましたが、その後も持続するように、生誕120周年イベントを実施するなど広報を意識した企画を仕掛けるように心がけています。 主な記事・配信・放映は下記のとおりです。
② 地元住民対象の現地説明会 整備中の地元行政区との協議のほかに、整備後開館前に現地見学会を実施しました。いずれ協働イベントができるよう施設の活動に理解を得ていただくこと、口コミ拡散の狙いもありますが、地元の方の散歩コースに位置付けることで、なるべく誰かしら敷地内来場者がいる状態を作るという狙いもあります。 (2) 地域との協働 整備した文学館を活用するためには、地域との協働がかかせません。これまで行った事例は下記のとおりです。 ① 管理体制 管理はシルバー人材センター(地元及び近隣在住の方)に委託しています。また文学館の第2駐車場については、地元行政区と協働で管理しています。今後はさらに地域の文化財は地域で守るという意識付けにつなげ、文化遺産を人が集う場所にまで引き上げられるよう、工夫が求められると思います。 ② ボランティア 2022年度より、建物内美化のため、生け花のボランティアが始まりました。また有志が無償で、敷地内でメダカを育てたり、植物を植え、子どもたちの興味を引くようにしています。ささやかなことであっても、自発的に提案し、工夫を凝らしていくことで、集まる人も管理する人も居心地の良い空間をめざします。善意に支えられている内容ですが、実施可能なことに関してはお任せをすることで、やる気を持続させたいと考えています。 ③ 連 携 整備工事にあたっては、地域の求めに応じて、地元産野菜などを販売できるように、道路と正門の間に多目的なスペースも確保しました。周辺案内サインを設置し、散策の方の手引きとなるようにしています。団体見学の際の集合場所としても使い、行政区や社会福祉協議会、近隣学校と連携し、周辺散策も含めた解説も実施しています。 (3) 学校教育との連携 学校教育との連携では、文学館見学後にワークショップを実施(原稿用紙に万年筆体験、河童の絵体験)し、郷土の偉人への理解を深めています。さらにそのワークショップの成果を、多目的ギャラリーである抱樸舎で展示しました。またコロナで披露の場のなかった地元中学校の和太鼓部の演奏を開会式で実施し、大いに盛り上がりました。 住井すゑは、被差別部落の差別問題を取り上げた「橋のない川」がもっとも有名ですが、自然描写に優れたエッセイも書いています。そのため人権問題を取り扱うところという位置づけにはせず、作家としてどういう人物だったのかがわかるような展示を心がけています。また長編小説であるために、小学生が読むには困難があるため、万年筆で原稿用紙に書く体験をしてもらったり、周辺を見学して新聞や観光MAPを作る、俳句にチャレンジするといったワークショップ内容を考えています。2022年度は、試みに万年筆体験をしましたが、好評だったため、次年度以降は内容を変えて楽しんでいただけるようにしたいと考えています。
(4) 文化遺産を活用した観光 文学館周辺の文化遺産、自然を散策する拠点として、展示施設としてだけでなく、周辺散策やウォーキングの休憩所としての役割も与えています。モニターで観光案内の映像を流したり、牛久沼を見ながら休憩できるベンチを設置しました。文化財ガイドブックも配布しています。 市ホームページでは、地図のほかに写真付きで、文学館までの道案内を紹介し、なるべく来館者にご不便のないようにしています。また徒歩や公共交通を推奨していきます。 4. おわりに 今後は、住井すゑ文学館以外の文化遺産を紹介するためのコンテンツや、モデルコースなどを作ることで、より一層活用できるものと考えます。文学館内のモニターで紹介するほか、HPで紹介したり、SNSで美しい写真を発信することで、この地域の魅力をイメージで訴えていくことも広報戦略の一つとして大切でしょう。また文学館の活動としては、調査・研究の成果を展示・公開していきますが、そのテーマも周辺の文化遺産や、牛久沼周辺の地域性と結び付けて設定することにより、牛久市独自の内容とするのが重要です。秋・冬・春は周辺を散策する人が多いですが、夏は激減するため、散策とは別の目的の人が来れるよう、2022年8月からは「戦争の時代と牛久」というテーマの写真展を行い、戦時中の住井すゑ一家の資料を展示します。2023年度以降も継続する企画とし、学校の平和教育にも役立てたいと思います。 文化遺産の活用とは、調査研究することで市の歴史を解き明かすものであり、それが市の文化のアイデンティティとなるものと考えます。単にイベントを行うのではなく、市の文化や歴史を継承するために活用することが求められます。一職員では、専門的な調査の限界があり困難な面もありますが、大学と連携して研究を進めていき、資料の保存活用に努めることが必要でしょう。せっかく整備した施設ですから、フル活用できるよう人材を育てること(本来であれば学芸員を採用し配置すること)が理想的ですが、それは難しく、職員個人の努力にゆだねられているという現状は課題かもしれません。 |