1. 『千歳くんはラムネ瓶のなか』と福井市
(1) 『千歳くんはラムネ瓶のなか(チラムネ)』とは
福井県福井市出身の作家、裕夢(ひろむ)先生のデビュー作となるライトノベル作品。福井を舞台にした青春ラブコメディーで、主人公はイケメンで友人にも恵まれた"リア充"側というライトノベルとしては異色の設定です。
発売1週間で重版が決まるといった話題を呼んだ後、巻を追うごとにファンを増やし、『このライトノベルがすごい!(宝島社)』を2021年版・2022年版と連覇した人気作です。このライトノベルがすごい! の連覇作は史上4作目、デビュー作としての連覇は史上初の快挙となっています。
(2) チラムネの舞台 福井市
福井県の県庁所在地で、国の三重指定を受ける「一乗谷朝倉氏遺跡」や名勝「養浩館庭園」、風光明媚な「越前海岸」などを有している。チラムネの舞台となっており、数多くのスポットが作中にも登場している。地の文が多く、各スポットは位置や内装などが非常に丁寧に描かれているため、小説でありながら登場スポットの情景が浮かぶような作品になっている。
(3) チラムネ福井コラボの概要
小説の舞台となった福井市を中心に、作品のコンテンツを活用した舞台探訪イベント(いわゆる聖地巡礼)を準備することで作品のファン層をターゲットにして全国からの誘客を図る、いわゆるコンテンツツーリズム事業です。詳細は後述しますが、コラボの検討段階から、過去にアニメ等の聖地として誘客に成功した事例を研究して準備を進めました。それは、単なるコンテンツとのコラボを実施するのではなく、事業が地域にとって不利益をもたらすことがないようにしたかったためです。
2. コラボ企画内容
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チラムネ福井コラボポスター |
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各企画内容と採用した意図などは以下のとおりです。
アニメ等コンテンツとのコラボ事業では、「ポスター作成」「等身大パネル作成」「聖地巡礼マップ作成」「スタンプラリー等の実施」などを実施している自治体が多く、これらの組み合わせが基本になっているようでした。福井市でも、これらの内容を基本にしました。
(1) コラボPRポスター作成
作品とのコラボを市内外に周知する目的で作成しました。ポスターは、全て福井市内の背景をアニメ調に加工したものを使い、作品のキャラクターを配置したデザインの異なる11種類を作成しました。メインビジュアルとなる1種類は400枚程度作成しましたが、それ以外の10種は、各20枚程度の少数を作成しました。メインビジュアルは、市内外で掲示し、広くプロモーションに活用しました。一方で、少数ロットの10種類は福井市内のポスターのスポットと関連の深い場所にのみ設置し、そこでしか見ることができないようにすることで、ファンを市内のスポットへ誘導するようにしました。
また、ポスターの設置箇所も一覧などで示さず、ファン自ら聖地に赴いたり、ポスターのビジュアルをヒントにしたりして探してもらうようにしました。
(2) 聖地巡礼マップの作成
作品の聖地を落とし込んだ聖地巡礼マップを作成しました。作品がアニメ化されておらず、市民への認知が十分でないと考えたことから、マップの中に登場キャラクターやスポット、ストーリーの紹介を盛り込み、市民が作品を理解することもできるようにしました。
また、将来的にアニメ化することも見据え、終盤の巻のスポットは「聖地」としては掲載しないよう配慮しました。その他、交通情報やイベント情報、巡礼時のマナーなど、巡礼者にとって有益となるであろう情報を掲載しました。
(3) 等身大パネルの設置&キーワードラリーの開催
主人公と5人のヒロインの計6体の等身大パネルを作成し、市内6ヶ所に設置しました。等身大パネルをただ設置するだけでなく、別途用意したキーワードラリー(周遊企画)のチェックポイントにする工夫を行いました。
各等身大パネルにはキーワードラリーのキーワードを設置し、キーワードは福井の名産品などにするとともに、その解説も加え、周遊しながら福井市の文化や歴史施設について学べるようにしました。
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キーワードラリーの回答台紙 |
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等身大パネルの設置状況 |
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(4) 飲食店などとのコラボ
聖地巡礼企画でありがちなこととして、聖地スポットやお店に行っても買物をせずに外観の写真だけを撮ってファンが帰ってしまうといった課題があげられます。そこで、作品に登場するスポットや立ち寄り先に選定したスポットで一定のお買い物や食事を楽しんでもらうことで、ノベルティーカードをプレゼントする企画を実施しました。観光部署とライトノベル作品とのコラボということもあり、対象ショップに、観光物産展や書店も加えて実施し、観光消費を促しました。
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ノベルティーカード |
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作品にも登場する「ヨーロッパ軒のソースカツ丼」や 「8番らーめんの野菜らーめん(塩)」 |
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YouTubeでのオンラインツアー配信 |
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(5) オンラインツアーの開催
コロナ禍でもあったため、リアルでの集会イベントをあきらめ、YouTubeによるオンライン配信ツアーを実施しました。ツアーには、著者の裕夢先生をお招きし、福井の聖地巡礼を疑似体験しながら、解説を加える内容としました。ツアー中にはプレゼント企画も実施し、最大同時接続数250人以上、延べ1,500人以上が視聴しました。
オンラインツアーはアーカイブ配信もされており、現在も視聴することができます。
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人気を博したグリッター缶バッジ |
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(6) オリジナルグッズ販売
コラボを記念した5種類の限定グッズを制作・販売しました。制作・販売は事業を受託した実績のある事業者が行い、グッズは好評でファンからの反応もよく、何度か欠品を起こすほどでした。
(7) 市内企業と作品のコラボをプロデュース
その他、交通事業者へのイベント広告掲示や、取次書店との販促コラボなどを行いました。中でも、作品に登場するショッピングモール「ラブリーパートナーエルパ」では、エルパ自身の販売促進費を使い、多くのコラボイベントが実施されました。
<エルパで実施されたコラボ・PRイベント>
・館内巡るラリーイベントにてオリジナルノベルティカードを贈呈
・館内お買い物ラリーイベントにてオリジナル缶バッジを贈呈
・館内お買い物企画にてオリジナルショッパー贈呈
・期間中エルパ内のショップ全ての店員がコラボ缶バッジを付けて応対
・館内約150ヵ所にポスターを掲示したエルパジャック
・正面入り口への巨大バナー広告の設置
・エルパバス(3台)へのバスラッピング実施
3. デザインが生まれた理由/背景
(1) 新幹線福井開業と新型コロナウイルス感染症の影響下で実現
福井市では、2024年春に北陸新幹線福井駅開業を控え、首都圏を中心とした観光プロモーションを展開していましたが、2020年から流行した新型コロナウイルス感染症の影響によって、旅行機運は縮小しており、大規模ツアー造成やコンベンション誘致といった施策は実施の見通しが立っていませんでした。
一方、2020年11月に『千歳くんはラムネ瓶のなか』が『このライトノベルがすごい!』で一位になった後、2020年12月頃から担当が作品を読むなど作品の調査を進めていました。予算措置などはない状態ではあったものの、作品を読み、作品に出てくる福井のスポットを特定または目星をつけながらGoogleマイマップにマッピングする作業を始めたのです。マッピングを進めていくと、各巻で多くの福井のスポットが登場することはもちろん、その多くが名前こそ出ていないものの地元民なら特定できるものでした。
余談ですが、このとき作った聖地巡礼マップは、その後のコラボ実施段階での企画立案や候補地の選定などにも役に立ちました。
そのような状況があった中で、コロナ禍でも打てる施策として、比較的影響の少ない少人数の旅行、その中でも強く「福井へ行きたい」という動機を持つ層に対して旅行を促してはどうか? ということになり、福井ゆかりの人気小説『千歳くんはラムネ瓶のなか』のコンテンツを活用した誘客施策は実施されることとなりました。
(2) 実施に当たっての懸念
アニメ等のコンテンツを活用した地域振興・誘客施策には、長く地域に受け入れられたものがある一方で、オーバーツーリズムに繋がってしまったものや、短期の開催で終わってしまったものも存在していました。そのため、企画立案にあたっては、企画が長期間持続可能なものとなるように、ファンにとっての満足度を高めるだけでなく、ファンが地域の事業者から受け入れられていくための仕組みが求められていると考えました。
ファンから求められ、持続可能となる企画はどのような企画か。そのヒントをもたらしてくれたのは1人のファンの存在でした。そのファンの方は、数多くの聖地を訪れているだけでなく、『千歳くんはラムネ瓶のなか』の作品ファンでもありました。そのファンの方と意見交換をしながら、求められる地域像や企画を詰めていきました。
4. 持続可能なコンテンツツーリズムを
『千歳くんはラムネ瓶のなか』は、この原稿を書いている2022年6月時点でもアニメ化の発表はされていませんが、『このライトノベルがすごい』で1位を取っていることもあり、今後のアニメ化の期待もある作品でした。そのため、コラボの初期でトラブルが起き、来るべき人気爆発のタイミングで福井として取り組めない状況とならないように配慮して企画立案、事業者との調整を進めていきました。
(1) ファンのハブとなる拠点の設定
最初に考えたのが、「ファンのハブとなる拠点」がなければいけないということでした。いわゆる成功したといわれる聖地のほとんどに、作品への熱量を持った地元の事業者が存在していました。
ファンが困ったときや、プランなくとりあえず来てしまったときに、とりあえず駆け込めるスポットが必要だと思い、受け入れてくれる事業者を探しました。
幸い、作品に登場しているエルパの中の書店「AKUSHU BOOK&BASE」がその任を担ってくれることとなり、企画のファーストコンタクトが集中するポイントとして組み込んでいきました。
結果的に、AKUSHUのスタッフは、全員作品を読んでファンの対応に当たってもらい、また前述のとおりエルパ自身も多額の販売促進費を投入して、ショッピングモール全館をあげてファンを迎えてくれました。
(2) ファンと地域の相互理解
チラムネ福井コラボでは、ファンと住民がお互いを尊重し、双方にプラスの循環を作るコミュニティを形成することで、この企画が長期間継続できるものになると考えました。作品の中に出てくる言葉である「相互理解」をテーマに設定し、ファンの持つ作品愛と住民が持つ郷土愛が互いへの共感に結び付くと考えて、双方の交流を良いものとして肯定するとともに、ファンと事業者が会話や交流をするように企画をデザインしました。
特に、ファンが事業者に受け入れられるように、ファンが持つ特性や、対応についての注意事項などを事業者の方に段階的に説明したり、作品そのものや作品でその事業者が出てくるシーンについての説明を行ったりしました。
結果、コラボ実施期間中に福井に滞在したファンは現地の生活を事業所のスタッフから直接聞くことや、作品に出てきているメニューやシーンなどについても理解されている状態で巡礼を楽しむことができました。ファンの満足度も向上しましたが、ファンからの「福井が好きになった」「これが食べたかった、美味しかった」などのコミュニケーションは事業者やスタッフにとってもシビックプライドの醸成やサービス向上への意欲につながっています。実際、ショップコラボに参加した事業者の多くが、ファンへの感謝や喜びの声を伝えていました。
(3) 誘客に結び付いたのはファン目線で用意した企画とグッズ
誘客に最も寄与したと思われたのはグッズでした。制作したグッズはイベント期間中福井市内の2カ所のみでの限定販売としたためです。今でこそECサイトで購入が可能になっていますが、真っ先にグッズを手に入れたいファンはイベント期間中に福井に聖地巡礼にきました。グッズについては、地域の特色にあまりこだわらず、ファンが欲しいと思うような定番のもの、安価なものが好まれていました。
そして、ボリュームのある企画や現地での巡礼を楽しむことができるように、パンフレットには現地に来て悩むであろう遠方のスポットへの移動手段などの情報を掲載しました。
(4) 企画が生んだ好循環
ファンも事業者も安心して参加できるように行った環境づくりは、福井の受け入れ体制への信頼感が高まり、さらなる誘客に繋がる好循環を生んでいるようです。情報収集はライトノベルファンが良く使うツイッターを使って行っていますが、巡礼したファンの方が思い出を投稿し「楽しかった」「また行きたい」とコメントしていることで、さらなるファンの来福機運を刺激していることがうかがえます。また、コラボに参加している市内の書店では原作小説の販売数が上位を占めるなどしており、売上が伸びているだけでなく、福井市内での作品の認知度も向上していると考えられます。
5. コラボの成果・実績
チラムネ福井コラボで実施した事業の成果は以下のようなものがあります。(再掲含む)
いずれも、アニメ化していない作品とのコラボとしては想定以上のもので、コンテンツの力を感じました。
・コラボポスターの掲示 市内外に約650枚
・等身大パネル市内6ヶ所に6体設置。
・キーワードラリー参加者約680人・達成者281人。
・小売店などでのお買い物イベントを14店舗で実施、延べ1,800人以上が参加。想定経済消費額200万円超
・コラボグッズを市内2店舗で5種類展開し、2カ月で160万円超の売上
・オンラインツアー配信を実施し、最大同時接続数約250人、延べ参加者数約1,500人、アーカイブ視聴者数1,000人超
・市内公共交通機関内にイベントポスター約100枚を掲示(無償)
・期間内、市内のコラボ店舗で該当作品の売上が上位を席捲
6. まとめ
(1) チラムネ福井コラボが行った工夫
アニメ化していない段階でのライトノベル(小説)とのコラボ企画は異例で、規模もアニメ化済の人気作並のものとなりました。これは、想定以上の結果ではありますが、アニメ等のコンテンツを活用した地域振興事例や誘客事例の成功事例を参考にして、持続可能かつファンに受け入れられるプログラムの条件を「地域の作品への熱量」「地域住民とファンとの交流」にあると仮定したことが当たったのではないかと考えています。
また、その状況を作るために、作品とのコラボが決まってからではなく、事前にそうなってもいいように、と想定と準備を進めていたことが結果的に一番良かったように思います。
(2) 事業者への協力要請での工夫
また、報告者は飲食店などでの勤務経験などがあり、その経験から現状の事業者がどのようなことを喜び、どの程度の負担なら受けいれてくれるか、といったことを丁寧に検討しました。例えば、ファンが来ていることを分かりやすくすれば嫌な思いはしないだろうと、ファンがマップを持って移動したり、ポスターなどの写真を撮ったりする特性を事前に説明しておき、事業者がファンとそうでない客を理解できるように、また、来訪数が実感として把握できるようにしました。ショップコラボでも、「ファンから声掛けがあったときだけノベルティを渡す」という条件にすることで、慣れていない店舗スタッフがいた場合などでも、ファンからリマインドが行われ、渡し忘れなどのトラブルが起こらないことなどを説明して協力を仰いでいきました。
(3) アナログコンテンツの多用
今回のコラボでは、あえてデジタルではなく、アナログコンテンツを多用しました。それは、デジタルコンテンツを活用した場合、ファンがスマートフォンで何をしているか分からないという問題を解消するためでした。ファンの行動や興味関心をアナログコンテンツで見える化することで、事業者からのファンの認知を容易にする工夫でした。また、アナログコンテンツが市内に設置されることで、住民の目にも作品のことや作品とのコラボが実施中であることが目に触れ、住民からの作品認知度も高まるようにとの効果も狙っています。
(4) 事業者へのフォロー
参画事業者には、アニメ等のファンの特性や対応事例について説明とフォローアップを何度も丁寧に行いました。また、行政が実施者であることを活かし、様々な業種の参加を促すべきと考えて声掛けを広げた結果、個人経営の飲食店から大型ショッピングモール、公共交通事業者まで、様々な業種、形態の事業者の協力を得ることができ、ファンには地域全体で盛り上がっているという印象を持ってもらうことができました。ファンは福井滞在中のあらゆるシーンで作品との接点が持てたようで、滞在中の没入感も高いものになったようです。
7. ライセンスについて
コラボ企画の実施に当たっては、ライセンス(権利者)との調整が別途あります。今回のレポートではその点については省きましたが、行政側がコンテンツをただ利用させてもらうといった企画ではライセンスの協力も得られ難いですし、企画も費用対効果の悪いものになりがちなのではないかと思います。ライセンス側にとっても、コラボをすることでプラスになる要素がある(例えばプロモーション効果が高い、販売促進につながるなど)ように、提案前に十分な検討を行うと良いと感じました。
また、ライセンス側は「監修」を行いますが、こちら側(委託事業者でも良い)が作品について十分理解していない場合、監修の手間ばかりが増えることになるので、コラボの受け入れ側としても作品理解を高めていくことは、住人やファンだけでなく、ライセンスとの良好な関係を保つ上でも重要だと思います。
とはいえ、相手を動かすのは圧倒的な熱量ですので、作品と地域への愛を最大限に高めてライセンスとの交渉に臨んでいただけたらと思います。
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