【レポート】

第39回静岡自治研集会
第3分科会 高齢者に優しい各自治体・地域の取り組み

 国内でもケアラー支援の必要性が社会の課題として認識されるようになるなか、自治体レベルでのケアラー支援条例の制定の動きが広がりつつある。市町村として、また、北海道内の自治体としては初の例となる「栗山町ケアラー支援条例」について、同町関係者への聞き取りをもとに、その制定に至る背景、条例の特徴、支援の実践の現況、今後の課題などについて報告する。



栗山町の実践に見るケアラー支援条例の制定の意義


北海道本部/公益社団法人北海道地方自治研究所・研究員 正木 浩司

1. ケアラー支援条例の制定が広がる背景

 栗山町は「栗山町ケアラー支援条例」(令和3年3月19日条例第10号)を2021年4月1日から施行している。2020年4月に国内初のケアラー支援条例を埼玉県が制定しており、制定順で言えば栗山町の条例は埼玉県に次いで国内2例目になるが、北海道内の自治体として、また、市町村としては初の例になる。町立の介護福祉士の養成校を有し、以前より福祉のまちとして知られる栗山町の新たなチャレンジである。
 「ケアラー」とは、「無償の介護者」を意味し、主に介護者家族を指す。日常生活を営む上で介護等の援助を必要とする者を、その年齢や状態にかかわらず、無償で支援している者はすべて「ケアラー」と見なしうる。認知症高齢者の増加、介護離職あるいは介護心中・介護殺人・虐待といった問題が国内でも顕在化・増加していくなかで、ケアラー自身の日々の生活や人生のプランをどう維持するのか、ケアラーの負担の放置は重大な事件に発展する可能性がある、といった問題意識が国内でも徐々に共有されるようになり、国の法律よりも先に、自治体での支援条例の制定の動きが広がっている。
 近年は「ヤングケアラー」(未成年のケアラー)の問題が特に注目を集め、そのこと自体非常に重要な問題だが、栗山町の条例は、その名のとおり、未成年に限らず、ケアラー全般を支援対象とするものである。援助を提供する側であるケアラーも悩みや問題を抱え、支援が必要であると認識し、支援対象に年齢制限などは設けず、町としてそのためのルールを条例として具体化したということである。

2. 町社協によるケアラー支援事業の展開

 栗山町におけるケアラー支援の取り組みは、「日本ケアラー連盟」による第1回実態調査(2010年9月)への協力を契機として始まった10年に及ぶ社会福祉法人栗山町社会福祉協議会(以下、町社協)による支援の実践の積み重ねがある。
 町と町社協の関係は、従前より町社協事務局長を町職員が務め、また、町の福祉関係の事業を町社協が受託するなど、日常的に密接に連携する関係にある。ケアラー支援の諸事業も町からの委託事業の一つであった。条例制定には、「10年に及ぶケアラー支援の集大成」(条例案の議会提案時の町長の発言、2021年1月20日)という側面もある。
 条例制定後の現在にもつながる町社協の2010年以降の取り組みとしては、①緊急時に必要な情報等をコンパクトにまとめて世帯配布する「命のバトン」事業、②当事者の居場所づくりと相談に対応する「ケアラーズカフェ」の設置、③当事者の不安解消などを目的とする「ケアラー手帳」の配付、④ケアラーの心身の健康度をチェックする「ケアラーアセスメント」の実施、など多数の事業があった。
 町社協によるケアラー支援の取り組みは、当初より町からの委託事業として実施されていたものだが、町の財政事情などの影響を受け、2カ年度ほど中断した時期もあった。これが現町長の就任後の2018年度から再起動し、支援専門員(スマイルサポーター)の設置、支援専門ダイヤルの開設、出張相談会の実施などの新たな取り組みに着手するとともに、町側でも、一定の検討期間を経て、ケアラー支援条例の制定という選択をすることとなった。

3. 条例の概要

(1) 基本理念・目的など
 条例第1条「目的」によると、「ケアラーを社会全体で支え」、「全てのケアラーが健康で文化的な生活を営むことができる社会を実現する」ことを目標に、これを実現するために、本条例により、支援に関する基本理念の設定、町の責務の明確化、町民・事業者・関係機関の各役割の明確化、支援に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るとしている。
 続く第2条では、「ケアラー」を「高齢、身体上若しくは精神上の障がい又は疾病等により援助を必要とする親族、友人その他の身近な人に対して、無償で介護、看護、日常生活上の世話その他の援助(中略)を提供する者」と定義し、ケアラー自身の年齢や社会的な立場、各ケアラーが援助を行う対象者の状態などによって条件を加えず、ケアラー全般が本条例に基づく支援の適用対象者であることを確認している。
 また、「関係機関」についても「介護、障がい者及び障がい児の支援等に関する活動を行い、当該活動においてケアラーに関わる機関」と定義し、幅広い機関が該当しうる可能性を示唆している。具体的には、町社協のほか、地域包括支援センターや介護事業所などが該当するとされている。
 第3条に定めるケアラー支援の基本理念は、「全てのケアラーが個人として尊重され、健康で文化的な生活を営むことができるように行われなければならない」こと、「町、町民、事業者、関係機関等の多様な主体が相互に連携を図りながら、ケアラーが孤立することのないよう社会全体で支えるように行われなければならない」ことの2点を掲げている。

(2) 町の責務
 条例第4条では、町の責務として、基本理念(第3条)に則り、「支援に関する施策を総合的かつ計画的に実施する」こと、支援の施策に関し「町民、事業者、関係機関等から意見を聴くなど、広く町民参加の機会を提供する」ことを挙げている。
 その上で、第8条において、支援の施策の総合的・計画的な実施のために「ケアラー支援推進計画」の策定を町に求め(第8条第1項)、支援の施策は具体的には計画の中に書き込まれるかたちになる。
 あわせて、計画に規定される施策の内容は、町の高齢者保健福祉計画、介護保険事業計画、障がい者福祉計画などに規定される諸施策と整合性を図ることが義務化されている(同第四項)。条例制定の数日後(2021年3月22日)に公表された『第8期栗山町高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画(令和3年度~令和5年度)』および『第5次栗山町障がい者福祉計画(平成30年度~令和5年度)<改訂版>』には、すでにケアラー支援に以下のとおり位置づけを与えており、関係事業との一体的な制度運用の進展、関係機関の連携の深化が期待される。
① 『第8期栗山町高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画』
 家族や近親者・友人・知人など無償の介護をしている「ケアラー」は増加しています。老々介護や、介護に対するストレスによりケアラー自身の健康を壊してしまう例が起きています。ケアラーをとりまく問題は身近で年々多様化していますが、これからは更に長寿社会による地域構造が大きく変化していくため、社会全体でケアラーを支援する仕組みを構築していく必要があります。町民、企業、関係機関などそれぞれの役割を明確化し、町民同士で支え合う地域力の向上のため、栗山町ケアラー支援条例を制定します。
 なお、ケアラー支援に関する具体的な施策については、関係機関で構成するケアラー支援推進協議会により別途ケアラー支援推進計画を策定します。
 事業の実施にあたっては、栗山町社会福祉協議会と連携し、ケアラーの支援に係る包括的な情報提供並びに相談・支援体制の構築、ケアラー交流会や集いの場の設置、ケアラー支援の人材育成を推進します。
② 『第5次栗山町障がい者福祉計画<改訂版>』
 ア 相談支援体制の強化とケアラー支援の充実……相談支援体制の強化及び充実を図るとともに、ケアラーも同時に支援できるよう社会福祉協議会や関係団体等と連携強化を図ります。
 イ ケアラー支援の必要性の周知、啓発……町社会福祉協議会等と連携し、ケアラー支援の必要性について、町広報等を活用し周知、啓発を図ります。
 ウ 各種制度を活用したケアラーへの心理的、経済的、社会的支援の取り組み……各種障がい者支援制度を活用し、ケアラーへの心のケア、経済的、社会参加、自立促進への支援を図ります。

(3) 第1期計画の概要
 計画の策定にあたっては、町は「栗山町ケアラー支援推進協議会」からの意見を聴くこととされている。委員は、町社協、民生委員、ボランティア団体などで構成するとされている。また、協議会の役割は計画策定だけでなく、各施策の評価、計画の見直しなどについても意見を述べることとされている。
 第1期計画『栗山町ケアラー支援推進計画』(計画期間:2021年度~2023年度)は2021年12月をもって策定・公表され、同計画中に記載されるケアラー支援の取り組みは、以下のとおりである(『計画』15頁より引用)。
① ケアラー支援の必要性や知識を深める広報及び啓発活動
 ア ケアラーに関する情報発信
 イ 「仕事」と「介護」の両立支援
 ウ 関係機関等との協力
 エ 各専門職との情報共有
② ケアラー支援を担う人材の育成
 ア ボランティアの養成
 イ 北海道介護福祉学校との連携
③ 包括的な相談・支援体制
 ア ケアラー支援の活動拠点の設置
 イ ケアラー支援専門員の配置と相談窓口の設置
 ウ ケアラーズアセスメントの見直し
 エ 重層的支援体制の整備
 オ ヤングケアラーの相談支援
④ ケアラー同士が交流・情報交換できる場の設置
 ア ケアラーズカフェ等の運営支援
 イ ふれあいサロン等の充実と推進
⑤ 障がい者及び子育て支援の充実化
 ア 障がい者の支援
 イ 子育ての支援
⑥ 国、道、関係市町村への情報発信及び要望
 ア 国、道、関係市町村への情報発信及び要望

4. 条例制定の意義

 条例制定の意義について、町社協関係者への聞き取り(2021年4月実施)によると、大きくは以下の3点が挙げられた。
 第一に、介護保険制度がカバーし切れていない部分を補完する取り組みが本条例によって制度化されたという点である。介護保険制度は施行(2000年4月)から二十数年を経過したが、この間に積み重ねられてきた支援方策はほとんど全て要介護者・要支援者のためのものであり、そのこと自体は批判されるべきものではないにせよ、その一方でケアラーが抱える問題や負担を解消・軽減するための施策はほとんど全く手つかずのまま来てしまったという意味で偏りがある。介護離職や介護心中といった近年増加する諸問題は、介護保険制度の理念である「介護の社会化」を実現するためには、要介護者等だけでなく、介護者家族などケアラーも同じ人権を保障された個人として支援対象に据えていく必要があることを端的に示している。
 第二は、条例化によってケアラー支援における町の責務を明確化し、事業の継続性を担保したことである。条例に「町の責務」を書き込むことには、町の事業執行の責任を明確にしつつ、事業を停滞させない体制を確立することが企図されている。
 第三に、条例により、町民、事業者、関係機関の役割を明確化したことで、町全体を挙げたケアラー支援の体制を制度として具体化したということである。ケアラーになることへの不安が広がる今日において、町を挙げての支援の仕組みを制度化したことの意義は大きい。
 このうち、「事業者の役割の明確化」は、栗山町条例を特徴づける規定の一つであり、事業者に関する規定はいわゆる介護離職の問題に関わる。この問題にはケアラーとなった者の勤め先である企業等事業者の姿勢や認識が直接的に関わっているからである。要介護者の出現によって職業生活と家庭生活を両立できなくなって発生するのが介護離職であり、企業等がケアラーを取り巻く環境、ケアラーが抱える問題や心身の負担などに対してどれだけ理解を深められているかで、介護離職が発生する確率は変動しうる。本条例は事業者の役割を明記し、町の施策への協力を明記している。これに関係して、条例制定後に設置された「栗山町ケアラー支援推進協議会」には、栗山町商工会議所の関係者が委員として加わることにもなっている。

5. まとめに代えて ―― 今後の事業展開に向けた課題

 前出の町社協関係者への聞き取りでは、今後の事業展開上の課題についても尋ねた。その主な回答について以下の3点を紹介する。
 第一は、ケアラー支援に特化したオフィシャルな相談窓口もしくは相談支援センターが未設置であるという点である。町の財政上の制約もあり、新たな施設を新設することは現実的ではないといい、一方ではすでに町社協事務所とケアラーズカフェが実質的に相談窓口の機能を果たしていることから、その活用についても検討するという。
 第二は、ケアラー世帯への家庭訪問・相談支援を条例下の支援事業として構築することである。何事も自らの内に抱え込んでしまいがちなケアラーから本音や秘めた悩みを引き出すには、相談窓口を設置して相談者の来訪を待つだけでは不十分であることはこれまでの支援の実践から明らかであるといい、そうであるならば、支援者側から積極的に地域や家庭に出かけていって、すなわち、アウトリーチの手法によって一定の信頼関係を構築することが必要であるとされている。
 第三は、栗山町が目下検討を進めている地域包括ケアシステムの中に、どのようにケアラー支援事業を位置づけるかという点である。ここには在宅ケアを二四時間サポートするための体制の構築という大きな課題もある。地域包括ケアシステムは在宅ケアの比重を高め、その意味で介護者家族などのケアラーの負担をさらに増大させる可能性を有する。同システムの実効性の確保にケアラー支援事業の果たしうる役割は大きいと考える。
 冒頭でも述べたとおり、栗山町の条例は、北海道内の自治体として、また、全国の市町村としては初の例であり、特に後続の市町村による同様の取り組みに対して一つのモデルとなりうるものである。2022年4月現在、道内に限っても浦河町(2021年12月14日公布・施行)、北海道(2022年4月1日施行)がケアラー支援条例を制定・施行するに至っている。栗山町および制定自治体が条例下で取り組むこれからのケアラー支援の実践には、他自治体の取り組みへの影響、国レベルのケアラー支援法の制定に向かう気運の醸成などの面で、その動向が引き続き注目される。




※ 本稿の内容は、『北海道自治研究』2021年7月号(第630号)所収「栗山町ケアラー支援条例の制定とその意義」を基に、同稿の執筆・掲載後の関係する動きを踏まえて再編集と追記をしたものである。