1. はじめに
1945年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾が原爆ドーム上空約600mで炸裂しました。熱線と爆風、放射線によって広島の街は一瞬にして壊滅、消失しました。
核分裂による火球は数万度に達し、爆心地の地表が受けた熱線は通常の太陽の数千倍と言われています。地表の温度は3,000度~4,000度となり屋根瓦は表面が溶けて泡立ち、木造家屋は自然発火しました。
数十万気圧による爆風は280m/秒と推定され、音速に近い爆風で爆心地の家屋のほとんどが壊滅しました(直下ほど強烈)。
そして、放射線。被爆直後の急性障害(発熱、吐血、下痢など)だけでなく、その後も長期にわたってさまざまな障害を引き起こし、被爆者の健康を現在もなお脅かし続けています。ケロイド症状が現れ、体内被曝児は小頭症などの症状も現れました。被爆から年月を経て、白血病やがんによって亡くなる人が増えていきました。
通常の爆弾と違って、核兵器は威力の違いとともに放射線障害を伴います。被爆直後生き残ったとしても数年で亡くなる人、生涯不安を抱えながら生きなければならないなど、人生そのものも破壊してしまいます。
そのため、広島市は「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者の願いを受け止め、平和を推進する施策を行ってきました。しかし、月日が経過し、被爆の実相を被爆者に直接聞き知る機会が少なくなり、今後、一層高齢化が進み、やがて被爆者の声が市政に届かなくなってしまいます。そのような状態に至ったとしても被爆の惨禍を風化させず、「絶対悪」である核兵器を廃絶するための施策を行うための根拠が必要となります。
広島市議会では、その根拠となる「広島市平和推進基本条例」を2021年6月に議員提案で成立させました。
2. 条例制定につながる2つの課題
(1) 議会の政策形成機能の充実
地方自治体の役割や責任が拡大する中、二元代表制のもとで、地方議会が果たすべき役割や責務は益々増大しています。しかし、執行機関である市長の役割については市民にとって一定程度分かりやすい面はあるものの、議会の役割については十分な理解を得ているとは言えません。広島市議会では議会改革推進会議を設置して様々な議会改革を進めてきましたが、その中の重要な議論の1つが政策形成機能の充実でした。
そのため、前期(2015年5月~2019年3月)の議会改革推進会議では具体的に議論を1歩進めるために「議会の政策形成機能をさらに充実するため、議会による政策立案を行うための仕組みを導入」することを取りまとめました。
具体的には①各会派で政策課題等について必要性や目的、内容等について提案、②会派の議員数で比例案分した委員で構成する「政策立案検討事項調整会議」で提案事項について協議し必要に応じて絞り込み等を行うなど調整のうえ、検討事項を選定、③各派幹事長会議で「政策立案検討会議」へ検討依頼することを決定、④各会派1人の委員で構成される「政策立案検討会議」で市長への政策提言にするか、議員提出による条例案の提案にするかを含めて検討、⑤検討結果を議長に報告、⑥各派幹事長会議で政策立案検討会議からの政策立案について承認、⑦条例案等を議決、という仕組みになります。
(2) 「核兵器廃絶」、「世界恒久平和」を求める被爆者の願いを次世代へ継承
「人類史上最初の被爆都市として、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現にむけて、全力で取り組む」ことを広島市議会基本条例の基本方針の1つとして掲げています。これまで、広島市は平和の推進に関連する施策を継続的に進めてきましたが、一方で、被爆者の高齢化が一段と進み、被爆者自身からの被爆体験を直接聞けなくなるという現実を迎えようとしています。被爆者の願いを次の世代へ継承していくことが極めて重要な課題として浮かび上がってきました。
広島市は「2020ビジョン」(2003年策定)を掲げ、2020年を目標に核兵器廃絶をめざす緊急行動を取り組んでいました。緊急行動の内容は、①全ての核兵器の実戦配備の即時解除、②「核兵器禁止条約」締結にむけた具体的交渉の開始、③「核兵器禁止条約」の締結、④2020年を目標とする全ての核兵器の解体、でした。市議会でも、広島市の取り組みを受け止めて議論を深めてきました。2019年3月には「平和推進・安心社会づくり対策特別委員会」で平和推進に関する条例制定にむけて、「改選後に取り組みを進めることとしている議会による政策立案を行うための仕組みの中で、条例案策定にむけて検討されたい。」と提言しています。
3. 政策立案検討会議の設置
前述の2つの課題解決にむけて2019年6月に広島市議会に初めて「政策立案検討会議」が設置されました。これは広島市議会会議規則第116条に基づく「協議等の場」と位置付けられています。本来なら、どのような政策課題を検討するかを決めるのは「政策立案検討事項調整会議」ですが、今回は、2021年度の「平和推進・安心社会づくり特別委員会」で「平和の推進に関する条例」について検討するよう提言されていたため、検討事項の調整作業は省いて、直接「政策立案検討会議」の設置に至ったものです。
委員は各会派1人の構成になっています。本来、議会の会議は基本的に会派の議員数で比例案分することになっていますが、「政策立案検討会議」は各会派の政策担当者が集まって一つの政策を取りまとめようとするもので、多数決になじまないことから各会派1人となっています。そのため、広島市議会では当時14人が最大の会派でしたが、会派を代表して1人が委員となり、一方、1人会派も1人の委員となっています。設置当初、広島市議会は8会派でしたので、委員は8人でした(2020年7月から9会派)。
会議の代表及び副代表は委員の互選によって決めることになっており、私が代表を仰せつかることになりました。
広島市議会最初の議員提案による政策条例となるため、議会事務局は事務的な整理のみの作業とし、具体的な立案作業は議員間で行いました。必要に応じてワーキンググループを設置して専門的な検討ができる規定になっていたことから、作業日程の検討・管理や市の執行部との調整、会派間の意見調整の方法などを検討する総務グループと、他都市等の調査、市の執行部等からの意見聴取の内容の検討や条例骨子案をつくる調査グループの2つのグループを設置して具体的な作業を進めました。
4. 広島市の主な平和推進の取り組み
広島市の平和の推進については、現在、大別して①核兵器廃絶をめざした取り組みの推進、②平和意識の醸成、③被爆体験の継承・伝承、の3つとしています。
「核兵器廃絶をめざした取り組みの推進」については、平和首長会議の活動や新「ビジョン」の策定などの取り組みを進めました。平和首長会議は1982年に当時の荒木市長が第2回国連軍縮特別総会で、世界の都市に国境を越えて連帯し、ともに核兵器廃絶への道を切り開こうと呼びかけ、賛同する都市で「世界平和連帯都市市長会議」(現在は平和首長会議に名称変更)を設立、1991年には国連経済社会理事会のNGOに登録されています。2003年に当時の秋葉市長が2020年を目標に核兵器廃絶をめざす緊急行動「2020ビジョン」を発表すると飛躍的に加盟都市が広がりました。当時は国外の都市を対象としていましたが、現在は日本の市長や町村長にも加盟を呼びかけるなどして世界で8,188都市(2022年7月1日現在)が加盟しています。
「2020ビジョン」が2020年に終了したのを受けて2021年からは「持続可能な世界にむけた平和的な変革のためのビジョン」(FXビジョン)が策定されています。
FXビジョンの目標は市民の安心・安全な生活を脅かす最大の障害である核兵器を廃絶し「核兵器のない世界の実現」をめざすとともに、人類の共存を脅かす地域ごとに異なる多様な課題に取り組むとしています。この達成のためには、国益追求を重視する国家レベルの視点に代えて、相互の利益を尊重し、助け合うことが大切であるという市民レベルの視点に基づき、核兵器のない平和な世界の実現を願う市民社会の総意を形成することにより為政者の政策転換を促していくことをめざしています。そのために市民一人ひとりが日常の生活の中で平和について考え行動する「平和文化」を市民社会に根付かせ、平和意識を醸成していく必要があるとしています。
「平和意識の醸成」では、市民等が被爆の実相への理解を深め、平和について考え主体的に行動するため、平和意識の醸成をはかり、一人ひとりの意識の中に、平和を享受するための共通の価値観が形成されるよう取り組んでいます。具体的には、市民生活に平和文化が根付くよう「平和文化の振興」に関する冊子の作成やワークショップを行うとともに、平和文化月間(11月)にはコンサートや講演を行うほか、若者が主体となって企画・運営する平和の誓いの集いなどを開催します。
「被爆体験の継承・伝承」では、被爆者が高齢化する中で、平和記念資料館の運営や被爆建物等の保存などにより、被爆者の平和への思いや被爆体験が、次世代に着実に継承・伝承され、世界に広がっていくよう取り組んでいます。被爆体験を継承・伝承するため被爆体験伝承者を養成するほか、2022年度から被爆者の家族がその被爆体験を受け継ぎ、伝承する「家族伝承者」を養成しています。また、被爆体験伝承者による伝承講話や被爆建物等の保存・継承をはかるため、民有の被爆建物等の保存に経費の一部を補助しています。
5. 「ヒロシマの心」を世界に
1945年8月6日、人類史上最初の原子爆弾(リトルボーイ)が広島に投下され、広島の街は一瞬にして焦土と化し、壊滅、消失しました。当時、広島には約35万人の人々がいたと考えられていますが、同年末までに約14万人が死亡したと推計されています。その後も、放射線後障害に悩まされながら死亡された人、今なお、苦しんでいる方がおられます。また、放射能を含んだ黒い雨が降った地域(第一種健康診断特例区域)に住んでいた人に対する支援については、11疾病のいずれかを患えば被爆者健康手帳が交付されるものです。しかし、その区域は小さく限られていたことから、もっと広い区域で黒い雨が降った事実について裁判で争われ、区域以外でも黒い雨が降ったとする原告の勝訴の後、ようやく2022年4月から支援が広がりました。
こういう状況の中で被爆の惨禍を自ら経験した被爆者は、原爆を投下したアメリカは憎いが、その思いを乗り越えて、無差別で非人道的な核兵器は「絶対悪」であるとの信念を持ち続けてきました。被爆者自らの思い出したくもないつらく悲惨な体験を、国籍や文化・宗教の違いも敵味方も関係なく人類が二度と経験してはならないという、究極の「和解」の精神と互いを思いやる気持ちや人類愛を表した言葉として「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」と表現しています。
「ヒロシマの心」とは被爆者の「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という全人類にとっての普遍的なメッセージを原点にした核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を強く願う広島市民の切実な思いです。
人類史上最初の被爆都市である広島市は、被爆の惨禍を経験した被爆者の平和への願いを原点とする「ヒロシマの心」を国内外の市民社会に積極的に発信し、世界の市民社会の共通の価値観とすることで将来世代にわたって、核兵器のない真に平和な世界を実現するよう取り組んでいます。
6. 平和推進基本条例制定の意義
広島市は前述のように核兵器廃絶と世界恒久平和の実現にむけて平和の推進に関する施策を積極的に推進しています。そのため、平和の尊さを大切にする市民は多いと感じています。
しかし、原爆が投下をされて77年(2022年現在)が過ぎようとしています。被爆者の高齢化が一段と進み、被爆体験を直接聞き知る機会が失われつつあります。また、市民による平和の推進に関する活動の担い手が高齢化し、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を訴えることが難しい状況が生まれています。
こうした被爆体験が風化しつつある中で、現在までの広島市長は被爆者の体験を大切にしながら、市長の裁量で平和の推進に関する施策を積極的に行ってきました。しかし、今後、どのような市長が誕生するかは不明です。時間の流れとともに平和の推進にそれほどの価値を見出せない市長が現れるかもしれません。そのような中で平和推進基本条例を制定することによって、たとえどのような市長であっても広島市では平和の推進に関する施策を行わなければならないという制約をかけることができます。
一方、現在、積極的に平和の推進に関する施策を行っている松井市長であっても、市長提案の平和推進条例の制定については「本市における平和推進の条例制定については、これまでの取り組みについて、その内容や効果、さらには市民の受け止めなども含め、十分に検証したうえで、市議会とも協議をしながら検討すべきものであると考えている」と答え、実質的に市長の市政運営の裁量権を制約することにつながる条例制定については消極的な姿勢を示しています。
そのため、月日が経過してたとえ被爆者の声が届かない状態を迎えたとしても、広島市として積極的に平和を推進する施策を行うための根拠として議員提案による条例制定をめざしたものです。
7. 平和推進基本条例制定にむけた「政策立案検討会議」の取り組み
「政策立案検討会議」は2019年6月に設置され、被爆75周年を迎えるとともに「2020ビジョン」の最終年となる2020年の年末か、2020年度の最後となる2021年3月の条例化にむけて議論がスタートし、会議は報告書提出までに24回開催しました。
しかし、後述のとおり、市民意見が期間終了後も含めると1,043件も寄せられ、提出された意見全てについて意見交換を行ったため、条例化は2021年6月にずれ込みました。
なお、条例制定にあたってあらかじめ市民意見を求めるため、平和関係団体、平和関係の有識者や市民を対象にした平和の推進に関するアンケートを行い、次のとおり回答を得ました。
① 平和関係団体(募集期間2019年10月30日~11月29日)
回答団体 30団体
回答率20%(30団体/150団体)
② 平和関係の有識者(募集期間2019年10月30日~11月29日)
回答人数 31人
回答率36%(31人/85人)
③ 市民(募集期間2019年10月30日~2020年3月31日)
回答人数 16人(ホームページ、広報等で募集)
先進地の行政視察については横浜市(政策立案された議員との懇談、国際平和の推進に関する条例について)、鎌倉市(政策立案された議員との懇談)、藤沢市(核兵器廃絶平和推進の基本に関する条例について)を訪問し意見交換を行いました。
政策立案検討会議が取りまとめた素案に対する市民意見募集については2021年1月15日から2月15日まで行い、期間内に598人・団体から994件の意見が寄せられ、期間終了後も9人・団体から49件の意見が寄せられました。通常の条例等での市民意見募集では2桁台が比較的多いと感じていますが、期間終了後も合わせると607人・団体から1,043件の意見が寄せられたことになり、市民の関心の大きさが窺えました。
8. 広島市平和推進基本条例の特長
(1) 条例の目的
第1条で条例の目的について規定しています。
この条例は、「平和の推進に関し、本市の責務並びに市議会及び市民の役割を明らかにするとともに、本市の施策の基本となる事項を定めることにより、平和の推進に関する施策を総合的かつ継続的に推進し、もってヒロシマの心である核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現に寄与」することを目的としています。
「総合的」とは平和関連の部署だけでなく、市全体を通じて施策を推進するという意味で、「継続的」とは、文字通り継続的に施策を推進するという意味です。
(2) 平和の定義
第2条でこの条例の「平和」については、「世界中の核兵器が廃絶され、かつ、戦争その他の武力紛争がない状態をいう」と定義しています。
市民生活の平和を脅かすものとして飢餓、貧困、暴力、差別、環境破壊などが考えられますが、この条例では核兵器廃絶や戦争等がない状態としています。市民意見でも「平和の定義があまりにも狭すぎる」、「平和を大切にする広島市として定義が不十分」等の指摘もいただきました。
しかし、この条例が市長に対して平和に関する施策を行うことを「責務」と位置付けていることから、市長の市政運営の裁量権を制約することにつながるため、「この条例では」とした上で核兵器廃絶と戦争等がない状態に限定をして定義しています。
(3) 本市の責務、市議会への報告と公表、財政上の措置
第3条で「本市の責務」を規定しています。
第3条では「本市は、平和の推進に関する施策を策定し、及び実施する責務を有する」と、市長に対して平和を推進する施策を行うことを「役割」ではなく「責務」として位置付けています。平和に関する施策を推進しなければならないということを明確にしたものです。
これまでの広島市長は被爆者の声を大切にし、その声に沿って平和を推進する施策を行ってきました。しかし、今後、時間が経過するのに伴って被爆者の声が届かなくなってしまいます。たとえ被爆者がいなくなったとしても、また、どのような思想を持つ市長であっても、この条例によって平和を推進する施策を行わなければならないことになります。この条例の究極の目的でもあります。
また、第8条では、毎年、平和の推進に関する施策の実施状況を市議会に報告するとともに、公表しなければならないことにしています。広島市が平和の推進に関する施策を行っているかどうか市民全体で確認することができるようにするためです。
第9条では、財政上の措置を規定しており、平和の推進に関する施策を総合的かつ継続的に推進するため、「必要な財政上の措置を講ずるものとする」とし、平和の推進に関する施策を必ず予算化しなければならないことにしています。
(4) 市議会、市民の役割
第4条で市議会の役割、第5条で市民の役割について規定しています。
市議会の役割として、「平和の推進に関する施策に、その機能を最大限に発揮する」とともに、「長崎市議会と連携して、平和の推進に関する活動を行う」としています。市議会に対しては、広島市と同様に被爆都市である長崎市議会との連携が求められていました。
また、本条例制定を機に、広島市議会では新たに「平和推進会議」を設置し、平和の推進に関する活動を行うことになりました。広島市議会会議規則第116条に基づく「協議等の場」と位置付けられています。
市民の役割については、「平和の推進に関する活動を行うよう努める」としています。市民の自発的な活動を求めているものです。
(5) 平和の推進に関する施策
第7条では、平和の推進に関する施策を規定しています。
① 核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現をめざし、国内外の都市等との連携をはかるための施策
② 市民等が、原子爆弾による被爆の実相への理解を深めるとともに、平和について考え、平和の推進に関する活動を主体的に行うよう、平和意識の醸成をはかるための施策
③ 被爆者の体験や平和への思いを世界に広め、かつ、これらを次世代に確実に伝え続けるよう、被爆体験の継承・伝承をはかるための施策
④ これらの他、平和の推進をはかるために必要な施策
と具体的な施策を明記しています。
このように、全世界で8,100を超える都市が加盟している「平和首長会議」と連携して核兵器廃絶と世界恒久平和の取り組みを進めることや、市民の平和意識の醸成、被爆体験の継承・伝承を施策の大きな柱としています。
9. 市民の相反する意見が集中した条項
この条例素案に対する市民意見については1,043件もの意見が寄せられました。その多くは第6条の「平和記念日」を規定した条項です。
第6条は「本市は、人類史上最初の原子爆弾が投下された昭和20年8月6日を世界平和樹立への礎として永久に忘れてはならない日とし、原子爆弾による死没者を追悼するとともに世界恒久平和の実現を祈念するため、毎年8月6日を平和記念日とする。」
「2 本市は、平和記念日に、広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式を、市民等の理解と協力の下に、厳粛の中で行うものとする。」というものです。
この条例化に先立ち、広島市では8月6日の平和記念日に会場周辺で行われているデモ行進団のシュプレヒコールに対して静謐な環境を求める要望が出され、2019年6月には広島市議会で「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式が厳粛の中で挙行されるよう協力を求める決議」が全会一致で可決されました。また、広島市長に対してはデモ行進を規制するよう条例制定を求める動きが活発化し、市長も条例の制定を検討しました。しかし、「表現の自由」を制限することにつながる恐れもあること等から、広島市長は話し合いで解決する方法を選択しました。
そういう状況がある中での平和推進基本条例制定の取り組みであったため、「厳粛の中で行う」という文言を削除すべきだという意見と、盛り込むべきだという意見の双方から相当数の意見が寄せられたものです。
政策立案検討会議では「市民等の理解と協力の下に、厳粛の中で行う」と整理しました。これは広島市に対して「厳粛」な式典の挙行を求める一方で、その前提として「市民等の理解と協力」が必要であるとしたもので、広島市と関係団体で協議を進めながら解決する道筋を示したものです。
10. おわりに
「広島市平和推進基本条例」は広島市議会で初めての議員提案による政策条例となりました。議会の政策形成機能の充実という課題と「核兵器廃絶」「世界恒久平和の実現」を求める被爆者の願いを確実に次世代に継承するという2つの課題を受けて制定したものです。
人類史上最初の原子爆弾が投下をされ、未曽有の惨禍となった広島市が、その記憶が忘れられることなく未来にむかって平和の推進に関する施策を行う根拠ができたことをうれしく思っています。今後、たとえ平和の推進にあまり価値を見出せない市長が誕生したとしても積極的に平和の推進に関する施策を行わなければなりません。
一方、本条例制定を契機に広島市議会に「平和推進会議」を新たに設置しました。平和の推進に関する活動を継続的に行うこととしており、市議会としても活動を一層推進する組織ができたことになります。
広島市議会で今までこうした平和推進の条例が制定されていなかったことが不思議だという見方もあるかもしれませんが、これまでの広島市長は当然のように被爆者の声を大切にし、平和の推進に関する施策を行ってきました。2020年から2030年までの広島市総合計画でも施策の最初に「『平和への願い』を世界中に広げるまちづくり」と明記しています。当面、平和の推進に関する施策が後退することは考えにくい状況です。
しかし、長い将来を考えると、記憶の風化も否定できません。仮にそうした状態を迎えた場合であっても、二度と過ちを繰り返さないために、この条例が「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という「ヒロシマの心」を世界に広げる一助となることを期待しています。
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