1. はじめに
神奈川県三浦半島西部に位置する人口約3万3,000人の葉山町は、日本近代ヨット発祥の地であり、御用邸(天皇陛下の別荘)がある町として知られている。しかし、鉄道の駅や大型商業施設などが無く利便性が高いとは言えないことから、近年においては若者からの認知度が低い。人口の社会減が、自治体としての課題となっていた。この問題の解決策の一つとして、町は、2015年6月にInstagramアカウント(@hayama_official)を立ち上げ、約4年で町の人口を超えるフォロワー数を獲得した。
本レポートでは、移住定住促進の取り組みとしてInstagramを活用した葉山町を事例に、Instagramを始めとする国内の主なSNSの精査を行い、葉山町がSNSアカウントを運営していく上での方針や実施してきた戦略についての分析や実施後の効果測定を通して、自治体の移住定住促進施策におけるInstagramの有効性を考察していく。
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(図1)葉山町の立地 |
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2. SNSについて
(1) Instagramとは
葉山町が移住定住促進を目的として利用を開始したInstagramは、メタ・プラットフォームズ(旧:Facebook, Inc)が所有するアメリカのSNSである。SNSとは、ソーシャルネットワーキングサービス(Social Networking Service)の略で、サービスへの登録者同士が交流することができるWebサイト上の会員制サービスのこと。多くの場合、同じ趣味を共有する人同士や友人、近隣地区の住民同士のコミュニティ、会社や自治体の広報の場であり、Instagramもこの一つと言える。1)
Instagramは、アメリカのみならず日本国内においても利用者数の多いSNSのひとつで、2014年のリリース以降現在もユーザー数は継続的に増加している。2019年時点で日本国内でのInstagram利用者数は3,300万人を超えていることから、日本国民の4人に1人はInstagramを利用していることが分かる。2) 特徴としては「#(ハッシュタグ)」の活用が挙げられ、「#カフェ」のようにキーワードの先頭に#を付けて投稿することで、検索結果に表示されやすくなったり、他のユーザーと繋がるきっかけになったりと、リリース時から多くのユーザーにより利用されているサービスを提供している。
また、近年においては、情報収集や買い物を目的として利用するユーザーが増えているのも特徴の一つと言える。2019年に株式会社ジャストシステムが実施した調査では、ファッション分野においてはInstagramを情報源とする人が29.4%と、僅差でGoogleの28.3%を抜いて最多となった。なお、同調査では、他の分野(レジャーやグルメ)でもInstagramの活用が伸びていることが分かった。
なおユーザー層については、Instagramが日本で普及し始めた2016年ごろは若年層の女性が大半を占めていたものの、2019年には男女比が4:6となり、30代以上のユーザーも増加するなど多様化が進んでいる。3)
(2) その他のSNSの比較
現在葉山町では、Instagramの他にTwitterやFacebookなどのSNSアカウントを所有しており、それぞれの特徴を踏まえ投稿内容の差別化を図っている。まず1つ目のTwitterでは、利用者数が日本国内で最多であることやリツイートによる情報拡散が期待できること、タイムラインが時系列で表示されることから、災害時に町の公式情報がリアルタイムで広く拡散されることを狙い「防災・防犯情報」に限定して投稿している。2つ目のFacebookは、写真・動画の上限がないことや関心のある情報が届きやすいことを特徴としていることから「町内の桜や梅の開花情報」や「ごみ収集の分別の工夫」など、既に町に関心のある人を対象に発信している。そして、3つ目のInstagramは、景色や食、人々の生活に関する投稿が多く、旅先や飲食店探しの参考にするユーザーも多いことから、移住定住促進を目的として、葉山町の魅力である「景色や町内のお店の写真」を投稿している。
(図3)それぞれのSNSの特徴
種類 |
(I)ユーザー数 |
(Ⅱ)主なユーザー層と特徴 |
(Ⅲ)投稿内容 |
Twitter |
(日本)約4,500万人 (世界)約3億3,000万人 |
・10代~20代の利用者多数
・匿名で趣味友達と繋がる
・リツイートで情報拡散
・災害時に有効活用される |
・テキストは140文字以内
・動画は2分20秒以内
・タイムラインは、時系列表示とオススメツイート優先表示の二種類 |
Facebook |
(日本)約2,600人
(世界)約29億1,000万人 |
・30代~40代の利用者多数
・テキストの投稿が多い
・実名で仕事で知り合った人や家族、友人など面識のある人と繋がる |
・テキストは無制限
・写真、動画は上限なし
・タイムラインは親密度優先(関心のある情報だけ届く) |
Instagram |
(日本)約3,300万人
(世界)約10億人 |
・20代~30代の利用者多数
・女性ユーザー多数
・景色、ファッション、食の投稿が多く、旅行先や買い物を探す情報源にするユーザーも |
・写真が中心
・動画は60秒以内
・タイムラインは親密度優先(交流のあるアカウントの情報が優先される)
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2021年に高知県高知市が全国の20~60代の男女1,766人を対象に実施した調査では、20代は、60代と比べ1.6倍の人が「地方移住に関心がある」と回答した。また、同調査に対し「地方移住に関心があり、情報収集している」「移住予定だ」と回答した被験者は、20~30代に最も多いことが分かった(高知市、2021)。図3の(Ⅱ)にもある通り、Instagramの利用者は20~30代が多く、ユーザーは投稿を情報収集に利用していることも多い。このことから、自治体が移住定住促進としてInstagramを活用することは、市場の選定として適当だと言える。
3. @hayama_officialの運用方針
(1) 基本的な運用方針
上述2.では、代表的なSNSであるFacebookやTwitter、Instagramの特性と、葉山町におけるそれぞれの活用方法を精査した。ここからは、葉山町が移住定住の為に活用しているInstagramのアカウントの、実際の運用方針について分析する。
葉山町が運営する@hayama_officialでは、町内外の若者をターゲットとしている。町内の若者に対しては「シビックプライドを醸成させ、定住促進」、町外の若者に対しては「憧れを持たせ、移住促進」と、それぞれ求めている行動は違うものの、アカウントに投稿する内容は「移住定住に繋がるような、町の魅力の発信&発掘」と定めており、内容に一貫性を持たせている。また、投稿内容が「運用目的」から外れないように、イベントやお知らせ等に関する情報については基本的に掲載しておらず、「行政が伝えたいこと」ではなく「フォロワーが求めている投稿」や「葉山のブランド力を向上する情報」を届けることで、フォロワーの獲得及びフォロワー離れを防いでいる。
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(図4)投稿内容の一例 |
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運用方針の中で特徴的なことは、投稿については内規によって3つのルールだけ定めているのみで、文書決裁等は無いという点だ。その3つのルールとは「内容は、町の魅力を発信するもの」、「人を傷つける内容を投稿しない」、「防災などの分野で茶化す表現はしない」と、SNSを運営する上で基本的なものである。最低限のルールのみ定め、決裁はとらないことで、SNSの強みともいえる「最新の情報をリアルタイムで届けること」を可能にしている。
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(図5)リアルタイムで投稿したことで、反響が大きかった一例 |
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なお、質問やコメントに対しては、原則として町から個別の回答はしないものとし、町への意見や質問についても取り扱わない旨を運用方針に明記している。この方針は、ユーザーとのコメントのやりとりを介したトラブルを防ぐために定められている。
(2) 運用方針に記載はされていない、裏ルール
運用方針に記載はないものの、特筆すべきアカウント開設当初の裏ルールの一つとして「毎日投稿」がある。アカウント立ち上げ当時の担当職員によると、フォロワーに毎日アプリを開くことを習慣づけさせ、フォロワーの日々の楽しみとなる存在になるためには、投稿を毎日続けることは欠かせないものだったという。なお、この毎日投稿は、平日だけではなく町役場が閉庁している土日祝日にも実施されていたが、撮影や写真の編集、キャプションの作成は勤務時間内に準備しておくことで、休日の負担を減らすなどの工夫が凝らされていた。
4. 葉山町のSNS戦略
(1) 独自の#の作成
@hayama_officialの基本的な運用方針を踏まえた上で、葉山町が実施しているSNS戦略について分析していく。まず一つ目として、葉山町が利用している独自のハッシュタグについて考察する。
@hayama_officialは、町の魅力を発信するだけではなく、発掘するために運営されており、この「魅力の発掘」の為に活用されているのが、ハッシュタグ「#葉山歩き」である。ハッシュタグの由来は、葉山町は道路が狭く、車での移動が困難な上、鉄道の駅もないことが関係している。公共交通機関の便が悪いからこそ、歩いて町の魅力を発見してもらうために、この名前が付けられた。
ハッシュタグを決める際に条件とされていたのは、そのハッシュタグを利用した投稿数がまだ0件であることである。なぜなら、新たに投稿件数が0のハッシュタグを作ることで、そのハッシュタグが何件使われたのか測ることが容易となるからだ。例えば、2022年7月現在、同ハッシュタグを付けて投稿された件数は11.6万件を超えており、@hayama_officialの投稿数は約1,600件である。投稿の大半は一般ユーザーによる投稿であることが分かる。このように、町が一方的に魅力の発信や発掘を行うのではなく、一般ユーザーと共に行うことで、協働による広報活動を実現させている。
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(図6)#葉山歩き の検索結果 |
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(2) オフ会の実施
次に、自治体の取り組みとして当時全国初と謳われた、オフ会について解説する。オフ会とは、SNSなどのオンライン上で知り合った人たちが、現実の場で交流する会のことを指す。葉山町は@hayama_officialのアカウントを開設した2015年から、5回に渡ってInstagramに関するオフ会を実施している。
(図7)@hayama_officialが実施したこれまでのオフ会
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時期 |
目的 |
参加人数 |
第1回 |
2015年10月 |
フォロワー増 |
30人 |
第2回 |
2016年8月 |
交流と情報交換 |
30人 |
第3回 |
2017年3月 |
技術向上 |
46人 |
第4回 |
2018年8月 |
移住促進 |
40人 |
第5回 |
2019年5月 |
意見交換 |
37人 |
アカウントの開設から4ヶ月後に実施した1回目のオフ会は、フォロワーを増やすための意見を募集する場として開催した。当時はフォロワー数が伸び悩んでいたことから、意見を教えてもらう場としてフォロワーの数人に事前に声がけをした。この時に「スタッフが、いい意味で行政らしくないのが良い」という意見が多かったことから、投稿のキャプションを「タメ口化」したところ、これがいいね! 数やフォロワー数の増加に繋がった。第2回は、フォロワーの年齢層や職業、生活などの情報収集のために、グループワークを交えながら開催された。町外や県外からの参加者が多かったことから、日頃なかなか意見を聞くことが出来ない、東京・千葉・埼玉など首都圏に住むフォロワーが抱く「葉山の印象」を知る機会となり、葉山町に憧れを抱いている人達への理解が進んだ。第3回は、プロの写真家を招いた写真講座を実施後、町歩きに出かけ、その日に撮影した写真でコンテストを開いた。プロによる写真講座により、参加者の写真技術が向上したことから「#葉山歩き」のクオリティ向上につながったといえる。第4回は、移住促進をテーマとし、移住経験者をゲストに呼びパネルディスカッションの中で葉山の暮らしの魅力を伝えた後に、グループに分かれて「暮らし」をテーマにした写真撮影会を行った。そして第5回では、後述の町の作成物であるフォトブック「HAYAMA NOTE」第2弾の作成にあたり、フォロワーの意見を募ることで協働による作成をめざした。参加者と職員が、ワークショップ形式で「どのようなサイズ感が良いか」、「地図やメモなど、どのような機能が備わっていれば便利か」、「何の写真を表紙にしたら、手に取りたくなるか」など、フォトブックについて自由な意見交換が出来る機会となった。
このように、オフ会ごとにテーマを設け、フォロワーの意見を定期的に聞くことで、投稿内容や頻度、キャプションの口調に対する評価や、イベントや作成物に対しての具体的なアイデアを得ることに成功し、適切な改善及び計画に繋がり、結果的にPDCAサイクル(図8)が適正に循環してきたと言える。
(3) 民間企業との連携
@hayama_officialのSNS戦略には、官民連携で実施しているものも多く存在する。若い女性や写真撮影を好む人を対象とする点でターゲットが合致した民間企業からの声がけにより、様々なコラボレーションが実現されてきた。ここでは、そのうちの数件の内容を紹介する。
① 地元の鉄道会社とのコラボレーション
葉山町の最寄り駅となる「逗子葉山駅」を運営する京浜急行は「葉山女子旅きっぷ」という商品を販売しており、この商品がリニューアルした際に、@hayama_officialとのコラボレーションが実現した。「葉山女子旅きっぷリニューアル Instagram写真投稿キャンペーン」という企画で「当該切符を利用し、指定のハッシュタグで葉山の思い出を投稿すると、抽選で葉山の名産品が当たる」というものである。年間数万枚を売り上げる人気の切符とのコラボレーションは、@hayama_officialの大きな宣伝にも繋がり、フォロワー増加となった。
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(図9)葉山女子旅きっぷリニューアル Instagram写真投稿キャンペーン |
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② HISとのコラボレーション
タビジョ(旅好きで、その旅の様子をフォトジェニックな写真に残しInstagramで発信しているインフルエンサーの集まり)を運営する旅行代理店HISとのコラボレーションでは、タビジョの交流会を葉山で開催した。1~10万人のフォロワーを持つインフルエンサーに町の魅力を発信してもらうことで、葉山町の知名度向上及びフォロワーの増加に繋がった。
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(図10)タビジョで投稿された写真の一例 |
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(4) リアルとSNSによるクロスメディア
SNSでのPRを推進していく上で、多くの場合に問題視されるのが「デジタルが苦手な層」に対する対策である。高齢化率が30%を超える葉山町では、対策の一手としてクロスメディアでPR活動を推進している。
その一つが、InstagramでのPR活動を紙媒体に落とし込んだ、フォトブックの発行だ。2017年と2020年、葉山町はフォトブック「HAYAMA NOTE」を作成。これは、町独自のハッシュタグである「#葉山歩き」を使って葉山の写真を投稿しているフォロワーや、Instagram利用者の写真を選定し、小さな冊子にまとめたものである。あえて@hayama_officialによる投稿写真をメインにせず、一般のInstagramユーザーの撮影した写真を掲載することで、職員では気づけなかった町の魅力の発掘につながっている。また、自身の写真が町の発行物として発信されることは、フォロワーなど町のファンにとってはインセンティブとなり、町独自のハッシュタグ利用の増進にもつながった。フォトブックはこれまでに1万部ずつ発行しており、どちらも町役場や町内の飲食店、ホテルなど町内施設数カ所で、無料で配布している。
5. 効果測定
こうした様々な分析や取り組みを経て町の新たな広報媒体として活用されているInstagramだが、移住定住促進に対してどのような影響があったのかを測る効果測定は、困難とされる。なぜなら、人口増減となる要因は、町の広報活動だけではなく、町の他課の取り組み・経済状況・社会情勢など多岐に渡るからだ。
しかし、社会減にあった葉山町への転入者数の数が転出者の数を大幅に上回ったのは、@hayama_officialを開設した2015年からとなっており、以降社会増を続けていることからも、Instagramによる広報活動には一定の効果があったのではないかと推測される。
(図11)葉山町の社会増減(神奈川県人口統計調査)
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転入者数 |
転出者数 |
社会増減 |
2013年度 |
1,401人 |
1,493人 |
-92人 |
2014年度 |
1,384人 |
1,385人 |
-1人 |
2015年度 |
1,443人 |
1,277人 |
166人 |
2016年度 |
1,309人 |
1,222人 |
87人 |
2017年度 |
1,376人 |
1,304人 |
72人 |
2018年度 |
1,361人 |
1,267人 |
94人 |
2019年 |
1,405人 |
1,356人 |
49人 |
2020年 |
1,456人 |
1,152人 |
304人 |
実際に、職員が転入者に対してヒアリングした際に、転入したきっかけとして最も多く挙げられたのは「口コミ」だったという。Instagramの一般ユーザーによる葉山に関する投稿は一種の口コミとも言えることから、葉山町におけるInstagramの取り組みは、町に対する憧れの醸成や町による効果的な広報活動のみならず、町への好意的な口コミの増加に繋がり、結果的に移住定住促進に寄与したと想定される。
6. おわりに
本レポートでは、日本国内で主力のSNSの特徴を踏まえ、フォロワー数3万3,000人を超える葉山町のInstagramアカウント(@hayama_official)の運用方法と戦略を解説し、その効果について考察を行った。
葉山町の運用方針の特徴は、主に3つある。ひとつ目は、投稿として行政情報は載せず、アカウントの利用目的は「町の魅力の発信と発掘」と限定している点である。ふたつ目は、SNSを運営する上で最低限のルールのみ定め、行政の発行物としての決裁はとらないということだ。みっつ目は、コメント返しは行わないことを方針として明記している点である。葉山町は、これらの方針を明確にすることで、フィードに統一感を持たせ、内容に一貫性を持たせてきたといえる。
具体的なSNS戦略としては、独自のハッシュタグを作成し活用する他、自治体としては珍しい取り組みともいえるオフ会の開催や民間企業との連携を推進するなど、新たな取り組みにも精力的に取り組んできた。同時に、SNSを利用していない層への対策として、フォトブックの作成などクロスメディアも活用してきたことが分かった。
また、本レポートでは近年の葉山町の社会増減数を用いて、SNS戦略の移住定住への影響についても触れた。広報活動の効果測定を行うことは困難ではあるが、葉山町がInstagramアカウントを開設してから継続して社会増になっていることから、Instagramを活用したSNS戦略は、移住定住の促進に一定の影響を及ぼすと仮定した。しかし、効果測定の数値化など明確な効果測定については、今後の課題とする。
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