1. 玉東町の抱える課題
(1) 人口減少(地方にとってほぼ共通の課題)
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図-1 |
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【出典】総務省「国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」
【注記】2025年以降は「国立社会保障・人口問題研究所」のデータ(2018年3月公表)に基づく推計値。
図-1左下の○で囲んだように、1990年ごろ、生産年齢人口数と老年人口数が逆転(ワニの口)、一方、右下の○で囲んだように、2045年には生産年齢人口数と老年人口数が近づく(カラスの嘴)。なお、2045年に「カラスの嘴」が「ワニの口」となっている市町村は、高齢者を労働者が支える肩車(肩車サステナビリティ)の維持ができないといえる。
熊本県下で2045年の「肩車サステナビリティ」が維持できるのは、45市町村中22市町村(過半数を割る)で、維持できない団体の内訳は4市12町7村で、県南、天草地域が多い。
玉東町は2045年「肩車サステナビリティ」が維持できる県下で最も人口が少なく、生産年齢人口一人当たりの域内総生産(域内総生産とは、次頁・図-2の「生産」)も最も小さい団体である。これは、地方の厳しい状況の中、希少なことであるが、その要因は次節で述べる。
(2) 地域経済循環率の低迷
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図-2 |
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玉東町の地域経済循環率は、2045年の「肩車サステナビリティ」を維持する団体の中で、突出の最下位である。また、県下全団体の中でも、ワースト2位である。これは、玉東町が政令指定都市である熊本市に隣接しており、そのベッドタウンとなっていることが要因で、自らの地域で付加価値を生み出していないが、町外へ出稼ぎに行く人口を擁することで、2045年の「肩車サステナビリティ」を維持する状況である。このことの弊害は次節で述べる。
(3) 地域経済循環率の低迷の弊害(問題点)
1.-(2)のような特徴を持つ玉東町の問題点として以下のように考察できる。
① ベッドタウン的性質により、産業の中心となる他市町村への依存
詳しく記述するまでもないが、玉東町の住民の雇用先は熊本市ほか、熊本都市圏内の企業が中心となることから、周辺に立地する企業の業績が悪化した場合、共倒れとなる。また、今後、地方自治制度の改革により道州制がとられ、九州の州都が福岡市などになった場合は、商工業・公務分野などの多くの職場が流出することが考えられ、雇用の受け皿が減少することがありえる。熊本はもともと農業県であり、熊本市は軍都としての歴史があることから、第2次産業及び第3次産業の集積が福岡県より劣り、新幹線の開通も平成中期、空港へのアクセスも良好といえず、市内の渋滞も激しく、交通環境が良好とはいえない。
もし、玉東町が福岡市に隣接していたと仮定するならば、依存することには変わらないが、間違いなく町の規模は大きくなっていたといえる。データはとっていないが、玉東町における進学先・就職先の希望としては福岡市への指向は高まっている(熊本県全体としても同様と思われる)。
② 空気の漏れた風船のように萎む地元経済と住民の意識
玉東町は企業誘致よりも定住化施策(ベッドタウン化)を重視してきたが、地域経済循環率が著しく低迷する要因について分析を進めた結果、特に弱い点がわかった。
最新の熊本県市町村民経済計算報告書(2019年度版、以下、報告書という。)の第2-3-a1表では、経済活動の分野ごとの生産高が記載されており、玉東町は「建設業」及び「宿泊・飲食サービス業」の分野で県下最下位の数字を記録している。
「建設業」の低迷の原因も興味深いところだが、本論文では「宿泊・飲食サービス業」について考察を進める。報告書によれば玉東町の「宿泊・飲食サービス業」の生産高はわずか年間61百万円で、生産年齢人口一人当たりで22千円しかない。その総生産高が県下最下位であることは、前段で述べたが、一人当たりの数値も突出して最下位で、ひとつ上位の下から2番目の町と比べても、1/2程度となっている。なお、この数字はコロナ禍以前のものであることから、現状はさらに低下していると思われる。飲食は休日の余暇活動の中で大きな割合を占めるものと思われるが、玉東町においては、雇用も外部に依存しているが、休日の活動も外部に依存している状況である。
一方、宿泊については、玉東町に宿泊施設が全くない状況であることから、この分野での低迷の大きな要因となっているが(おそらく、宿泊施設がないのは熊本県の中でも唯一ではないかと思われる)、宿泊業は飲食、小売、卸売り他、他の産業との関連が大きいことが定説で、これが大きければ他の産業にも波及して総生産高を押し上げるものである。また、ビジネス目的、観光目的においても玉東町は目的地になっていないことが明らかである。実際の町の状況をみても、それなりに客の出入りがありそうなのは国道沿いの大型スーパーかコンビニエンスストアで、JR木葉駅周辺及び旧街道に残された地元商店は壊滅的な状況である。
ところで、地元の飲食店等の商店はコミュニティ・ハブとなりえる(飲食業はカフェなども含まれ、サロンのような文化交流も発生しえる)。大きな幹線道路に立地した大資本の大型ショッピングモールは匿名的であり、人と人の交流は希薄となる。近年ではEC(インターネットショッピング)の利用が増しており、商品は対価を支払いさえすればよいもので、クリックひとつで、安く、手軽に入手できればよく、生産者からどのような流通経路を辿り、消費者へどのようにして運ばれてくるかの実感がなくなってきている。もちろん、このような現象は時代の大きな流れであり仕方がないことで、地元商店としても、大手資本と競合する商品では勝負にならないことから、オリジナルな商品・サービス等の取り組みなど、やるべきことはあるが、消費者としても、コロナ禍での買い物問題もあり、グローバルサプライチェーンによらない商品の流通のしくみを残すことは必要であり、多少高くても地元の商店で買い物をするという選択肢は必要に思う。
地元商店の衰退と対照的なのが、ベッドタウン化による新住民の出現である、いわゆる「新住民」にまつわる諸問題はごみ収集など日本中いたるところで顕在化しているが、一見、合理的で正しい経済活動は様々な問題を引き起こす要因となりえる。
この章の最後に、「地元商店の衰退は教育問題に影響する。」という、やや大胆な仮説を提示したい。近年、教育の現場では、発達障害にかんする話題が尽きない。玉東町においても、小中学校の授業を進めるため、いわゆる「発達障害をもつ児童生徒」に係る加配教員の措置などがしばしば議論となっている。この原因として一番考えられるのは「核家族化」とするのが仮説の基礎となる。個人的な意見となる部分もあるが、以前は、明治・大正・昭和(戦前・戦後)の各世代から家族が構成され、それぞれ、主義主張がちがったものだった、しかし、現在は核家族化などにより、価値観がより均一化しており、多様性から画一性への流れが存在し、「子どもを迷わせない」の観点から、子どもへの親以外の意見は控えられ、教育といえば、「難関学校=よい就職」をめざす偏差値重視の公教育を指すようになっている。これは前段での「一見、合理的で正しい経済活動」と一致し、「多少高くても地元の商店で買い物をする」という複雑な選択ができる能力の育成に至りにくい(そもそも、視野にすら入らない)。発達問題のいくらかは、画一性により脳に対する刺激が足りず、発達が以前より停滞しているという結果ではないか。
子どもにとっても地元の駄菓子屋の「おじさん」「おばさん」は拡張家族のような存在で、社会を学ぶ場でもあった。多様性が声高に喧伝される現代において、現実には多様性が減少している。現在、各自治体が将来の人口の確保に向け、競うように福祉・教育の給付(サービス)を行っているが、枠組みはあるものの内容物(コンテンツ)が不足し、萎んだ風船の様相を呈している。
また、大人の世代(生産年齢人口)においても、直近の玉東町議選挙においては無投票、町長選挙においても前回は選挙が行われたが、その前は無投票となっている。経済活動は生活に密接しており、平日・休日ともに活動する場に乏しい町では、生活に大きくかかわる行政・政治・地方自治への関心も薄らいでいく。
2. 課題解決に向けての施策
(1) オープン・イノベーション
コンパクトシティとしてまちづくりを進めているJR木葉駅周辺の状況は以下の図のとおり。JR鹿児島線を境に北側が古くからの街と商店街、南側がニュータウン(20年ほど前は一帯田んぼ)と対照的なものとなっている。
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図-3 |
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駅南側の公園(ふれあい広場)は大型遊具を設置するなど、町内外から来訪者があり、町で一番の賑わいをみせているが、線路で分断されていることから、商店街への誘客はできていない(おそらく新興住宅地の住民も)。
また、駅の北側には町が整備した物産販売施設(兼レストラン)、カフェ(町の特産品を使った菓子類を提供)があり、その誘客の対策を図ることに向け、2020年11月8日~29日にかけ、ふれあい広場の利用者111人(成人のみ)に対して、JICA特別派遣前訓練生の酒井健吉氏がアンケート調査を行った。その結果の一部を見ると(図-4)、
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図-4 |
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図-5 屋根より高い歩道橋(JR木葉駅北口) |
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75%の人は駅北側の施設へ行ってみたいということだった。また、25%のNOの要因としては(公園から駅北側までは直線距離にして100mほどしか離れておらず、駐車場からであれば数十メートルと目と鼻の先)、北側への移動はかなり大きな歩道(跨道)橋を通らなければならず(図-5参照)、心理的・物理的に障壁が大きい(75%のYES回答者も実際にはかなりの人が億劫になるだろう)。そこで、施策として線路に歩行専用踏切を作るというものである。これにはJR九州の理解と協力が必要であり、官民連携のオープン・イノベーションである。
なお、『週刊東洋経済』2022年6月11日号「トップに直撃」では、
今までは当社の土地をうまく活用して駅ビルやマンションを造ってきた。しかし当社の土地はほぼなくなった。次は駅の近くの土地を買って大きく開発していく。県庁所在地から電車で20~30分のエリアであれば、そこに新駅を造って開発するようなことも考えていきたい。 ―― 中略 ―― 開発によって駅の周りににぎわいを取り戻したい(JR九州古宮洋二社長)。とのことで、町づくりへの姿勢も打ち出してきている(玉東町はちょうど熊本市から20分~30分のエリアに該当)。
町としても、歩行に難しさのある人、ベビーカーでの移動などについての配慮が足りなかったということで、JRとしても極力、線路に干渉してほしくなかったということであろうが、これからは、利用者の立場となって考え、それが町の経済にも影響するとの見方が必要だろう。商店街の振興、旧住民と新住民の交流促進による新たな価値の創造にもつながるものであるが、この歩道橋は児童の通学路となっており、場合によっては体重の25%以上となる荷物を担ぎ(ランドセル症候群という健康被害も報告されている)登校する児童の負担軽減にもつながる。
(2) ✘パーセント・フォー・アート
未来創造、ローカル・イノベーションを起こすには何が必要か?
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図-6 |
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安宅和人(あたか・かずと) 慶應義塾大学 環境情報学部教授、ヤフー株式会社 CSO |
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図-6のとおり、未来を創造するためには、多様性の回復、町民間の交流促進から生まれる町づくりのビジョンが必要で、技術については、官民連携等のオープン・イノベーションによる支援を受ける(具体的には次節参照)。では、「アート」の力をどうしたら高められるか?
それに対する一つの回答が✘パーセント・フォー・アートである。では、✘%フォー・アートとは?
(日本交通文化協会ウェブサイトより)
日本交通文化協会では「1%フォー・アート」の法制化を実現するため、さまざまな取り組みを行っています。
これからの日本は文化芸術を軸に据えた国造りを進めるべきだと当協会は考えており、その文化芸術の振興のため「1%」は大きな駆動力となると思っています。すでに「1%フォー・アート」を採用している欧米などでは、これが若いアーティストを育て、またアートを軸にコミュニティーや経済の活性化に大きな力になっていると報告されています。「1%フォー・アート」とは公共工事、もしくは公共建築(建物・橋梁・構造物、公園等)の費用の1%を、その建築に関連・付随する芸術・アートのために支出しようという考えです。
要するにパブリックアートに投資を行うものであるが、本論文では、ロバート・インディアナの「LOVE」を推したい(図-7参照)。現代アートの記念碑ともいえるような作品であるが、実は東京や台北のアジアほか世界中の各都市に置かれており、玉東町は明治の西南戦争の折、官軍・薩軍の分け隔てなく負傷兵の手当を行い、日本赤十字社の設立のきっかけとなった「博愛社」発祥の地であり、「LOVE」を設置することで、その歴史を顕彰するものとして、観光資源にもなりえる。
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図-7 |
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これは東京都新宿区に設置されたものであるが、形状は各地共通であっても、配色はそれぞれ違っていることから、芸術家に依頼するなどして、玉東町のストーリーに最もふさわしい配色のものを採用するというコンペを実施する。
町のより身近な空間に芸術作品が出現することで、芸術、現代アート・デザインに親しむことで、感性を高め、次世代の芸術家育成にも資する。 |
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(3) ✘パーセント・フォー・ローカル
前節で「未来の方程式」を紹介したが、このアイデアは「技術」に関わるもので、デジタル地域通貨の提案である。なお、実はSF作家・樋口恭介氏が雑誌『WIRED』日本版Vol.37掲載の短編「踊ってばかりの国」で披露している。
町はデジタル地域通貨を発行し、公共料金の支払いや商店での利用を進め、さらにその経済圏の強化のために、町民は給与の何割かをデジタル地域通貨で受けとれば、町から数パーセントの上乗せを受けられるようにするものである。
以前から地域通貨の取り組みは各地で行われていたが、QRコードを活用したスマートフォンの決済アプリなどのデジタル技術の活用により、以前よりも導入がしやすくなっているうえ、規模のコストの問題もオープンソースの開発などの技術共有の進歩により、格差が小さくなっていく。
3. まとめ 未来創造の取り組みを継続していくために
これまでも、全国各地で地域活性化や地方創生の取り組みはあったが、一過性の打ち上げ花火の感がぬぐえない。斎藤幸平氏がいうように、「SDGsは大衆のアヘン」として消費されるようなことは避けるべきで、これらの取り組みを真に継続的(持続可能)なものにするため、役場の閉庁日を現状の週に2日から3日へ増やすことを提案したい。
注意が必要なのは、週休3日ではないということで、事務集中日とするほか、休日に地域の中で活動をすることに対する代休という使い方なども想定できる。なお、各職員に未来創造、ローカル・イノベーション(地域資源の開発・利活用等による付加価値の創出、要するに地域おこし活動)に向けた閉庁日の活用について計画の作成を求め、成果の報告も求めるものである。
閉庁日を増やすことについては、地域住民の理解、法規の整理改正(特区制度の活用も想定)、各種手続きの自動化などの業務効率化が必須であるが、決して不可能なことではない。第37回土佐自治研で加賀市からRPAの取り組みについての論文が発表されたが、玉東町でもRPAやVBAの庁内勉強会を継続的に実施しており、業務の効率化は達成できると信じている。加賀市の論文においてRPAは「業務のプロセス(過程)を自動化することにもなるので、『政策立案』といった高付加価値作業に職員が集中することが可能になり、「質の高い行政サービスの提供」にもつながると考えられる。」との記述がある。これはまさに、役場職員に求められることではないか。地域おこし協力隊の制度の活用などは日本全国で進んでいるが、いきおい「地域おこしは外部の協力隊がやること、もしくは政策立案は外部のコンサルの仕事」というように誤解していないだろうか? 本来、それらは地元の職員がやるべきことではないか。
ベストセラーとなった「人新世の資本論」において、中央に対して自律共生的なフィアレス・シティやミニュシュパリズム(自治体主義)という運動が紹介されている。シビック・テックを使った地方自治のあり方などが提示されているが、地元の職員がしっかりとコミットすることなしに達成できないだろう。
この論文はタイトルの通り、安宅和人著の「シン・ニホン」をベースにさせていただいた。しかしながら、それも「シン・ゴジラ」にインスパイアされたもので、我々XYZ世代はコピペ世代、ヒップホップ世代である。よいと思ったものはどんどん引用するとよい。その他、各種書籍などから多くのものを拝借しているし、2.-(1)で取り上げたように、短期間、町でフィールドワークを実施してもらった結果も活用している。
最後に、人口減少が深刻な問題として人口に膾炙され久しいが、違う未来もありえることを紹介したい。端的にいうと、人口論で有名なマルサスの罠(呪い)が解除される可能性がある。人口増加局面において富が増えても人口が増加する分、庶民は豊かにならないことを指して「罠」であるが、人口減少局面においてある程度GDPを維持できれば、世の中は豊かになるはずであることから、その意味で人口減少は寿ぐべきことである。付加価値総額を維持するために新たな付加価値を創造しましょうという話である。
先日、NHKのドラマで「17歳の帝国」というものがあった、そこで描かれた近未来は日本の落日「サンセット・ジャパン」だったのだが、わたしは夕刻の時間が好きだ。そのマジックアワーを楽しみながら、新しい夜明けを待つというのが正解ではないだろうか。山田耕筰の「赤とんぼ」の世界にIoTが走っている。考えただけでゾクゾクする。
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