1. はじめに
驚くべきことに、我が八雲町には出勤簿がない。このことは、長年同じ職場で働いているうちに当たり前のことになってしまっているが、どうやら道内はもとより全国的に見てもおそらく例がないほど珍しいもののようだ。
八雲町職員服務規程(平成17(2005)年10月1日訓令第16号)
第9条 職員は、出勤時間を厳守し、出勤した際に自ら出勤簿に押印しなければならない。
附則 2 第9条に定める出勤簿は、当分の間これを使用しない。
3 課長等は、出勤簿を使用しない間、特に出張、外勤及び休暇等職員の勤務状態の把握に努め、その動態を明らかにしなければならない。
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なぜこのような附則があるのかは、組合内部でも度々話題となるが過去の経緯を知る者がおらずはっきりしたことはわからない。これは憶測ではあるが、出勤簿による労務管理を当局が自ら「使用しない」などとすることは到底考えづらいことから、過去に先輩方が運動により勝ち取ってきた権利の一部ではないかというのが現在の認識である。
では、実際にはどのようにして出退勤を把握しているかといえば、現状では「休暇処理や時間外命令がされていない日については当然出勤(退勤)しているのであろう」という性善説がまかり通っているということになる。もちろん、管理職は自らの部署の職員が勤務時間に出勤していることは日々目視等により把握はしているが、それを事後に第三者が確認する術はない。このように現状を書き出してみると、到底労務管理などできているはずがないと感じられる面もあろうが、こうした運用を長年続けているうえでこれまで重大な障害となった事案は発生しておらず、特段の支障はなかったというのが実態である。支障がないのであれば、出勤簿を使用しないとしている服務規定があながちおかしいと断定することはできないのではないか、というのがこれまでの認識であった。
2. 情勢の変化
2019年4月1日に「働き方改革関連法」が施行されたことをきっかけとして、労働時間の適正な把握が社会的に問題となった。加えて、労働組合側も自治労北海道本部統一要求書(春闘期)にて「勤務時間管理体制の構築」や「PCの使用時間の客観的な把握により、労働時間を適切に管理すること」といった要求内容が含まれるようになった。
前述のとおり、出勤簿を運用していないことにより主だった障害は発生していないところではあったが、使用者に労働時間を適切に管理させる意図は労働者に対する過重な長時間労働や割増賃金の未払いといった問題から労働者を守るということにあり、これは確かに労働者の側からきちんと当局に対して要求すべきものであるといえる。事実、交渉の席ではここ数年、特に若年層組合員から必ずといっていいほど「業務量が部署によって偏っている」「定時で帰れる部署と残業が多い部署との差が激しい」といった声があげられ、労働時間の客観的把握の必要性についてはこれまでも課題となっていた。
また、新型コロナウイルス感染症対策のために在宅勤務(テレワーク)が行われるようになったことも、労働時間の適正な把握が必要になった要素のひとつである。職員が職場に出勤するという概念がない以上、これまでのように管理職が目視等で出退勤を把握するという手法は不可能である。
3. 問題提起
過去の経緯はともかくとして、組合側として「勤務時間の把握を行うよう求める」ことについては必要なことであると認識するに至り、交渉にて要求を行うことになった。
交渉の席において、そもそもの「出勤簿がない」という部分について当局の考えを確認すると、勤務時間の把握ができていないことは当局も課題として強く認識していた。「国からは客観的な手法により把握することが望ましいといった趣旨で何度も通知が来ている」とのことであり、この課題については今や労使共通のものであることが明らかとなった。
一方、客観的な手法による把握については、何らかの仕組みが必要であると認識はしているものの、「誰が」「いつまでに」「どのように」この課題を解決していくといった具体的な話までは労使ともに進展させられず、最終的には「継続協議事項」として段落付けされたところである。
これは、自治体におけるDXの推進に関する課題に共通するが、最終的な姿(理想像)を思い描くことができても、そこへ行き着くための手法が分からない、スキルを有するデジタル人材がいなくて検討が進まない、一時的に発生するコストやマンパワーをかけられないといった理由から前進させられないといったケースは非常に多い。目の前にある課題を解決する手法を検討する際に、どうしても埋まらないパズルのピースを「ICT技術の活用」という要素で埋めるという発想を持つことができず、結果として「その担当職員が理解している範囲での解決策」が示されて、DXには結びつかないケースがほとんどである。私は、組合役員ではあるが職場内での自治体DX推進の担当者でもあり、この課題をDXにより改善できないか、検討を開始した。
4. 課 題
課題としては大きく2点があげられる。
1点目は前述のとおり、職員の出退勤管理や勤務時間把握については労使共通の課題であることがわかったものの、時間外命令簿や休暇簿については従前から紙を用いて処理されており、これを毎月・毎年確認し集計する給与担当者の業務が非常に煩雑であること。今回の取り組みを進めるにあたり、新しい帳票(紙)が物理的に増えることは絶対に避けなければならない。
DXの取り組みは幅広く、人によって考え方が異なるが、概ね「紙を無くすることである」という視点については同意が得られるであろう。これを機会に「出勤簿に限らず既存の給与計算業務から紙を無くする」という大きな目標を立てて勤怠管理システムの導入に着手することとなった。業務や職場を合理化して生産効率を高めるための「攻めのDX」ではなく、あくまで職員を救うための「守りのDX」である。業務の中には、職員によるコミュニケーションや想像力が必要なものと、コンピュータやシステムが機械的に処理することに向いているものとが混在しているが、本件は圧倒的に後者であろう。デジタル技術を活用して業務を効率化し、その結果、業務負担が減った担当者のマンパワーを本来必要とされる業務に振り向けることは、総務省が掲げる「自治体DX推進計画」での本旨ともされているところである。
もう1点の課題は自治体業務特有の勤務形態の複雑さである。いわゆる首長部局では平日8時30分から始業し17時15分に終業、それ以降は時間外勤務として計算できるものの、24時間勤務を行う消防署の職員はどのように処理すればよいのか。また、八雲町には町立の総合病院があるが、そこでシフト勤務している医療従事者はどうするのか。首長部局とは超過勤務時の割増率の計算方法などが異なるので、システムとして画一的な仕様のもとで運用することには不都合となる点が多い。世に存在している勤怠管理システムのパッケージの多くは公共には特化しておらず、多種多様な職種が勤務する公共職場にマッチするシステムを探し出すのは至難の業と言える。この間、様々なパッケージ仕様を確認してきたが、町が必要とするような要件を兼ね備えたものを見つけるには至らなかった。
この部分の検討を重ねた結果、既存のパッケージ導入では目的達成が困難であると結論づけ、この課題について共通認識が得られた道内システム事業者と連携して1からシステム開発(八雲町が開発協力)を行ってもらうこととなった。また、八雲総合病院については事務職場との勤務条件の乖離が大きいことから同一システムでの管理が不可能と判断し、医療に特化した勤怠管理システムの導入が別途検討されることになった。
(資料:勤怠管理システム仕様書(実装機能にあたっての要件)
勤怠管理システムには以下の機能を実装すること。
① 共通機能
・ユーザーはIDとパスワードにてログインすることを基本とするが、その他の方法によりログインを可能とすることは妨げない。
② 勤怠管理
・日々の職員の始業開始から終了時刻までを記録、勤務時間の管理は1分単位で行うこと。
※ 専用の記録レコーダーやICカードからの打刻時間を入力できるオプションを有し、実装が可能なこと。具体的な実装については別途協議とし、本仕様には含まない。
・上長による代理入力、代理申請が行えること。
・入力した勤怠を月次で印刷することにより管理簿として利用できること。
③ 時間外申請・休暇申請・振休出申請
・時間外や休暇の申請ルートを職員一人一人が個別に設定できること。
・時間外、深夜、休日出勤など各種割増手当に対応すること。
・月60時間を超えた部分に対する割増も自動で管理できること。
・時間外申請ごとに予算科目を設定できること。
・連続する休暇日は一度の申請で上げる事ができること。
・各種申請の承認は、複数選択や一括承認など、まとめて処理する事ができること。
・振休出申請に対応すること。
・振休取得期間で取れなかったものは、代休として申請を上げる事ができること。
④ 年次有給休暇管理
・年休の取得状況と残日数を常に確認することができること。
・分単位による時間休の取得に対応すること。
・年休の付与、繰り越し、失効を自動で管理できること。
・勤続年数に応じた休暇日数の一括付与設定が可能であること。
⑤ 集 計
・時間外勤務時間や年次有給休暇の実績、残日数などは、各部署(係)ごとに集計・表示・印刷が可能であること。
・振替出勤日と振替休暇取得日を個人単位で管理できること。
・有休利用前に未消化の振休が無いかどうかの確認を容易に行えること。
⑥ システムメンテナンス
・部署名、役職、予算科目、などシステムで使用するマスタ項目は、管理者により登録と修正が行えること。
・承認や締め処理、代理入力など、職員一人一人に対してシステム利用権限の設定が可能であること。
・役職に縛られず、職員に応じたシステムの利用設定が行えること。
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5. 結 論
このたびの取り組みは、2022年度の当初予算として導入費用が計上され、実際に運用が開始されるのはこれからである。システム導入により労働時間が客観的に把握され、また、給与担当者が手作業で集計を行う必要がなくなることによる効果については今後しっかりと把握のうえで検証していく必要がある。
いずれにしても、取り組みの出発点は「うちの町には出勤簿がない」である。この疑問点から出発し、調べを進めていくと社会情勢は確実に変わっており、あくまで労働者を守るために労務管理は必須要件になっていた。役員の立場ではあるが労使交渉に参加する中で「この課題が解決に向けて前進しないのは手法の部分でブレーキがかかっている」ということに気がつき、そこからは一気に課題解決に向け走り出すことができた。「自治体DX」は目新しさゆえ、その手法にばかり注目が集まるが、本当に大切なことは目的である。まずは「課題を解決する」という目的があり、それを達成するために必要な要素を逆算して考えていく中でデジタル技術を積極的に活用することで初めて効果を発揮するものだと考える。
本報告の事例はあくまで一例ではあるが、労使の思惑が一致した職場改善にDX担当として関われたことに、新たな視点を見つけられた。まずは自分の身の回りにある「これっておかしくないか」を探すこと。そして、それを解決した後の「理想」を思い描くこと。DXの取り組みはそうした「おかしい」と「理想」をつなぐためのツールに過ぎず、この原則から外れなければ絶対に失敗することはないと確信している。
6. 資 料
① 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
4 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置
(1) 始業・終業時刻の確認及び記録
使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること。
(2) 始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。
ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
イ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。
② 2021年2月3日付け総務省通知「地方公共団体における時間外勤務の縮減等について(通知)」
2 適切な勤務時間の把握
長時間労働やこれに起因する職員の心身の故障を是正・防止しつつ、公務能率の適性を確保するためには、職員の勤務時間の実態を把握した上で、業務の再配分、応援体制の構築等を行うことが求められる。
このため、①厚生労働省が定めた「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29(2017)年2月8日付総行公第19号により通知)及び②労働安全衛生法第66条の8の3(長時間労働者に対する医師による面接指導を実施するための労働時間の状況の把握義務)の規定に基づき、客観的な方法により勤務時間を把握する必要があること。
③ 2022年1月14日付け総務省通知「地方公共団体における時間外勤務の上限規制及び健康確保措置の実効的な運用等について(通知)」
2 時間外勤務の上限規制の実効的な運用等について
(1) 適切な勤務時間の把握
なお、ガイドラインにおいては、労働時間の適正な把握のため、始業・終業時刻の確認について、原則として、使用者が自ら現認することによる確認又はタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎とした確認を求めている。2021年4月1日時点で職員本人からの自己申告のみにより勤務時間の管理を実施している地方公共団体が656団体(36.7%)存在するが、客観的な管理方法への変更について積極的な検討をお願いしたいこと。
④ 自治労道本部2021年度自治体労働者の賃金・労働条件に関する統一要求書
5. 労働時間・休暇等の改善
(1) 年間総労働時間1,800時間の実現
① 「改正労働安全衛生法(第66条の8の3)」を踏まえ、厚生労働省のガイドラインに基づき、正確な実態を把握できる勤務時間管理体制を構築するとともに、
12.新型コロナ禍における労働条件の確保
(1) ① 使用者はPCの使用時間の客観的な把握により、労働時間を適切に管理すること。
⑤ 2020年12月25日総務省「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」
1.1 自治体におけるDX推進の意義
デジタル技術やAI等の活用により業務効率化を図り、人的資源を行政サービスの更なる向上に繋げていくことが求められる。
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