1. 現状と課題
(1) 地方公共団体情報システム標準化基本方針
① 標準化の意義
地方公共団体情報システム標準化基本方針では、システム統一・標準化の意義として、次のように述べている。
我が国は、行政サービスの多くを地方公共団体が提供しており、それらを支える地方公共団体の基幹業務システムは、これまで、地方公共団体が個別に開発しカスタマイズをしてきた結果として、次のような課題を抱えている。
ア 維持管理や制度改正時の改修等において地方公共団体は個別対応を余儀なくされ負担が大きいこと
イ 情報システムの差異の調整が負担となり、クラウド利用が円滑に進まないこと
ウ 住民サービスを向上させる最適な取り組みを迅速に全国へ普及させることが難しいこと
これまで地方分権をもとに、各地方公共団体が独自のサービスを実施するにあたり、個別で独自システムを構築していった結果を断じている。
しかし現実として、情報システムを個別に開発することによる人的・財政的負担が各地方公共団体を圧迫している背景もあり、これらの課題を解消することで、他にも既に推し進めて普及の進んでいないマイナンバーカード等を活用した住民サービスが進むことを期待していると考えられる。
② 標準化の目標
ア 標準化基準の策定による地方公共団体におけるデジタル基盤の整備
地方公共団体におけるデジタル化の基盤を整備することにより、全体の底上げをする。
イ 競争環境の確保
事業者の競争環境を確保し、個別対応を解消し、ベンダロックインを回避する。
ウ システムの所有から利用へ
それぞれ負担しているハード・ソフトの費用を軽減する。
エ 迅速で柔軟なシステムの構築
制度改正や突発的な行政需要への緊急的な対応ができるようになる。
オ 標準準拠システムへの円滑な移行とトータルデザインの実現
全地方公共団体の基幹業務システムを2025年度までに移行させる。
まとめると、標準システムに統一することで費用・人員を節約し、電子化の進む社会に行政も対応していくという考えが見て取れる。また、こうした背景には、コロナ対策を通じて明らかになってきた行政サービスのデジタル化の立ち遅れへの対抗の姿勢が見て取れる。
(2) デジタル・ガバメント実行計画
① 計画の趣旨
地方公共団体情報システム標準化には本実行計画が基づいており、その発展形にあると考えられる。計画の趣旨として、次のように述べている。
ア 必要なサービスが、時間と場所を問わず、最適な形で受けられる社会の実現
イ 官民を問わず、データやサービスが有機的に連携し、新たなイノベーションを創発する社会の実現
全体の計画のために趣旨だけでは具体性に欠ける内容ではあるが、デジタル・ガバメントが「コンピュータやネットワークなどの情報通信技術(IT)を行政のあらゆる分野に徹底活用することにより、市民や企業の事務負担の軽減や利便性の向上、行政事務の簡素化・合理化などを図り、効率的・効果的な電子政府・電子自治体を実現する」ことを指しており、その上で、概要として「一人一人のニーズにあったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会 ~誰一人取り残さない、人に優しいデジタル化~」とある通り、特にデジタル化で電子機器類についていけないと考えられる世代にも配慮を向けていきたいところが見て取れる。
② 計画内のシステム標準化の位置づけ
各項目の中で特に「地方公共団体におけるデジタル・ガバメントの推進」のところでシステム標準化について言及している。その中で特に注目したいのは、
ア 2022年夏までに国が主体となり各IT事業者とシステムの標準仕様書を作成する。
イ 地方公共団体の情報システムの運用経費等は、2026年度までに2018年度比で3割の削減をめざす。
の2点である。
(3) 課 題
① 標準化の意義の整理
少子化により過疎化が進む日本にとって、行政サービスの維持のためにも行政の合理化は進めていかなければならないものである。特に行政の手続きについては未だアナログ方式が基本となっている部分が多く、そもそも書類の提出・本人確認など、根幹がデジタル化に対応できない状態で制度が確立されているものがほとんどである。逆に言えば、そこに潜在的な成長の余地が多く残されており、行政サービスのデジタル化を推進することにより、情報システム標準化基本方針やデジタル・ガバメント実行計画がめざす費用や人員の整理に効果を期待することができる。また、利用者側からしても手続きの簡素化・迅速化などの効果が期待でき、現在普及を進めているマイナンバーカードの活用と合わせて官民を超えた相互利用により、新たな産業の育成や国民の個人のニーズに合わせた最適なサービスが提供されるようになる。
② 課 題
一方で、現在の推し進め方について、次のような課題が考えられる。
ア 国主体による標準システムの仕様策定
現行の計画では、国が主体となり各IT事業者と各業務システムを統一仕様で開発し、それぞれの地方自治体で使ってもらうようにすることをめざしている。ここだけを読み取ると、実際に業務を執り行っている地方自治体が仕様作成に携わらないのである。確かに1,700ある団体がそれぞれカスタマイズを行っている現状で、寄り集まって統一となる規格を作るのは非常に困難であると思われる。確かに既存のシステムを提供している事業者からしてみれば、どのようなデータがどのような使われ方をしているのか把握できていることだろう。しかし、実際に使う側が求める仕様ができるかどうかは別の問題である。加えて、国が主体となり仕様を作成している部分で、それを今後"与えられる"地方自治体とはかなりの温度差がある。今回情報システムの基本方針やデジタル・ガバメントの実行計画を読み込んでいても実務の部分が不透明であり、めざすもの・言わんとしているものは伝わるものの、それが自分たちの仕事にどのように影響を及ぼしてくれるのかがまるでわからない。2022年の夏には仕様書が完成するとあるが、それが自分たちの業務に置き換えてどのような影響が出るか全く知らされていない状況に漠然とした不安を強く感じている。そもそも、地方公共団体のシステム開発は最初から完全なものが出来上がるわけではなく、納品後に改良を加えて使用に耐えうるものにしていくという現実がある。トラブルが発生したら、全ての自治体が大混乱に陥ることだろう。
イ 移行期間の短さ
基本方針には、全地方公共団体の基幹業務システムを2025年度までに移行させるとある。実質あと4年ですべての自治体が新しいシステムに移行するということになるが、まだ仕様書が示されていない以上、残された年数でIT事業者の人員不足が予想される。実際に今動かしているシステムがそれぞれの自治体で動いており、提供される標準化された情報システムに移行する必要が出てくる。全ての地方自治体が一斉にシステムの更新を行うのだ。費用は国が補助してくれると信じているが、費用面はクリアしたとして、その人員の確保ができるかどうかは大きな課題となる。また、いくら主体となる国が標準となるシステムを設定したとしても、実際に自治体は既に実施されている制度の中で動いている。システムの未対応の部分が判明したとしても、サービスを受ける市民側が許すはずもなく、独自の対応を余儀なくされる。それらは全て各自治体が個々での対応を強いられることとなり、IT事業者の労働リソースは更に圧迫される。もちろん人材の確保は自治体だけでなく、民間事業者も動く。
ちなみに今、2030年には79万人のIT事業のエンジニアが不足すると予見されている。
ウ 費用と実務への影響
標準化システム導入のめざすところとして、各自治体がシステムにかけている費用の削減については確かに効果が望める。しかし、標準システムに移行する場合の費用は決して削減とされるものでなく、いくらクラウド化されるとはいえ通常のデータ移行と新システム稼働の費用が必要であると見るべきである。すると費用面の効果を期待する場合、1,700という規模も歴史も違う多くの団体が、一律して独自の改修を入れずに使い続けるシステムであることが要求される。つまり、国とIT事業者主体で作る仕様書に経費削減がかかっているのが現実である。
その中で確実に発生する導入時の費用が各自治体にとって大きな負担と考えられていることは、中核市長会で2025年以降に導入する自治体にも全額費用負担することを国に求めているところからもよくわかる。イニシャルコストは通常のデータ移行時と何ら変わらぬ費用負担であり、経費削減が期待されるのはランニングコストだが、それは優秀な仕様書が前提でようやく期待される効果である。
2. 先進事例から見る効果
(1) 自治体クラウドの導入効果
国主導ではないが、情報システムをクラウド化して共同利用するという取り組みがあり、自治体クラウドと呼ばれ、J-LIS(地方公共団体情報システム機構)が取りまとめている。
以下に比較的新しいものを記載する。
自治体クラウドの導入事例 |
情報システムに係るコスト削減 |
山武郡市広域行政組合 |
参加4団体(東金市、大網白里市、九十九里町、芝山町)の5年間合計で約32%のコスト削減見込み(2019年度導入検討時の試算) |
沖縄県伊平屋村・伊是名村 |
参加2団体の5年間合計で約31.6%のコスト削減見込み(2019年度導入検討時の試算) |
沖縄県竹富町・与那国町 |
参加2団体の5年間合計で約28.5%のコスト削減見込み(2019年度導入検討時の試算) |
宮城県富谷市・村田町 |
5年間合計で富谷市で約13%、村田町で約16.1%のコスト削減の見込み(2018年度導入時の試算) |
群馬県前橋市・高崎市・伊勢崎市 |
参加3団体の10年間合計で約42%のコスト削減見込み(2018年度導入検討時の試算) |
鹿児島県町村会 |
参加29団体全体の5年間合計で約13%のコスト削減見込み(2018年度導入時の試算) |
大阪府豊能町・河南町・千早赤阪村 |
8年間合計で平均40.7%のコスト削減見込み(2017年度導入時の試算) |
京都府自治体情報化推進協議会 |
参加8団体(京丹後市、南丹市、井手町、笠置町、和束町、京丹波町、伊根町、与謝野町)の5年間合計で平均20.2%のコスト削減見込み(2017年度導入時の試算) |
なお、地方自治情報管理概要(総務省2018年4月1日現在)によると、自治体クラウド導入によるコスト削減効果(導入・運用コスト全体)において2割程度削減以上の効果を示す割合は、約49%(407団体中、200団体)となっている。
(2) 市町との共同による行政手続オンライン化システムの導入(滋賀県)
目的は「県と市町が共同でシステム調達・利用に取り組むことで、調達・導入に係る職員の事務負担・費用負担の軽減や住民の利便性向上をめざす」とし、2020年度に県が主導して、県内の参加14市町(大津市、草津市、湖南市等)と課題解決のための共同研究事業を実施。モデル事業として、①転入届などの引っ越しの際に必要となる手続や手続に必要となる書類・窓口等を案内するシステム(くらしの手続ガイド)、②申請書等を電子データで作成し、そのままオンライン申請できるシステム(汎用電子申請システム)の試験運用を実施(2020年10月1日~)。県内3市における試験運用後、2021年度は県および参加14市町の一部で共同調達に取りかかり、住民にとって統一的で使いやすい手続のインターフェイスを構築するとともに、ワンストップでの行政手続を可能とする。
(3) 先行事例から見る効果
市町村がシステムを共同化して使用するという事例では、自治体クラウドを利用したものが多い。そして、オンラインシステムの共同利用の中身を見てみると、いわゆる住民情報や税情報を共同として使っているところは少なく、例えば公共事業や物品調達に関する電子入札や、施設予約、図書館の蔵書検索・予約等がメインである。言い換えれば、業務の中核となるシステム部分の共同化に取り組んでいるところは少なく、実現の難しさを示している。
また、どの事例においても効果を引き出しているところは、例外なく職員がシステム統合の必要性を感じて自主的に研究し、高い意識とモチベーションを維持し取り入れてきたところばかりである。誰かに、例えば上部団体から押し付けられたところで、結果を出しているところは見当たらなかった。
3. まとめ
読み返すと、申し訳なくなるほど地方公共団体の情報システム標準化について批判的な内容となっているが、私自身は本事業の推進に賛成の考えであり、どんどん積極的に情報システムを活用して便利に楽にしていくべきだと思っている。規格の統一は過去の歴史から見ても強制力を伴って実施されるものであり、この機会は未だ紙に何度も何度も名前と住所を書かせている、いわゆるお役所体質から脱却するその一歩となることを願ってやまない。それなのに、この情報システムの標準化には言いようのない不安を感じるのである。マイナンバーカード導入時に、「コンビニで住民票を発行することができる」という利点を推していたようなズレた感覚がぬぐえない。
国が推し進めるということは、それでも情報システム標準化は進むだろう。だが、今回課題を整理するにあたり、現場の職員には不安を与えるものの、よほどの独自利用でシステムを回収していないほとんどの自治体にはさほど実業務には影響を与えないと予想する。そして、私が期待するデジタル化の推進についてもほとんど影響を与えないと考える。先行事例を見るに、変えるべきはシステムではなく人の意識が大切であり、その最前線に立つ職員がサービスを受ける住民に対して便利にしたい、楽にさせたいという考え方が先行しなければならないと思う。そういった考えを職員に浸透させずに、情報システムの標準化を推し進めてもうまくいかないだろう。いつまで経っても世の中の利便性より、対面・書面を重視し、現物を崇拝する役所の仕事ぶりではデジタル化など、夢のまた夢である。
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