1. はじめに
(1) 直方市について
直方市は、福岡県の北部にある筑豊地区に位置しています。一級河川の遠賀川が市の中心を南北に縦断し、東部に福智山、西部に六ヶ岳と、山に挟まれた地形となっております。古くは石炭の集荷、輸送拠点として発展してきました。鉄道路線が充実しており、福岡市や北九州市などの都市圏へのアクセスも良好です。人口は約56,000人、面積61.76km2、職員数は約350人の自治体です。
(2) GISとは
GISとは、地理情報システム(Geographic Information System)の略称で、位置情報を含んだデータを扱うシステムです。地図や異なるデータを組み合わせる事で、可視化・分析等を行います。直方市では「カシミール3D」などを用いて地図化を始め、現在はESRI社の「ArcGIS」を使用しています。
(3) 直方市とGIS
直方市は、2000年頃から地図のデータ化に取り組んでいます。これは、産業建設関係職場から、地図データを重ねて利用したいという要望により、有志の職員が自主研究グループを発足した事がきっかけです。2010年には直方市GIS活用推進委員会を立ち上げ、約20人の部署を横断した組織となりました。すでにGISを業務に取り入れている職場や、これから必要としている職場からメンバーを集めて構成しています。現在では、建設部署にとどまらず、全庁に普及しています。
2. 活動方法
まず初めに、当市の取り組みの一番の特徴は、すべてのサービスを職員が作成・管理・運用していることです。市販のGISソフトを導入していることと一般的な地図データを購入していることを除けば、素材の作成、サービスの構成、公開まで職員の自主活動により担っています。推進委員会メンバーの主な活動は、業務利用の補助とワーキンググループ(以下、「WG」)での研究活動があります。
長年の活動により当市において地図システムは広く職場に浸透しており、全職員が自由に使用しています。しかしながら、一般の職員はあくまで既存のサービスを「使用」するまでで、新たにサービス作成したり変更・修正をしたりする権限は与えられていません。業務で利用する地図の作成からメンテナンスまでを推進委員が業務の範囲内で行い、フォローアップしています。
研究活動については、推進委員を2つのWGに分けて1年間のプロジェクト活動を毎年実施しています。「ニーズの掘り起こし」「企画書作成」「中間発表」「活動報告」を1年間のサイクルとしています。各グループで新しい機能の活用や、業務利用を模索し、最終の報告会では市長や部課長を交えて職場提案などを行っています。後段で紹介する「住基ポイント」は、このワーキング活動により提案・導入されました。
3. 具体例
(1) 業務効率化のための地図:市民要望台帳
① 経 緯
一つ目に紹介するのは、業務の記録をするためのサービスです。主に土木課職員が使用しているこの地図は、道路の修繕や街路樹の伐採など、住民からの電話を受けて現場へ向かうことの多い職場で重宝されています。これまでは、住民から通報を受けると担当職員は現場に向かい、現地での状況確認や応急処置を施し帰庁します。必要に応じて業者への発注をし、進捗管理などをしながら施工完了までを確認し一つの現場が終わります。この間、数日かかることになりますが、通報は一度だけとは限りません。同じ内容の通報を立て続けに受けることもあれば、時間を置いて問い合わせを受けることもあります。このときに同じ職員が電話応対できれば問題はありませんが、別の職員が応対した場合には、話を一から聞き、ときには現場確認まで行くという二度手間になります。当然のことながら進捗管理を記録していますが、文字情報だけでは即座に照合できない、紙の地図を開いて確認していると時間がかかる、などの欠点があります。この無駄をなくすために、データとして地図の上に記録を残すことにしました。
② 特 徴
この地図は、いわゆる電話メモに近いものです。職員は常にパソコン上で地図を見ることができる環境が整っています。電話を受けると、まずは場所を聞きとり検索し該当箇所を確認します。過去に対応した場所であれば、地図上に記録が残っていることから、いつどのような対応がされているか即座にわかります。新規の案件であった場合は、該当箇所にオブジェクトを作成し、話の経緯や対応状況などを記録、現地調査後には写真等を保存します。別の職員が電話を受けても、同じ地図システムを閲覧しているため、進捗が一元管理されます。さらに年度毎にレイヤーを分けて記録することで過去にどれくらいの頻度で問題が起きているかもわかり、オブジェクトを色分けすることで、視覚的に区別することも可能です。
(2) 紙台帳をデータ化した地図:防犯灯管理マップ
① 経 緯
二つ目に紹介するのは、これまで紙の台帳で管理していたものを地図に落とし込みデータベース化した事例です。直方市では、いわゆる防犯灯(または街路灯)は自治体の一括管理ではなく、必要とする者が自ら設置することとしているため、管理者はそれぞれ異なります。防犯灯の不具合があった場合、当然のことながら住民は管理者がわからないため、市の担当課に問い合わせが寄せられます。市は、該当箇所を特定し、管理者を確認して不具合の連絡を入れます。従来は、防犯灯の設置箇所にマーキングした地図を広げ、通し番号から台帳をめくり所有者を確認するといった作業を行っていました。
② 特 徴
この地図の利点は、何冊もあった紙の台帳を持ち出す事がなくなったことと、電柱番号、管理者、写真といった属性を画面上で一度に確認できる点です。電話で聞き取りながらでは場所の特定が困難でしたが、電柱番号等の固有情報で照合することで格段に特定がしやすくなりました。工事に伴う移設や撤去、管理者の変更などといった情報の修正についても簡易に行う事ができます。また、市役所内部においても各々の部署で独自に台帳を作成して管理していましたが、このサービスを導入することで統一することができ、お互いの台帳を見比べる手間が解消されました。
(3) 政策立案のための地図:住基ポイントリアルタイム更新プロジェクト
① 経 緯
三つ目に紹介するのは、素材作成のためのサービスです。現在では、災害時の要配慮者の避難、消防指令台での現場把握、選挙や国勢調査等の区割りなど様々な分野で地図データが活用されています。これらの地図に必須となるのが、住民基本台帳のデータです。しかし住民基本台帳だけでは、詳細な居住地の分布までは把握することはできず、行政区や学校区など大きな単位で集計するしかありませんでした。住民基本台帳の情報を地図上で扱うためには座標を与える必要があり、そのためには世帯コードと座標を含んだオブジェクト(以下、住基ポイント)を作成しなければなりません。従来は、GISの機能により住民基本台帳の住所情報を地図上に自動マッチングさせて、住基ポイントの作成を行っていましたが、精度が低いという課題があり、実際に業務利用するためには、より詳細で正確なデータが求められました。そのため、WGではより精度の高いデータの作成方法を検討することとなりました。
② 課 題
精度の低さを検証したところ、二つの要因が挙げられました。一つは「更新頻度」です。これまで更新頻度は年間1~2回程度でした。当市での年間の異動人数は4,000人を超えており、これらの人たちが反映されていないとなると災害や救急で使用できません。二つ目は、「住民自身が住所を錯誤している」ことです。自治体によって住所異動の際の確認方法は異なるでしょうが、当市では届書に記載されている住所地番が存在しているか、その地番に家屋があるか等の確認はしていますが、地図を広げて正確な位置を確認するような事はしていませんでした。結果として、住所と実際の居所が錯誤したまま住民基本台帳に登録されてしまうケースが発生することとなります。事例を挙げると、(ア)「上○○」と「下○○」といった、よく似た地名との錯誤、(イ)古い集落などにおいて集落独自の住所で認識している、(ウ)建て替えによる住居表示の変更などが挙げられます。これらの問題を解決するため、WGによる活動が開始しました。
③ サービスの特徴
結論から述べると、このプロジェクトでは「職員と住民が地図で居住地を確認し、即時でデータ作成をする」方式を採用しました。このプロジェクトで作成したサービスは、市街地図や航空写真をベースに地番データを重ねることで、居住地の場所と地番を一目で確認できるようにし、居住地にクリック一つでポイントデータの作成・削除が可能で、そこに日付や整理番号、世帯コードを入力する仕様となっています。
④ 導入までの流れ
まず初めに検討したことは更新頻度についてです。この点については、データ更新は早ければ早いほど正確である事から、即時更新をめざすことになりました。つまり市民課の窓口に住所異動へ訪れたタイミングでデータを作成するということです。必然的に作業の場は市民課となり、市民課職員が更新作業を行うことになります。ここで作業そのものが複雑で手間のかかる仕様だとかえって職員の負担となるため、徹底的に作業の簡素化が図られました。次に情報精度をあげるための対策として、窓口において住民と職員が地図を見ながら異動先を照合する作業が不可欠であると考えました。正確な位置と正しい住所地番を地図上で確認してもらうことで、住所の錯誤をなくすことができます。このときにポイントデータを配置しながら確認作業を行うため更新頻度の問題を同時に解決しました。導入にあたって当然のことながら反対はありましたが、住民基本台帳の正確性が上がることは市民課にとっても有益であることや、確認からデータ作成までの一連の流れが2~3分程度であることから、承諾を得ることができました。
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市民課窓口の様子 |
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サービスの画面 |
(4) 住民サービスのための地図:選挙ポスター掲示板マップ
① 経 緯
四つ目に紹介するのは、外部向けのサービスです。選挙の時期になると、当市では市内約130箇所にポスター掲示板が設置され、市議会議員選挙にもなると20人程度の立候補があります。これまでは各候補者に掲示板の位置図を紙で配付しておりましたが、告示とともに大勢の選挙スタッフが手分けして候補者ポスターの掲示に走るため、各選挙事務所ではスタッフ分の地図をコピーして準備していました。また「紙の地図では詳細な場所がわからない」等の問い合わせが殺到するため選挙管理委員会は対応に追われます。こうした無駄や手間を省くための改善を試みることになりました。
② 特 徴
このサービスは上記の3つのサービスと異なり、インターネット上で閲覧することを目的として作成されました。構成は単純で、掲示板の位置をポイントし、通し番号と設置箇所名を記録しただけの地図です。オンライン化したことのメリットとして、(ア)地図の印刷・配付の手間が不要、(イ)端末上で拡大・縮小が可能で位置の把握が簡単、(ウ)特定の掲示板を一覧から選択することで即座に表示、(エ)データの即時修正が可能という点があります。当初は紙の地図でないと不便だという声もありましたが、最近ではスマートフォンの普及も進み、地図アプリを使用する頻度も増えたことで、抵抗感を感じる人も減っています。結果として利便性が向上し、紙資源の削減につながりました。
現在では、浸水想定区域や土砂災害警戒区域、避難所、都市計画図、道路路線網図などがオンラインで公開され自由に閲覧できるようになっています。
(5) 災害対策での活用
上記で紹介したサービスを応用して災害対策本部においてもGISを活用しています。
① 電話班では「市民要望台帳」と同じ仕様のサービスを使用して記録を管理しています。特に災害時においては電話回線にも限りがある上に同一現場の通報が殺到するため、重複する問い合わせに時間を割くわけにはいきません。電話対応しながら記録を残すことで、情報を共有することができます。また、別の班が対応状況を追記していく体制をとっているので進捗も確認しながら電話対応をすることができます。
② 通報を受けて災害現場へ向かった職員はオンラインサービスを用いて状況報告をします。各々の端末から情報を記録することができ、位置情報のほかに写真の添付も可能です。現場で入力された災害状況は災害対策本部内にモニタリングされているので、これまで時間のかかっていた被災状況が瞬時に届くようになり、意思決定の重要な機能となりました。
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現地調査時の様子 |
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モバイル端末 |
③ 住基ポイントは、要配慮者の避難に活用されています。あらかじめ住基ポイントと要配慮者データをマッチングさせて必要なデータのみ抽出し、電話番号等の情報を付与しておきます。避難勧告の対象となった区域を選択することで区域内の要援護者のリストを作成することができるため、対象者への情報伝達や避難確認がスムーズに実施されます。これまでは行政区単位での対応をしていたため広範囲で無駄がありましたが、より適切なエリアにより迅速に対応が可能となりました。
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要配慮者検索マップ |
4. おわりに
ここに紹介した地図の他にも多くのサービスが現場では使用されています。10年以上前から有志で始めたこの取り組みは、個人の業務ツールに留まらず職場の枠を越えた業務改善のツールとなりました。当初は「新しいシステムは使い方を覚えられない」と敬遠する職員もいましたが、業務改善につながることから、少しずつ操作を覚える職員が増え、いまでは多くの職員が日常的に使用するまで普及しています。
本市では職員が利用するグループウェアに所属ごとに分類したマップ一覧を作成し、そこからシームレスにアクセスできるようにしています。そのため、日常業務の地図参照がほぼすべて「紙」から「GISマップ」に置き換わりました。これにより、それまで紙の地図に書き込むしか情報共有の手段がなかったところ、自席にいながらリアルタイムに地図と入力されたデータにアクセスできるようになっています。
今後は小中学校の統廃合や選挙投票所の再編のための分析など、地域に寄り添う柔軟な市民サービスを構築する手段として新たな利用方法が検討されています。しかしながら多くの職員はサービスを利用することはできても、アプリケーション作成やデータのメンテナンス作業まではできません。まずは職場内でデータのメンテナンスができるように、各課最低1人はGISに精通した職員を育成することが当面の目標です。
また、ほとんどのサービスが内部処理を効率化するものであり、市民向けのサービスや、市民と共同して利活用するサービスが少ないのが現状です。無償の地図アプリケーションを利用するために自分の位置情報を提供することが当たり前となった現代だからこそ、位置情報を利用した行政サービスやアプリケーションが市民の方々に抵抗なく受け入れられていくのではないかと思います。
今後は意識を外部に向け、市民の方々と行政とを効率的につなぐツールとして、市民生活に役立つサービスを模索していきたいと考えています。
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