【レポート】

第39回静岡自治研集会
第8分科会 自治体DX最前線 ~今考える、地域のためのデジタル化~

 マイナンバーカードの普及促進について、その課題や問題点をまとめたもの。地方自治体の最前線で業務に携わる自治体職員の視点から、マイナンバーカードを取り巻く情勢を分析し、個人的な見解を述べる。



自治体職員が考えるマイナンバーカード普及促進の
ポイント
―― マイナンバーカードって本当に必要ですか? ――

佐賀県本部/佐賀市職員労働組合 小副川高朗

1. 制度の概要

① 2002年8月
 住基ネット第1次稼働(住民票コード通知開始)
② 2003年8月
 住基ネット第2次稼働(住基カードの交付開始)
③ 2015年10月中旬~12月
 住民票を有する国民全員にマイナンバーの通知開始
 マイナンバーが記載された「通知カード」が交付開始
④ 2015年12月28日
 住基カード発行終了
⑤ 2016年1月~
 マイナンバー制度開始
 「マイナンバーカード」の交付開始
⑥ 2017年2月16日~3月15日
 2016年分の確定申告書類からマイナンバーの記載欄が登場
⑦ 2017年11月~
 「マイナポータル」の本格運用を開始
⑧ 2020年5月~
 特別定額給付金のオンライン申請にマイナンバーカードを利用
⑨ 2020年5月25日~
 通知カードの廃止 → 個人番号通知書に移行
 ※ 住所、氏名等に変更がない限り通知カードは有効。個人番号通知書は公証能力無し。
⑩ 2020年9月~
 マイナポイント(第1弾)の申請受付開始
⑪ 2021年10月
 マイナンバーカードの健康保険証利用開始
⑫ 2022年6月
 マイナポイント事業第2弾開始(保険証・公金受取口座と紐付けすればポイント給付)

2. マイナンバーカードの交付状況



 政府は2022年度末までにほぼすべての国民にマイナンバーカードが行き渡るようにするとかねてから明言しており、その達成が困難になりつつある状況で、自治体に対して様々な取り組みを要請する通知が届いている。しかし、そのすべてが遅きに失していると言わざるを得ない。
 最大2万円分のポイントが付与されるマイナポイントの第2弾については、2022年の9月末までに申請を行った人が対象となっており、政府は9月末までに何とか申請をしてもらおうと広報などに力を入れているが、それでも100%の交付率には遠く及ばないと思われる。

3. 便利なこと

① 身分証明書として使用できる
 →未就学児にも顔写真付きの身分証明書が必要なのか?
② 個人のマイナンバーを証明する資料として使用できる
 →マイナンバー入りの住民票で代用可能だが、その都度手数料がかかる。必要性は高い。
③ コンビニ交付サービスを利用できる
 →戸籍関係の書類には対応していない自治体が多い
④ マイナポータルを使用して、一部の行政手続きをオンラインで行うことができる
 →現時点で可能な手続きはそれほど多くない。子育て関係が中心。
⑤ マイナポイントを申請することができる
 →申請数が激増した。国民の関心は高かったと思えるが、それでも100%にはほど遠い。執筆時点ではマイナポイント第2弾のキャンペーン中。
⑥ オンラインで確定申告ができる(e-tax)
 →ただし、対応するスマートフォンやPCのカードリーダ等が必要。
⑦ 紙の転出証明書が不要
 →2022年度末からは転出届自体が不要になる予定
⑧ 健康保険証の代わりとなる
 →制度開始段階では、まだ対応できる病院が限られている。

 メリットと言われていることも、人によってはそれほど優位性を感じないことも多い。マイナポイントが大々的に広報されたときは一時的に申請が急増したが、限定的だった。そもそもマイナンバーカードを作るメリットが最も大きいと思われる高齢者層にとっては、マイナポイントはキャッシュレス決裁サービスと紐づけるため、申請のハードルが高い。
 2021年10月以降は、マイナンバーカードに健康保険証としての機能が追加され、準備が整っている医療機関において運用が始まった。しかし、制度が始まって半年以上経過した今でも、すべての病院で利用できるわけではない。つまり政策に対しハード面の整備が追い付いていない状況で、長期的な視野で検討されているというよりは場当たり的な対応の連続のように思える。今後は運転免許証としても使えるようにするとの報道があるが、このように一つのマイナンバーカードに様々な役割を持たせていくことは、逆に考えると紛失した時のリスクが高くなると言えるだろう。
 以上のように考えていくと、実はマイナンバーカードを持つメリットというのは、現時点ではそれほど多くないと言えるのではないだろうか。

4. 不便なこと

① 住所異動、氏名変更の際にカードの更新手続き(内部情報の書き換え、券面の記載変更)が必要になる
 →通常の受付より確実に30分程度は余計に時間がかかる(混んでいるとそれ以上)。
② 申請から交付まで1か月~1か月半かかる(佐賀市の場合)
 →人口規模の多い自治体では2~3か月かかることも珍しくない。
③ 暗証番号を4種類設定する必要がある(うち3つは同じ番号でよい)
 →暗証番号がわからないとコンビニ交付サービスやマイナポータルを利用できない。
④ 暗証番号を忘れると、初期化のために市役所に来る必要がある
 →オンラインで可能なのは暗証番号の変更のみ。
⑤ 代理での手続きについてハードルが高い(原則本人が来庁する必要がある)
 →多くの手続きでは、「照会書方式」という委任状+αの複雑な手続きが必要。
⑥ 紛失した時の影響が大きい。
 →便利になればなるほど、マイナンバーカードを紛失した時の影響は大きくなる。再交付は簡単にはできない。

 マイナンバーカードを所有することによって、余計な手続きが必要となることがデメリットの一つである。特に住所や氏名に変更が生じた場合、まずカードの中の電子証明書の情報を書き換え、さらにカードの券面にも最新の情報を記載する必要がある。加えて、署名用電子証明書は住所や氏名が変わると自動的に失効してしまうため、その都度新たに発行する必要がある。その時に暗証番号が分からないと、再設定しなければならない。
 マイナンバーカードの申請自体は、オンラインや郵送など自治体の窓口に行かなくても済む方法がある。しかし、その場合は必ずカードを自治体の窓口まで取りに行かなくてはならない。受取には原則本人が行く必要があり、代理でのカード受領には厳しい条件がある。とくに、顔写真付きの公的な身分証明書が無い場合は、代理受領は困難だ。
 電子証明書の更新については、代理による申請でも比較的簡易な方法で可能となるが、暗証番号の初期化等は、「照会書方式」という委任状+αの複雑な手続きが必要となり、かなりの手間と時間がかかる。
 この代理での手続きの要件緩和、もしくは自治体の窓口に行かなくても済む手続きを拡充するなど、根本的な運用法を変えない限り、マイナンバーカードの手続きは「面倒くさい」という評価・印象がぬぐえず、100%近い交付率の達成は不可能に近いと思われる。

5. セキュリティ

 マイナンバーカードを語る上で欠かせないセキュリティの課題について、簡単に触れておく。


(1) 制度面での対策
 罰則の強化も含め、マイナンバーに関連する法律はかなり厳しい内容となっている。個人情報の取り扱い自体が年々厳しくなっており、各自治体でも詳細な個人情報保護条例を制定するなど、法令面での対策はかなり進んでいるという実感である。
『事例』
 ・職員の不正アクセス(好きなタレントの情報等を閲覧)
 ・住民基本台帳の情報を探偵に漏らす

(2) システム面での対策
 よく誤解されているが、マイナンバーカードに搭載されているICチップの中には、券面に記載されている4情報以外、具体的な個人情報は搭載されていない。そのため、たとえカードを紛失したとしても、そのカードを使ってICチップから様々な個人情報を読み取ることは不可能となっている。また、マイナンバーに紐づけられている様々な個人情報は分散管理されており、決して一元管理されていない。私たち行政職員は、マイナンバーを鍵として住民の個人情報にアクセスするが、その内容はそれぞれが持つ権限内の情報に限られており、全体を把握できるようなシステムになっていない。また、アクセス自体についても、住民基本台帳ネットワークシステムは厳重なセキュリティ管理下で運営されており、閉鎖的なネットワーク環境が維持されている。住基ネットの運用からすでに長い年月が経過しているが、ハッキング等による不正アクセスや情報漏洩などは報告されていない。
 逆説的には、厳重なセキュリティ管理を実施していることにより、利用者にとっての利便性が犠牲となっている(カード交付時の本人確認や暗証番号のロックなど)。また、年1回のセキュリティに関する自己点検・監査等を含め、外部からその運用について管理・監督される項目が非常に多い。運用に携わる自治体職員にはセキュリティ上の安全確保のために多くの業務が課せられ、負担は重くなっている。

6. マイナンバーカードの今後の在り方

 自治体職員としての立場から、マイナンバーカードの今後の運用法を考える。
 これまで述べてきたとおり、マイナンバーカードについては、そもそも交付のための手続が煩雑である。よって、多少のメリットを提示するくらいでは、住民が積極的にマイナンバーカードを作りたいと思わないのも無理はない。また、せっかく時間をかけてマイナンバーカードを作っても、まったく使用機会のないまま5年後の電子証明書の更新時期を迎え、暗証番号など覚えていない状態で市役所に手続きに来る住民も多い。電子証明書の有効期限が切れる、もしくは暗証番号が分からなくなると、電子証明書を使ったオンラインサービス等が利用できなくなり、マイナンバーカードはただの身分証明書に成り下がってしまう(それでも、マイナンバーを公証できる唯一無二のカードであるというメリットは存在する)。今のところ、電子証明書の更新や、暗証番号の再設定等の手続は来庁してもらうしか他に方法がない。
 マイナポイントを付与するという取り組みの効果は限定的であり、マイナンバーカードの保険証利用は開始したものの、対応できる医療機関がまだ少ないなど課題が多い。しかし、運転免許証としての利用が開始されるなど、今後も様々な資格証をマイナンバーカードが兼ねるとなれば、利便性は飛躍的に増すであろうと思われる。政策面からマイナンバーカードの普及促進を考えたときに、やはり住民の行政手続きがより簡素化される方向で制度改正を進めていくのが最も効果的であると考えられる。
 同時に、マイナンバーカードの交付等に係る手続きについても、より簡素化できるよう制度面の改善を図る必要がある。そもそも、身分証明書としての機能がそれほど必要ではない若年層にとっては、住基カードのAバージョンという選択肢があったように、名前とマイナンバーだけが記載された「マイナンバーカードα版(仮称)」を作成し、思い切ってまだカードを申請していない全住民対象に郵送すればいいのではないだろうか。住民はα版が届いた時点で、マイナポータルにアクセスし初回の暗証番号登録を行い、スマートフォン等から顔写真を登録して送信すれば、設定完了となる。もし顔写真付きの「マイナンバーカードβ版(仮称)」が欲しければ、そこで申請すれば住民票所在の自治体に顔写真付きのカードが送られてきて、α版のカードと交換で受け取ることができるようにすればよい。

7. まとめ

 マイナンバーカードを所持することにより、政府が個人情報を一元管理し、資産情報などをもとに国民の財産を監視・管理するようになる……といった危惧は、現状では都市伝説レベルのものと断言できる。もちろん、個人情報にアクセスできる権限を持つ職員が、悪意を持って情報を盗もうとする場合、それを完全に防ぐのは難しい。しかし、その危険性はマイナンバーカードの存在にはあまり関係がなく、現状でも住基ネットワークの不正利用はそれぞれの職員のモラルによるところが大きい。情報流出のリスクは現状でも盛んに報道されており、研修等を通じて意識を高めていく他ないだろう。
 それよりも、今の住民基本台帳ネットワークシステムをベースにしたマイナンバーの管理システムが、それを使用する職員にとって使い勝手の良いものになっているかどうか、また、運用にかかるコストに見合ったパフォーマンスが得られているかどうか、そういった視点からの検証が大いに必要である。国民の利便性に寄与しつつ、安全性も十分確保する。これが当然の前提なのだが、そのためにいくらお金をかけてもよい、ということにはならない。
 重要な情報を扱うシステムだからこそ、その運用については透明性が確保されなければならず、無駄遣いなどは決して許されない。国民は厳しく監視していく必要があるだろう。
 また、デジタルトランスフォーメーション(DX)の自治体版が声高に叫ばれており、マイナンバーカードもその主役のように位置付けられているような風潮だが、マイナンバーカードは自治体DXの一つの側面に過ぎず、交付率100%をめざすことが自治体DXの推進に欠かせないものだ、とする考え方は危険である。DXの本質はデジタル化により「無駄を省く」ことだと筆者は考えており、マイナンバーカードを持つことによる「無駄の省略」は、これまで見てきた通り、現状ではごく一部の人にしかその恩恵が届かない。むしろ手間が増えてしまう側面も否めない。
 デジタル化に関しては、とかくそのデバイスや設備などに注目が集まるが、スマートフォンやインターネットなどのインフラがいくら充実し、進化していっても、私たちの考え方が変わっていかなければ大きな変化は期待できないだろう。そういった意味で、私たち自治労でも、現場で働く公務員一人一人がどのような未来を描いて仕事をするか、自分が働き、生活する街をどうしたいか、そのような議論を深めていく必要があるのではないだろうか。アップデートするべきなのはPCではなく、人間である。