【論文】

第39回静岡自治研集会
第9分科会 SDGs×生活×自治研

 JR東海はリニア新幹線計画について、品川・名古屋間は2027年度、名古屋・大阪間は2037年度開業を予定しています。この計画には建設資金、水減少問題、環境保全、工事に関する技術的課題など多くの問題が指摘されています。コロナ禍での2年連続の赤字という新たな情勢の中、大井川の水問題を中心に静岡的立場でリニア新幹線問題を報告します。



リニア中央新幹線の現状と今後の展開、
南アルプストンネルの難工事と
JR東海の2年連続の赤字で暗雲

静岡県本部/静岡県議会議員 杉山  淳

1. 南アルプスと大井川、自然豊かな上流部、渇水期には度々取水制限

 大井川は、日本第3位の高峰・間ノ岳(あいのだけ、標高3,189メートル)に源を発し、南に168キロ蛇行して駿河湾に注いでいます。その間、上流から静岡市、川根本町、島田市、藤枝市、焼津市、吉田町の4市2町、静岡県内のみを流れる一級河川です。江戸時代には、江戸の防衛と、徳川家康の隠居城であった駿府城(すんぷじょう)の外堀の意味もあったことから、橋は掛けられず、渡し舟も禁止されていました。江戸時代、大井川を渡るためには「川越人足」とよばれる人たちに肩車をしてもらうか、蓮台と呼ばれる梯子のようなものに乗せてもらう以外に渡る方法はありませんでした。そのため、雨などによって川の水かさが増すと、川止めとなって渡ることができなくなりました。その場合、旅行者は川をはさんでの宿場となる島田宿か金谷(かなや)宿で逗留(とうりゅう)しなくてはならず、さらに経費がかかりました。「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とは、川止めの苦労を表現したあまりにも有名な言葉です。
 大井川上流域の南アルプスは、北アルプスの「上高地」とは異なり、観光地化がされず手つかずの自然が残っている地域で、国立公園、ユネスコ・エコパークに指定されています。高山植物やライチョウ、ヤマトイワナなどの生物、シラビソなどの固有の木々などの生態系が築かれています。
 その大井川には戦前・戦後に大小15のダムが作られ、戦後の電力需要を支えました。また、その水は中流地域のダムから導水管で県内の8市2町に運ばれ、水道水、工業用水、農業用水に活用されています。かつては水量豊富な大井川でしたが、数々の水利権が設定され、水が送水管等で運ばれた結果、冬の渇水期には度々取水制限をせざるを得ない状況となり、最近でも2018年12月27日から2019年5月22日の間、10%の取水制限(147日間)が続きました。

2. JR東海の経営の現状、コロナ禍で大赤字

 品川・名古屋間を40分で結ぶという中央リニア新幹線の建設に乗り出しているJR東海は、国鉄分割民営化後の1991年に東海道新幹線を5兆円で購入し、コロナ禍前は年間純利益4,000億円という超優良企業でした。
 鉄道やバス事業は赤字が出た場合、地元自治体に負担を求めたり、運賃を値上げしたりして路線維持に苦労していますが、JR東海はコロナ前7年連続利益更新・拡大を続けていました。
 運賃値上げでは国の規制がありますが、黒字の場合には料金値下げなどのルールがありません。巨大な黒字はまず利用者に還元すべきです。具体的には新幹線の特急料金を下げるべきと考えます。一時財界はJRグループに対して新幹線運賃値下げ、利用者還元を要求していましたが、今は聞かれません。今からでも鉄道の公共性に鑑み、利益の一部・1%でも2%でも鉄道ネットワーク維持(赤字ローカル線支援)のために基金を創設し、拠出すべきです。
 JR東海は、民営化後に値上げをしていない、人員の削減や外注化の拡大による経営努力での黒字と説明すると思われますが、過去二度、新幹線回数券で値上げしています。1回目は盆休み、冬休み、春休みの各10日間の新幹線回数券利用を不可とした実質値上げで、2回目は割引率の平準化として、静岡・小田原間、小田原・東京間、静岡・熱海間、熱海・新横浜間などの利用の多く割引率の高い区間の新幹線回数券の値上げです。また、利用の少ない区間の回数券が徐々に廃止されています。
 リニア新幹線計画はJR東海の黒字で工事費(※1)を賄う民間事業としてスタートしました。その後工事の進捗を早めるため、国から3兆円の財政投融資を受けています。このことをもって国策事業としていますが、あくまでも一民間企業の事業です。コロナ禍で、人の移動が大幅に減り、巨大赤字を出したJR東海ですが、リモート会議の増加や東京一極集中の見直しが進み、需要予測の見直し・再計算をすべきです。これまで通りの計画でいいのかなど計画自体の再確認が必要になっています。

3. 中央リニア新幹線関連の基礎知識

① もともとは岡谷市、諏訪市ルート
 もともとは長野県の諏訪湖付近を通過するルート(長野県推奨ルート)。技術的に可能と判断して現在の南アルプストンネルルートとなる。それにより10分程度の時間が短縮される想定。
② 中央構造線が走り、年間4ミリ隆起有り
 南アルプスの赤石山脈の隆起は最近100年で40㎝もの強い地殻変動の場。その場所にトンネルを掘り、毎年少しずつずれて、10年で4㎝ずれることが心配。この隆起のスピードは地質学上では相当速い。
③ 中流域には大切な生活水、工業用水、農業用水の取水口あり
 大井川の水は8市2町の生活水。また、農業用水、工業用水にも利用。良質で豊富な地下水が利用可能なため、食品、製薬、化学などの工場が進出・立地し、井戸を掘り、利用。冬の渇水期には水不足となり、度々取水制限有り。これ以上の水の減少はとても受け入れられない事情有り。
④ 南アルプストンネルは計5本、避難口坑トンネル2本と導水トンネルが静岡起点
 南アルプスを通過するトンネルは、山梨、長野両県から掘る先進坑と本線坑、非常時に避難する避難口坑が上と下の2本、またトンネル内の湧水を大井川に戻す導水トンネルの計5本。そのうち3本が静岡県から掘られるトンネル。大型重機を大井川の上流部に運ぶため、林道整備の工事から開始。
⑤ 本線坑・先進坑は全長25km
 JR東海が進めるリニア建設工事のうち、本線坑・南アルプストンネルは、品川駅や名古屋駅の工事と並ぶ最難所のひとつ。全長25kmの同トンネルの工事を山梨(7.7km)と静岡(8.9km)、長野(8.4km)の3つに分割。静岡以外の2工区は着工済みで、山梨工区では本線トンネルの掘削にも着手。
⑥ 田代ダムの水利権は東京電力、毎秒4.99トンを富士川水系に導水し発電
 最上流部にある田代ダムは東京電力に毎秒最大4.99トンもの水利権がある。取水された水は南アルプスを貫く導水トンネルを通じて富士川水系に流され、水力発電に利用。2005年度の水利権更新時には、取水に優先して確保すべき河川維持流量として季節に応じて毎秒0.43トンから1.49トンの水を、大井川へ放水実施となる。
 水利権は1928年から東京電力にあり、半永久的な権利。リニア問題でこの田代ダムの取水をやめれば、リニア建設に伴う毎秒2トンの減少を補填できるとの議論があるが、東京電力は交渉に応じていない。
⑦ 国土交通省の非中立性に疑問
 県とJR東海の協議が難航する中、国土交通省が仲裁役として議論に参加し、国の有識者会議を開催しているが、非中立性が目立つ。静岡県側の推薦委員が採用されない。リニア工事を請け負う会社の監査役の学者が採用されるなどがあった。また、会議も全面公開はされず、座長の取りまとめの強引さなど国土交通省の対応には大いに疑問。

4. 静岡県の対応とJR東海の回答

 2013年9月に公開された「中央新幹線(東京都・名古屋市間)環境影響評価準備書」によると、大井川の河川流量は工事完成後に毎秒2トンの減少と記されました。これを受けて静岡県知事は2014年3月に意見書を提出。
 静岡県側の主張・意見を簡単に言うと、南アルプストンネルができると、トンネルに地下湧水(地下の湧き水、以下「トンネル湧水」と書く)が流れ出し、静岡県側のトンネル湧水が、傾斜に沿って入口のある低い山梨県側へ流れていってしまい、今でも水量の少ない大井川の水源が減って、取水制限が増え、県民生活に支障をきたすので、トンネル工事で発生する湧水の全量を大井川に戻す対策をちゃんとしてくださいということ。もう一つは大井川流域の希少動植物の生態系などの環境をしっかり守ってくださいというもの。

 この要求に対しJR東海は当初、トンネルの開通によって大井川の流量は毎秒2トンの減少予測に対して1.3トンは導水トンネルで大井川に流すようにし、残り0.7トンは必要に応じてもっと低い位置からポンプで揚げて大井川に流すとの案を示した。
 つまり、トンネルで地下水の流れが変わった本来静岡県の大井川に流れる水のうち3分の2は導水管で大井川に流し、残り3分の1はダムの水が減ったときなど必要に応じてポンプで揚げる、と回答した。
 このJR東海の提示案に対し、静岡県はそもそも毎秒2トン減少の根拠があいまい、トンネル湧水は全部静岡県の大井川に流してほしいと主張している。
 JR東海の回答に対して、その確認や協議する場として静岡県は、県中央新幹線環境保全連絡会議をもうけ、「地質構造・水資源部会」「生物多様性専門部会」の2つの専門家の部会を設置し、JR東海の参加を求めました。JR東海は参加するも誠意ある対応・回答をしないことが度々あった。
 静岡県にはリニア新幹線建設を「許可」する権限はない。静岡県にある権限は、河川法に基づく河川占用の許可権限です。1級河川の大井川168kmのうち、河口から26kmの地点から源流部までの約142kmが県の管理する区間です。リニアトンネル建設予定地の西俣川、東俣川は県管理であり、河川に工事関係の工作物、計画されている盛土を設置する場合、JR東海は静岡県知事の許可を得なければならない。
 JR東海が仮に大井川の水資源、生態系を守る100点満点の環境アセスを用意した場合には静岡県は河川の占有許可を出すしかなく、止める権限はない。しかし、現状の環境アセスは60点程度の出来で、さらに回答していない項目もあるので許可を出せる状況にないとしています。

5. 今後の展開、コロナ禍でのリニアの必要性

 静岡県の考えは次のとおりで、JR東海との対話重視の姿勢です。リニアそのものには反対していない(※2)。知事選後2021年8月にはいり川勝県知事は中止、ルート変更も選択肢とした発言もあり、注目されている。
 静岡県は地域の住民生活や経済活動に欠かせない「命の水」である大井川の水資源とユネスコエコパーク(生物圏保存地域)に登録された南アルプスの自然環境を保全するため、環境影響評価法の手続きにおいて設置した静岡県中央新幹線環境保全連絡会議の専門部会でJR東海と対話を重ねています。
 また、国の有識者会議において、水への影響について検討が進みつつあります。
 JR東海の説明には検討不十分な事項(突発湧水量の制度、モニタリング手法等)が多数残っており、県とJR東海で認識や見解が大きく異なるため、対話には時間を要しています。
 中略
 県民の不安が払しょくされるよう、県の専門家部会等の場を活用しながらJR東海との対話を進めていきます。

 大井川の源流部の下を通るリニアトンネルによって大井川の水がどうなるのかは、静岡県にとっては大きな重要な課題です。仮に水不足が恒常化し、これまで以上に取水制限が必要となると潤沢な水があるとして進出した企業・工場の撤退や縮小なども想定され、雇用に関わります。
 南アルプスが2014年にユネスコエコパークに指定されていることから、公益財団法人日本自然保護協会は2020年6月にリニア中央新幹線静岡工区における自然環境の諸問題の対処を求める声明を出しています。その中で「リニア中央新幹線静岡工区着工には地元自治体の同意が必要不可欠である」「JR東海は、地元自治体の合意を得るためには南アルプスユネスコエコパークのエリア内でリニア中央新幹線を計画していることの重大性を深く認識し、懸念されている様々な自然環境の問題に真摯に対処しなければならない」と指摘しています。
 前石川嘉延県知事がのぞみ通行税を取ると言ったことやリニア新幹線の駅の設置がないなどが引用され、「静岡県がごねている」「静岡問題」との報道がありますが、今は整理され的を得ていません。
 コロナ禍で赤字(※3)となり、東京一極集中の是正や企業がオンライン会議などにシフトする中、東海道新幹線の需要がどうなるのか。今までのような4,000億円の純利益は見込めず、大幅な赤字となった場合、会社運営が立ち行かなくなります。すでに融資を受けている3兆円が重くのしかかるのではないでしょうか。財政投融資は国費です。巨大公共事業をこのまま進めていいのか、コロナを契機に再度議論していくことが必要です。




※1 2014年認可時は品川・名古屋間で5.5兆円、2020年度に7兆円に修正
※2 リニア中央新幹線建設促進期成同盟会(会長・愛知県知事)に2022年7月14日付けで静岡県が新たに加盟。静岡県は水減少問題、トンネル残土問題を10都府県と一緒にJR東海と協議し解決を図るとしています。
※3 2020年度決算、純損益2,015億円の赤字、1987年JR東海発足後、初の赤字決算。
 2021年度決算は、純損益が519億円の赤字の2年連続の赤字。