1. はじめに
九州地方にはムスリム(イスラム教を信仰する人)が土葬をするための墓地がないという切迫した問題がある。この問題を解決するため2021年6月17日、別府ムスリム協会は、信仰に基づいて埋葬方法を自由に選択できる「多文化共生公営墓地」の創設を求め、厚生労働省に陳情書を提出した。陳情書提出の背景には、別府ムスリム協会が大分県日出町(ひじまち)に建設許可を求めた土葬墓地を巡る事前協議が、計画から約3年を経過しても膠着していることがある。
そこで本稿では、まず墓地行政に関する法的制度の概要を説明し、その問題点を指摘する。そして一般的な解決を図るために必要な法制度上の策を検討する。その後、社会的合理性と宗教的な観点から、日出町の事例を解決するための方策を考えたい。
今回、本稿で扱うのは大分県の事例であり、福岡県の事例ではない。しかしながら、「お墓がない」という問題は、福岡県内のムスリムも同様に抱えている。福岡県でも、本稿で取り上げる問題事例と同様のことが生じる可能性は十分考えられる。したがって、本稿は、福岡県における自治を考える上でも十分に意味がある。
2. 問題の前提
イスラム教では、戒律上、土葬以外の埋葬方法は禁止されている。遺体はできるだけ早く聖水で清めた布で巻き、顔をメッカの方角に向けて土葬しなければならない(小谷2018:63-64)。
一方、日本ではほとんどの場合、埋葬方法として火葬が選択されている。日本の火葬率は全体の99%に及び、日本は世界一の「火葬大国」となっている。土葬は法律上、禁止されているわけではないが、「火葬大国」においては馴染みのない埋葬方法である(『佼成新聞DIGITAL』2021/6/24)。
しかしながら、日本には約20万人のムスリムが生活しており、そのうち約5万人は日本人である。ムスリムの人口については、技能実習生の受入れ拡大などのグローバル化の流れを受けて、増加傾向にあり、日本での土葬を希望するムスリムも今後増加すると予想されている(『終活Style』2020/11/27)。
けれども日本に存在するムスリム用の土葬が可能な墓地はわずか7か所しかなく、中国・四国地方及び九州地方には1か所も存在しない。そのため九州で生活する約1万6,400人のムスリムは、土葬のために遠く離れた墓地を利用せざるを得ず、迅速な土葬の実現が困難な状態にある。さらに墓参りに行くだけでも時間的、金銭的な負担が大きくなっている。これまで九州で生活するムスリムは別府市内にあるキリスト教墓地を利用し土葬を行ってきた。しかしながら、この墓地の埋葬定員数はほぼ上限に達しており、土葬墓地の設置が急務となっている(『讀賣新聞オンライン』2021/06/19)。
3. 問題の概要
このような状況下で、別府ムスリム協会は埋葬場所がなくなる将来を見越し、10年以上前に墓地設置のための土地を探し始めた。そして2018年に、別府市に隣接する大分県日出町の山中にある約8,000m2の土地(100人分の土葬が可能)を購入した。土地の近くには、大分トラピスト修道院の土葬墓地があり、周辺に住宅や農地がないことから、別府ムスリム協会は日出町に墓地設置の許可を求めた。予定地について日出町は「一般的な墓地の立地条件は満たしている」と説明しており、別府ムスリム協会は、条例の規定に基づいて、予定地の近隣住民を対象に、説明会を5回開催した。
別府ムスリム協会による墓地の設置に対し近隣住民は、「墓地からの排水が墓地近くにあるため池に流入すること」を懸念した。ため池の水は生活用水や農業用水としても使用されており、排水流入による水質汚染や農産物への風評被害を理由とする反対運動が行われた。そして約100人の住民が、墓地設置反対の陳情書を町議会に提出し、これが町議会で可決された。すなわち町議会は反対住民の陳情書の提出を受け、「墓地設置反対」の意思を示したのである。けれども墓地設置の許可権限をもつのは町議会ではなくあくまで町長である。しかしながら町長は、条例で定める別府ムスリム協会との事前協議を約3年間行い、許可の判断を先延ばしにしている(『文化時報社』2021/7/1)。
別府ムスリム協会の墓地設置計画が停滞しているなか、別府ムスリム協会は「多文化共生公営墓地」の創設を求め、厚生労働省に陳情書を提出した。陳情書では、土葬墓地を全都道府県に設けるか、既存の公営墓地に土葬区画を整備するよう要望した。これに対し厚生労働省は「問題は認識したので、今後、関係する自治体に必要な助言を行うことを検討していきたい」と述べるにとどまった(『NHK NEWSWEB』2021/6/17)。
日出町は土葬による水質汚染に関し、「墓地が水を汚染するとまでは言えない」という見解を示していたが、2021年7月、「水質への影響調査が必要」という考えを新たに示し、許可判断の時期がさらに不透明になった。これは反対住民の意見を聴いた大分県知事の助言を受けたもので、調査の実施主体や具体的な調査方法及び時期などは未定のままである(『大分合同新聞』2021/8/12:23)。
そして2021年11月、日出町が住民と別府ムスリム協会による話し合いの場を設けた際、そこで反対住民から「現在の計画地とは別の場所に変更できないか」という提案があった。代替地として提案されたのは計画地から離れた町有地であり、ため池に排水が流れ込む可能性が低いと住民は説明した。日出町はこの提案を受け代替地売却の検討を始めており、別府ムスリム協会も提案に対し前向きな姿勢を示している(『大分合同新聞』2021/11/11:23)。
4. 墓地行政に関する法制度の概要とその問題点
(1) 墓地行政の関する法制度
墓地、埋葬等に関する法律(以下、墓地埋葬法とする。)は、第10条第1項で「墓地、納骨堂又は火葬場を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない」と定めている。墓地埋葬法上、「墓地」とは、墳墓を設けるために、墓地として都道府県知事等の許可を受けた区域を指し(第2条第2項)、「墳墓」とは、死体を埋葬し、又は焼骨を埋蔵する施設をいう(同条第4項)。そして「埋葬」とは、死体を土中に葬ることをいうと規定されている(同条第1項)。したがって、墓地埋葬法は埋葬すなわち土葬を禁止しているわけではない。
2000年の地方自治法の一部改正に伴い、墓地行政に関する都道府県のすべての事務が自治事務とされた。これにより都道府県は、都道府県知事の権限に属する墓地埋葬法上の事務の一部を、条例の定めるところにより、市町村が処理することとすることができるようになった(地方自治法第252条の17の2第1項)。
大分県においても、「大分県の事務処理の特例に関する条例」により、墓地埋葬法第10条第1項にある、都道府県知事の「墓地、納骨堂又は火葬場の経営許可」の権限を各町村が処理することとしている。これを受けて日出町は、「日出町墓地、納骨堂、火葬場の経営に関する条例」を制定し、墓地行政を行っている。
このように墓地行政については、地方分権の流れを受けて、自治体が墓地行政に関する権限をもつようになった。都道府県や市町村が墓地行政の主体となることで、「地域の状況にあったよりきめ細やかな墓地行政が期待されている(北村2019:33)」。そのため多くの場合、墓地設置の許可基準は、各自治体が墓地埋葬法の制度趣旨を踏まえて、条例により制定している。
(2) 「日出町墓地、納骨堂、火葬場の経営に関する条例」における許可基準
日出町の、「日出町墓地、納骨堂、火葬場の経営に関する条例」(以下、本件条例とする。)第3条は、町長は、墓地等の経営の許可申請があった場合においては、当該申請が本件条例で規定する基準に適合していると認めるときでなければ、許可をしないものとすると定めている。ただし、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障がないと認めるときは、この限りでないとされている。そして第10条以下で、墓地の設置場所等の基準を具体的に定めている。
本件との関係で問題となっているのは、第10条の墓地の設置場所が「高燥で、かつ、飲料水を汚染するおそれのない場所であること」という基準である。この点について、日出町は、「墓地が水を汚染するとまでは言えない」との見解を示しており、町議会の一般質問で土葬による水質汚染の問題が取り上げられた際、担当職員は、「人間の土葬では貴金属や油のように汚染するようなものが流出することはなく、水質汚染になるとまでは言えないと考えている」と答弁している。また日出町にある修道院では、既に亡くなった8人の修道士が土葬されており、この修道院は墓地設置の予定地よりも400mほどため池に近い場所にある。けれども、これまでの水質調査で水質汚染が確認されたことはなく、ため池は飲料水として利用されてきた(『Nらじセレクト』2020/12/18)。上記の経緯をみると、本件申請は本件条例で定める基準に適合しており、町長は墓地設置の許可を行うべきであるように思われる。しかしながら町長は墓地経営の計画についての事前協議(第4条第1項)を続けており、墓地設置の計画が浮上して約3年たった現在でも許可が行われていない。
許可を行わない理由として町長が挙げているのが、本件条例第6条第1項の規定である。第6条第1項によると、経営許可を受けようとする者は、近隣住民から墓地の経営計画について、公衆衛生その他の公共の福祉の観点からの意見の申出があった場合は、当該申出をした者と協議し、これに誠実に応じるよう努めなければならない。本件の場合、水質汚染と風評被害を懸念する反対住民約100人の陳情書が町議会で可決されていて、近隣住民の合意が得られているわけではない。そのため町長は別府ムスリム協会に対し引き続き住民への説明を尽くすよう求めていた。
(3) 町長の対応の違法性
以下では、別府ムスリム協会の墓地設置の申請に対し、町長が約3年の間、事前協議を続け許可を先延ばしにしていることの法的問題について検討する。
まず最高裁は、墓地埋葬法は、「墓地等の経営が、高度の公益性を有するとともに、国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難いことに鑑み、墓地等の経営に関する許否の判断を都道府県知事の広範な裁量に委ねる趣旨に出たもの」であるとしている。そして都道府県知事は、「墓地等の管理及び埋葬等が国民の宗教的感情に適合し、且つ、公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われること」を目的としている墓地埋葬法の趣旨(第1条)に従い、公益的見地から、墓地等の経営の許可に関する許否の判断を行うことを予定しているものと解するのが相当であると述べている。
他方で、墓地等の経営に関する拒否の判断に関する都道府県知事の広範な裁量は、全くの自由裁量というわけではなく、墓地埋葬法の目的や趣旨を踏まえた上で、公正かつ妥当な適用を図ることを求めているものと解すべきであり、したがって、その許否の判断が合理性のあるものとして許容される限度を超え、著しく不当である場合には、都道府県知事に委ねられた裁量権の範囲を逸脱又は濫用するものとして違法になるものと解するのが相当であると指摘する裁判例がある。
申請に対する許認可の基準については日出町行政手続条例第5条に基づく審査基準として示すことも可能であるが、日出町は本件条例で定めている。これは墓地埋葬法に、基準に関する手がかりがほとんどないことから、行政規則である審査基準ではなく、法規である条例により基準を定める方が適切であるためである(北村2019:31)。けれども、行政庁は許可基準に厳格に拘束されるのではなく、個別事案の特性に配意した判断や基準の柔軟な適用も許される。基準に過度に重きを置くことは個別事案の特殊性を軽視した機械的・画一的な裁量権行使をもたらすおそれがあり、基準の弾力的な運用や基準によらない個別事情に則した審査判断が求められることもある(稲葉ほか2018:63-64)。
したがって本件条例第6条の規定するように、許可申請をする事業者に「周辺住民の同意を得るよう努めることを求め、その経緯や結果を許可権者に報告させ、それを判断のひとつの要素とする(北村2019:32)」ことは許されると思われる。しかしながら第6条の規定はあくまで経営許可を受けようとする者に努力義務(誠実に応じるよう努めなければならない)を課すものであり、第10条以下の墓地の設置場所の基準に該当しない。そのため、ここで求められる「誠実な対応」とは経営許可を受けようとするものの合理的努力で足り、反対住民に絶対的な拒否権を与えるような運用をした場合、それは土地の利用という財産権の違憲的侵害にあたり、裁量権の範囲を逸脱又は濫用するものとして違法になる可能性がある(北村2019:32)。
これを本件にあてはめると、別府ムスリム協会は、反対住民からの「公衆衛生その他公共の福祉の観点からの意見」に対して、近隣住民を対象とした説明会を開き、修道院近くのため池で実施した水質調査のデータを示しながら、土葬による水質汚染の恐れがないことを周辺住民に説明し続けてきた。加えて町としても、「墓地が水を汚染するとまでは言えない」との見解を示していたのであるから、別府ムスリム協会の対応は「誠実な対応」と言え、第6条第1項を満たしていないことを理由に許可の判断を先延ばしにすることは、町長の裁量権の範囲を逸脱又は濫用するもので違法であると思われる。
本件で問題となっている「高燥で、かつ、飲料水を汚染するおそれのない場所であること」という基準については、飲料水として利用されてきたため池の水質調査で、修道院での土葬による水質汚染が確認されていないのであるから、本件申請はこの基準で適合的であるといえる。たしかに墓地設置による水質汚染のリスクが全くないことを証明することは困難である。しかしながら、「かりに経営許可を得た墓地に対して周辺住民が生活環境の悪化を理由に建設・使用差止訴訟を提起したとすれば、おそらくは、受忍限度を超える被害が発生する蓋然性がないことを理由に、請求は棄却されるように思われる(北村2019:32)」のであり、別府ムスリム協会が一定の科学的データを用いて土葬による水質汚染のリスクがほとんどないことを示している以上は、町長は墓地設置の許可をすべきである。反対住民の水質汚染の懸念に対しては、墓地設置後も定期的に水質調査をする等の対策を講じればよく、水質汚染の「受忍限度を超える被害が発生する蓋然性」が示されていないなかで、第10条を理由に許可を先延ばしにすることは、町長の裁量権の範囲の逸脱又は濫用にあたる可能性がある。
(4) 墓地行政を巡る法制度上の問題点
墓地埋葬法は、墓地設置に関し許可制を採用することで、墓地設置を巡る住民間の紛争を未然に防止することを企図している(北村2019:31)。そして墓地経営は、「国民の風俗習慣、宗教活動、各地方の地理的条件等に依存する面を有し、一律的な基準による規制になじみ難い」ことから、「地域の状況にあったよりきめ細やかな墓地行政」を行うため、都道府県及び市町村に、墓地経営の許可について広い裁量を与えている。
許可基準について墓地埋葬法は、第1条で「この法律は、墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的とする」と定めるのみで、具体的な許可基準は各自治体が制定できる仕組みとなっている。
けれども本件のように墓地の立地が住民の反対運動に遭うことは多く、日出町は土葬の是非を巡る住民間の紛争を解決するに至っていない。その法的原因は、本件条例が近隣住民の非合意のコストを申請者に負わせていることである(北村2019:32)。本件条例第6条は、反対住民からの意見の申出に対する「経営許可を受けようとする者」の努力義務を定めている。そして町長は、これまでの別府ムスリム協会の対応が「誠実な対応」とはいえないことを理由に、許可を先延ばしにし、別府ムスリム協会に対して引き続き住民への説明を尽くすよう求めている。しかしながら、反対住民の合意がいつまでも得られない場合、このような町長の対応は、「個々の住民に絶対的な拒否権を与えるような運用」にあたり、裁量権の逸脱又は濫用になる可能性が生じる。そのため非合意のコストを別府ムスリム協会だけに負わせるのではなく、町も住民間の協議に参加するような制度が、紛争解決のためには必要である。
例えば、「鳥取県廃棄物処理施設の設置に係る手続の適正化及び紛争の予防、調整等に関する条例」では、廃棄物処理施設等を設置しようとする者(事業者)と住民の間で紛争が生じた場合、県は意見の調整を行い、紛争の予防、調整を図るように定められている。また住民の合意が得られなくても、意見の調整に対する事業者の対応が十分と認められ、かつ、①関係住民が意見の調整に応じないことにより、関係住民の理解を得ることが困難と認められるとき、②関係住民が生活環境保全上の理由以外の理由により反対することにより、関係住民の理解を得ることが困難と認められるとき、③事業者と関係住民の生活環境保全上の意見が乖離していることにより、関係住民の理解を得ることが困難と認められるとき、のいずれかに該当する場合は、条例手続は終了する。
このような、行政が事業者と住民の協議に調整役として参加し、状況次第では協議を行政が終了させる仕組みを、墓地行政の分野でも取り入れるべきである。墓地設置を巡る住民間の紛争は日出町に限って生じるものではない。土葬に限らず、墓地設置を巡る住民間の紛争は「都市部において自治体以外の経営主体が墓地を新設する際(岸本・眞板2019:28)」に多く生じる。そのため住民の非合意のコストを行政も負う仕組みは各自治体の条例で制定するのでなく、法律である墓地埋葬法によってあらかじめ定めておくことが、一般的な紛争解決のために有効であると思われる。
5. 今回の事例を解決するために
このように、町長の対応の違法性や墓地行政に関する法制度の問題点はあるが、本事例において住民の反対の克服、もしくは、スムーズに現在の方向性へ向かうことができれば、このように問題が長引くことはなかった。そこで、どうすれば住民の反対を克服できたか、もしくは、スムーズに現在の方向性へ向かうことができたかを、社会的合理性と宗教的な観点から考えたい。
(1) 問題の原因
まず、別府ムスリム協会が住民にどのような説明を行ってきたのか見ていく。
前述したように、日出町にある修道院で亡くなった8人の修道士が土葬されており、この修道院は墓地設置の予定地よりも400mほどため池に近い場所にあるが、これまでの水質調査で水質汚染が確認されたことはなく、ため池は飲料水として利用されてきた。このデータを使い、予定地の近隣住民を対象に5回開いた説明会の中で、代表のタヒル氏は水質汚染の恐れがないことを周辺住民に説明し続けてきた。そして墓地建設後の定期的な水質調査も提案したが、地元側は「水は生活に不可欠。汚染されてからでは遅い」と反発し、話は進まず、反対の陳述書も提出されてしまった(『大分合同新聞』2021/7/3:1)。
住民は当初、イスラム教や土葬自体に抵抗を感じる住民も少なくなかったが、時間が経つに連れ、「水に影響がないことがデータで分かれば安心する」という立場にまとまっていき、最終的には「現在の計画地とは別の場所に変更できないか」という提案をするに至った。これは住民の中にも様々な立場、考えの人がいたため、意見がまとまるのに時間がかかったと推測できる。
さらに、町が地元の声を直接聞く機会は、2021年7月の住民グループと県知事との対話が初めて(『大分合同新聞』2021/11/11:23)であり、それまで町、ムスリム協会、住民の三者が集まり十分な話し合いができていたとは言えない。この対話不足が建設の可否判断が遅れている原因であろう。実際に約3年が経過してやっと日出町、別府ムスリム協会、住民の三者での話し合いが設けられ、「水質への影響調査が必要」という立場を変更し、「現在の計画地とは別の場所に変更できないか」という方向で三者ともまとまりつつある。
(2) 今回の事例における解決策
今回の事例で、どうすれば住民の反対を克服できたか、もしくは、どうすれば現在の方向性へもっと早く至れたかを考える。
本事例において、「土葬が水質に影響を及ぼすか」という問題を解決すれば、住民からの反対を克服できそうであった。しかし100%安全であると断言するには、日本の気候や土壌を考慮し、専門家がデータで示さなければならないため、難しいように思う。
そこで、今回のように科学的合理性を見出せない場合、社会的合理性が必要であるという指摘がある。社会的合理性とは、複数ある公共の妥当性境界(判断基準)の中から、社会的意思決定において選択を行う合理性のことである(藤垣2003:159-161)。実際に今回の事例でも、大きく3つの妥当性境界(判断基準)があったのではないだろうか。①水質に影響がないことを証明し元の予定地に墓地を建設すること(※これは科学的合理性がある)、②これまでのデータや対話により住民を説得し元の予定地に墓地を建設すること、③元の計画地とは別の場所に変更すること、の3つである。③について、代替地として提案されたのは計画地から離れた町有地であるが、そこが住民から選ばれた理由も、100%安全だからではなく、元の計画地よりもため池に排水が流れ込む可能性が低いからであり、科学的合理性はないが三者が納得しており、社会的合理性はあるということで③に落ち着こうとしていると言える。
次に、この社会的合理性が担保されるための3つの条件を述べる。1つめは、意思決定の主体の多様性が保証されていること(利害関係者の参加)。2つめは、意思決定に必要な情報の開示、選択肢の多様性の保証がされていること。3つめは、意思決定のプロセス、合意形成のプロセスの透明性、公開性が担保され、その手続きルールが明確化されていることである。
1つめの利害関係者の参加に関しては、三者での話し合いが十分にできたのは、約3年が経過した2021年の11月であった。
2つめの意思決定に必要な情報の開示、選択肢の多様性の保証に関しては、土地を購入して町への書類の提出等も済ませ、その後に土葬墓地開設のための住民への説明会という形で住民との対話を進めたため、住民はそれに賛成するか反対するかという立場を自ずと採ることとなり、代替案を考える方向に進みにくかったのではないだろうか。つまり意図せずに、両者とも選択肢を狭めてしまっていたと言える。別府ムスリム協会側としては墓地建設が最優先のため、場所については妥協するつもりがあったことを汲める人物や、日出町の土地について詳しい人物などが参加して代替案を探っていれば、元の場所とは別の町有地に墓地を建設するという選択肢が早期に生まれたように思う。
3つめの意思決定のプロセス、合意形成のプロセスの透明性、公開性の担保、手続きルールの明確化に関しては、合意形成のプロセスの透明性や公開性は、説明会や対話の議事録が公開されてはいないため十分ではない。手続きは墓地開設の基準が条例で具体的に定められているため明確である。ただ、町の対応には一貫性がなく、協会は開設の手続きの中で次々と新しい課題にぶつかった。
このように、対話のプロセスに問題があったため、社会的合理性のある現在の方向性に行き着くのに時間がかかってしまった。これへの具体的な解決策、改善案としては、社会的合理性が担保されるための3つの条件を意識するような形で対話が行われていればよかったのではないだろうか。
また、今回の事例では宗教の問題もある。立教大の小村明子兼任講師(宗教人類学)の分析によれば、「住民は未知の宗教にどう対処していいかわからず戸惑いを感じやすい。お墓という特殊な土地利用だからこそ、日本人のイスラム教徒を交えるなどして、お互いに納得するまで話し合うことが必要だ」という(『西日本新聞me』2020/11/3)。
そこで、住民からの反対を克服する方法として、周辺住民から反対されずにムスリム墓地を運営している、茨城県常総市の谷和原御廟(やわらごびょう)の取り組みについて紹介する。ただ、ここは隣接するお寺が所有している土地に造られた墓地である。
この墓地の管理担当者は、ムスリム墓地に対し地元で反対の声が上がらない理由として、住職の存在を挙げた。住民と密な関わりを持ち、信頼の厚い住職が、自分のお寺が所有する土地にムスリム墓地を受け入れた。それは、地元の人々にとって、自分たちがムスリム墓地を受け入れる理由にもなった。
住職の重要性について、日本ムスリム協会の樋口氏は、「新しくムスリム墓地を建設するのであれば、ムスリム側と地域の人と両方の窓口となる人が必要です。地域で顔が利くような、例えば住職さんとか。住民や自治体と話し合うことができる人がいないと、墓地はなかなか難しい。地元の世話役をやっている人を頼りに、地域住民と対話をして、理解してもらわないといけないですから」と述べている(『Wasegg 早稲田政経 瀬川ゼミ生のWebマガジン』2018/3/21)。
本事例では、イスラム教や土葬自体に抵抗感を持つ住民がいたり、三者の意向を汲んだ調整がなかなか上手くいかなかったりした。けれども地域で顔が利き、ムスリム側と地域の人と両方の窓口となることができ、さらには自治体とも話し合うことの可能な人が間に入って対話を進められていれば、周辺住民からの反対を克服すること、もしくは、現在の方向性へもっと早く至ることができたかもしれない。
6. おわりに
本稿では、日出町の事例を検討し、住民の非合意のコストを行政も負う仕組みが存在しないという法制度上の問題点が、許可の先延ばしという結果を生んでいると結論づけた。別府ムスリム協会に「誠実な対応」を求め続けることは、行政裁量の逸脱又は濫用にあたる疑いがあり、日出町は、別府ムスリム協会と住民の対話に調整役として参加することが求められる。また別府ムスリム協会の「誠実な対応」とは、合理的な努力で足り、住民の合意が一向に得られないことを理由に許可を先延ばしにすることは、許されるものではない。このような問題を解決するためには、住民の非合意のコストを行政も負う規定を墓地埋葬法で定めておくことが有効であると思われる。
また、今回の事例では周辺住民の反対を克服できなかったことと事態が長期化したことの原因として、対話不足があった。この問題に対して、社会的合理性を担保した合意形成のプロセスを最初から踏んだり、地域で顔が利き、別府ムスリム協会と周辺住民、さらには町の橋渡しになれる人材が間に入ったりできていれば、対話不足が解消され、周辺住民からの反対を克服、もしくは、「現在の計画地とは別の場所への変更」という代替案への迅速な移行ができたように思う。
ただ、時間と労力をかけながらも、(特に反対住民からの提案で)現在の方向性へと向えたことは有意義であるように思う。今後も土葬墓地開設の動向と、多文化共生墓地の陳情書を受けた国の対応を見守っていきたい。
7. その後の動向
本章では2022年に入ってからのムスリム墓地問題のその後の動向を解説する。その後日出町と別府ムスリム協会の間で事前協議が進められ、2022年5月には日出町は墓地の設置場所や排水の方法、安定的な経営が可能かどうかなど、これらが条例の基準に適合すると判断し、事前協議済書を交付した。町は正式な申請の前に地元町民との合意形成を求めているが、正式な申請が出れば許可される見通しで、墓地建設に大きく前進した。そして同年7月からは協会と地元町民との間で合意形成に向けて初協議が行われているが、住民からは計画上の区画数79を超える遺体を埋葬しないことや墓地を拡張・増設しないことを求める声が出ており、合意形成にあたってこれらが焦点となりそうである。(『大分合同新聞』2022/7/15)
また、墓地建設に関して今度は予定地から550メートル東に水源がある杵築市山香町の住民から水質への影響などを理由に反対の声が上がっている。そして2022年7月には杵築市上地区の住民約1,300人の墓地建設反対署名が日出町に提出された。日出町は条例上町外の意見は墓地の許可手続きに関係しないとの見解を示しているが、下切区への説明は不安解消を目的に続ける方針で、7月には杵築市山香町で住民説明会が開かれ、日出町の本田町長は「住民の不安の払拭に向けて引き続き努力したい」と語っている。(『大分合同新聞』2022/7/23)
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