【自主レポート】

高層マンション問題を生む「都市計画法」の欠陥
―「周囲の(建築状況の)特性への適合」を促す条文の欠如―

北海道本部/札幌市役所職員組合・自治体住宅政策研究会 相川 哲治

 日本では、2階建てが中心の戸建て住宅地に、ある日、突然、高層のマンションが建設されることを知らされ、住環境が破壊されるのではないか、また、街の景観が損なわれるのではないかという地域住民の危惧、反対も無視され、都市計画法や建築基準法に適合している合法的なものだと、それを錦の御旗に建設が強行されるという問題が各地で起こっている。
 それらの問題は、しばしば議会への陳情や市長への要望などで自治体に持ち込まれるが、自治体に、それに対する権限がないため、マンション建設業者に高層マンションを思い止まらせることはできないということになってしまうのである。
 また、各地の自治体で「中高層建築物の建築に係わる紛争の予防と調整に関する条例」のような様々な「まちづくり条例」を制定しているが、条例は、「法律」を超えることはできないという法制度のために、これまた、マンション業者が、この条例に基づく調停案(等)を拒否すれば、高層マンション建設を阻止することは不可能になってしまうのである。
 このような問題を解決できるとして、当時の建設省は、1980年に、ドイツなどで行われている「地区計画制度」を、都市計画法や建築基準法に取り入れたのであるが、依然としてこのような問題は解決していないのである。
 そもそも、地区計画を都市の全域に決めるなどということは、不可能なのである。例えば、札幌市の場合を例に見てみると、新しく宅地造成された地区や、都心部周辺の再開発の行われるところなど、つまり、住民が少なく、また、合意形成が容易か、すでにできている地区を中心に地区計画がかけられ、それは、市街化区域の10%程度に過ぎない。高層マンション問題の多発する既存住宅地ではほぼ皆無である。既存市街地では多くの住民がいるため、地区計画の策定には膨大な時間と労力が必要になる。今あるすべての住宅地の環境を守るには、地区計画制度は、非現実的なものなのである。
 長い歴史のある本家本元のドイツでも、地区計画によって建築許可が下りているのは、60~70%程度で、すべてではないのである。【※1】
 では、ドイツで、地区計画がかかっていないところは、どのように建築許可が下りているのであろうか。
 ドイツでは、日本の都市計画法に当たる「建築・都市建設法」【※2】の中にある「周囲の(建築状況の)特性に適合していなければならない」という主旨の条文が存在し、その条文が建築許可の基準となっているのである。【※3】日本の都市計画法や建築基準法にはそのような条文は一切見あたらない。
 この「周囲の(建築状況の)特性への適合」という条文は、その地域の街並みを守り、戸建て住宅地の住環境を守る有力な法的根拠を国民、市民が持つことになる。その地区に新しく建築する場合には、建物の用途や種類はもちろんのこと、建物の高さや形態、建て方、そして敷地の大きさなど、その建物のすべてについて、その地域の状況にふさわしい、また、その地域の環境を壊さないようなものが、要求されるということなのである。
 このような条文が、日本の都市計画法に取り入れていれば、たとえ、地区計画が、かけられていなくとも、その地域の住環境を、その地域の市民の立場に立って、守ることができるのである。
 ドイツの制度を取り入れるのなら、地区計画制度だけでなく、「周囲の(建築状況の)特性への適合」という制度も取り入れるべきなのである。
 こう考えて来ると、戸建て住宅地の中に高層マンションが、ある日、突然出現するという「野蛮」な都市計画行政がまかり通っているという日本の現実は、正に「都市計画法」の欠陥という人災以外の何ものでもないといえる。
 しかし、その「法律」を作る権利は、「主権在民」、つまり、一人ひとりの国民、市民にあるのである。その国民、市民から選挙された代表で構成される国会で法律は作られるのであるから、高層マンション問題が起こらないように、「周囲の建築状況の特性に適合する必要がある」というような仕組みを都市計画の法体系の中に組み込むように世論を喚起し、そして、国会議員に要請し、実現させることができるはずである。が、現実は、法律の大半は、国民、市民の生活から離れ、官僚が作ったものが、国会を通って成立していくのである。
 今こそ、法律を、本来の民主主義の姿である「法律は、市民社会のルールである」という「市民主権」の原理に基づいて作り直さなければならない。
 「周囲の(建築状況の)特性への適合」という規定は、その地域にふさわしい建築物であるかどうかを判断できる、正に、市民社会のルールなのである。
 最後に、ドイツの「周囲の(建築状況の)特性への適合」を規定している条文を抜粋して
この小論を終わりたいと思う。

ドイツの「建築・都市建設法(Baugesetzbuch)」【※2】
「周囲の(建築状況の)特性への適合」を規定している根拠条文
―[第1部/第3章/第1節/第34条]―

    (連担建築地区【「地区詳細計画」が無いか、「簡易地区詳細計画」しか存在しない、日本の「市街化区域」に類似する地区【※3】】の内部の【建築】計画の許容【許可要件】)
第34条 連担建築地区の内部では、計画は、建築利用の種類、程度、建築方法、そして、その敷地について、比較的近くの周囲の特性に適合し、かつ、地区施設【公道への接道、電気、上下水道の供給】が整備されている時に許可される。(また、)健全な住居・労働環境への要請は、維持され続けなければならないし、地区像は、侵害されてはならない。
    [第2項~第5項は省略]                【 】は筆者の注記

[原文]

§ 34
Zulässigkeit von Vorhaben
innerhalb der im Zusammenhang bebauten Ortsteile

(1) Innerhalb der im Zusammenhang bebauten Ortsteile ist ein Vorhaben zulässig, wenn es sich nach Art und Maß der baulichen Nutzung, der Bauweise und der Grundstücksfläche, die überbaut werden soll, in die Eigenart der näheren Umgebung einfügt und die Erschließung gesichert ist. Die Anforderungen an gesunde Wohn- und Arbeitsverhältnisse müssen gewahrt bleiben; das Ortsbild darf nicht beeinträchtigt werden.



【※1】 「都市計画法の比較研究」≪日独比較を中心として≫(Winfried Brohm/大橋洋一著 日本評論社) P192
【※2】 日本では「建設法典」と訳しているのが一般的であるが、「建設」という日本語からは「都市計画」という概念はイメージし難く、また、単なる「都市計画」では、日本の木で鼻をくくったような「都市計画法」の概念に閉じこめられてしまう。街を市民の思いにそって作っていくというドイツの「Baugesetzbuch」の概念をより伝えるために、ここでは「建築・都市建設法」と訳することにした。また、条文の中でも日本の多くの文献で「建設」と訳しているのをここではすべて「建築」とした。
【※3】 ドイツでは日本のような用途地域制は取られていない。地区計画の決められていない、日本の市街化区域に類似する地域では、周囲の建築状況が、許可基準となる。
    日本に「周囲の(建築状況の)特性への適合」という制度を取り入れた場合、現行の用途地域制の容積率等の様々な規定は、当然、その範囲以内ということになる。