【自主レポート】
ユニバーサル・デザインのまちづくりを目指して
「かわさき・バリアフリー白書」策定の取り組みから
神奈川県本部/川崎市職員労働組合
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1. なぜ今「バリアフリー白書」なのか~白書の策定目的とその背景~
1999年7月、当時の運輸大臣の発言をきっかけとして、交通バリアフリーに関する動きがにわかに活発化し、2000年5月には交通バリアフリー法案が成立、同年11月には施行となった。1970年代に、「そよ風のように街に出よう」というスローガンのもとに展開された障害者運動の歴史や、1977年に川崎市で起きた車椅子使用者へのバスの乗車拒否への抗議行動などを振り返ると、長年にわたる懸案課題であった交通バリアフリーに関する法律がようやく整備されたことは、ある意味では画期的なことであった。しかし、その立法プロセスにおいては、あまりにもその成立を急いだがゆえに、十分な議論と合意形成がなされたとはいえず、法律の内容自体にも、移動の自由や権利性の明記、既存施設など整備対象の範囲、当事者や市民の参加などの面で、多くの問題が指摘されている。交通バリアフリー法の施行を契機に、確実に移動交通環境は変わり行く可能性があるものの、解決すべき課題も多く残されたままであり、今後、自治体としての政策形成能力と市民自身の力が問われているともいえる。そうしたことを受け、現在の川崎のまち、特に公共交通機関に焦点をあて、バリアフリー、そしてユニバーサル・デザインの視点から幅広く検証し、現時点でのこのまちの姿を明らかにし、これからの交通バリアフリー、そしてユニバーサル・デザインのまちづくりのあり方を考える一材料を提供するために、この「かわさき・バリアフリー白書」を策定することとしたものである。
次に、策定主体の側から見た理由についても少し触れてみたい。策定の主体となった川崎市職員労働組合では、従来から障害者運動の枠組みで、春闘や予算要求闘争、毎年夏に実施している障害者雇用拡大の申入れなどを通して、障害者の雇用拡大や職域拡大、そのための庁舎のバリアフリー化や労働条件の改善に向けた取り組みを展開してきた。障害をもつ組合員の活動も積極的で、年々、着実に職場の環境改善を勝ち取ってきていた。しかし、そうした限られた領域での、いわば閉じた取り組みだけでは、問題の根本は解決されず、広くまちに出て、障害者団体や市民グループとのネットワークを広げた活動を少しずつ積み重ねていくことが、最終的には、川崎のまち全体のバリアフリー化や障害者雇用総体の環境改善につながるということへの気づきと反省があった。
その1つのきっかけとなったのが、2000年2月に開催された市職労主催の春闘政策学習会「バリアフリーのまちづくり~創ろうアクセスフリーの公共交通、進めよう分権自治型福祉制度づくり~」であった。基調講演を行ったマイケル・ウインターさんは、組合員の1人が付き合いを重ねていた人である。彼はアメリカの障害者運動、自立生活運動のリーダーの1人で、当時、アメリカ連邦運輸省の公共輸送局で活躍していた。この学習会には、組合員、市職員のみならず、多くの市民が参加した。ちょうど交通バリアフリー法案の閣議決定前日が開催日ということもあって、これまで出会うことのなかった多くの市民の自発的な参加を得て、フロアを交えての熱心な議論を展開することができた。マスコミの取り上げ方も大きく、地域へある程度のインパクトを与えることができたのではないかと考える。まさに市民とともに、この課題に取り組んでいくことの重要性を痛感させられた学習会となった。
そしてまた同時に、もう1つ大きな流れに触れるならば、労働組合自体が、地域資源としての存在意義を問い直しつつ、その社会的役割と影響力を再認識し、閉じた利益団体から開かれた地域の行動主体へと自己変革していく必要性に迫られていたということも指摘できる。こうした取り組みスタイルへの転換という時代の要請は、特に公務労働を担う自治体労働者にとっては、重要な課題である。本白書の策定作業は、市職労組合員が中心となって進められたが、今後はさらに多様な市民活動グループとゆるやかなネットワークを組みながら、自治体改革という視点からも、本白書のさらなる充実に取り組んでいきたいと考える。
2. 白書の構成と概要
第1章では、本白書の目的と構成、白書策定の背景にある交通バリアフリー法やこれまでの川崎市の取り組み状況、バリアフリー、ユニバーサル・デザインについての考え方を整理した。続いて第2章は本白書の中心的な部分ともいえる箇所で、2001年9月に、市職員労働組合の組合員や障害者団体、関係行政機関、交通事業者など、計115人で実施した交通バリアフリーチェック行動「まちのバリアを調べ隊」の結果と、白書策定プロジェクトのメンバーが行った市内主要ターミナル駅の調査内容をまとめた。続く第3章では、市内の障害者団体や高齢者団体の協力を得て実施したアンケート調査の結果を検討し、第4章では、市内全駅の評価ランキングと、主要駅以外のデータシート、市内交通事業者へのアンケート結果、行政ヒアリングの結果を掲載した。そして第5章においては、白書策定作業を通して得られた内容を9つの提言としてまとめてみた。最後に巻末には、考えるヒントとして、いくつかの参考資料を掲載した。白書は墨字版のA4で全313ページ、その他に拡大文字版、点訳版がある。
3. 策定作業の中から明らかになってきたこと~特徴的な内容~
(1) 交通バリアフリーチェック行動「まちのバリアを調べ隊」
交通バリアフリーチェック行動「まちのバリアを調べ隊」では、武蔵小杉駅を起点として、バスや電車などを使って移動しながら、公共交通機関の点検を行う7コースが組まれた。駅の案内表示や点字ブロックの敷設方法、路上の障害物など、いくつかの具体的な指摘事項や、それをもとしにした提案がなされた。一番の成果は、市職労組合員や市役所担当課の職員、市営バスの運転手、障害者団体、バリアフリーに取り組む市民グループなど、多様な立場の参加者が集まり、ワークショップ形式で共同作業を行ったことである。多くの出会いがあり、相互の理解が深まったと同時に、新たな解決策をともに探り合うことができた。
(2) ターミナルチェック行動
プロジェクトメンバーが、JR川崎駅、京急川崎駅など、市内主要ターミナル駅のチェック行動を実施し、各駅の状況と問題点、提案などをまとめた。また、車内や情報提供のあり方についても整理した。とりわけ点字ブロックの敷設・誘導方法、券売機、精算機の仕様など、各社で異なり、その統一が望まれる。例えば、JRでは点字ブロックで有人改札に誘導するが、東急では改札中央に誘導する。また、券売機や精算機にも様々な機種があり、機種ごとに操作方法が異なり、特に重度視覚障害者には分かりづらいものになっている。
(3) アンケート
2001年の8月から9月にかけて、財団法人川崎市身体障害者協会、財団法人川崎市心身障害者地域福祉協会、川崎市職員退職者会などの協力を得て、公共交通のバリアフリーに関するアンケートを実施した。513通の依頼のうち233通の回答があり、回収率は45.4パーセントであった。駅・駅周辺で一番困るのはトイレ、続いて、エレベーターやエスカレーター、階段など、垂直方向の移動に関する指摘や、券売機の問題が多かった。案内表示のあり方についての指摘も多く、表示内容、文字の大きさや色、表示位置など、更なる改善が必要である。放置自転車問題も深刻で、あらゆる立場の人から指摘が出されている。点字ブロックも形状や色がバラバラで、敷設のルールも統一されていないのは問題である。
(4) 全駅評価ランキング
市内全54駅の評価を実施。初代の第一位は京急川崎駅。ハード面だけなら東急武蔵小杉駅など、エレベーターやエスカレーターが整備され、より高い評価を得た駅もあったが、京急川崎駅では、徹底した社員教育を受けた駅職員の、自然でスマートな対応で、ハード面でのマイナスを十分に補っていた。また、エスカレーターは完備されており、ホームと車両の段差を埋める可動式スロープ「ラクープ」が整備されていた。駅員の配置やその対応など、ハード面に加えてソフト面での整備も重要であるといえる。各駅のトイレや移動、改札、案内、駅員体制などに関する情報をまとめたシートも掲載した。
(5) 交通事業者アンケート
鉄道、バスの市内全12の交通事業者にアンケートを依頼。東急バス、小田急バス、京急バス、神奈川中央交通の4社を除く8社から回答を得た。回答を寄せていただいた各社とも、施設や車両等のバリアフリー化には熱心な一方、社員教育の面では、マニュアルを策定し、計画的に取り組んでいるところから、何も対応していないところまであり、各社で温度差が見られた。
(6) 9つの提言
① 権利としての移動保障を
~移動することは権利、自分の意志で自由に移動できるための環境整備を~
② 徹底した当事者参画を
~形式的な参加ではなく、現場性を重視した構想・計画段階からの多様な参画の場を~
③ 人を分けないまちづくりを
~人を区別するのではなく、特別扱いにすることなく、あたりまえを基本に~
④ 切れ間のない(シームレスな)移動環境の整備を
~施設単体のバリアフリーで終わることなく、面的・線的整備が重要、STSの充実を~
⑤ プロセスを重視し、検証機能の強化、外部監視機関の設置を
~最終的な成果に対する評価と検証、更なるフィードバックを~
⑥ ハード、ソフトの両面からの整備を
~ハードの整備が進んだことを人員削減の理由にしてはならない~
⑦ 情報提供機能の強化を
~コンパクトで誰もが分かりやすい情報を多様な伝達手段で提供を~
⑧ 意識改革とそのための教育が重要
~「他人事」を「自分の事」、「みんなの事」として考える想像性と豊かさを~
⑨ バリアフリーからユニバーサル・デザインのまちづくりへ
~まちはみんなのもの、多様な連携と協働、重層的な参画システムの構築を~
4. 今後の取り組みについて
本白書の策定作業は、市内の障害者団体や高齢者団体などの協力を得ながら進められたが、その作業の中心を担ったのは市職労組合員であった。日常的な自治研活動と予算要求闘争や春闘などをリンクさせつつ、労働組合としての取り組みを強化させていくのは勿論のこと、今後はさらに多くの協働の場を設けて、多様な市民活動グループとゆるやかなネットワークを組みつつ、さらに多くの策定主体の参画を図っていくことや運動の広がりを求めていくことが重要な課題となる。
限られた時間と資源の制約の中で策定されたこの白書は、不完全な部分も多く、まだまだ検証作業が必要な部分も多くあるだろう。しかしながら、川崎市の交通バリアフリーに関する現状をある一定レベルにおいて明らかにすることができたと考えるし、マスコミにも取り上げられ、運動論的に見ても、少なからず社会的影響を及ぼすことができた。この白書がささやかながらも一つのきっかけとなって、ユニバーサル・デザインのまちづくりについて、具体的な議論が始まっていくことを期待したい。また、この白書に課せられた責務として、その内容の更なる充実や定期的なメンテナンスを実施し、常に川崎のまちの現状を明らかにし、広く情報を共有化するツールとしての機能を果たしていきたいと考える。
<新聞の報道から>
右 神奈川新聞2002年7月17日付け
左 神奈川新聞2002年7月10日付け
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