【自主レポート】

環境保全型農業の在り方についての考察

群馬県本部/群馬県庁職員労働組合 中久木一夫・西方和義・須田匡彦・上村 学

1. ねらい

 近年、地球規模で環境問題、特に環境負荷の低減や廃棄物の減量と再資源化など、いわゆる循環型社会の構築が叫ばれるようになりました。中でも農林業は産業の形態、内容から、これを実践するにふさわしいものですが、農業の近代化、生産性の向上、大規模化、施設化等により化学合成農薬肥料の多投、産業廃棄物(ビニール類等)の増大により環境汚染源になる例も少なくない。
 そこで、農林業本来の姿である環境保全、環境浄化機能を持った、環境保全型農業特に有機農業の実践事例を調査研究し、循環型社会構築における農業の役割を考察する。

2. 地域実践事例調査

 鬼石町、万場町、中里村、3町村の農業者が組織的(奥多野有機農産物生産販売システム)に有機農産物の生産販売に取り組んでおり、この組織の取り組みを調査した。
 本地域は群馬県の南西部に位置し、神奈川の流域沿いの山間傾斜地に小区画の畑地が点在している。耕地条件は大変厳しい地域である。また、その貴重な農地も担い手の高齢化と減少により遊休地が増大するとともに、農業粗生産額の大幅な減少となり、地域の活力が低下している。

(1) 奥多野有機農産物生産販売システムの主な活動経過
   奥多野有機農産物生産販売システム(以下は奥多野有機システムという)の活動が始まってから現在に至るまでの主な活動概要は次のとおりである。

活動事項
年月日
活  動  内  容
関係機関会議 H9.12.8 関係機関会議で有機農業推進を検討。
推進母体発足 H10.2.13 関係機関代表者等で構成する奥多野有機システム推進会議の発足。
現地説明会 〃 2~3月 奥多野有機農産物生産流通システム現地説明会の開催。
地区別相談会 〃 6~7月 有機農業の取組み希望農業者を対象に有機農産物生産販売の詳細な説明と質疑を行う。
認定審査会 7~10月 認定審査委員会委員の事前指導と審査員による書類と現地審査。
生産部会設立 〃 7.28 奥多野有機システム認定審査委員会で認定された農業者30名で発足。
有機農産物即売会 10、24~25 直売所で初めての有機農産物直売を行う。
辛みダイコン市場初出荷 H11年3月 直売主体のなかで辛みダイコンの市場出荷始まる。
有機実証ほ場設置 6~12月 有機農産物病害虫防除実証ほ場6ヵ所設置。
認定審査会 3、9各月 新規の申請ほ場の書類、現地審査。
販売促進活動 9、10、11各月 各種イベント参加、独自イベントの企画。
認定審査会 H12年2~3月 新規の申請ほ場の書類、現地審査。
NPO法人登記 〃 5.19 奥多野有機システム認定審査委員会をNPO法人化。有機農産物登録認定機関への体制作り。
有機実証ほ場設置 〃 7月 有機農産物病害虫防除実証ほ場5ヵ所設置。
有機登録機関申請 〃 8月 JAS法改正に伴い奥多野有機システム認定審査委員会を農水省へ申請。
先進地視察 13年3.15 千葉県松戸市無農薬栽培視察研修
認定機関取得 〃 4.16 NPO奥多野有機システム認定審査委員会が有機農産物登録認定機関となる。
部会員の認定 〃 7.5 部会員8名が有機農産物登録認定される。
青山医院直売開始 〃 10.23 前橋青山医院で農産物直売始める。
藤岡スーパーで直売開始 〃 11.26 藤岡市の量販店でインショップ方式で販売開始
食の安全講演会 14年3.16 食の安全安心講演会、講師は青山医院長、他

(2) 活動の内容
  ① 有機農業推進のきっかけと当初活動
    平成9年12月関係機関会議のなかで、農協から冬桜(農産物直売所)を活かした地域振興方策は如何にあるべきか提案され、地域の実情や条件、社会的要求、政策等を踏まえて有機農業の推進が、地域の活性化策として地域に合った取り組みである旨を確認した。
    そして議論を重ね、平成10年2月13日に、有機農業を推進する母体である「奥多野有機システム推進会議」と事務局体制が発足した。2月下旬~3月上旬にかけて旧奥多野農協管内の3町村農業者を対象に有機農産物栽培現地説明会が開催され、最終的には30名の農家がこれに取り組むことになった。
  ② 担い手組織の設立と活動並びに有機認定審査体制
   ア 奥多野有機システム生産部会の設立と活動
     奥多野有機認定ほ場所有農業者30人を対象に「奥多野有機システム生産部会」が、平成10年7月28日に設立された。構成員の年齢40代~70代に渡り、専業農家、兼業農家あり、有機認定ほ場経営面積も1戸当たり10~100アールと幅広くなっている。部会の事務局は農協が担当し、主な活動としては、土づくり、有機栽培防除技術の研究、作目や品種選定、出荷規格作り、販路の確保対策など、有機農産物の生産から流通にかかわる幅広い活動を行い、有機農業産地化の推進母体となっている組織である。
   イ NPO奥多野有機システム認定審査委員会の活動
     本委員会の認定審査委員は消費者代表、町村代表、民間企業代表、JA代表等合計12名の構成で発足した。活動内容は有機ほ場認定審査並びに有機農産物の適正販売審査等、有機農産物の生産から販売に至るまで、奥多野有機農産物の目付役として、大きな役割を担っている。
     ところが、新JAS法により平成12年度から有機農産物の取り扱いが厳格となったので平成12年5月19日にNP0法人登記を済ませ、平成13年4月16日に登録認定機関を取得した。
     有機農産物の生産販売希望者は認定申請関係書類を本会へ提出し、書類審査適格者は現地ほ場審査を行い、規定の手続きにより合否の判定をする。
     ほ場が認証されると農業者等は、農作物の栽培が可能になるが、栽培管理記録等各種の記帳と報告が義務づけられており、栽培管理記録のチェックや現地審査を経て合格した生産物だけが、出荷時に有機JASマークの表示を付けて出荷販売できる仕組みとなっている。
  ③ 「奥多野有機農産物生産流通システム」とは
    奥多野有機農産物生産流通システムの内容を概念図で示すと図Iのとおりである。

    奥多野有機システムは推進会議が運営の意思決定機関となり、実務機関の運営委員会(関係機関職員で構成)で年度計画や中長期計画案の作成等具体的な活動を展開する。NPO奥多野有機システム認定審査委員会は組織発足当初は、奥多野有機システムのなかで活動していたが、公正厳格な活動を期す意味から、全くの第三者機関として独立機能する組織となった。
  ④ 生産並びに販売の取り組み
    現在、有機認証ほ場面積は約3.9ヘクタール、戸数で8戸、申請中の農業者が3戸で14年度早々には認証される予定である。言うまでもないが、有機農産物は化学合成肥料、農薬を全く使用せずに農産物を生産するために、病害虫防除が大変難しく栽培技術面を中心とした栽培講習会や病害虫防除技術実証ほ場の設置、現地検討会の開催等、栽培技術の定着を図るための各種取り組みが行われている。
    生産技術と並行して販売管理は奥多野有機システムを成功させる重要な事項である。有機農産物認定品は規格に沿った表示で販売し、それ以外の品目は公式な有機表示はできないので、一般農産物として販売している。
    しかし過去、奥多野有機農産物は、新聞やテレビ等マスコミに何度となく紹介されて、知名度は徐々に広がってきているが、消費の増大は今一歩であり、管内外の各種イベントヘの参加、独自のイベント開催、新規市場開拓、量販店との連携、農協直売所への拡販等積極的な販売促進活動を行なっている。特に心がけている点は、販売促進活動には農業者が必ず参加し、消費者や購買者の反応を感じ取り、生産の場に役立てるようにしている。

3. アンケート調査

 各種アンケート調査はNPO奥多野有機システム認定審査委員会、奥多野有機システム事務局等から一部資料提供をいただいた。

4. まとめ

 最近の健康問題からの食品に対する安全安心志向や循環型社会へのシフト、地球環境問題への関心等、世の中の流れが有機農産物生産を醸成する土壌になりつつある。
 県内では、有機農産物の生産販売は20年以上前から実践している農業経営もあり、永年の苦労が実りつつある。県内で有機農産物を生産販売している農業者へのアンケート(有機農産物生産販売実態調査)では、有機の認証を取得した農業者のイメージは経験も豊富で、経営を始めるきっかけは農産物の安全安心と人の健康問題である方が多く、露地野菜が主力品目で、経営意欲が高く、経営規模も自立経営か自立志向である。
 また有機農産物生産は組織活動が基盤になり、生産量の確保や販売対応、特に有機農産物を理解した特定の消費者組織との密接な連携により、価格有利性を発揮しているようである。反面、お店での販売価格は生産者側は一般農産物に比べ10~20%の価格増が望まれ、消費者側は5~20%程度までと若干のズレがある。
 認証問題では、認証の手続き書類審査関係は「簡略化を望む」と「当然である」が拮抗している。認定審査の実施内容に対しては大半が適切に審査されたと感じており、現在の手法を継続することが望ましい。認定審査料金は高いと言う農家が半数以上あり、認証機関ごとの料金較差が大きい。NPO奥多野有機システム認定審査委員会は農家負担をできるだけ軽減する意味から、認定審査料は低めに設定しているが、認証機関は組織の運営、自立面から一定程度の収益の確保が必要であり、この2つを両立させることが大きな課題である。
 次に消費者側からの有機農産物に対する認識であるが、アンケート結果から鬼石町という限定された地域であるが、有機農産物の認識度は大変高い結果となった。これは冬桜(農協農産物直売所)で奥多野有機農産物が販売されて3年程度経過していること、講演会開催時にアンケートを取ったもので、これへの参加者は有機農産物への関心が高かったのではないかと思われる。
 有機農産物の学校給食利用についても給食利用賛同者が回答者の90%を占めており、今後の新たな販路につがる可能性があり、地域内流通の先駆けとして関係者で利用推進の糸口を作るべきである。
 有機農産物(野菜)比較試食アンケートで、多くの方が有機野菜と一般野菜の違い、特に味と香りが特徴であると感じており、またあるデータによると有機野菜は一般野菜に比べミネラルが大変豊富であるといわれている。
 また、3月16日の「食の安全安心講演会」の講師で化学物質過敏症患者の会代表の山田氏が話された内容のなかで、化学物質過敏症の患者さんは、通常栽培野菜を食べるとアレルギー等体調が崩れるが、奥多野有機野菜は全く体の異常はなく、青山医院の直売野菜は大変喜ばれているとの話があった。このように有機野菜を食べた方の大部分はその価値を十分に理解してくれた。
 地域実践事例調査(奥多野有機システム)で、有機農産物生産経営における当面の課題は病害虫防除対策並びに価格も含めた販路対策であることが伺える。県内における有機農産物生産量は新JAS法施行後は決して多くはないが着実に増加しており、消費者の信頼も徐々に獲得しつつある。
 生産技術面も生産者の努力とともに関係機関等の支援により定着しつつある。有機農産物生産経営が自立できるためには規模に見合った所得の確保必要であり、単位あたり生産量の増大とともに販売価格の在り方と販路対策が大きな課題である。有機農産物の要求度の高い消費者へ、相手の望む品目、数量を安定的に供給できる体制を整備をすることが、有機農産物経営の自立化にとって大変重要である。
 群馬県内において、公式に認知された有機農産物生産に取り組んでいる経営は現状では34戸(農業技術課調べ)にすぎない。しかし有機農産物でなくとも、環境に配慮した栽培方式(エコファーマー、特別栽培農産物)が制度も確立し群馬県では増加している。このように化学農薬や化学肥料を使用しないか、使用量、回数を減らす努力をしており、栽培技術も定着しつつある。農業者にとっては新しい技術の導入で、病害虫の被害、生産量の減少等経営的リスクも増大し、かつ価格有利性も期待できない状況であり、農業経営面から決して有利とは言い難い状況にある。
 奥多野有機システム部会員のU、O氏から聞いた話であるが、野菜を一般栽培から有機栽培に切り替えて数年間は病害虫の被害や減収があった。しかし、落ち葉堆肥を作るなど土づくりに心がけ、化学肥料農薬を数年使用しないと畑に害虫の天敵が増える。各種防除資材の利用も作物の生育を補助し、作物栽培が安定し自信がついてきた。また化学物質過敏症の患者や宅配のお客からお礼や励ましの手紙電話が、何よりもやる気を与えてくれるとのことであった。
 今回の調査研究活動は県内の一地域で実践している有機農業の実態概要を把握したものであるが、有機農産物生産は化学合成肥料・農薬は使用しないが、収益が見込める生産量の確保をするためには、病害虫を防ぐ各種資材が必要であり、これらは石油の加工品であるものが多く、焼却廃棄に際し環境への負荷が懸念される。
 有機農業は昔の農法に戻るものではないが、山間地であれば落ち葉を利用した堆肥作りは、まさに地域の資源を生かした農法であり、循環型農業の事例である。有機農業の定着は環境保全に役だつとともに、有機農産物しか食べられない人がおり、人の健康にこれほど大きく影響しているものか、その存在意義を改めて確認できた。今後も有機農産物の生産振興と実践農業者の経営の自立化を支援しなければならないことを肝に銘じたい。
 最後に今回の各種調査活動にあたり、県内有機農業生産者、団体の方々特に奥多野有機システムの事務局には大変ご協力をいただきましたことを、心からお礼を申しあげます。