【自主レポート】

農業兼業漁家への経営指導と
農業改良普及事業の連携について

茨城県本部/茨城県職員組合 柳田 洋一

1. はじめに

 沿岸漁業を営む漁家の多くは、「半農半漁」に例えられるように、農業など他産業との兼業によって成り立っている場合が多い。
 また、漁家に対する生活改善指導は、「漁家に対する生活改善実施方針について(昭和38年10月14日付け38農政B第4858号農林事務次官通達)」により、生活改良普及員(現在、生活担当改良普及員)は沿岸漁業改良普及員(現在、水産業改良普及員)と緊密な連携を図りながら、普及事業を推進することになっている。
 しかし、全国的にみても生活担当改良普及員と水産業改良普及員が連携を図りながら、改良普及事業に取り組んでいる事例は少ないのが現状である。
 農業兼業漁家は、生活担当改良普及員の立場から見れば、農家であり、水産業改良普及員の立場から見れば、漁家であるが、兼業漁家の立場からみれば、農業と漁業を兼業することによって経営が成り立っている家族経営体であり、経営改善指導を進める上で、其々の普及員が別々に対応していては、効率的であるとはいえない。
 このような兼業漁家を個別経営体として育成強化して行くためには、農業改良普及事業と水産業改良事業が連携することが必要になってくる。
 本レポートは、筆者が水産業改良普及員として、7年間勤務した経験を基に、兼業漁家に対する改良普及事業のあり方を考える契機になることを期待して、茨城県鹿島地域の農業兼業漁家の現状と課題について報告する。

2. 農業兼業漁家の現状

 茨城県鹿島地域は、船曳網、貝桁網、刺網等を中心に5トン未満船による沿岸漁業が盛んな地域である一方で、後背地に鹿島台地を有し、県内でも有数の農業地帯であり、農業を兼業している漁家の多く、自給自足を主とした零細な「半農半漁」とは異なり、農業収入がある程度の水準にある「販売農家」である点が特徴である。漁業経営体の約60%が農地を有しており、稲作を中心に甘藷、大根、キャベツ、ミツバなどの路地栽培、ピーマンやメロンを基幹とした施設栽培を行っている(表1)
 かつて、当該地域には、漁港が存在しなかったことから砂浜から船を下ろして、地曳網や採貝などに出漁する小生産的漁業が農業の副業として行われていた。
 しかし、昭和40年代になると鹿島臨海工業地帯として開発されていくなかで漁港が整備されることにより、漁船や漁撈設備が近代化し、県内で最も漁業が未発達だったこの地域でも沿岸漁業が発達していくなかで、漁家の多くは経営のウエイトを農業から漁業に注ぐようになっていった。
 現在でも漁業と農業のウエイトを半々においている経営体も一部にみられるが、「主農従漁」から「主漁従農」の経営形態へと転換していった。
 その一方で、メロンやピーマンなど施設農業を始めた者は、周年農作業に時間がかかるため、貝桁網など操業時間が短時間で収益性の高い漁業種類だけを残して農業に重点を置いた経営体へと移行していった。
 これらの経営体は、①漁業主導型、②農業主導型、③中間型に大別できるが、農作業と漁撈作業に投下できる労働力の配分を考えた上で、耕作する農作物に対応した漁業種類を選択するようになった結果として分化が起っていったものと考えられる。
 また、それぞれの土壌や気候に適した農作物を耕作する適地適作を行っていることが、着業する漁業種類を規定している。
 なお、農業兼業漁家の総収入に占める農業収入の割合は、土地利用型農業で約10%、施設園芸では約90%である(図1)
 一方で鹿島地域では、貝桁網の広域的な漁場管理の展開においても漁獲努力量を削減する措置がとられてきた。そして、漁獲努力削減に関する漁業者の合意形成がなされた背景には、漁家の多様な兼業実態がある。この兼業の実態は類型化によって漁業専業・土地利用型農業兼業・施設園芸型農業兼業・自営兼業・賃労働兼業と分けられるが、それらのいずれもが一定の合理性を持っている。
 漁業を専業で行っている漁家では、船曳網への着業によって水揚げが高い水準で達成され、貝桁網漁業への依存度は低いものとなった。土地利用型農業を兼業している漁家は、当該地域の最も代表的な漁家であり、漁業管理の推進役的位置を担っていたといえるが、貝桁網漁業への集中が行われている状態では、漁家としては成り立ち得ないものとなった。
 貝桁網への集中を避ける漁獲努力の削減は、船曳網を中心とする他の漁業種類への転換と農業兼業への就業によって補完され、進展をみた。施設園芸型農業を兼業している漁家では、主業である農業を集約的な形式で行い、それによる収入が高い水準で達成され、家計収入における貝桁網漁業への依存度は低く、むしろ漁業管理の組織的な進展は貝桁網の着業を容易なものとした。
 鹿島地域における沿岸漁家の兼業構造が存立する背景には、貝桁網の広域的な漁場管理が推進され、班体制による出漁日の輪番制、操業日数および操業時間の制限など漁獲努力量を削減する措置が取られ、漁業管理における組織化が漁家の兼業条件を拡大したことと、歴史的には農家で副業的に行われていた漁業が鹿島開発に伴って漁港が整備されたことにより、農家が漁業経営にシフトして行った経緯があり、現在でも農村地区内に沿岸漁家が存在し、近所の農家の人々を労働力として雇用できることがあげられる。
 つまり貝桁網漁業という安定的な着業業種と農業従事者という比較的自由度のきく雇用労働力を得られるという2つの条件が鹿島地域における沿岸漁業を支え、漁家の兼業を可能にしている。

3. まとめに代えて

 鹿島地域では、二枚貝資源を漁業管理の下、有効的に利用し、貝桁網の操業だけでも年間400万円近い水揚収入を安定的に得られることや、多くの漁家が農業を兼業していることから不漁時でも収入が得られるなど個別経営体として見ると安定している。このような現状を反映して、漁業後継者にも恵まれている。
 しかし、農作業と漁撈作業に投下できる労働力の考慮した上で、農業と漁業のバランスを考えた経営が行われているといっても、水揚作業終了後に農作業を行うなど労働面からいえば過重労働であることは否めない。
 特に、土地利用型農業を兼業する漁家では、農業粗収入が平均163万円と経営体全体に占める比率も1割程度にしかならないにもかかわらず、農作業にかかる時間も少なくない。
 将来的には、収益性があまり高くない土地利用型農業から撤退という形で農業兼業漁家が自然消滅的に減少していく可能性もあるが、現在の労働条件を軽減するためには、これらの経営体は水田に限らず農地を農業公社等へ生産委託して、農作業にかける時間を少なくし、漁業に専念する方法もある。
 また、東京から70~100㎞圏内の都市近郊にあるという地理的条件からレジャーの需要に応える形で、遊漁船業を兼業する者も近年多くなってきた。将来的には、漁協内の遊漁船部会の機能を充実させ、集客の斡旋窓口を設けるなど顧客の拡大を図れば、兼業業種の一つとして個別経営体の経営安定に役立つものと考えられる。
 漁家の兼業化は漁業経営体を安定化させるために有効な手段で、漁業だけでなく複数の産業を組み合わる中で地域振興を図っていく必要があり、鹿島地域についても同様なことがいえる。
 今後、鹿島の漁家は二枚貝類を中心として漁業管理による水揚収入の安定をさらに図る一方で、農業経営とのバランスを保ちながら、遊漁船業なども取り入れることで、個別経営体として安定した経営を維持していくことは十分可能であるが、このような農業兼業漁家を個別経営体として育成強化して行くためには、農業改良普及事業と水産業改良事業が連携することが必要である。
 しかし、本県では、生活担当普及員は、その目的を終えたということで、昭和61年以降、採用されていないという実情もあり、農業改良普及センターに協力を要請しても、人員不足で漁家まで手が回らないのが現状である。
 県当局へは、生活担当改良普及員の増員と計画的な採用や、農業改良主務課と水産主務課が十分に連携して、改良普及事業が効果的に推進できるように要請を続けて行きたいと考えている。


※参考文献
  柳田洋一(1996):茨城県鹿島地域における漁業と農業の複合的経営形態、北日本漁業経済学会第25回報告要旨集
  柳田洋一(1996):「鹿島地域における沿岸漁業と農業の複合的経営について」、茨城県水産試験場研究報告第34号


表1 鹿島地区における漁家の専兼業別世帯数とその構成比及び兼業の内訳

 
実 数
構成比(%)
備     考
世  帯  数
107
100.0
 
漁業専業世帯数
30
28.0
 
兼 業 世 帯 数
77
72.0
 
兼業の内訳
自 営 業

農 業

その他

48
44.9
水稲・大根・甘藷・ピーマン・メロンなど
19
17.8
遊漁船業・飲食店・民宿・鉄工所・アパート経営
賃 労 働
10
9.3
大工・左官・運転手・会社員など


図1 農業形態別に見た農業兼業漁家の粗収入構成