【自主レポート】

農業講座から「はま農楽(の~ら)」へ
~農家・市民・行政が果たす役割とは~

神奈川県本部/自治労横浜市従業員労働組合・緑政支部 朝倉 友佳

1. はじめに

 「横浜」と聞いて、港町を思い浮かべる方も多いだろう。実は横浜には、郊外を中心に3,568ha(平成13年固定資産概要調書)の農地が残っていて、市域面積の約9%を占めている。総農家数は4,693戸(2000年世界農林業センサス)、市内の野菜生産量は年間71,500t(平成13年度)。人口340万都市の横浜において、これらの数字が多いか少ないか、皆さんはどのように判断されるだろうか。
 横浜では都市化が進むにつれ、確実に農地面積、農家数とも減少している。地方と同じように、農家の高齢化や後継者不足など、農業をとりまく環境も厳しくなっている。その一方で、農業を体験したい、土と親しみたいという都市住民は増えている。この点に注目して始めたのが、市民対象の農業講座である。労働力不足の農家に市民の力を──それが最初の発端だ。そして、講座開始から数年を経て、平成14年3月に、横浜市内でも珍しい市民による農の応援団「横浜農と緑の会(通称:はま農楽(の~ら))」が誕生した。
 農家・市民・行政がパートナーシップをとりながら、横浜の農業・農地を保全する。それぞれの役割を果たしながら、協働作業としてどこまで連携できるか。はま農楽(の~ら)の誕生とともに新たな一歩が踏み出された。

2. 市民農業大学講座

 横浜市では援農(農家での手伝い)や農業ボランティア等で活躍できる人材の育成を図るため、平成9年度から市民農業大学講座を開催している。現在のしくみに至るまでにはいくつかの変遷を経てきた。

(1) 前身の「技術講座」
   農作物の基礎的な栽培技術を習得し、援農ができるような人材育成を目指して、平成5年度から市民農業技術講座を開始した。旧横浜市緑化センター(現在の農と緑のふれあいセンター)で実習を行い、希望者のみが翌年に市内の農家で実習するという講座内容で、大学講座の前身といえる。定員40人に対し、応募者数は100人前後。応募倍率は約2倍で、この頃から市民の農業に対する関心は高かったことが分かる。
   当時、講座修了後に援農した人はのべ15人程度。援農者が少ない理由として、市域全体に対応するには受講生数が少ないこと、市内でも都市中心部に住んでいる受講生が多いこと(農家は郊外部に多い)、講座自体の知名度が低いこと、援農に対する農家と受講生の認識の差が大きいこと等があげられる。しかし、最大の要因は、互いを結びつける援農システムや情報交換の場がなかったことである。行政としてもどのような方策を取るべきか、模索中だった。

(2) 市民農業大学講座の開始
   平成9年度から講座名称を「市民農業大学講座」と改称し、援農のほか、市民農園等での指導ができるような人材育成を目指した。基本的構造は技術講座と同じだが、受講生数を増加させるため、1年間のコース設定に組み替えたことが大きな違いである。緑化センターで学ぶ総合コースと、直接農家で実習する部門別コース(野菜・花・果樹・植木の4部門に分かれ、1農家あたり2~5人のグループで実習を行う)を設定した。
   総合コースは、緑化センターでの実習場所の広さ、作物の管理方法、職員の労力等を考えると、定員50人が限度だった。そこで、受講生を受け入れる農家数を増やし、部門別コース全体の定員を100人まで増加させた。実習クラス(各農家)別の募集により郊外に住む市民の参加が増え、結果的に受講生の居住範囲は市内全域に拡散した。同時に受講目的や農作業経験・技術、援農に対する意識はますます多様化した。そのため、部門別コースの受け入れ農家からは、市主催の講座とはいえ、面識のない市民を受け入れる戸惑いとともに、どこからどこまで教えるべきか指導の難しさを指摘された。行政としてもカリキュラムの組み方や指導方法など、講座運営の難しさを感じていた。
   大学講座開始年には、もう1つ新規事業が導入された。それは「農体験リーダー認定」制度である。講座修了生を、援農や市民の農体験の指導等にあたる活動ができる市民として「農体験リーダー」に認定し、その活動を支援するというものだ。農業に興味のある市民の増加に伴い、市民と農とのふれあいを推進し、講座修了生をリーダー的存在として活用したいというねらいがあった。当時の修了生数は300人を超えたが、援農者数はのべ40人程度にとどまっていた。農家との情報交換や修了生同士の連絡体制なども確立せず、いまだ援農システムは模索中だった上に、農体験リーダー活用策の検討が最重要課題となった。

(3) 大学講座の改善
   平成12年度からは再度講座内容を見直し、2年制の実践コースと1年制のふれあいコースという現在の形になった。2つのコース設定により受講生の技術レベルの向上と受講目的に沿ったカリキュラムを組むことが可能になった。実践コースの形態は、技術講座の頃と同じであるが、2年次進級が、希望ではなく、最初から義務づけられている点が異なる。また、新設されたふれあいコースは、より手軽に農に関わりたい市民に対して開かれ、幅広い「農の応援団づくり」を目指したものである。

(4) 現在の講座
   実践コースでは1年目に農作物全般の基礎を学び、2年目に各農家で農作業実習を通して実際の農業生産を学ぶ。定員は50人。1年次修了者(講座の7割以上の出席者)が2年次に進級し、2年次を修了すると「農体験リーダー」に認定される。ふれあいコースでは、1年間で野菜や花を中心に栽培基礎や農業の知識を学ぶ。定員20人。どちらも応募倍率は高く、平均2.5倍。子育ての終わった女性や定年前後の男性が多く、平均年齢は50代後半から60代前半。以前は男女比4:6だったが、現在は逆転しており、男性の受講生は年々増加している。

(5) 受講生と受け入れ農家の姿
   受講生の当初の応募動機は、「自宅や菜園で上手に作物を栽培したい」というのが大半である。実は最初から「援農する」ことを目的としている受講生はごくわずかだ。しかし、農作業や農家実習を体験していくうちに、農業の大変さや苦労を理解し、「自分でも役に立つことがあれば手伝いたい」という気持ちの変化が現れてくる。農作物の生産に対する喜びや楽しさとともに、「農」の持つ様々な役割・機能を実感するようだ。
   一方、農家側からすると、講座生受け入れはかなり大変なことであり、神経を使う。実習となると、1日中つきっきりで作業の段取りや説明をして、実際に商品となる農作物を扱わせるのだから無理もない。それでも受講生を受け入れてくれるのは、「消費者である市民と交流を深め、農業の実態を知ってもらいたい」という思いからだ。

3. 農体験リーダーによる自主運営組織「はま農楽(の~ら)」設立まで

(1) 難しい援農システムの構築
   講座開始の頃から、どんな形で農家と修了生とを結びつけるかは非常に重要な課題だった。本来なら講座運営と同時に修了生の活用策を確立するべきだった。しかし、援農システムの構築には様々な問題がからみ、方法を模索している間に講座だけが一人歩きをしてしまった。援農システムの構築が難航した理由は、職業安定法により行政が職業の斡旋はできないこと、人手不足の農家と援農希望者との情報交換をできる場がなかったこと、援農に対する農家と修了生との意識の差があったこと、講座のPR不足などがあげられる。大学講座になってからも修了生は年々増加し、300人近い農体験リーダー同士の交流も途絶えがちとなっていった。

(2) 農体験リーダーによる組織の設立
   行政による援農システムは難しい。それならば、まずは農体験リーダー同士の交流を確実なものにしようということで、リーダーの会設立を検討した。講座で農業への理解を深めたにもかかわらず、修了後の交流がないことで、すっかり農業から離れてしまった農体験リーダーもいたからだ。逆に、学んだ知識や技術を生かして援農や緑化活動に取り組んでいる農体験リーダーもいた。会を設立し、情報交換、技術の向上、交流を図り、農体験リーダー活動を活発化させ、援農に結びつけたいと考えた。
   そして、平成13年8月から設立を検討する準備会を開いた。準備委員には、農体験リーダー287人の中から各年度2~3人ずつお願いし、当初11人で始まった。ほぼ月1回開催し、会設立の目的、活動内容、運営方法、設立までのスケジュール等を話し合った。10月には、農体験リーダー全員に会報を発送し、リーダーの会に対するアンケート調査を行った。準備会では、農協職員との意見交換、会報の作成やアンケート集計などにも取り組んだ。12月と2月にも会報を発行、準備会の進み具合と設立後の会の内容について、常に農体験リーダー全員が情報を共有できるよう努めた。それは、リーダーの会を行政にどっぷり依存したものではなく、自主自立した、リーダー自身が運営する会にしたかったからだ。将来的にみれば、行政依存型では会の活動に限界が来てしまうと感じていた。実際、準備委員の人々は、非常に熱心だった。豊富な社会経験を生かし、素晴らしいアイデアを提供、積極的に行動した。そして、彼らの活躍と他の農体験リーダーの意欲に支えられて、平成14年3月20日、自主運営組織である農の応援団「横浜農と緑の会(通称)はま農楽(の~ら)」が誕生した。

4. 農家・市民・行政の役割

(1) 「はま農楽(の~ら)」の活動
   現在、はま農楽(の~ら)の会員は138人。準備委員がそのまま運営委員となり、会員から徴収した会費(年会費3,000円)をもとに積極的な活動を展開している。活動拠点は、講座主管課である横浜市農と緑のふれあいセンター。市の講座担当者と協力しながら、会報やハガキ通信の発行、援農に向けてのフォローアップ研修、農地環境を守るためのマリーゴールド畑の管理、ふれあいセンターでの園内管理作業補助、緑化活動としての駅前花壇の管理など実に幅広く取り組んでいる。また、市内5農協への表敬訪問、農協や講座受け入れ農家へ会報・紹介リーフレット(資料参照)の配布なども行い、会のPRに努めている。ある農協の広報誌には、営農情報として「はま農楽(の~ら)」が掲載され、農家からの問い合わせも増えつつある。すでに果樹農家での受粉や摘果、野菜農家での収穫・除草、花農家での出荷作業など援農が始まっており、受け入れ農家の評判も上々のようだ。
   このように、はま農楽(の~ら)の活動は順調に滑り出した。しかし、抱えている問題は山積みである。援農情報の収集や提供の仕方、援農に対する意識(知識や技術、心構え)の向上、農家が人手を必要とする作業の把握、ボランティアとパートに対する考え方の整理など、農家との信頼関係を築き、援農を続けていくために検討すべきことはたくさんある。また、会報の充実、援農以外の活動への取り組み、会員同士の交流方法など、常に魅力ある会として運営するために工夫しなければいけないことも多い。そして、何よりも現在の意欲や熱意を持続させつつ、本当の意味で自立した会に成長させなければならない。

(2) 農家と行政の関わり方
   はま農楽(の~ら)としての市民活動に対して、農家と行政はどのように関わっていくか。
   農家は常に会と情報を交換し、必要なときに援農を依頼する。現状では、援農に対する農家と市民との意識の差は大きいが、お互いの信頼関係が確立すれば、市民=援農者として受け入れしやすくなるだろう。農家にとって市民の受け入れは、消費者との交流を深めることになり、消費者の意識を知る良い機会にもなる。
   行政は、農家と市民との交流の場を設けたり、情報を提供すること、より良い援農活動が進むよう、適切な助言をすることなどがあげられる。
   農家・市民・行政が依存することなく、お互いの役割を果たしていけば、いずれは横浜の農業・農地の保全に繋がるのではないだろうか。

5. おわりに

 ここ数年、全国の市町村で、農業講座の開催や市民を活用した農業ヘルパー等の導入が相次いでいる。早い時期から講座を開催した横浜市には、事業視察に訪れる自治体が多かったが、ある自治体の視察を受けた際、こんなことを言われた。「農の応援団づくりとして講座は意味がある。しかし、市民が求める農体験と援農とは一致しない。わざわざ修了生の会を行政が導く必要があるのか?」と。
 確かに、自分で作物栽培を楽しみたい、広い面積の農地を耕作したいと思っている講座生は多い。また、講座を受けたからといって、すぐに農家の即戦力になるわけでも、他人に栽培指導ができるわけでもない。会の発足で、農家の人手不足や不耕作農地がすべて解消されるわけでもない。しかし、彼らは、講座を通して農家の素顔を知り、農業生産現場の大変さや苦労を経験した。そして、それをはるかに上回る農作業の喜びや素晴らしさがあることを知った。行政が関わる理由として、まずはそれだけで充分ではないだろうか。
 農業に対する熱意や意欲のある市民を活用しない手はない。講座生を受け入れてくれた農家への恩返しも含め、行政として農家と市民の協働作業に関わっていきたい。
 今、自治労横浜緑政支部では、若手・中堅職員十数名を中心に自治研活動に取り組んでいる。「横浜の農業はどうあるべきか」という大テーマを掲げ、その答えの糸口を見つけるため、いくつかの小テーマを決めて研究している。農政部・緑政部、技術職・事務職という枠にはまることなく、互いの業務経験や知識を生かしての活動。大テーマの答えは簡単には出せないが、はま農楽と行政との関係はもちろんのこと、今後の横浜農政の進むべき方向を示唆できるよう努力したい。

横浜農と緑の会「はま農楽(の~ら)」

はま農楽の活動報告(抜粋)