【自主レポート】

スキューバダイビング事業によせて

徳島県本部/牟岐町職員労働組合 田中 繁樹

 牟岐町は、海部郡のほぼ中央に位置し、豊かな自然に彩られた人口約6,000人の町です。
 代表的な観光スポットとして、牟岐町の奥座敷ともいえる橘地区に鬼ヶ岩屋温泉があります。開放的な露天風呂をはじめとする14種類の浴槽があり、県内でも人気の高い温泉として多くの人に親しまれています。


貝の資料館「モラスコむぎ」

 また、古牟岐地区には、貝の資料館「モラスコむぎ」があり2千種類、6千点の世界の貝が所狭しと並んでいます。また、水槽の中には生きたオウムガイやシャコガイも見ることができます。建物自体もモデル木造施設で、貝殻をモチーフにした非常に凝ったつくりとなっており、ロビーからは太平洋を眼下に臨むことができます。
 また、牟岐町の沖合には個性豊かな3つの島があります。
 沖合約4キロのところにあるのが出羽島で、ソラマメのような楕円形をしており、南北に約1キロ、周囲は約4キロ、人口は200人足らずの小さな島です。出羽島は、牟岐町内よりもさらに4度から5度ほど気温が高くなっているため、ハマユウやハイビスカス、アロエといった亜熱帯系の植物も島の随所に年間を通して見ることができます。また、島の遊歩道の途中の大池には、日本でここだけでしか見られないという国指定の天然記念物「シラタマモ」が自生しています。出羽島の民家の風情も独特で、開けば縁台に、閉じれば雨戸になるという「ミセ造り」の家並みが独特の情緒を醸し出しています。
 大島と津島は、磯釣りのメッカとして有名です。イシダイ、グレ、イサギ、アイ等々、魚種が豊富で一年を通じて楽しむことができるのが魅力です。さらに、大島、津島周辺は海中公園にも指定されており、熱帯魚やサンゴの宝庫といえます。
 その大島周辺で、おととしの夏からスキューバダイビング事業が始まりました。
 近年の漁獲高の低迷から、漁業者も発想の転換を余儀なくされ、生き残りをかけての新しいマリン事業に漁業者自らが立ち上がったのです。漁業従事者の半分が60歳以上という状況の中、昔は沖に出ればそれだけで魚介類がたくさん獲れたという感覚から抜け出し、海を開放するという考えに行き着くには相当な時間を要しました。今も試行錯誤を重ねながらこの事業を進めているところです。
 私達はこのスキューバダイビング事業の中に「市町村合併」や「自治」というものを考える際のキーワードが隠されているように思います。
 漁業者の気質は独特のものがあり、簡単に変わるものではありませんでした。海は自分たちのもの、という根強い意識がありました。沖へ出ても魚は獲れない、でも経費は以前と同じだけかかる、しかし市場での魚の値は上がらない、という最悪の状況の中で発想を転換せざるを得なかったのも事実ですが、身銭を切って自らを変革しようとする姿勢があったこともまた事実なのです。これには大いに学ぶべきところがあるのではないかと思います。
 人口は確実に減っており、牟岐町も最近6,000人を切りました。少子高齢化が加速度的に進み、一次産業の不振や介護の問題など深刻な問題が山積しており、早めに手を打たなければいずれは立ち行かなくなる時が来るのではないかという危機感をも感じます。

 そういう意味では、合併というものを視野に入れなければならない時がもうそこまで来ているのかもしれません。しかしながら、住民自らが、自分の町をどうしたいのかを真剣に考え、知恵を絞り、時には汗を流し、見えない血を流さない限り、合併は昭和の大合併のときのように周辺が寂れるだけに終わるような気がします。同じ轍を踏まないためには、内側の自治が充実すること、つまり住民自らが参画することが第一歩だと考えます。行政はそのきっかけ作りとサポートはすべきですが立ち入りすぎないことが大切なのではないでしょうか。スキューバダイビング事業はその実例でしょう。
 ダイビング施設は、先ほどご紹介しました貝の資料館「モラスコむぎ」に併設されています。牟岐を訪れたダイバーたちからは、すばらしい自然をダイビングスポットとして開放してくれたことへの喜びの声が多く寄せられていますが、私たち行政としても、この事業の波及効果をどのように他の産業にまで広げていくかが新たな課題だといえます。
 豊かな自然を抱えている牟岐町ですが、自然だけでは生活は成り立っていきません。病気になった時には安心してかかれる医療機関が必ず必要です。子供がいれば保育所や幼稚園、学校が必要です。県庁のある市まで約2時間。その距離はどうしたって埋められないけれど、それでもできるだけ都市に近い内容のサービスを受けたいというのが町民の偽らざる気持ちだろうと思います。合併することで、近隣の市町村と連携し、それらのニーズに応えていくことができるのかどうかということについては行政として勉強していかなくてはならないと思っています。
 合併後の町名や本庁の所在地、首長の数、議員の数、職員の数、財政規模、事務の融合、地域のエゴなど、さっと考えてみただけでも合併にむけてのハードルは高いと思います。しかし、合併するにせよ、しないにせよ、行政と住民がそれぞれの立場で真剣に自分たちの町の今とこれからを考え、尊重しあっていくことで、本当の自治も育ち、また合併というハードルも越えていけるのではないかと私達は思います。