【代表レポート】

公正労働基準と入札・委託契約制度

東京都本部/八王子市職員組合・執行委員長 藤岡 一昭

1. 価格以外の公益性と入札委託契約制度のあり方

 八王子市職は公共サービスを担う民間労働者の労働諸条件、とくに賃金と労働安全衛生問題について、1990年代に入り意識的な取り組みを始めた。同種のあるいは同じ目的の公共サービスでありながら、公務員と民間の間にある賃金格差の現実、著しく違う労働安全衛生の実態、随意契約という規制が緩和され競争入札が拡大することでこうした矛盾も広がる現実、そしてこうした問題に発注者である自治体当局が責任を取らなくても済まされる現行の委託契約制度、……といった課題について、「なんとかこじ開けたい」という思いで取り組んできた。(もちろん公共民間労働者とともに臨時職員、非常勤職員の均等待遇を求める取り組みも平行して進められたが今回の報告では割愛する)
 同時にこの取り組みは、とくに労務提供型の委託事業にあって、事業を受託した企業の労働者と、委託した自治体側の労働者との連帯の問題としても突きつけられる。身分で区分けする労働組合運動から文字通りの産業別労働組合運動に一歩進められるかどうかという課題である。実際に現場では、仕事を命じる側と受ける側、指示を出す側と従う側の上下関係が、労働者の「共通の利益」を覆い隠し、ともすると『内側の壁』に直面する。試行錯誤を繰り返しながら『公共産別』としての共通目標を求める、いわば自己変革の取り組みにもつながる。
 ところでこの問題を生み出す背景に、自治体の競争入札制度と画一的な委託契約がある。競争原理が労働者の賃金や安全衛生を脅かし、委託契約が自治体の責任を回避させている、ということである。だとするならば委託先労働者の問題について企業内の労使交渉だけでなく、雇用関係の発生段階で自治体当局の主体性や責任を明らかにし、こうした問題が起きないような制度改善、またそれが自治体(市民)自身の利益にも通じるようなルール(条例)が考えられないか。すなわち公正労働基準も含めた価格以外の公益性を入札・委託契約の基準として位置付けることでることで街づくりを進めることはできないか。……という考え方に到達する。
 事例報告しながら問題提起する。

2. 多摩ニュータウン環境組合(一部事務組合)の清掃工場運転業務の民間委託と自治労日神サービス労働組合の取り組み

(1) 多摩ニュータウン環境組合と労働組合
   多摩ニュータウン環境組合は東京郊外の多摩ニュータウンにかかる多摩市、八王子市、町田市の三市で構成する一部事務組合方式の清掃工場である。三市ならびに東京都の派遣職員、同組合の固有職員で構成されている。三市からの派遣職員と一部事務組合の固有職員で組合を結成し自治労に加盟している。しかしもっとも大きな特徴は、実際の工場運転や維持管理を受託(随意契約)している株式会社日神サービスの民間労働者が団結権を行使し自治労加盟していることだ。組合側は、委託する側の多摩ニュータウン環境組合労働組合と構成自治体(三市)の各自治労組合、及び委託先の日神サービス労働組合の5単組で、『多摩ニュータウン環境組合自治労関係協議会』を設置し、まさに『共通の目的』に向け議論を重ねている。

(2) 日神サービス株式会社の概況
   日神サービス株式会社は、日立造船の系列会社で1966年8月創業している。本社は川崎で多摩ニュータウン環境組合の工場運転を担当する多摩支所をはじめ、神奈川、千葉、埼玉、茨城、群馬、長野、愛知など関東各県を中心に27ヵ所のプラント運転管理に約700名の従業員を雇用している。
   具体的な業務内容は、もっぱら日立造船が建設した自治体清掃工場の運転管理、組成分析、焼却炉の清掃・工事、粗大ごみの分別・処理、破砕施設、水処理施設の運転、維持管理などを請け負っている。(日立造船が建設した清掃工場を専門に、実態としては運転業務の人材派遣会社となっている)

(3) 委託先労働者の不安
   自治体の清掃工場は、日立造船、日本鋼管など大手ゼネコンが受注・建設し、工場運転を自治体職員が直接対応する場合(自治体直営)と委託する場合(例えば日神サービス)があり、現在は圧倒的に後者となっている。これは、自治体に工場運転の技術者が不足していると同時に、人件費の節約や企業側の事業領域確保などの理由によるところが大きい。
   ところで現在の清掃工場は、大量消費の時代からごみ減量、分別・リサイクルなどで焼却ごみが減少している。一方、工場施設は高度な科学技術が導入され、同時にコンピュータ化され、焼却灰の容融化や有毒物質対策など技術革新と新規プラントの開発が日進月歩で進んでいる。
   こうした変化は、日神サービスなど工場運転を請け負った民間企業の労働者にとって、新しい機械操作や各種資格の取得などより高い技術水準と専門性という他に代え難いサービスの維持(このことが随意契約の継続理由になっている)が迫られると同時に、機械・設備の高度化に伴う人員削減の波が待ち受けている。さらに、競争入札に伴う契約額の低価格化など、労働密度が濃くなる一方賃金は低く、場合によっては短期雇用の厳しい労働条件下にさらされる。
   もちろん日神サービスもこうした状況下にあり、労働者の不安は大きくなる一方だ。

(4) 団体交渉の特徴と課題
   日神サービス労働組合が自治労加盟し、団体交渉は当該労働組合に加えて、多摩ニュータウン環境組合労働組合や一部事務組合を構成する八王子市職、町田市職、自治労多摩市職などによる「多摩ニュータウン環境組合自治労関係協議会」の代表者も加わりながら行われている。つまり委託先労働組合の団体交渉に発注元の自治労組合も参加している(できる)ことになる。これまでの企業内団体交渉とは違う関係に、会社側の戸惑いと警戒心が強くなる。
   さて自治体財政の逼迫の中で契約額も頭打ちが続き、随意契約でも発注元から様々な負担増が求められる。その結果ますます日神サービス労組の賃金交渉は厳しさが増している。一方委託側の一部事務組合や構成自治体に対しても、当該市職が安全衛生対策も含めた予算確保を要求する。こうした中で組合側は、多摩ニュータウン環境組合の契約額から推計し、日神サービス多摩支所の経常収支の枠内で適正な労賃への配分を求める交渉を進めることになる。
   これに対して会社側は「多摩支所の委託契約額はある程度の水準にあるが、その他の地域の自治体入札価格が極めて低い。しかし会社側としては従業員の雇用確保もあり、低い入札価格でも受注を優先せざるをえない。現状は、収益を全体化してやりくりしている状況であり、これ以上の賃金引き上げはできない」といった考え方が示される。これには大きな問題があるが、ともかく受託側の労働組合が、委託側の労働組合と一体に進める中で、会社側は具体的な経営収支を明らかにせざるを得ないことになる。(もちろん各市職の委託予算確保に向けた主体的な取り組みがなければ、逆に低い委託額を根拠に、組合側の要求が抑えられることもある)
   会社側との交渉を積み上げるにしたがって、受託契約額に自治体間でかなり開きがあり、日神サービスの場合、工場ごとの収益率に格差が生じている問題が浮き彫りになる。随意契約と(指名)競争入札による条件の違いもあるが、委託する自治体側にとっては、財政逼迫の中で契約額を低く抑えようとするし、会社側はぎりぎりのところまで譲歩(場合によっては赤字覚悟で入札する場合もある)する。その結果契約額の大半を占める人件費(労賃と安全対策)が圧縮されることになる。
   現実は日神サービスの場合でも委託契約額が低く抑えられている工場が多くある。工場運転など役務提供型の委託事業は大半が人件費となる。したがって委託する自治体側が、単に安ければいいということではなく人件費への配分など企業の経営方針を点検し、入札制度に加味しなければならないような制度の検討がどうしても必要になる。
   同時に、適正な契約額なのかどうか、労働者に適正に配分されているのかどうかを、自治体労働組合と受託側労働組合が共同で点検し、社会的公平を実現していく取り組みが求められるのではないか。

3. 水道量検針業務の共同組合(八王子市内)への委託
   ―政策的要素を根拠とした随意契約―

 八王子市内約20万世帯の水道量検針業務はこれまで直営(市職員)で実施していたが、数年間の労使協議の末、市内の指定水道事業者でつくる共同組合組織に委託することとなった。その理由は、「市内の中・小水道業者の育成・雇用確保とネットワークによる防災体制・ライフラインの確立の為」である。そしてこれまで検針作業をしていた職員は、現場の漏水対策や市民に対する節水指導などに業務内容を転換した。
 組合側は、単なる経費削減ではなく、地域の雇用や防災体制という政策的要素を確認し、随意契約による委託事業として現在に至っている。
 つまり随意契約の根拠を中小水道業者の育成・雇用確保と防災目的に置き、競争入札から除外していることになる。現実的には使用水道料の検針業務は市外大手業者の参入も予測され過当競争の状況にある。競争入札をすれば随意契約額に対して相当の価格差が生じることが予測される。しかし競争入札が市内指定水道業者の経営を圧迫し、そのことによって新たな雇用対策や防災体制に予算を投入しなければならないとするならば、必ずしも価格引き下げの競争入札が公益性を維持するとは言えない。つまり、政策的判断による随意契約で、総体的な財源確保を図ると言うことである。
 今後こうした随意契約の根拠をできる限り科学的、数量的に分析し、議会手続きのみならず、市民への積極的な説明や情報の開示が求められるのではないか。

4. 2つの事例の問題提起

(1) 入札価格を判断する公正労働の適正基準と契約後の点検
   とくに役務提供型の委託事業では、委託契約額の大半が人件費であり労賃と安全衛生はこれにかかっている。労働者保護、公正労働基準の立場から、どの自治体にも共通する適正契約額(最低基準)の制度化、競争入札における業種別適正基準の適用である。しかしこのことは、事例を見るまでもなく随意契約という自治体側の手法で確保しているのが現状である。確かに指名競争入札であっても、都市部を除けば事実上の随意契約と同じような実態にあり、随意契約の中に公正労働基準の要素を加味する方が現実的かもしれない。雇用継続という面からもこの方が都合がいい。とするならば随意契約基準の一般化をつうじて、公益性確保の論理を構築できるのではないか。とくに自治法が改正され総合評価方式の導入が具体化しつつあり、一方では本年3月から最低制限価格制度がすべての業種に摘要できることとなったことも制度的な追い風と考えられる。アメリカ80市では「生活賃金保障条例=リビング・ウエイジ」が制度化されている。失業者を税金で保護することに批判が強いアメリカ社会の中での考え方とは言え、労働=生活権の確保と言う意味で検討すべきである。
   そしてさらに問題なのは、落札した事業者が実際に支払う労働者への賃金が適正なのかどうなのか、労働安全衛生が確保されているのかどうか、と言う問題である。このことが制度的に点検できなければ入札制度を改善しても意味をなさない。約束された最低基準が守られなければ契約解除となる、ということだけではなく、発注者側が日常的に監視(安全衛生面では、場合によっては支援)する契約上のシステムが求められる。同時に、発注者側、または受注側(できれば両方)の労働組合の意識的なかかわりが重要である。制度がその本旨で確立し、定着しているのかどうかの最終点検は当事者によってなされるべきことは言うまでもない。

(2) 委託事業の政策的基準
   競争入札制度を前提とした公共サービスの委託基準は、安いコストでサービスを実現し、税負担を少なくすることが基本とされ、結果として労働者の賃金と安全衛生を直撃することはこれまで述べた。ここではさらに、他の政策的、社会的価値、場合によっては総合的な自治体経営と言う視点からの入札制度のあり方も再検討すべきである。単純なコスト以外の目的で委託する場合は随意契約となるケースが多い。水道検針業務の委託例を見るまでもなく、実態はかなりの部分で随意契約を活用している。しかし、随意契約の持っている問題性やデメリットもあり、地域の利害関係や政治に左右されやすい弱点もある。
   むしろ競争入札そのものに価格だけの指標でなく、政策性、地域経済(産業活性化と雇用拡大)、社会性(企業内の男女平等、障害者雇用、ISO、地域貢献など)、NPOへの優遇措置などの基準を個々の自治体が独自に持つことが求められている。この面で、従来の政策要求の中味を厚くするという意味で、労働組合の取り組みも重要である。

(3) 情報公開、市民参加を基本とした入札・委託契約に関する条例化の検討を
   住民(主権者)参加、説明責任の観点からは、どの事業をどのようなスタイルで委託するのか否かという政策選択への市民参加(どの事業を委託すべきか否か)のルール、入札基準、納税者への説明、委託契約、委託事業の監視機能など体系的に整理した制度化=条例化(委託契約条例・仮称)することが求められている。行政評価の導入は今後かなりの自治体で進むし、これに対して労働組合は推進側に立っても抵抗勢力になるのは間違いである。
   むしろ、評価基準の内容そのものに、雇用確保、公正労働基準などの社会政策とともに、「社会的な価値(男女平等、環境、福祉、防災など)」を明確に見定め、入札制度の中に制度化する、いわば自治体改革をすすめる意義があるのではないか。現状はむしろ自治体財政の逼迫と財政再建といういう「大儀」で、公益性、社会的価値の確保と言う本来の大儀が空洞化しているように思える。