【代表レポート】

市民協同による「まちづくり・仕事おこし」の促進を
―― 「協同労働型の協同組合」からの提案 ――

日本労働者協同組合連合会理事長 菅野 正純

はじめに:「労働の経済学」への転換
         ― ILO「協同組合促進勧告」

 連合の推薦を得て、昨年と今年、ILO総会の「協同組合の促進」勧告討議に参加することができた。
 勧告は、すべての人びとのための「ディーセント・ワーク」(就労機会を得、権利と社会的保護、発言権を保障された、尊厳ある労働)の実現にとって、協同組合が不可欠の位置を占めつつあることを踏まえて、各国政府が適切な法制と政策を通じてこれを促進することを求めるもので、総会において賛成436、棄権3、反対ゼロの圧倒的賛成で採択された。
 この背景には、「1億6,000万人の完全失業者、12億の貧困層、2億5,000万の児童労働、毎日3,000人の労働者の労災・職業病による死亡」(ILO・堀内光子駐日代表)という、グローバル資本主義が産み出した、破局的な状況がある。
 その中から、「コミュニティに根ざした、人間連帯の組織」としての協同組合が、多国籍企業の就労者8,600万人を上回る、1億人の就労を世界全体でつくりだし、国家がもはや提供しようとしない、提供できない、社会サービスやコミュニティサービスを再建し、弱い立場にある人びとを支え、社会の統合に貢献してきたことが確認されたのだった。
 その意味でこの勧告は、世界を席巻してきた感のある「資本の経済学」に対する、「労働の経済学」「人間の経済学」からの反撃の第一歩といえるだろう。
 ひるがえって、わが国では、完全失業者が約370万人に達し、その過半数が収入がなく、若者では「収入なし」が100万人を占めている。松下電器の1万3,000人リストラ計画と「変身大学」(草むしりや社訓の暗唱の強要)に示されるように、労働現場は無法地帯と化し、爆発的に増加するフリーターは、技術の修得や人間としての成長の機会を若者から奪い、社会の存続を根底から脅かしている。
 この日本においてこそ、「コミュニティと人間の連帯」に基礎を置いた、「ディーセント・ワーク」による就労創出の方略が開発されなければならないと思う。
 本格的な展開はまだこれからではあるが、労働者協同組合の取り組みを踏まえて、「まちづくり・仕事おこし」の方向を提案してみたい。

1. 働く人びと・市民の協同労働による仕事おこしを就労創出制度の根本に据える

 大量失業の中で「緊急地域雇用創出特別交付金」制度が設置、継続されたが、対象が「6ヵ月までの期間限定付き短期就労」とされ、まともな就労創出の制度にはなりがたい。
 労働者協同組合として、この制度をヘルパー養成講座などで主体的に活用し、「継続して雇用を創出するための基礎づくりとして『労協の仕事おこし』を位置付けてほしい」と要請もしてきたが、「事業費に占める人件費の割合が8割以上」「事業に従事する全労働者数に占める新規雇用の失業者数がおおむね4分の3以上」などの条件が加わり、使い勝手はいっそう悪くなっている。
 このような中途半端な制度となったのも、「失業対策事業の二の舞を恐れて」のことといわれるが、実は政府自身が、「お上(国)」による、単純業務中心の特定事業分野への限定、対象就労者の失業者への絞り込み、労働における「劣等処遇」など、失対事業の発想が抜け切れていないことこそ問題である。
 新しい就労創出制度においては、発想を根本的に転換して、働く人びと・市民の「協同労働」による仕事おこしを根本に据えて、これを促進する制度設計が求められている。
 失対事業の延長上から始まった「事業団」の時代、「労働者は企業を経営することができるか」を問うた「労働者協同組合」の時代を経て、私たちは、「協同労働の協同組合」という自己認識に到達し、これを法制化して社会の普遍的な制度に高める(望むすべての人びとが自己組織化の手段となしうるようにする)ことを提案する段階に来ている。
 「協同労働の協同組合」とは、「働く人びと・市民が自ら出資し、経営責任を分かち合いながら、人と地域に役立つ仕事をおこす協同組合」であり、「協同労働」は、出資・経営・労働を働く人の手に再統合した「働く人びとの協同」を基礎に、「利用する人びととの協同」や「地域の人びとの協同」という関係性に視野を広げた、新しい働き方である。

2. 生命・生活とコミュニティに根ざした新たな「産業」の創出

 働く人びと・市民の協同労働による仕事おこしが有効であると感ずるのは、人間の労働が「生命・生活・コミュニティ」に関わる領域においてますます求められるようになり、しかもそれらの事業が相互に結び合って「地域・循環・共生」の「生活総合産業」とも言うべき、新たな産業を形成していくように思われるからである。
 労協におけるその具体的な手がかりは、4万人のケアワーカーを養成した「ヘルパー講座」の全国展開であり、その中から「地域福祉事業所」を構想し設立してきたことだった。
 「地域福祉事業所」とは、①「協同労働」のケアワーカー集団が介護保険サービスを立ち上げ、②利用者・住民も参加して「介護予防・生活支援」に広げ、③人の生活全体を支える「生活総合産業」へと展開する、三層構造の事業・活動の拠点である。
 労働者協同組合連合会では、この地域福祉事業所を、21世紀初頭の協同労働の中心戦略として位置付け、日本のすべての中学校区(1万ヵ所)に設立することを目標としているが、人と人のネットワークの広がりの中で、事業が充実発展し、それがまたネットワークを促進するという、好循環が生まれはじめていることを実感している。
 すなわち、①ヘルパー講座の修了生や、病院清掃などの既存労協現場の組合員、さらには失業者の職業訓練受講生が地域福祉事業所を立ち上げ、1つの地域福祉事業所の組合員が飛び出してもう1つの地域福祉事業所をつくりあげると共に、②利用する高齢者や地域住民から、出資やボランティア、施設提供の便宜など、さまざまな面での協力が寄せられ、③訪問介護から通所ケア、生きがいデイサービス、福祉用具や移送、精神障害者ケアや子育て支援などへと福祉事業が総合化され、④地域の農と食の仕事おこしやワーカーズコープ・タクシーとの結合、住宅改修からグループ・リビングとの提携事業への展開、映画会や「第九のコンサート」などの市民参加の文化活動、商店街の再生とのつながりなど、さまざまな事業に関連が波及し、「生活総合産業」の萌芽が確実に成長しつつあることである。
 21世紀の地域産業おこしは、よりよいコミュニティをつくる共通のビジョンを紡ぎながら、さまざまな仕事の連鎖を発展させていく過程をたどるのではないだろうか。

3. 「まちづくり・仕事おこし」の視点から「市民型公共事業」を創出する

 地方分権の流れの中で、政府においても「緊急地域雇用創出特別交付金」だけでなく、「わがまちづくり支援事業」(総務省)、「介護予防・生活支援事業」(厚生労働省)、「コミュニティ施設活用商店街活性化事業」(中小企業庁)など、多様な施策が打ち出されている。03年からは、すべての市町村が、実質のある市民参加によって、「就労創出」を含む総合的な「地域福祉計画」の策定を義務付けられている。
 こうしたさまざまな施策メニューを、縦割り行政を克服して、「まちづくり・仕事おこし」「コミュニティ振興と地域産業・就労創出」の視点からとらえなおし、総合化して、「ゼネコン型公共事業」に代わる「市民的公共事業」をつくりだすことを考えたい。
 労協では、「福祉を切り口とした地域での仕事おこし」の総合提案を自治体に提出し、自治体もその価値を認めて、「公・協」連携による「市民型公共事業」が広がり始めた。「文化・生きがいミニデイ事業企画書」「商店街の空き店舗を活用した地域福祉活動支援事業企画書」などである。そこでは、高齢者や子育て中のお母さんたちなど、生活者・市民が横につながりあいながら自らのニーズを発信し、これに応える仕事の担い手ともなって多様に事業を発展させていくことをポイントにしている。
 とくに、失業者の職業訓練講座として、「地域福祉事業所」づくりを視野に入れ、2級ヘルパー講座と協同労働による「仕事おこし講座」を結合した提案が、昨年、鹿児島県と東京都から認められて実施され、受講生が実際にワーカーズコープ方式で仕事をおこす事実がつくりだされた。この仕事おこし講座は、鹿児島、東京とも継続発展し、東京では、精神障害者ホームヘルパー養成や福祉用具相談員養成、福祉住環境コーディネーター等も加わり、多様な入り口から福祉事業に参加できるものに充実している。
 また、ホームレスの人びと自身がヘルパー講座を受講する「路上生活者自立支援ヘルパー講座」も受託した。
 人が本当にやりがいのある仕事を「発見」し、共感のネットワークづくりを含めて自ら協同して仕事を立ち上げることができる、総合的な「仕事おこし能力」の養成が、これからの就労創出において、決定的な意味を持ってくることだろう。

4. 「協同労働の協同組合」を法制化し、市民の仕事おこしを制度的に保障する

 働く人びと・市民が就労を創出していくためには、最低限、3つの基本的要件が必要とされる。①働く人びと・市民自身が出資し、経営(意思決定)し、労働する、仕事おこしの当事者性、「三位一体性」、②継続的な経済・経営活動を行い、明確な基準によって管理し経営情報を公開し、出資金と積立金によって自己資本の充実を図る、「責任ある事業性」、③剰余を現在の組合員と潜在的組合員(地域の就労希望者)のための、就労創出、学習研修、共済と地域福祉の向上、および全国的な非営利・協同基金に使い続ける、「社会連帯性」である。この3要件を備えた法制は、日本では「協同労働の協同組合法」以外存在しない。
 その意味で、この法制化が不可欠の課題であると考える。
 「協同労働の協同組合法」はさらに、複合組合員制度(労働者と利用者、ないしは健常者と障害者、出資・ボランティア等による地域の支援者などが組合員となって参加できる)に道を開くことを目指している。これは、社会サービスの協同組合や地域農業育成の協同組合、高齢者協同組合、障害者との共生協同組合など、21世紀が必要とする新たな協同組合類型を促進することになろう。

5. 自治体・公共と市民の協同事業体との公正な契約関係を促進する

 最後に、実効ある「まちづくり・仕事おこし」のために、自治体・公共部門と、協同労働の協同組合等、市民の協同事業体との間の公正な契約関係を促進することである。
 このために一方では、協同事業体が真にその社会的使命を追求し達成しているかどうかを、「社会的監査」として総括し公開することである。ここには、創出した就労の量と質、労働に対する報酬、社会的有用性(元気な高齢者をどれだけ増やしたかなど)、組合員の民主的参加の実績、仕事おこし能力の開発実績、社会連帯貢献の実績などが含まれる。
 他方では、自治体・公共部門が、この社会的監査を受けつつ、ここでの実績を公共事業の発注の重要な参考基準にすると共に、就労創出や正当な労働報酬、社会的有用性等を達成しうる委託価格を設定することである。
 かかる公正な契約関係の中で、現状の「安ければいい」という委託公共事業のあり方を改め、不安定労働を産み出す契約の一方での不安定性と、「癒着」につながりかねない恣意性を共に克服する道が開かれるのではないだろうか。