【代表レポート】
地方自治体が“働く生活サポート”を~
地方自治体労働行政の新たな展開/労働
相談と個別労使紛争解決支援を中心に |
自治労/全国労政連絡会
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1. 労働者を取り巻く環境の変化
日本の働く人を取り巻く環境が激変している。
バブル崩壊以降の景気の低迷、国際競争の激化等を背景とした倒産・リストラなどにより、完全失業率が5%を超え、労働運動においても、これまでの賃上げをはじめとする労働条件の改善より、ワークシェアリングなどの失業防止、雇用創出対策が焦点となっている。
また、規制緩和と構造改革を錦の御旗とする労働関係法規の相次ぐ改悪を受け、企業はこぞって正社員の業務を非正社員に代替させるなど、労働力の流動化、非正規化を推し進めている。
一方、この状況下において、働く人たちの権利を守り、主張を反映させる労働組合の存在意義がさらに高まっていると思われるが、組織率は低下の一途を辿り、5人の雇用労働者のうち4人が労働組合に未加入であり、小零細企業における労働組合員は稀有の存在である。
日本で誰かに雇われ働いている労働者は、5,300万人とされる。どんなに小規模の地方自治体にも労働者は存在する。21世紀のわが国の浮沈は、労働者一人ひとりの充実した働きぶりにかかっている。その人たちの働く生活を身近な地方自治体がサポートしていくことは、地域における住民福祉の向上と経済の発展を図る重要な取り組みである。
2. 地方自治体労働行政の変化
日本の労働行政は歴史的な転換点を迎えている。
戦後、日本社会の三種の神器と言われた『終身雇用制』『年功序列賃金』『企業内組合』が、『雇用の流動化』『能力・成果主義賃金』『労働者の個別化』に代わろうとする中、日本の労働行政は、地方分権どころか、職業安定行政の国一元化と個別労働関係紛争解決促進法に見られる『労働行政の集権化』と『ノンユニオニズム(労働組合不要論)』へと転換されつつある。
地方自治体は、これまで、主に、「労働者の地位向上、労使間の円滑な調整と自主的な労働組合の育成助長」を基本業務とする労政行政[(集団的)労使関係行政及び労働者福祉行政]と職業能力開発行政に取り組んできたが、さらに、職業安定行政の国一元化の裏腹で雇用対策法が改定され、雇用施策が努力義務とされるとともに、平成13年10月に施行された個別労働関係紛争解決促進法では、個別労使紛争を防止するための『情報提供』『相談』『あっせん』等の施策の推進が努力義務とされるなど、新たな行政課題が提起されることとなった。
これらは、地方自治体に法律上の職業紹介権が認められないなど、実態として不充分な状況があったり、これまで都道府県が主体的、積極的に取り組んできた事業を国が実施することの代償措置としての側面は否めない。
しかし、地方自治体が、住民に身近な行政機関として、新たな、あるいは、新たに労働行政サービスの充実化を図る契機にしようとするならば、地方行政にとって、地方分権の理念に合致するポジティブな施策展開になるものと考える。
3. 都道府県の労働相談と労働行政
昭和30年代以降、都道府県は、労働行政施策として労働相談を進めてきた。それは、当初、特に地域における中小企業において、労働組合と使用者とのいわゆる集団的労使関係が紛糾する中、主に使用者側に対する法知識の付与と労働問題の啓蒙を図る労務相談として実施された。
その後、時代のながれとともに、労働組合の組織化が進まないサービス産業に働く労働者、パート、派遣等の非正規社員の増加などを背景に、労働組合の網にかからない労働者個人と使用者との間で発生する、いわゆる個別労使紛争が増加した。
その状況にいち早く着目した東京、神奈川、福岡、大阪をはじめとする地方自治体は、住民が直面する労働問題のトラブルの解決を支援し、労働生活をサポートするとの観点から、『労働相談』として、トラブルに関係する法知識や情報等を提供し、解決に向けたアドバイスを行い、さらには、具体的に当事者間の主張を調整し、解決策を提示するなどの取り組みを強化してきた。
それは、労働組合に組織されず、一人で悩み、不安の持って行き場のない労働者のニーズに応えるものであり、また、窓口が一定信頼できる行政機関であることから、特にこの10年の間で相談件数が急増し、東京都で年間5万件、神奈川県、大阪府で年間1万件を超えるなどの労働相談が寄せられている。そして、そのうちの一定数は、『あっせん』『調整』というような名称で都道府県が具体的に関与し、何らかの解決が図られている。
このような取り組みについて、1998年に発表された『労働省(当時)・労使関係法研究会報告』では、「労働相談件数は、多くの府県においても増加傾向にある。その結果、増加傾向に対応して相談体制を強化する府県も出てきている。また、都道府県によっては、相談の内容と相談者の希望に応じて、紛争の相手方に対し、解決のための働きかけ(あっせん)を行うものも見られる。・・中略……これら都道府県による労働相談は、労働法規の根拠に基づく行政活動ではなく、住民サービスの一環として相談者及び相手方当事者の意向を尊重しつつ任意的に行われる行政活動にとどまるが、法による縛りがないだけにかえって事案の内容に即したサービスを柔軟に提供しやすい面がある」と紹介されている。
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相談件数
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あっせん件数
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うち解決件数
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東 京 都
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52,445
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1,319
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816件(61.9%)
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神奈川県
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12,156
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271
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169件(62.4%)
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大 阪 府
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10,319
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(調整)47
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35件(74.5%)
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福 岡 県
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4,924
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80
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50件(62.5%)
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近年、行政サービスに関わり、『ワン・ストップ・サービス』という言葉が良く聞かれる。それは、「あらゆる苦情・紛争について相談に応じ、問題点や解決方法・機関等について情報を提供してくれるサービス」であり、先の報告においても、個別労使紛争を処理する体制として、「基本的なサービスとして、“ワン・ストップ・サービス”としての相談機能と簡易なあっせん機能の整備の必要性が高く、これらについて公的機関によるサービス体制を整えるべきである」と提起されている。
その体制は、まさに個別労使紛争の解決を支援する労働相談に取り組んできた都道府県の体制そのものであり、すべての地方自治体において、このような体制が整備されることが望ましいが、行政対象者数や内部の体制など、現実問題として困難であることも事実である。
しかし、地方分権の理念のもと、住民に身近な地方自治体には、効果的な行政サービスの主体的な展開が強く要請されており、労働行政の分野においても、当該自治体に住み、働く人たちに対し、地方の実状を踏まえた積極的な行政サービスの展開が求められている。
今後ますます産業構造の変革が進み、雇用形態の多様化に伴う就労環境の変化や労使関係の不安定化が予測される中、都道府県等がこれまで積み重ねてきた体制やノウハウなどを基礎とする、地域住民の自立的な労働生活をサポートしていく労働行政施策は、地域における生産性の向上と経済の活性化との観点においても大きな意義があるものと考える。
4. 都道府県の労働相談と地方労働委員会による総合的な個別労使紛争解決システム
住民の自立的な労働生活をサポートするという観点から、働く上で発生する労働条件等をめぐる様々なトラブル(個別労使紛争)について、その解決を支援する取り組みは非常に重要である。
これについては、個別労働関係紛争解決促進法の成立を受け、平成14年4月段階で、地方自治体の施策として、すでに39道府県において地方労働委員会を活用するなどの体制で取り組みが始まっている。
それらは、これまで集団的労使紛争の調整等を行っていた地方労働委員会の業務が自治事務化したことに伴い、個別労使紛争についても『あっせん』を行うなどとしたものであり、そのほとんどは、要綱や要領に基づき、知事からの委任を受けるものとなっている。
これらは、はじまったばかりであり、行政効果は今後の実践にかかっているが、労働相談を基礎に個別労使紛争の解決支援に関わってきた立場から、次のような問題点と課題を指摘したい。
それは、多くの府県において、知事部局等で行う『労働相談』と地方労働委員会で行う『あっせん』がそれぞれに自己完結し、分離されていることである。
都道府県の行う『労働相談』は、法的な権限による監督、指導などの強行規制という側面はなく、相談者の置かれた状況に応じ、トラブルの解決に向けた具体的なアドバイスを行うところに最大の意義と特徴がある。
そして、労働相談に積極的に取り組んでいる都道府県が実施している『あっせん』『調整』は、相談におけるアドバイスにとどまらず、その延長線上において、問題の背景を客観的、法的に整理した上で、関係者に働きかけ、自主的な話し合いの仲介等を通じ、解決を具体的に支援するものであり、まさに簡易・迅速な『ワン・ストップ・サービス』を具現化したものである。
その意味で、個別労使紛争の処理を効果的に進めるため、地方労働委員会が行う『あっせん』は、『労働相談』による問題点、争点、当事者の主張等の整理に連動して実施されるべきであり、『労働相談』と『あっせん』がそれぞれに自己完結してしまうと、知事部局で『労働相談』を行った住民が地方労働委員会に『あっせん』を申請する際、重複して一から状況説明をしなければならず、せっかく解決を求めて『労働相談』を行ったにもかかわらず、「ここまでは相談です。これ以上の動きを求めるなら、地方労働委員会に申請し、改めて状況を説明してください」と指示されたなら、手続の不効率性や時間的な問題から、その段階においてもはや地方労働委員会への申請を断念してしまうことが考えられ、個別労使紛争解決支援の取り組みに何よりも求められる、『簡易性』『迅速性』において問題が多いものと考える。
地方労働委員会そのものに『労働相談』機能があれば問題は少なくなるが、多くは、対象事案等についての申請手続は説明しても、『あっせん』の事前整理としての『労働相談』は行わないのが現状である。
5. 大阪府の個別労使紛争解決システム
大阪府は、そのような問題点に着目し、より効果的な個別労使紛争解決システムをめざし、平成14年4月から、知事部局の『労働相談(“調整”を含む)』と地方労働委員会の『あっせん』を総合化した制度を開始させた。
それは、個別労使紛争事案について、労働事務所の職員が労使双方の主張や意見を調整していく『調整』を制度化するとともに、これに地方労働委員会が行う『あっせん』を追加し、同じ府の執行機関である労働事務所と地方労働委員会が連携することにより、個別労使紛争の解決を図るながれを制度として総合化したものである。
具体的には、労働事務所で『労働相談』を受け付け、そのうち、労使の間で自主的な解決が困難なものについては、労働事務所の職員が『調整員』となり、『調整』を実施し、『調整』によっても解決が図れなかった事案等を地方労働委員会の公・労・使の三者委員による『あっせん』で解決を図るという二段構えとしている。
そして、『労働相談』『調整』『あっせん』の一体的な運用を担保するため、『労働相談前置主義』を採用し、すべての申請の窓口を労働事務所に一本化するとともに、『調整』による解決を図るか、『あっせん』による解決を図るかについて、『労働相談』から紛争の実状を知り得ている労働事務所が判断することとしている。
この制度のメリットは、①『労働相談』を行い、その紛争の実状に詳しい労働事務所の職員が『調整』を実施することにより、簡易かつ迅速に、さらには、労使の実状に即した解決の促進を図ることが可能となること、②『調整』による解決が困難等の事案については、地方労働委員会の委員が乗り出すことで解決に向けた実効性が担保されること、③窓口を労働事務所に一本化することで、『労働相談』から『調整』『あっせん』への円滑かつ適切な移行が可能となること、などである。
トラブルが生じた当事者は、一刻も早い解決を望んでいる。しかし、解決を図る上で、自分自身に起こった労働問題のトラブルについて、迅速かつ客観的に問題整理ができる人などほとんどいない。
その意味からも、個別労使紛争を解決に導くため、労働問題の整理と解決に向けたアドバイスを行う『労働相談』と、迅速性、機動性、柔軟性を兼ね備え、問題の具体的な解決を支援する『紛争処理』を一体化したシステムが望ましくかつ有効であると考える。
6. 個別労使紛争を未然に防止する労働教育と啓発・啓蒙
併せて、個別労使紛争を未然に防止するため、基本的な労働法規、労働問題に関する住民への教育、啓発・啓蒙もまた重要である。
日本では、最低の労働条件が労働基準法で定められ、採用前に事業主が労働者に明示しなければならない労働条件が決められたり、10名以上の従業員を使用する事業主に就業規則の作成を義務付けたりしている。また、大企業の労使では、労働基準法を上回る労働条件が労働協約で決められるなどしている。
他方、個別労使紛争事案では、最低の法律すら守られないことから生じるトラブルが多いこともまた事実である。
相談現場の感覚から言わせてもらえば、日本の労使関係者で労働基準法をはじめとする労働関係法規を理解している人たちは、一部の労働組合役員や企業の人事・労務担当者を除き、ほとんどいないといっても言い過ぎではない。
それほど、事業主に雇われて働く人たちは、自分自身に直接関係する労働関係法規について無知であり、そのため、その点に乗じて労働条件を不利益に取り扱おうとする使用者も見られるが、それよりもむしろ労働関係法規に無知な使用者のほうが多いのが実態である。
労働者、使用者がともに労働関係法規を理解、遵守するとともに、それらを踏まえた就業規則等が正しく運用され、労使が日頃から話し合いを重ねていれば、トラブルそのものが少なくなり、仮に、トラブルになりかけた、あるいは、なったとしてもそのほとんどは防止、解決できることに間違いはない。
繰り返しになるが、雇用形態の多様化に伴う就労環境の変化や労使関係の不安定化が予測される中、労使、特に労働者が自分自身の働き方に関する法規定を理解、認識しておくことは、働く上でのトラブルを防止するだけでなく、意欲的に働いていく上でも必要不可欠な基礎的事項である。
今後、高度成長期のような、プラスアルファが当然であるかのような時代状況はない。そこでは、法律で定められた権利を周知徹底し、いかにそれらを生かしながら拡充を図っていくか。それこそが日本の労働社会が21世紀に前進していくための鍵であろう。
激変の時代だからこそ、すべての労働者、使用者が、日本で働く上でのルールである労働関係法規やその時々の労働問題を正しく理解、認識することが肝要であり、それを促す教育、啓発・啓蒙活動の必要性は極めて高い。
労働相談と同様に、労働教育や啓発・啓蒙に取り組んできた地方自治体にとって、住民の自立的な労働生活をサポートする施策として、暮らし、働く人々が(使用者も当然に対象である)最低限知っておくべき労働問題と労働関係法知識の教育、啓発・啓蒙のより一層の拡充が求められている。
7. これからの地方自治体労働行政
地方分権の理念のもと、国からの機関委任事務が廃止され、地方自治体は、これまで以上に主体的な、そして、高度成長期からバブル崩壊を経て、"ハコモノ行政"から住民の暮らしを真にサポートする行政への転換が求められている。また、財政が逼迫する中、最小の費用で最大の行政効果を追求する取り組みが、住民から、社会から、時代から要請されている。
改めて見直すと、この10年の間でにわかに脚光を浴びた都道府県の労働相談と個別労使紛争解決支援の取り組みは、住民の暮らしを真にサポートする施策そのものであり、マンパワーがすべてであるがゆえに、人件費のみで多大な費用もかからず、そして、住民との信頼関係を構築できる。その意味では、今後の地方行政の進むべき方向を示唆するものと言えるかも知れない。
個別労働関係紛争解決促進法が施行され、国においても、労働相談、個別労使紛争処理の取り組みが始まった。一面、地方自治体と国との競合関係という見方がされ、国の取り組みは、法律に基づく行政行為であるため、地方自治体の取り組みよりも実効性が強いようにも受け取られがちである。
しかし、個別労使紛争解決支援の取り組みは、あくまでも当事者に起こった労働問題について、当事者の立場に立って整理していく『労働相談』がスタート地点であり、それは、当事者のその後の労働生活をも見据えた取り組みであるべきである。
すなわち、単に住民が直面する労働問題に関わるトラブルの処理よりも、住民の労働生活のサポートという観点で位置付けられるべき施策であり、地方自治体がそのような視点で位置付け、これを拡充していく限り、単に直面するトラブルを処理するだけの国の取り組みと重なることはない。
労働問題に関わるトラブルに直面した住民にとっては、自分自身がめざす問題処理の方向性によって、地方自治体の制度を利用するか、国の制度を利用するか、選択可能な複線的なシステムが用意されているに越したことはなく、また、できる限り効率的・効果的な行政システムが機能することが望ましいことは言うまでもない。
そうであるからこそ、日々、労働基準法に違反しているような事案を目の当たりにする地方自治体の現場としては、裁判制度の壁がまだまだ高い現実の中、個別労使紛争の解決支援について、「①当事者の状況や争点の整理、問題解決の支援を地方自治体の労働行政が担う、②国は、最低の労働条件を定めている労働基準法等の労働関係法規違反の取締りと遵守を徹底させる、③それにより、個別労使紛争解決支援の実効性は確実に高まる」という地方自治体と国との有機的な連携が、住民にとって最も有効な行政手法であるとの主張は変わらない。
また、労働行政を進めるにも体制的な困難が伴いがちな市町村には、都道府県と連携、タイアップした取り組みを呼びかけたい。
市民は同時に県民でもある。内部の体制が整わないのなら、都道府県との協力・共同で労働相談窓口を開設したり、労働関係法規の啓発冊子を発行するなどの取り組みが可能である。
「住民の自立的な労働生活をサポートする」との行政目的を共有し、相互の協力・共同関係のもと、より効果的な行政サービスを届けることができるものと考える。
今、社会と時代の変化に対応した地方自治体労働行政の再構築が求められている。
それは決して新しい課題でもなければ、困難な取り組みでもない。これまで積み重ねてきたノウハウを再確認するとともに、「住民の暮らしをサポートする」という基本理念に立ち返り、施策を効果的に組み直していくこと、それこそが21世紀における地方主権の王道でもある。
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