【代表レポート】

グローバリズムへの抵抗のあり方
―NHKスペシャル「変革の世紀 国家を超える市民パワー」を素材として

ATTAC Japan(首都圏)・事務局長 田中 徹二

 与えられたやや難しいテーマの文章が、もし映像になるとすればすごく分かり易いものになるでしょう。え? そんなことができるのかと疑問に思われるでしょうが、実は逆であれば可能です。つまり、映像を文章化するということです。それは、みなさまの中にもご覧になり、あらためて欧米のNGOはすごいなと驚かれた方も多いと思いますが、さる4月14日に放映された『NHKスペシャル・変革の世紀 国家を超える市民パワー~国際政治に挑むNGO~』について、一定文章化するということです。この番組は、一言でいって“反グローバリゼーション運動入門”のような内容となっているからです。
 今回、番組内容をフォローアップしながら解説しつつ、その中で世界の反グローバル化の運動の状況を述べることができればと思っています。ところで、このNHKスペシャルで放映された内容は、反グローバル化運動にとって第1ステージと呼べるもので、現在は第2ステージが始まりつつあるというのが筆者の考えです。従って、第2ステージへと踏み出した今年1月の世界社会フォーラム以降の状況も説明します。そして、この拙文を読んだ後にもう一度NHKスペシャルを見てください。きっとより深く番組の内容が理解され、「グローバリズムへの抵抗のあり方」が発見されるかもしれません。また、世界の運動の第2ステージも理解しやすいと思います。(番組についてはこちらで録画していますので、もう一度見たい方はお申し出下さい)。
 なお、「 」に書かれてある文章は、基本的に番組で語られていたものです。

1. 導入:国境を超える市民パワー

 番組は、冒頭「民間の組織であるNGO(非政府組織)が国際政治は国家が担うものというこれまでの常識をくつがえそうとしている。市民が国際政治の主役になろうという新たな動きがはじまった」と語られ、昨年12月ベルギー・ブリュッセルでのEU(欧州連合)サミットに対抗して10万人もの市民が結集して行われたデモと、その組織化の中心団体であるNGO、ATTAC(アタック)のパリ大会の模様からはじまります。まず、圧倒的な数の人々の結集と多様性にあふれる参加スタイルに驚きます。そして実際、日本では考えられませんがEU首脳(議長国のベルギー首相など)とNGOの直接対話が行われ、市民が国際政治(この場合EU)に大いにプレッシャーをかけていることが分かります。
 放送側は番組の企図を、「ここ数年、G8サミットなど大きな国際会議が開かれるたびに、“反グローバル化”を掲げて数万人もの市民グループが国境を越えて結集し、会議の行方に影響力を持つまでになっている」が、「しかし彼らが何を求めているのか、どのような組織なのか、力の源泉は何かがこれまであまり知られていなかった」とし、それを知るためにあるヨーロッパの市民グループに密着取材して「市民パワーが21世紀の国際社会でどのような役割を担おうとしているのか」を探っていきたいと述べています(NHK変革の世紀ウェブサイトから)。
 ある市民グループというのがフランスでつくられた国際NGOであるATTACのことです。テレビを見ていて次に驚くのが、ATTACのある地域集会(パリのカルティエ・ラタン地区)の模様を映していましたが、大学教授、退職者、主婦、学生、医師など普通の市民たちが自由に集まって国際政治について語り合っているシーンが印象的でした。ただし、ATTACには労働組合や農民団体、様々な社会運動団体が団体加盟していますので、正確には、“多くの普通の市民たち”を引き寄せているダイナミックな運動だと言うべきでしょうか。
 ともあれ、ATTACは1998年にフランスで設立されました。正式名称は、“市民を支援するために金融取引への課税を求めるアソシエーション”(Association for the Taxation of financial Transactions for the Aid of Citizens)と言います。この運動体が4年ほどの間に、ヨーロッパではほとんどの国で、これにアフリカやラテン・アメリカなどの途上国を含んで40カ国を超えてATTACが組織されているようです(テレビでは47ヵ国にそのネットワークが広がっていると言っていました)。アジアでは日本が最初で、昨年末に首都圏と関西で相次いで設立されました。

2. ATTACの主張:市場を非武装化せよ

 番組では次に、ATTACがどのような主張をしているか、またどのように作られたかを紹介しています。まず主張。「行過ぎた経済のグロール化が様々な歪みをもたらしているとして、①投機マネーの規制、②途上国の貧困の撲滅」が上げられていました。そして「国際政治を今すぐ変えなければ途上国の貧困など多くの課題の解決が手遅れになる」と言っています。
 次に、組織化。それは5年前のフランスの月刊誌『ルモンド・ディプロマティック』の社説「市場を非武装化せよ」での主張がきっかけとなったと言っています。つまり、社説は「グローバル化したマネーが国家を超える権力となり世界を不幸に陥れている。21世紀を弱肉強食の世界にしてはならない」と訴えましたが、これに対しすぐさますごい反響が巻き起こったということです。実際、その年の1997年はタイの通貨暴落にはじまるアジア通貨危機の年で、投機マネーが次々と各国を破綻させていきました。番組は社説への市民からのEメールでの投稿のいくつかを紹介しています。「こんな多額の投機マネーが動いているのか、それに税金がかからないなんてとんでもないことだ」。1日に何千通も来るという読者からのたいへんな反響を通し、「家庭や職場、それぞれの生活の中で社会へ疑問を抱いていた人たちが次々とATTACの活動に加わってきた」と番組は述べています。
 当時のマネー状況につき数字をあげてみましょう。世界の貿易総額(98年)は6.6兆ドル、国内総生産(GDP)の世界合計(99年)は32.5兆ドル、これに対し為替取引総額(98年)は1日当り1.8兆ドルです。つまり、年間の貿易――モノ、サービスという実需――取引総額は、為替取引の4日分にもなりません。資本取引がいかに巨額であるかわかります。そしてその取引の大部分が短期の投機的資本でした。
 この社説の結論ですが、“いまや、地球規模で、市民を支援するためのトービン税(後述)の導入を求める行動を非政府組織(NGO)として創設しなければならないのではないか。労働組合や、文化的、社会的、エコロジー的な目標を掲げるアソシエーションと結びついたら、この組織は各国政府に対する市民的圧力グループとして力を発揮し、各国政府がこの連帯のための世界的税を実行に移すようにしむけることができるかもしれない”と呼びかけました。これに多くの市民そして社会運動団体が応えたということです。

3. 分析:なぜ国家を超えての運動か

 続いて番組では、ATTAC運動のような国家(国境)を越えてのNGO運動がどうして起きてきたかの分析を行います。この運動がエポックをなしたのが99年末の米国シアトルでのWTO(世界貿易機関)第3回閣僚会議に対して世界から結集したNGOや労働組合などの反対運動でした。「市民たちがなぜシアトルに集まったのか、活動分野を超えて彼らを1つにしたものは一体何だったか。99年11月30日シアトルに5万人の市民、500を超えるNGOが集まったが、彼らの共通目的はWTOの推し進める経済のグローバル化への抗議だった」。番組では触れられていませんが、5万人のデモ隊のうちで多数は米国のナショナルセンター、AFL-CIO(労働総同盟産業別会議)の動員によるものでした。この労働組合主催の集会には全世界144を数える国々からたたかう人々が参加しました。
 番組の続きです。世界のNGOにシアトルへの結集を呼びかけたのは、戦後の米国消費者運動をけん引してきたラルフ・ネーダー氏が設立したNGO、パブリック・シチズンでした。このNGOは30年の歴史(1971年設立)をもつ老舗の団体ですが、グローバル化が進んだ90年代に入るや、それまでの運動のし方、方法論ではたたかい得なくなったと言います。ネーダー氏は次のように語ります。「かつては私たちは議員とか国会とかという責任をただす明確な相手がいた。ところがグローバル化は状況を一変させた。私たちは相手を見失っている。働きかけたくても世界議会と言うものは存在しない」。
 続いて、番組は「パブリック・シチズンがこれまでの手法に限界を感じ」させた90年代後半カナダで起きた環境規制を巡るある訴訟にスポットをあてます。その訴訟とは、カナダで操業する米系企業エチル社が、同社の製品であるMMTというガソリン添加物の輸入を禁止したカナダ政府の決定に対し、その規制によって損害を受けたとして約315億円の損害賠償を求めてカナダ政府を提訴したことでした。MMTは有毒であり(マンガンなどを含有―筆者注)「米国などすでに多くの国で規制されていた」ことから、カナダ政府も97年に輸入を禁止したのでした。
 ところが、北米自由貿易協定(NAFTA;カナダ、米国、メキシコの3ヵ国が加盟)には、その第11条に、“外国投資家の財産権その他の保護”を謳い“外国投資家が、利益の損失をもたらす法律について当該国の政府(州であれ連邦であれ)に対して訴訟を起こすことができる”という規定がありました(番組では簡潔に「(NAFTAには)企業が投資先の国で損失を受けた場合はその国を訴えることが出来ると記されている」と言っていました)。
 この訴訟に対し、カナダ政府は当初たたかう姿勢でしたが、「1年後、政府はMMTの危険性を科学的に証明できないという理由で規制を自主的に撤回」してしまったのです。あげくには事件にかかった費用への補償としてエチル社に2,000万ドルを支払い、謝罪文まで出しました(筆者注)。番組で、「結局政府も企業側の支援に回ってしまった。国民の安全よりも大企業を優先させた。この法律は私たちのとって重要な転機となった」とカナダのNGO、カウンシル・オブ・カナディアン代表のモード・バロー氏は言いましたが、この事案がパブリック・シチズンにとってもこれまでの運動論からの転機となったのです。
 NAFTA第11条に現われているのは、いわば企業によるクーデターであり、企業は主権国家と同じレベルに立ってしまったと言えないでしょうか。国や地方自治体が様々な環境・社会政策を打ち出すにあたり、たえず企業(ほとんどは巨大な多国籍企業である)活動の自由について、企業からの訴訟について考えなければならなくなったのです。
 このエチル社の問題に続いて、今度はカナダのMethanexが同社の製品であるガソリン添加剤として使用しているMTBE(エーテルの一種)に対し、米カリフォルニア州が発ガン性があり地下水を汚染しているとの理由によりMTBE使用を禁止しようとしましたが、Methanexは州を提訴しました。ちなみに、日本でもMTBEによる地下水汚染が問題になり、昨年夏石油業界は自主的に販売を中止しています。

4. 運動の歴史的転換点:MAI秘密協定から

 さて、番組の方に戻りましょう。エチル社の件で揺れている時に、「パブリック・シチズンはある秘密文章を入手しました。それはOECD(経済協力開発機構;先進29カ国で構成)で密かに進められてきた貿易(投資)協定の草案だった」。「NAFTA同様に企業が投資先の国を訴えることができるとされていた」その草案とは多国間投資協定(MAI)でした。
 番組では、MAIの具体的説明はありませんでしたので、簡単に述べます。実は、このMAIは98年に交渉は挫折し、陽の目を見ることができませんでした。
 さて、MAIですが、これを一言でいえば投資の完全な自由化と投資家の保護をめざすものです。そして先述したように投資家(外国企業)が直接国家を訴えることができるということで、企業が国家に並び立つという驚くべき協定です。その協定の内容の中に、NAFTA同様“投資と投資家の保護”があり、現地政府が収用(没収)を行う際、外国企業への補償が義務付けられますが、新たな環境・社会規制などが企業活動を制約することになれば、それも収用と同じと解釈され、規制によって起きた企業損失を政府が補償しなければならなくなります。また、外国企業が参入・設立する際に条件をつけることを禁止するなどの投資の自由化がはかられ、これは巨大な外国企業が参入・設立した場合、途上国の弱小産業はもとより、先進国でも地場産業などは太刀打ちできなくなります。まさに、多国籍企業のための権利憲章といわれる所以です(以上、「MAIにNO! 日本キャンペーン」のリーフレットより)。
 番組に戻ります。パブリック・シチズンはこの秘密の投資協定を前に「一国の政府や議会を相手にしているだけではこの流れを食い止めることはできない」として、当時爆発的に広がっていたインターネットを使って、全世界に公開します。その結果、「EUなど先進国で反対運動の輪が広がっていった。環境、消費者保護、人権などそれまで専門分野別に活動してきたNGOの間に共通の目標が浮かび上がってきた」と述べています。ちなみに、日本でも、環境NGOである市民フォーラム2001(01年に組織解散)を中心に2年にわたり「MAIにNO! 日本キャンペーン」が繰り広げられました。そして98年MAIは全世界の反対キャンペーンの前に頓挫してしまいました(しかし、先進国側は「直接投資多国間ルール」をWTOの場に移し、昨年11月のドーハ閣僚会議で2003年よりの交渉開始協議事項に入れ込みましたが、とくに日本がもっとも熱心です)。
 「自由貿易をすべてに優先させる経済のグローバル化、そしてグローバル化をさらに推し進めるWTOの新ラウンド交渉がはじまろうとしていた。パブリック・シチズンはこの新ラウンドを阻止すべきと考え、シアトルでのWTO閣僚会議を標的にしていく」と番組は述べます。99年「11月30日、(途上国・先進国の別を問わず)様々なNGOが結集し、それぞれの要求がシアトルで1つになった。経済のグローバル化が自然破壊をもたらすと叫ぶ環境NGO、貿易自由化を叫ぶ農民たちのNGO、雇用を奪うなと叫ぶ労働組合、5万人の市民が会場を取り囲む中でWTO閣僚会議がスタートした」と番組は述べます。この閣僚会議がどうなったかは、ご案内のことと思いますが、実際の交渉から遠ざけられていた途上国代表の不満が高まり新ラウンドを拒否するにいたりました。大規模な市民のデモが途上国代表を勇気付けたことは間違いありません。
 国境を越え、活動分野を越え、あるいは“ブルーカラーと亀の連合”(組織労働者と環境NGOとの連合)というこれまであまり出会いのなかった運動体が共に行動するという点で画期的でしたが、その上に国際的な経済会議を実際に止めてしまったという類例のない成果があり、全世界に「市民パワーの存在を印象付け」ました。
 さて、WTOやMAIに見られる特徴とは、様々な経済社会政策が国家によって決められるのではなく、その頭ごなしに国際的に決められてしまうことです(後述しますが、最近の欧州各国での国内選挙で左派が低調なのは、その国の経済社会政策がEUによって基本を決められてしまい、結果としてグローバル化推進側に立たされているからだと思います)。実際、現在機能しているWTOは法的拘束力を持つ国際機関ですので、加盟各国は貿易の自由化の阻害となる国内法を撤廃や改正したり、新たな国内法の制定などをしなければなりません。もし、しかるべき措置がとられない場合には常設されている“紛争解決機関”によって罰金の額が決められ制裁を余儀なくされてしまいます。従って、環境、社会、経済政策などの変革を求めるNGOや労働組合などの運動も、一国内で完結するのではなく、必然的に国際化・グローバル化せざるを得なくなったのです。番組でも「市民の側も、グローバル化に合わせるかのように歴史的転換があった」と結論付けています。

5. 代替案の模索:トービン税・世界社会フォーラム

 番組は続いてATTACに戻ります。グローバリゼーション経済の根幹である膨大な金融資本、とりわけ世界経済を大混乱に陥れることができるまでに成長した投機的資金に対し、「ATTACはこれをストップさせる具体的政策を市民の手で作ろうと検討してきた。目をつけたのが為替取引に税金をかけるトービン税であった」。トービン税とは、そのシステムを考案したノーベル経済学受賞者であるジェームス・トービン博士の名を取ったものです(今年の3月に亡くなりました)。番組は税の内容に入ります。「(すべての為替取引に)最高で0.1%の税をかけ、こうすることによって投機筋にだけ打撃を与えるようにすることができ、その税収が年間1,660億ドル程度のものが見込まれ(すべてのODA=政府開発援助額の3倍)、それを途上国の貧困対策などにあてるという独自の案」をATTACは提案します。補足します。①どうして投機筋だけに打撃を与えることができるか、②どうして税収が1,660億ドル(約20兆円!)にもなるのか。①ですが、投機的資金はホットマネーとも呼ばれるように短期の取引を繰り返すことに特徴があり、取引が多くなればなるほど税率が上がってしまうからです。②については、98年段階で為替取引の額は、1日当り1.8兆ドル(約200兆円!)もの巨額に上っていますので、税収もきわめて低率課税とはいえ大変な額になります。
 このトービン税は、国際社会の途上国の貧困対策、より正しくは南北格差(不平等)是正のための対策としての代替案になるものです。ご案内のように、通常これらの対策に対してはODAが上げられますが(とくに貧しい国になればなるほどODAが唯一の開発資金源になる)、92年の国連環境・開発会議(地球サミット)時に国際社会は自国のODAをGNP(国民総生産)の0.7%まで高めることを努力目標としました。しかし、当時も現在もその比率は0.3%を切っており、むしろ年々減少する傾向となっています。これは完全に国際社会のサボタージュです。もし、全世界でトービン税が導入されるならば、GNPの0.7%は軽くクリアーすることができます。
 グローバリゼーション推進論者や市場原理主義者―従って、北側諸国の主な政治家と財政・金融担当者―は、国際的規模の規制措置となるトービン税に絶対反対でしょう。だが、番組では実現に向けての希望を垣間見せてくれます。「(フランスの世論では)グローバル化の歪みを正す現実的政策として人々に受け止められ、70%以上が賛成している…、EU議会でも論議が始まり(この税につき議案に取り上げるための決議案を提出したが、わずか6票差で否決)、さらに現在32カ国852人の国会議員がトービン税支持に署名している」、まさに「市民が作った政策がいま政治のグローバル化を動かしつつある」という現実になっています。
 実際、フランスでは昨年11月に国会でEU(欧州連合)諸国が同時に行うという前提つきながらトービン税導入が採択されました(カナダはこれよりも早く決議を上げています)。このことから、EU各国―イギリス、スペイン、ドイツ、イタリアなど―でも大きな運動になりつつあります。各国のATTACはもとより、他の多くのNGOや労働組合が取り組みを強化しています。
 番組はエンディングに向います。「シアトルの抗議行動から3年、国際政治に強い影響力を持つまでになったNGOが今年2月再び結集した。ブラジルのポルトアレグレ市に、世界123ヵ国から5,000のNGO、6万人の市民が参加した」。この集まりは―私たちATTAC Japan も参加しましたが―、第2回目の世界社会フォーラム(WSFⅡ)です。「市民たちは、グローバル化に替わる新しい社会を求めて、800をこすテーマで討論を行った」。ATTACフランスのベルナール・キャッセン代表は、このフォーラムの中で「今の世界に替わるもうひとつの世界は必ず作れます」と断言しました。

6. WSFⅡ:9・11テロ事件を超えて

 番組では時間的制約からでしょうが、最後にほんの少ししか放映できなかった世界社会フォーラム(WSF)について説明します。多分、この先10年間ほど世界の社会運動の中心グループとして、WSFに参加するあらゆる運動団体―NGO、労働組合、農民団体、女性運動、マイノリティー運動ほか―が占めていくのではないかと思うからです。つまり、“グローバリゼーションに抵抗する”国際運動の求心勢力になっていくということです。米国の良心とも言われる言語学者のノーム・チョムスキーMIT教授は、今回のフォーラムで「今日の真に世界的なたたかいは、ダボスとポルトアレグレとの間でたたかわれている」と発言しました。
 WSFは、世界経済フォーラム(WEF:通称ダボス会議と呼ばれている)に対抗するために去年から開かれて、今年で2回目です。WEFというのはスイス・ダボスに各国の経済人が集まる私的な会議でした。冷戦後には政治指導者も加わって、経済のグローバル化を推進するための各界のエリートのフォーラムとして華々しく開催されるようになりました。これに対し、99年末のWTOシアトル会議での反グローバル化運動の高揚を受けて、翌年の2000年1月、ATTACフランスの呼びかけて、雪深いダボスで抗議デモが行われました。その後運動の内部から抗議行動だけでなく、オルタナティブを探っていく民衆側のフォーラムが必要ではないかという声が出ました。結論として、01年1月ポルトアレグレ市で世界社会フォーラムを開催することになったのです。このフォーラムには予想を超えて1万5千人ほどが世界から結集しました。
 そして今年の第2回WSF。このフォーラムの目的は、「もうひとつの世界」を求めての討論、別に言えばオルタナティブを模索する場です。それと各運動体の経験交流と連帯の場でもあります。文字通り「インド・アフリカのNGOからアメリカの先住民代表まで、パレスチナの戦士からイスラエルのNGO代表団まで」(地元メディアから)、国境、民族、言語の壁を越えて、8万人近くが集まりました(主催者発表)。労働組合は、ブラジルや南アフリカのナショナルセンターが参加していますが、先進国の中のナショナルセンターは参加していないようです。国際公務労連(PSI)は書記長以下多数が参加していたようです(ATTAC JapanのワークショップにもフィリピンのPSI役員が参加)。国会議員クラスもブラジルの国内の議員と共に1,200人の参加がありました。とくにフランスからは6人の閣僚と並んで、3人の大統領候補と2人の代理人がやってきました。
 実は、WSFⅡ開催に至る道は平坦ではありませんでした。確かに日本で言う反グローバリゼーション運動はシアトル以降も盛り上がりを見せ、その頂点として昨年7月のジェノバG8サミット抗議行動がありました。イタリア当局の様々な弾圧(青年1人が虐殺される)にもかかわらず、主催者の予測をはるかに超える30万人が結集しました。G8並びに国際機関の“正統性”は地に落ちたといってよいでしょう。実際、欧州内での世論はG8不用論が多数を占めるようになりました。そしてこのたたかいの何よりの成果は、反グローバリゼーションの国際ネットワークがシアトル時に比べて飛躍的に進んだことでした。
 しかし、2ヵ月後の9月11日に米国同時テロ事件が起き、これが窮地に陥っていた経済のグローバル化を推進する側を救ったと言えます。実際、世界的に“グローバル化に抵抗するものはテロリストの手先である”旨の大キャンペーンが行われました。10月7日には米国のアフガニスタン空爆が開始されました。こうした中で、シアトルのたたかいの一方の当事者であったAFL-CIOは反グローバリゼーション運動から一歩退くことになったことに示されるように、運動は大きな後退を余儀なくされました。また、“自由経済、自由貿易を守れ”の大合唱のもとに、先進国主導の貿易体制に抵抗する途上国・南側をまきこんで、11月カタール・ドーハでのWTO第5回閣僚会議が開催され、2005年1月1日を最終期限とする新ラウンド立ち上げが決められてしまいました。
 こうした状況から、WSFⅡが成功するかどうか、とりわけ現地ブラジルの組織委員会には相当のプレッシャーがあったようです。しかし、全世界・全大陸からかくも多数の参加があり、反グローバリゼーション運動のエネルギーは健在であることが内外に示されました。

7. 世界的動員:欧州での反グローバル化の新たな展開

 さて、WSFとしては宣言などは出なかったのですが(出さないことが確認されている)、このフォーラムの中心団体であるATTAC フランス、CUT(ブラジルの労働組合ナショナルセンター)、ヴィア・カンペシーナ(農民の道:ラテンアメリカやヨーロッパを中心に世界各地に組織をもっている農民団体)、フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス(タイのNGO)などのいわゆる“社会運動グループ”がイニシアチブを取って、「ポルトアレグレⅡ 社会運動団体からのよびかけ:新自由主義、戦争、ミリタリズムへの抵抗を 平和と社会的公正のために」という宣言を出しました。そこで2002~03年の運動と動員のスケジュールを出しました。これが社会運動団体の基調・運動方針案となるものです。この動員に基づいて、例えば3月16日のスペイン・バルセロナでのEU首脳会議にはなんと50万人がデモを行いましたし、8月末から9月上旬にかけての南アフリカ・ヨハネスブルグでの環境開発サミットにも動員が呼びかけられています。
 WSFⅡで決まったことは2つ。ひとつは、年1回の巨大なフォーラムを開催するだけではなく、地域別、国別、テーマ別フォーラムを開催していくことについて、もうひとつは、次回以降のWSF開催地の決定について―03年ポルトアレグレ、04年インド、05年アフリカ―、でした。前者につき、この8月のタイ・バンコクでのWSF国際代表者会議で、新自由主義に関するテーマ別フォーラム(2002年8月下旬、アルゼンチン・ブエノスアイレス)と新自由主義、戦争とレイシズムに反対するヨーロッパ社会フォーラム(2002年11月7~10日、イタリア・フローレンス)、来年1月上旬のアジア社会フォーラム(インド・ハイデラバード)開催が確認され、さらに、パレスチナの平和を求めて戦争と占領に反対するフォーラムなどが企画されています。このようにWSFⅡプロセスは確実に進行しています。
 このところ反グローバリゼーション運動の総本山とも言える欧州で政治的・社会的異変が相次いでいます。ひとつは、ポルトガル、オランダ、フランスにおける選挙で相次ぐ右派の勝利で、これにイタリア、スペインを加えると、左派から右派への政治的転換が定着しつつあることです。もうひとつは、労働組合のストライキの激化です(ドイツやイギリスは賃上げを、イタリアとスペインは労働者の解雇規制の緩和に対して)。
 前者については、大きな要因として、ほぼ次のような評価がなされています。つまり、経済のグローバル化を推進するEUレベルで経済社会政策がほとんど決められてしまい、国内政治だけではグローバル化に対抗できないこと、その結果として左派としての独自性をまったく発揮できなくなってしまった、と。
 後者について、従来ない構造ができてきているようです。それは、ゼネストの行われたイタリアとスペインで顕著です。労働組合とは別に「社会フォーラム」が各地に組織され、そのフォーラムが労働組合と一緒になってたたかっていることです。原型は昨年7月の「ジョノバ社会フォーラム」だと思いますが、ここには市民・NGO、農民団体、マイノリティー団体その他あらゆる社会運動団体が結集しており、労働組合のたたかいを我がたたかいとして共に連帯して運動しているようです(経過、詳細は調査中)。また、ドイツでは最大最強の労働組合といわれている金属関係の労働組合であるIGメタル(組合員280万人)が、反グローバル化団体であるATTACドイツと運動の提携を始めたと伝えられています。
 ここに“グローバリズムへの抵抗のあり方”の第2ステージが始まったように思われます。つまり、強大な資本力、官僚群、そして政治家を有する新自由主義的グローバリゼーション勢力に対し、労働組合プラス様々な社会運動団体との共闘による国境を超えた運動というあり方が。
 “昨年来の中道左派政権の退潮は、欧州の既成左翼勢力を混迷のふちに投げ込んでしまった。…再び自らの存在意義を証明できるのか。「グローバル化のありようを変えるため、労組、農民、様々な社会運動が国を超えて連帯することだ」とパリで会った著名な社会運動家クリフトフ・アギトン氏はいう。左派のグローバル化。険しい道だが、それしかないように見える”(8月18日付朝日新聞『苦悩の「左」、何を考える』ヨーロッパ総局長 村松康雄)。ちなみに、クリフトフ・アギトン氏はATTACフランスの国際関係部責任者です。
 このように欧州での反グローバリゼーション(民衆のまたは連帯のためのグローバリゼーション)運動は新たなステージへと突き進んだようです。さて、私たち日本での運動はどのステージなのでしょうか?