【自主レポート】

共生社会の実現に向けて
― 正しい歴史認識を求める、教科書問題への取り組み ―

大阪府本部/大阪市職員労働組合・平野区役所支部

1. はじめに

 大阪市では1998年3月に「大阪市外国籍住民施策基本指針」が策定され、大阪市職では、その策定にあたり政策課題として、国際化施策推進プロジェクト会議を設置し、現場組合員の意見を策定に取り入れる取り組みを行ってきた。また、大阪市従と連携をとりながら基本指針の策定に当たって、「外国人は住民」という認識と共生の理念にもとづいた、総合的な国際化施策の確立されるよう求められてきた。そして策定された基本指針の中で冒頭、考え方と目標が次のようにしめされている。

(1) 基本指針の考え方
  ・「内外人平等の原則」をはじめとした国際的な人権基準の尊重
  ・国籍や民族を問わずすべての人が違いを認めあい、尊重しあう共生の地域社会づくり
  ・外国籍住民の多数を占める在日韓国・朝鮮人の多くは「特別永住」の資格を持っていることなど歴史的経緯に十分な配慮
  ・各種言語や情報提供の推進に努めるとともに、言葉や生活習慣等の違いに配慮した施策の充実
  ・地域社会の発展のために、その持てる能力を十分発揮できるような環境づくり
  ・「大阪市人権教育のための国連10年行動計画」に基づく、人権尊重・国際理解の生涯学習を進めるとともに、「大阪市国際化推進基本指針」の推進と緊密な連携を図る
  ・市域に居住する外国人は地域社会を共に構成する「外国籍住民」である

(2) 基本指針の目標
  ・外国人住民の人権の尊重
  ・多文化共生社会の実現
  ・地域社会への参加

 これらの考え方と目標に対する認識については、外国人との共生社会を実現に向けた、最も基本的な点であり、この部分の認識が正しくなされなければ、具体施策の実行はおろか基本指針そのものが意味のないものとなる。しかし、この間の外国籍住民に対する参政権に対する反対の動き、外登法・入管法改正での残された課題、さらには石原東京都知事発言に象徴されるような外国人に対する差別排外姿勢など、依然として日本社会には多くの問題が存在している。そうした中、今回まとめたレポートでは、歴史的経過のある在日韓国・朝鮮人社会のみならず、アジア諸国を中心に国際社会に対しても大きな衝撃を与えた「つくる会」の中学校歴史教科書採択の動きに対して、大阪での取り組みを報告しながら、自治体労働者としてこれらの課題に対して今後の運動の方向性を考える。

2. ヨンデネット大阪を通じた今回の取り組み経過

 大阪市内においては、さまざまな市民団体、労働組合、民族団体等によりそれぞれの地域、エリアにおいて取り組みがすすめられた。
 私たちの支部では、さまざまな課題ごとに結成されている地域の共闘組織、部落解放共闘、障害者共闘、東南地域人権平和連帯会議、反核フェステバル実行委員会などに参加している。そして、日朝日韓の課題を中心に結成された、東南地域日朝共闘会議の事務局支部として、昨年20周年を迎えた取り組みの経過を持つ。またそうした経緯のもと、大阪全体の取り組みとして、組織的承認を経て日朝日韓連帯大阪連絡会議(ヨンデネット大阪)に結集している。
 ヨンデネット大阪は、総評解散に伴う大阪日朝共闘(朝鮮の平和統一を支持し韓国の民主化闘争に連帯する大阪府民共闘)の解散後、それまで大阪日朝共闘に参加していた地域日朝共闘会議、労働組合、市民団体、個人に呼びかけ1993年に発足した。現在は20団体の参加に加えて、オブザーバーとして在日本朝鮮人総聯合会、在日韓国民主統一連合,在日韓国民主人権協議会、在日高麗労働者連盟らの在日民族団体にも参加してもらっている。
 主な活動として、在日民族団体との連帯を図りながら、外国籍住民の参政権を求める運動、外国人登録法の抜本改正、在日韓国・朝鮮人の人権擁護、戦後補償の実現等々の課題解決に向けて活動を行っている。同時に中国人の強制連行問題や「ピースおおさか」を守り育てる活動も積極的に行ってきた。
 また戦後50周年の1995年には、「過去に向き合い・現在を問い・未来を造る」をスローガンに、真実に根ざした歴史認識の共有化を図る取り組みとして、朝鮮人の強制連行・強制労働によって建設されたといわれている、大阪市内にある生玉公園地下壕の保存・公開を求める運動や、戦時中は日本一の武器製造工場のあった大阪城内に、戦争の傷跡を明確にするための、被害・加害の両面からの内容を綴った『銘版』の設置にも取り組んできた。
 労働運動をめぐっては97年1月に、民主主義と働く者の労働権・生活権を脅かす「労働法」「安企部」の改悪に反対して、たたかわれたゼネスト闘争に連帯、日韓労働者の連帯行動に取り組むと共に、現在も韓国のナショナルセンターの1つである民主労総などと、定期的な相互交流を行っている。また現在新たな課題として「日韓投資協定問題」について、国内外の運動体との連帯も図っている。そして前身の大阪日朝共闘時代からの経過も含めて、課題に応じて日常的に自治労との連携を図ると共に、現在もその運動に地域運動を通じて自治労の仲間が積極的にかかわっている。
 以降は、今回の「つくる会」の教科書採択に反対するために、ネットワーク組織である、ヨンデネット大阪の取り組み、またヨンデネット大阪から参加している「大阪平和市民会議」、「子どもたちに渡すなあぶない教科書 大阪集会実行委員会」、「ピース大阪 市民ネットワーク」などの取り組み、さらには支部として組織的な要請のもと参加した取り組みを中心にまとめており、このほかに多くの行動が大阪において実行されていたことを、あらかじめお断りいたします。

◆「右翼教科書」と教育基本法を考える集い
 沖縄から見えてくる日本の教育
 ― 教科書で子供が変わる、教科書が変えられる ―
 3月24日(土) 大阪国労会館
    主 催 大阪平和市民会議
   ○第1部(トーク)
    「“沖縄の歴史(副読本)で子どもがどう変わったか」
      ― 歴史の真実を伝えることの大切さ ― 新城俊昭氏
    「なぜ教科書を変えようとするのか」
      ― 「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を“検定”すると ― 高嶋伸欣氏
   ○第2部対談
    「右翼教科書と教育基本法改定の動きを見て」新城、高嶋両氏  司会:上杉 聰氏
◆大阪府下の全市町村議会に対する「陳情書」提出による行動1
  3月7日~8日にかけて、件名「学校教科書の採択から過度の宣伝や政治団体による圧力を排除し、専門的な判断を優先させ、教育の自立的な発展を促す決議の陳情」、団体名大阪平和市民会議、代表者小山仁示、上杉聰として、一部持参も含め「陳情書」を大阪府下、全市町村議会に提出した。
◆大阪府下の全市町村議会に対する「陳情書」提出による行動2
  3月の内容に、各地方議会で決議しやすいように意見書の決議案を新たに添付して提出
◆教科書問題を考える大阪府民集会
 5月17日 部落解放研究・教育センター
  主  催  大阪平和人権センター・部落解放同盟大阪府連合会・部落解放大阪府民共闘会議
  講  演  「新しい歴史教科書をつくる会」制作教科書の問題点と批判  新居晴幸氏
  行動提起  「つくる会」教科書の問題点と危険性を明らかにし、人権・平和・民主主義の確立にむけて
  ・各地域共闘で教科書の公正な採択に向け、各市町村教委に対しての要請行動の取り組み
  ・各市町村教委に対する平和教育の積極的な推進を求める取り組み
  ・各市町村で策定されている「人権教育のための国連10年行動計画」を「人権教育・啓発推進法の基本計画」として位置付づけられるよう働きかける取り組み
  ・「日の丸・君が代」の一方的な押しつけに反対し、地域に開かれた「入・卒業式」や新たな平和教育の創造、教職員や子ども達の内心の自由を尊重した学校自治、生徒自治に向けた取り組み
  ・平和・人権教育の推進にむけて「ピースおおさか」「リバティおおさか」の地域や各学校園での活用の取り組みなどが提起された。
◆歴史を歪曲する教科書の採択を許さない! 在日コリアン6月緊急行動
 ○歴史を歪曲する教科書の採択を許さない! 在日コリアン緊急集会
  6月10日(日) 大阪PLP会館
  主  催  在日韓国民主人権協議会・在日韓国青年連合
  連帯あいさつ  ヨンデネット大阪、自治労府本部青年部、韓学同、KIN(韓国NGO)
  講  演  立命館大学教授  徐 勝氏
  報  告  「教科書採択をめぐる動き」子供と教科書全国ネット21大阪
 ○大阪府庁前での座り込み行動および大阪府教育委員会への要望書伝達と申し入れ行動
  6月11日(月)  大阪府庁前
  参加団体  在日韓国民主人権協議会、在日韓国青年同盟、在日韓国学生同盟、自治労府本部青年部、西大阪日朝共闘、ヨンデネット大阪、KIN,部落解放同盟大阪府本部青年部ほか
  申し入れ行動  午後4時30分~大阪府教育委員会に要望書の伝達と申し入れ
◆~真実に根ざした歴史を共有するために~
 ○歴史の歪曲 ─ 教科書改悪を許さない6・13集会
  6月13日(水) エル大阪
  主  催  ヨンデネット大阪
  協  賛  南大阪平和人権連帯会議・東南平和人権連帯会議・大阪ユニオンネットワーク
  講  演  「戦争に向かう教科書を阻止するために!」上杉聰氏
  報  告  現場教職員からの報告、民族講師、民権協、韓青連、フィリピンのリラ・ピリピーナ外
  連帯メッセージ  韓国より全国民主労総連盟、挺身隊問題対策協議会、
  行動提起  集会参加者全員の決議にもとづき、以降「6・13集会参加者一同」で府下44教育委員会に対し「2002年度版中学校歴史・公民教科書採択に関する申し入れ」行動実施の確認がなされた。
◆6・13集会での決議にもとづく、府下44市町村教育委員会に対する申し入れ行動
  6/14の東大阪市を皮切りに、7月10日の能勢町まで、全府下教育委員会に対し、集会参加の地域の労組、市民団体、民族団体などで、申し入れを行った。各地域での申し入れの状況等は「申し入れ行動ニュース」等で各団体、組織に伝えられ各交渉の状況を、全体で確認していくことができた。《資料1》

《資料1》

2001年 月 日 
        教育委員会
 教育長         

2002年度版中学校歴史・公民教科書採択に関する申し入れ

 私たちは、アジアをはじめとした世界の人々たちとのパートナーシップを築き、平和な国際社会の実現に向け、大阪の地を中心に活動してきた労働組合・市民団体のネットワークです。未来を担うこどもたちが、憲法を否定し、国際社会での孤立の道に踏み込む教科書を使用するようなことがあってはならないと考えています。
 こうした観点から、標記の件について、下記のように申し入れます。
申し入れ事項
 2002年度版教科書採択にあたって、扶桑社の歴史・公民教科書を採択しないこと。
申し入れ趣旨
 1995年の村山首相談話や、1998年の小渕首相と金大中大統領との共同宣言では、「植民地支配の歴史
的事実」を「謙虚に受け止め痛切な反省」をすることが謳われています。しかし、2002年度版中学校歴史・公民教科書を見てみると、そのようなかつての政府責任者の対外的表明とは異なり、そこから後退する教科書が検定に合格しています。各社とも、「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」などのポイントで従来より後退した記述になっていますが、とりわけ大きく問題となるのが、「あたらしい歴史教科書をつくる会」による歴史・公民教科書です。歴史教科書では、「神武天皇」を実在の人物扱いし、韓国併合を「日本の安全と満州の権益のために必要」と正当化し、日本によるアジア・太平洋地域への侵略戦争を「大東亜戦争」と呼んでいます。また、公民教科書では、「国家への奉仕」や「国防の義務」を一面的に強調し、憲法9条が「国際協力の障害にもなっている」と、公然と憲法改悪を主張しています。
 この教科書に対しては、現在、国内はもとより、アジア各国からも強い批判が寄せられています。また、この教科書は、検定意見の中でも「事実誤認である」と指摘される箇所が数多く、検定合格後も多くの訂正を行なうなど、教科書としての最低限のレベルにすら達していない拙劣なものでもあります。
 このような教科書を採択されることがないよう、慎重に検討されることを申し入れます。
以  上 

~真実に根ざした歴史を共有するために~
歴史の歪曲一教科書改悪を許さない6・13集会参加者一同
ヨンデネット大阪
おおさかユニオンネットワーク東南平和人権連帯会議
南大阪平和人権連帯会議

◆子どもたちに渡すな! あぶない教科書7・1大阪集会
 7月1日(日) 大阪市港区民センター
 主  催  同実行委員会
 協  賛  「子どもたちに渡せますか? あぶない教科書」全国ネットワーク
 内  容  ・講演  暉峻淑子氏「いま子どもたちにもっとも必要なことは」
       ・あぶない「つくる会」教科書批判(各分野から)
        【歴史】上杉聰氏【公民】平井美津子氏【女性】李榮汝(イヨンニョ)氏
       ・教育委員会への公開質問状の発送と反応の報告等
◆大阪市に対する「大阪市の平和施策の充実、及び平和教育推進について」 ヨンデネット大阪、申し入れ行動
 7月9日(月) 大阪市役所
 ヨンデネット大阪代表委員 馬場徳夫、空野佳弘、勝間芳江、合田悟の連名で文書申し入れを行った。例年平和施策の充実を求めて交渉を続けており、本年は教科書問題について6・13集会としての申し入れ行動もあわせておこなった。《資料2》

《資料2》

◎申し入れ書
2001年7月9日
大  阪  市  長   磯村 隆文 様
大 阪 市 教 育 委 員 長  小島 孝治 様
大阪市教育委員会教育長  玉井 由夫 様
日朝日韓連帯大阪連絡会議(ヨンデネット大阪)

大阪市の平和施策の充実、及び平和教育推進についての申し入れ

 私たちは、アジアをはじめとした世界の人々たちとのパートナーシップを築き、平和な国際社会の実現に向け、大阪の地を中心に活動してきた労働組合、市民団体のネットワークです。
 この間、私たちは、大阪市の平和施策に関わって幾度か協議の場を持ってきました。
 戦後50年を記念し、大阪市が、府と連携して取り組まれた「戦跡銘板設置」に際しては、私たちとの協議に応じていただき、被害だけでなく加害の視点も盛り込んだ銘板が、大阪城公園、生玉公園に設置されることになりました。
 また、生玉公園に存在する地下壕の公開に向けて、総務局並びに建設局花と緑の推進本部(当時)と協賛させていただき、1996年11月5日に、関係者のみならず一般の市民にも地下壕の中を見学してもらうことができました。
 さらに、文化庁の近現代の文化財調査において、生玉公園地下壕を候補としていただくべく、教育委員会事務局社会教育部とも意見交換を行ってきたところです。このように、真実に根ざした歴史の検証と継承を通して、在日韓国・朝鮮人をはじめ、多くの外国籍住民が居住している大阪市が、真の国際化に向かった施策を推進されることに、私たちは期待し、協力していきたいと考えています。
 2002年度から使用される教科書について、過日、検定結果が公表されました。
検定に合格した教科書の中に「新しい歴史教科書をつくる会」が企画・執筆した中学校歴史・公民分野の教科書(扶桑社版)が含まれています。この教科書の内容については、周知のように国内外から大きな批判がおこっています。
 未来を担うこどもたちが、憲法を否定し、国際社会での孤立の道に踏み込む教科書を使用するようなことがあってはならないと考えています。
 環境を守り、平和・人権を専重する社会を築いていくことが、自治体の役割です。
 以上の立場から、下記の通り、市として主体的かつ具体的な平和教育、人権教育・啓発の推進、平和施策の推進に取り組まれるよう申し入れます。
1. 大阪市としての主体的かつ具体的な平和施策の推進と、その体制整備に取り組まれること。
2. 歴史的経緯をふまえ、共生の観点にたった外国籍住民施策を推進すること。
3. 「ピースおおさか」の設立理念に反するような内容の持ち込みや、外圧に屈せず、「ピースおおさか」を平和発信の重要施設としてその充実を図ること。
4. 歴史の検証・継承施設として「生玉公園地下壕」の保存・公開を行うこと。
5. 大阪港に関わる過去の強制連行・徴用の実態を明らかにし、大阪港を平和貿易港として発展させるための有効な施策を講じること。
6. 「日の丸」「君が代」の強要を行わないこと。
7. 日本国憲法の精神に基づいて、貴自治体が推進してきた平和と人権尊重の原則にのっとって教科書採択を行うこと。
8. 採択にあたっての理由、参考とした資料等を採択終了後に速やかに公開すること。
9. すでに廃止・失効した大日本帝国憲法や教育勅語を礼賛し、日本国憲法・教育基本の理念をねじ曲げ、とりわけ過去の戦争について、事実を直視せず、日本の負の部分を隠して戦争を美化し、アジア諸国民との対話と相互理解、友好と信頼の道を閉ざし、大阪市の平和施策からも問題点の多い、扶桑社版中学校歴史・公民分野の教科書は採択しないこと。

以 上 

◆危険な教科書(「つくる会」教科書)徹底批判! 集会
  7月14日(土) 大阪市立住まい情報センター
  主  催  「ピースおおさか」市民ネットワーク
  内  容  ・講演 ― 「つくる会」教科書を徹底批判する ― 俵義文氏
        ・教育現場からの報告
        ・韓国での抗議行動の報告
◆歴史の真実をふまえ、アジア民衆との連帯を! 日朝日韓連帯8月行動
 8月29日(水) 集会・デモ
 出発集会扇町公園→デモ行進出発→自民党大阪府連前抗議シュピレ~扶桑社前解散
 主  催  同実行委員会
   【呼びかけ団体】 ヨンデネット大阪、南大阪地域平和人権連帯会議、
          東南地域平和人権連帯会議、おおさかユニオンネットワーク
 協  賛  自治労大阪府本部
 特別アピール  有元幹明氏
 在日団体連帯アピール
         朝鮮総聯、大阪中国人強制連行受難者追悼実行委員会、韓統連、 高麗労連、民権協
 連帯メッセージ 韓 国  民主労総ソウル衣類業労組、太平洋戦争被害者補償進協議会、アジア共同行動韓国委員会
         共和国 朝鮮職業総同盟中央委員会
 全国の採択状況報告

3. 採択結果についての中間的総括と今後の運動

 2002年度から使われる中学校の歴史教科書採択結果が昨年8月に締め切られた。文部科学省が先に行った正式な発表によると、「新しい歴史教科書をつくる会」が作成した歴史・公民の教科書の採択はごく少数に抑えられた。特に歴史教科書は、公立中学校で東京と愛媛の養護学校の一部で23冊が採択されたのみで、私立校でも全国で6校498冊にとどまりこれは全中学生のわずか0.039%にすぎず、公民教科書もこれと近いものとなった。しかし一見大勝利に映る今回の採択結果も、その採択を阻止した多くの地域において日本社会に強く残る、平和・人権を求める広範な人々の層によって支援されたものであり、しかもその意識は、韓国、朝鮮民主主義人民共和国、中国などのアジア諸国からの強い抗議によって喚起された側面が強くあった。むしろ、教科書問題をめぐる具体的な状況を考えると、実質的な後退を強いられた面もある。まず日本による植民地支配や侵略戦争の実態をきちんと描き、「従軍慰安婦」についても詳細な記述を残した日本書籍の歴史教科書が,シェアを13.7%から5.9%へと大幅に減らしたことである。これと対照的に、「無難な内容」と言われてきた東京書籍が40.4%から51.2%へシェアを伸ばし寡占状況になっている。このことは今後、出版社各社が教科書内容から慰安婦・加害者記述を減少させていくことに拍車をかけることにもつながる。また「つくる会」の検定に配慮してか、検定基準としての近隣諸国条項は死文化した状況であり、検定制度そのものが恣意的な運用により悪化している。また今回特に顕著であった、教科書採択現場への教員排除と教育委員会の権限強化は、採択システムの改悪であったといえる。
 取り組みの面では、全国各地で市民が立ち上がり、市民運動団体同士がインターネットなどを通じ、迅速に情報交換しながら運動を組み立て、そこにマスコミが効果的な形で運動を後押しする形になった。大阪においても教育労働者をはじめとした労組、保護者、学生、研究者、人権団体、在日団体など、それぞれの立場で運動が取り組まれ、そこから多くの連帯がうまれた。加えて、この問題をはじめとする、日本の右傾化に対し韓国・北朝鮮・中国などアジアの人々が高い関心と、怒りを感じ、日本の運動との連帯へと広がった。

◆子どもたちにわたすな! あぶない教科書10・14シンポジウム
  10月14日  東成区民ホール
  主  催  同実行委員会
  韓国からのアピール
  (1) シンポジウム
      ・コーディネーター  方  清子 氏  上杉  聰 氏
    ◇各パネラーより問題提起
     西野瑠美子 氏「教科書問題とは何であったのか?」
     朴   一 氏「教科書問題がもたらした日韓関係の危機と未来の創造」
     広川 禎秀 氏「『つくる会』歴書を克服する視点」
    ◇ディスカッション
  (2) 各地域、各団体より取り組みの報告と中間総括
     大阪市内・枚方市・高槻市・堺市・和歌山(田辺、西牟婁地区)・吹田市
     ヨンデネット大阪・韓国民主統一連合・在日コリアン6月緊急行動(在日韓国民主人権協議会、在日韓国青年連合)等
  (3) 緊急アピールの採択
     子どもたちに渡すなあぶない教科書大阪実行委員会においては、10・14シンポを中間的総括点としつつ、「つくる会」が次は2004年に採択が予定されている小学校社会科教科書にも参入し「リベンジする」と公言していることからも、少なくとも、今年の秋をめどに反撃の準備態勢を作り始める必要性を確認するとともに、大まかなスケジュールをつぎのとおり想定した。

(1) 2002/3月~  「つくる会」の教師用指導書への批判
(2) 2002/3月~  国会での追及(公正取引委員会,文科省検定、採択システム)
(3) 2002/5月   高校「最新日本史」採択阻止の取り組み
(4) 2002/秋~採  択制度の立て直しに向け全国で議会・教委への請願体制づくり
(5) 2003/2月~  全国の地方議会へ請願活動の開始
(6) 2004/2月~  「つくる会」小学校社会科教科書へのたたかい
(7) 2005/2月~  「つくる会」中学校社会科教科書へのたたかい

 その上で、全国的組織である「フォーラム平和・人権・環境」に結集し、「教科書情報資料センター」との連絡、協力体制をとりながら、大阪におけるネットワークを作り上げることを目的に、子どもたちに渡すなあぶない教科書大阪実行委員会として『ニュースレター』の発行を決め、すでに第1号、第2号を10・14シンポ参加者を中心に発送するとともに、実行委員会の取り組みを「教科書情報資料センター」などのホームページで紹介してもらっている。今後2ヶ月に1号の発行体制を確認、定期購読の募集を各団体、個人に対し行い、秋の再結集に向け動き出している。
 また、「つくる会」教科書の兄弟版ともいえる、高校『最新日本史』(明成社)が今年検定を通過し、7月上旬には採択が決まることを鑑み、明成社版について大阪実行委員会で6月9日に学習会を開いて検討し、以前より改悪されていることを確認、資料のような要請文を作成した。これを現在国書刊行会版を採択している高校(義務制と違って高校は学校単位で採択、リストを作成)にすべて送ろうという取り組みを全国の仲間に呼びかけた。《資料3》

《資料3》

要   請   文
明成社版および国書刊行会版教科書『最新日本史』の不採択を要請します

 明成社発行の教科書『最新日本史』は、従来からその内容が問題になっている国書刊行会版『最新日本史』を引き継いだものです。そして、この『最新日本史』は、1986年に当時の中曽根首相が超法規的に検定合格を出させた原書房版『新編日本史』を1994年から名称を変更しつつ継承したものであることはご存じの通りです。
 これらの教科書記述のバックボーンは明らかに戦前の「皇国史観」にあります。天皇を中心として日本の歴史が動くように描かれ、天皇の業績や天皇に「忠義」を尽くしたとされる人々や事跡をことさら強調して、現在の歴史学の常識からかけはなれたアンバランスな記述となっています(例えば、聖武天皇の『雑集』や光明皇后の『学毅論』まで記載、南朝正統の押しつけと「忠臣」の列挙、明治天皇の歌の数の多さなど)。
 また、他国の歴史をおとしめることで「日本」の優位性を強調したり、事実をねじ曲げて近代の侵略戦争を正当化、美化をはかっています(満州事変での関東軍の正当化、植民地・占領地に対する収奪や皇民化政策の矮小化など)。そのうえ、天皇などに規準の不明確な敬語や、歴史的用語として客観的な事象にそぐわないために用いられない言葉を多用しています(例えば、「馬子は崇峻天皇を弑(しい)した」、「建武の中興」「吉野朝時代」「日華事変」「大東亜戦争」や元号優先など)。検定修正で一部は書きかえられたとはいえ、総じてこの教科書の意図は、戦前の「国史」教育の模倣であり、天皇や「忠臣」の事跡をことこまかく覚え込まそうというものです。
 今日の高校段階の日本史教育は、第1に、できる限り客観的に歴史的事実を伝えること、第2に、史料批判や多様な学説の紹介まで含めて、歴史研究のおもしろさを生徒にもたせること、第3に、生徒自らの生き方として歴史をどうとらえるか自由に考えさせることをめざしています。しかし、この教科書は歴史を不動のものとしてとらえ、生徒に「皇国史観」を押しつけています。これでは真に楽しい授業ができるとは考えられません。また、この教科書の記述と他の歴史本・参考書などに大きな差があり、生徒が混乱することは目に見えています。
 国際的な情報化社会にあって、この教科書で高校生に偏狭な民族主義・排外主義の歴史観を押しつけることは百害あって一利なしです。ぜひ、明成社版および国書刊行会版『最新日本史』を教科書として採用することを、このたびは控えられるよう要請します。
2002年6月9日
「子どもたちに渡すな!あぶない教科書」大阪集会実行委員会

 さらには今回韓国をはじめとするアジア諸国において、多くのNGOによる活動が政府や議会に強い影響力を与えており、今後に向け具体的な情報交換、連帯を目的に交流をはかるとともに、前出の高校教科書の採択についても連帯の取り組みが行われた。
◆韓国NGO「日本の教科書を正す運動本部」との交流・協議
  6月1日(土) 自治労大阪府職会館
  主  催  子どもたちに渡すなあぶない教科書大阪実行委員会、ヨンデネット大阪
  コーディネート、通訳  在日韓国民主人権協議会
  訪日メンバー  ヤン・ミガンさん 運営委員長
          カン・へジョンさん 執行委員、国際協力委員日本チーム
  内  容  ・この間の状況に関する情報交換
        ・今後の持続的な連帯に関する協議等

4. まとめにかえて

 以上、今回報告した取り組みは、連合の地域での運動形態とは少々スタンスを変え、大阪実行委員会やヨンデネット大阪を中心にした市民運動との連携の形ですすめている。これらの取り組みを通じ、労働運動とは違う発想や運動スタイルを持ち,ともすれば「縦」型の運動になりがちなものを、地域・市民という「横」に広げていく運動の重要性を強く感じた。もともと地域の運動の中では、市民運動・住民との連携も多く、しばしば自治体労働者としての問題意識を問われる事も多かった。我々自治体労働者は住民・公務員・自治労組合員と3つの顔を持ち、各々の意識は普段、それぞれがばらばらに内在している。しかしそれらの3つはどれをとっても地方自治と無縁ではなく、それを全体として組合運動として受け入れ取り組んでいく必要性はいうまでもないだろう。
 一方で自治体での日常業務を考えれば、常に高度な住民情報をあつかい、職務上行政を執行する立場になるという観点から、住民のプライバシーに深く立ち入り、個人の尊厳を傷つけてしまうような場面もあり、仕事そのものが住民にとっては権力的なものとして受け取られてしまうこともある。それゆえに日常的な仕事の中身の中においても、常に人権に対して意識を持ち自らの問題として人権を考えていくことが求められている。
 最後に、「つくる会」を中心にした自由主義史観の陣営は、教育基本法の改悪、外国人の地方参政権に反対する運動、閣僚の靖国参拝に見られる第二次世界大戦の美化など多くの問題で強い組織を全国につくり上げている。したがって次の教科書採択時は、相当な攻撃が予想される。私たちは外国籍住民を住民として受け入れ、真の共生社会づくりを目指すのであれば、まず過去を真摯に見つめ、正しい歴史認識に立ちお互いを理解しあうことが必要であり、この点で自治労の地域の活動家は多くの労働者、市民や民族団体が結集する地域での運動の核になるべきであり、同時に日韓を中心に、アジア諸国との間においても労働者、NGOなどが連帯交流の重要性を再認識すべきであると考える。