(2) 下水汚泥由来肥料の安全と安心
下水汚泥由来肥料のさらなる利用促進にあたっては、肥料使用者や消費者に、下水汚泥由来肥料の安全性が理解されること、他の肥料から汚泥由来肥料へ切り替えるなど汚泥由来肥料を使用することへの安心感を持ってもらうことなどが大切です。
このため、BISTRO下水道推進戦略チームでは、様々な機会を通じ、下水汚泥由来肥料が肥料取締法に基づく公定規格(基準値)を満足し、さらに、第三者機関による抜き打ちでの立ち入り検査が行われるなどの厳格な管理が行われている安全な肥料であることについて情報発信を行っています。
また、下水汚泥由来肥料の安心感については、使用者や消費者によって様々な観点がありますが、下水汚泥由来肥料を使用したことで、作物が「美味しくなった」「生長が良くなった」など、農家から好評を得ている地域があることから、このような効果の定量化にも取り組んでいます。
例えば、下水汚泥由来肥料と、緩効性の化学肥料を用いたイチゴの比較栽培試験を実施し、収穫量や糖度等について調査を行っています(写真1)。この調査による累積収穫量の比較結果を図1、糖度の比較結果を図2に示します。累積収穫量の比較では、下水汚泥由来肥料で栽培したイチゴは、化学肥料で栽培したイチゴより、イチゴの株あたり果実累積重量が多い結果となっています。また、甘さを左右する最も重要な成分である糖度の比較では、下水汚泥由来肥料で栽培したイチゴの方が、糖度が高い傾向が得られています。このような調査結果を活用して、下水汚泥由来肥料は、他の肥料と同様に使用しても何ら問題なく、代替肥料などとして利用できることを、定量的に、わかりやすく表現するなど、下水汚泥由来肥料の安心感の醸成が図られています。
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(写真1) |
図1 累積収穫量の比較
(収穫期間2015.12/7~2016.1/20) |
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図2 糖度の比較
(Brix) |
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3. BISTRO下水道の普及戦略
BISTRO下水道戦略チームが掲げている有効利用の普及戦略「種まき理論」のイメージを図3に示します。
この普及戦略では、リーダーが地域のニーズを見極めて「種」をまき、住民と共同で「芽」を育て、美しく咲かせた「花」を皆に見てもらい、地域の財産として「収穫」し、収穫物を全国へと「流通」させていくことをめざしています。
図3 普及戦略「種まき理論」のイメージ |
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① 「種」について、佐賀市などのベストプラクティスにおいては首長や熱いリーダーによる主導がなされているほか、リーダーが現れていない地域などでは、BISTRO下水道推進戦略チームがその役割の一端を担い、種をまいています。
② 「芽」については、前述した下水汚泥由来肥料の安全・安心に向けた取り組みなどが該当するところであり、安定的に継続した肥料利用を実現するためには、地域の作物への適性や、その他バイオマスとの配合等、農家の協力を得ながら、ニーズを把握し、コンセプト等を定め、必要な科学的根拠を蓄積して、芽を育てていくことが大切です。
③ 「花」については、農業者や消費者などに下水道資源の利用を広め、地域の活性化へとつなげていく段階です。
ベストプラクティスの北海道岩見沢市では、岩見沢地区汚泥利用組合の組合員自らが収量と品質を向上させるための研究を行い、下水汚泥由来肥料の利用方法を仲間に普及したことで、下水汚泥由来肥料などの有機物を用いて農作物を生産する仲間が増えたほか、組合員の後継者が積極的に参加し始めるなど、次世代へ継続する期待を持てるようになっています。また、岩見沢市も、限られた予算の中で支援しているほか、研究機関・大学等の賛同も得て、組合員向けの勉強会や共同研究が行われており、地域の様々な方に「花」が見える好事例となっています。
④ 「収穫」では、下水道資源を利用して咲かせた花や実について、地域のレストランで使用してもらうことや、マスメディアを通じて広報し、ブランド化を図り、地域の財産とする段階です。
山形県鶴岡市で開催された第8回BISTRO下水道推進戦略チーム会合では、鶴岡市出身であり、世界で活躍中のシェフと2015年度ミス日本「水の天使」による実演イベントとして、下水道資源を用いて栽培された食材の味分析などが実施されています。シェフからは「初めは下水というマイナスイメージを抱いていたが、下水汚泥肥料で栽培した野菜には、有機農法の野菜のような香りの良さがあり驚いた。」とのコメントがあるなど、下水汚泥由来肥料で栽培した食材に対して高い評価を得ています。この会合の様子は、NHK山形で放映されるとともに、一般紙や農業分野の新聞、料理雑誌、園芸雑誌など、各メディアの注目を集めました。このように、「収穫」を通じて、地域の農業や商業等との融合を図ることが重要です。
⑤ 「流通」については、地域ブランドとして育った収穫物について、地産地消の促進や、市街へ流通させることをめざす段階です。
佐賀県佐賀市では、漁業関係者と調整しながら、海苔養殖が行われる冬季にだけ窒素濃度が高い水を放流し、品質の高い海苔を生産しています。また、堆肥化施設の管理運営業者と連携し、発酵方法や水分量の調整等、堆肥に工夫を施しており、その肥料の良さが口コミで広がり、たまねぎやアスパラなど、様々な作物が栽培され、地産地消に貢献しています。さらに、これらの作物について、ショッピングモールの販売会に参加し、下水汚泥由来肥料の安全性について説明しながら販売したところ、ほとんどの製品が売り切れており、下水道資源由来の作物であっても出来の良い作物であれば「流通」するというめざすべき最終段階における実例となっています(図4)。
図4 ショッピングモールでの販売会の様子 |
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4. BISTRO下水道のイノベーション
食と下水道の連携について、民間企業や大学などの研究機関も乗り出しており、下水道資源の様々な有効利用の可能性が探られています。
国土交通省が実施するB-DASH(下水道革新的技術実証事業)では、「下水処理水の再生処理システムに関する実証事業(沖縄県糸満市)」により、水資源が逼迫している地域において、新たな水資源を供給し、農業利用等による地域経済の発展等への貢献を図るとともに、安全、省エネルギーで経済的な再生水利用技術の実証が行われ、この技術の普及展開に向けてガイドラインがとりまとめられています。
また、「バイオガス中のCO2分離・回収と微細藻類培養への利用技術実証事業(佐賀県佐賀市)」では、下水汚泥の消化に伴い発生するバイオガスから二酸化炭素を分離・回収し、回収した二酸化炭素と脱水分離液で微細藻類(ユーグレナ)の培養等を行うことで、二酸化炭素回収性能や微細藻類の生産性能、脱水分離液中の窒素・リンの除去性能について検証が行われ、この技術についてもガイドラインがとりまとめられました。この微細藻類は、家畜や養殖魚の飼料、肥料等への活用が想定される注目の微細藻類です。
さらに、GAIAプロジェクト(下水道技術研究開発)では、「下水処理水再利用による飼料用米栽培に関する研究(山形大学)」により、多肥栽培が可能な飼料用米の栽培において、窒素濃度が高い下水処理水を灌漑利用することで、処理水の浄化作用と水稲の収穫の両立をめざす研究が行われています(図5)。
また、「下水汚泥を用いた高付加価値きのこの生産技術及びその生産過程で発生する廃培地・炭酸ガスの高度利用技術の開発(鹿児島高専)」により、下水汚泥からの生産作物の用途拡大や、地域の未利用資源との連携を視野に入れ、より広範囲な食物生産による循環型社会への貢献に向けた研究が行われました。
今後、これらの研究の成果が、「芽」を出し、「花」を咲かせることなどにより、食と下水道の連携に係る下水道資源の貢献範囲の拡大が期待されます。
図5 下水処理水による灌漑を開始した田植式の様子 |
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5. 食と下水道の連携への期待
2015年7月の下水道法一部改正により、下水道管理者は、発生汚泥等を処理する場合の減量化に係る努力義務に加え、下水汚泥が燃料又は肥料として再生利用されるよう努めることが明確化されています。発生汚泥等の処理施設の更新にあたっては、燃料又は肥料として再生利用するための再生施設の整備を優先的に検討することとされ、今後、さらなる下水汚泥の有効利用の拡大が期待されます。
また、肥料利用者が、安心して、現在使用している化学肥料等から、下水汚泥由来肥料へ切り替えることができるよう取り組みが進められているほか、現在の下水汚泥の有効利用方法として、建設資材利用などの無機分利用を実施している下水道管理者へも、地域の実情を踏まえながら、肥料利用などの有機分利用へとシフトすることができるよう、情報発信が行われています。さらに、今後は、GAIAプロジェクトをはじめとし、食と下水道の連携に係る「学」からの「知」の水平発信が広がりを見せていくことも期待されます。
これらを進める中心となるBISTRO下水道推進戦略チームは、今後も、下水道資源を使って栽培可能な作物の魅力などを伝えていくとともに、食と下水道の連携がより一層進むよう、定期的な会合等による好事例の発掘・水平展開 ⇒ 機関誌・論文による知見の蓄積 ⇒ マニュアル化等による標準化 ⇒ 自治体等の施策に反映・評価・改善という好循環・相乗効果(図6)が生まれるよう、産学官が連携した取り組みを進めていくこととしています。
図6 連携による相乗効果発現イメージ |
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6. おわりに
下水道は都市内の窒素・リンなどの栄養やエネルギーを水に混ぜて集約するシステムであり、集まった地域の下水道資源を最大限に活かす取り組みが進められている地域があります。下水道事業を担う職員は、このような先導的な取り組みを水平展開する戦略を考え、実行することが重要です。そのためには、老朽化した下水道の再構築と同時に、地域の未来もあわせて考えることが大切です。
下水道は地域社会を支え、地域の可能性を広げるツールです。各地域が持つ下水道資源の種類や量等を見つけ、他分野とも繋がりながら多様化し、地域に適した活用を進めることで、持続可能な公共サービスの提供に資することが期待できるものであり、今後も下水道資源の活用が注目されます。 |