はじめに
(1) 社会の人口変容
2016年2月、2015年の国勢調査の結果が公表され、前回(2010年)に比べて日本の総人口が初めて減少に転じたことが明らかになった。京都大学こころの未来センター広井教授は、これまでの人口推移を大きく概観すると、江戸時代後半の日本の人口は約3,000万人で安定していたが、"黒船ショック"を通じて欧米諸国の軍事力やその背後にある科学技術力に衝撃を受けたことでそれ以降は"富国強兵"、第二次世界大戦後は"経済成長"を国を挙げての目標に掲げ、国力の増強に努めるとともにひたすら「拡大・成長」という坂道を上ってきたと述べている。
そうした社会のあり方が、まるで"直立"するかのような人口の急激な増加カーブとなって表れている。しかし2005年に前年に比べて人口が初めて減り、その後は上下する時期がしばらく続いていたが、2011年からは一貫した減少期に入り、その結果が先ほどの国勢調査結果となっている。そして、現在の出生率(1.42〔2014年〕)が続けば、日本の総人口は図1にも示されているように2050年には1億人を切ることが予測されている。この流れを全体として眺めると、まるで「ジェットコースター」のようなグラフになっており、ジェットコースターが落下するその縁に現在の私たちは立っているように見える。
私たちは今後どのような社会のありようを構想していくべきなのだろうか。10年後の日本の姿と言われる飯南町の地域課題とその解決に向けて、現在進行形で進めている取り組みについて述べる。
〔図1〕日本の人口推移(出典:「国土の長期展望」中間とりまとめ) |
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(2) 飯南町の状況
飯南町は島根県と広島県の県境、中国山地の美しい自然に抱かれた高原の町である。豊富な雪解け水、清らかな湧水は肥沃な大地へと注ぎ込み「コシヒカリ」、「ヤマトイモ」を始めとする農産物を育み、また、島根県屈指のブナ林や湿地性植物群落があり、貴重な動植物の宝庫でもある。飯南町では「小さな田舎からの生命地域宣言」を基本理念に、この豊かな自然環境を維持・活用した町づくりに取り組んでいる。また、飯南町の人口は10年前と比べて、約1,000人減っており、人口は5,031人、高齢化率は44.0%となっている。全国平均高齢化率の10年先を進んでいる島根県でも上位に入る高齢化のまちである。また、世帯数は人口減に反してここ数年横ばいだが、その多くが単身世帯、高齢者のみ世帯であり、高齢者の核家族化が進行している。
このような人口構造の変化による過疎高齢化が進むにつれ、地域の中で不都合が現れ始めてきた。例えば、これまで集金常会をはじめとした様々な会議が地域の中で存在していた。こういった地域社会は住民に自治会長や会計等様々な役割を与え、たとえ高齢者になっても集落の中で役割が与えられることで高齢者の出番が確保されていた。また、このような地域社会では情報共有が密に行われることで、地域の見守り体制が構築され、隣近所の様子を皆が自然と把握できていた。
しかし、近年は様々な集会が減少傾向にある。その理由は人口減少による担い手の減少や省力化といったことであり、特に地域住民の中でも若い世代の負担軽減と言う点ではメリットとなっている。しかし、その一方で、地域住民が顔を合わす機会の減少も同時に起きており、地域のコミュニティが少しずつ崩壊しつつある。そうなることでこれまで地域の中で解決出来ていた葬儀や除雪等が様々な場面で困難となり、地域の中で住みづらくなりはじめてきた。
こうした状況から飯南町では、2010年から保健・医療・介護・福祉を一体的に提供する目的で「飯南町生きがい村推進センター」を設置し、2016年度からは「飯南町地域包括ケア推進局」と発展させて地域包括ケアの推進に取り組んできた。また、2013年度から3年間町内5つの公民館単位で「住み良い地域創造事業」を行い、それぞれの地域課題を抽出した上で課題解決に向けた取り組みを行ってきた。具体的な取り組みについては後述する地域自主組織「わっしょい志々会」の活動で紹介する。
人口減少が進む飯南町で、地域住民がすみ慣れた場所で暮らし続けるためには、新たなインフラ整備というよりも、地域課題を地域住民と共通認識として把握した上で、地域に今あるものを発展させながら展開していくことが重要とされる。住み慣れた地域でいつまでも暮らし続けるために飯南町で行っている取り組みを①地域自主組織・②介護予防・③職員組合活動の観点から報告する。
1. 地域自主組織:わっしょい志々会
飯南町では「地域運営の仕組みづくり」や「地域課題解決」を行うことを目的とした「住みよい地域創造事業」を2013年度からスタートし、公民館単位に事務局を5つ設置し活動を始めた。その一つである志々地区では、事務局と公民館そして地域が一体となって課題の解決へ向けた取り組みを進めている。活動の中に、中高年者(高齢者)の生活支援事業があり、その一つについて具体的な内容を紹介する。
(1) 取り組みに至る背景・目的
わっしょい志々会がある志々地区は、5つの地区で構成された人口552人、239戸の小さな集落である。基幹産業である農業では、集落全体で協力し、ハウス栽培など米以外の収入増をめざしている。小売業については、地域住民の努力で営業していた業者があったが、経営者の高齢化や購買力の低下により経営困難となり閉店に至った。また、少子高齢化、人口減少により地域相互協力の機能が低下しつつある状況となり、地域文化伝承についても関係者のみが関わる状況となっていた。このような状況を改善するため、公民館単位となる志々地区を基本単位として、将来にわたって持続可能な地域運営の仕組みづくりや課題解決に向けた取り組みなど地域の活性化に繋がる事業を展開することにしている。活動にあたり志々地区のめざす地域目標を①誰もが安心・安全に暮らせる志々地区を創る。②若い人が生計を立てられる志々地区をめざす。と定め、この目標に向けて活動を行った。
(2) 現在までの実績・成果
ワークショップ方式での学習、聞き取り調査、住民アンケートなどから、開始時点で15人であった委員も、50人程度まで増加し、地域課題解決に向けた意識が芽生えてきている。わっしょい志々会の設置により、社会福祉協議会、飯南町保健福祉課、自治会など地域の中にある組織や志々地区を取り巻く機関などとの連携、ネットワークが整いつつあり、志々地区の地域資源の掘り起こしや少子高齢化による文化伝承や地域組織の再構築など話し合いの場が持たれるようになった。
その結果、防災意識の高揚により地域の運動会では防災に必要な競技を盛り込んだり、これまで別々で行っていた草刈や囃子などを一緒に取り組む体制が構築され、会議やイベント等への参加率も高まってきている。若者の定住など未だに難航をしているものもあるが、地域住民は悲観することなく、地域を愛し、自分たちで暮らしづくりをする機運が高まってきている。
2. 介護予防事業:飯南町長生き体操
2006年度の介護保険制度の改正により、介護予防等を目的とした「地域支援事業」が創設され、市町村は介護予防事業や、地域包括支援センターの運営などに取り組むことになった。さらに近年は、地域包括ケアシステムの構築に向けた取り組みが進んでいる。
地域包括ケアシステムとは、高齢者の尊厳の保持と自立生活の支援を目的とし、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制の構築をめざす仕組みである。また、長く住み慣れた地域で過ごすためには、たとえ高齢になっても「自分らしく」生活できるよう介護予防の視点を地域全体に浸透させ日頃から介護予防に取り組むことが重要である。
加えて、2015年度の介護保険制度改正では地域包括ケアシステムの構築をさらに押し進めるために、新しい介護予防・日常生活支援総合事業が制度化され、生活支援体制整備のための生活支援コーディネーターの配置されることで、地域の力を引き出すことが求められはじめてきた。
介護予防の具体的アプローチの一つに国は一般介護予防事業での展開として「住民運営の通いの場」の充実を掲げている。市町村は住民に対し強い動機付けを行い、住民の主体的な活動により通いの場を創出することが必要であるとされている。飯南町では、より効果的な介護予防の推進を目的として2012年度から地域包括支援センターに理学療法士を配置して飯南町の地域性を生かした介護予防の取り組みを進めている。具体的には、住民主体の通いの場づくりに向けた体操ツールの考案を行い、普及啓発に取り組んでいる。
2016年度から効果的な体操ツール(飯南町長生き体操)の作成や効果検証を行い、普及啓発に取り組んだ結果、2017年7月現在、30ヶ所345人(高齢者の16%)の地域住民が週に1回自主的に地域の通いの場で体操に取り組んでいる。
このような通いの場は、今後の地域社会に必要とされる自助・互助を取り入れたものであると言え、介護予防のみならず地域づくりに全体に活用できる手法であると考える。そして、弱体化する地域のコミュニティを再構築していくために参加者それぞれが目的意識を持ったこの体操の取り組みは非常に有効であり、即効性のあるものであると言える。
今後は地域住民の自主性を高めていくことが我々行政に求められており、自主性を高めることで、地域防災組織などの立ち上げにも繋がってくる。
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写真1:飯南町長生き体操研修会の様子 |
3. 職員組合としての活動:社会貢献事業
飯南町をはじめとした中山間地域では近年の民間サービスの減少が顕著となっている。営利法人は人口規模が小さく採算性が低い地域には参入しないし、NPOなどの組織も中心人物が存在せず、なかなか立ち上がることが無い。民間サービスが豊富な都会では、あえて行政が最前線で動く必要は無いが、飯南町のように地域資源の乏しい地域では行政が先導し意図的に資源を開発する必要がある。
しかしながら、飯南町では定員管理計画で職員数が各職場で削減することが示されており、2005年の合併以降150人の組合員が109人まで減少となっている。今後、地域住民や末端組織へのきめ細かな対応が困難となり、行政サービスの低下が懸念される。今後の地域における福祉のあり方を考える際、公的サービスの充実整備を図るとともに、地域における身近な生活課題に対応する、新しい地域での支え合いを進めるための地域福祉のあり方を検討することが重要であると考える。
このような状況の中で、職員組合も地域の一つの資源として捉え、労働組合が単独で活動するのではなく、様々な組織と積極的にネットワークを作り、場合によってはコーディネーターとしての役割を積極的に果たすということも重要になると考え、地域との「つながり」や「絆」を深める活動が今後必要になると考える。
飯南町職員組合では地域住民・地域活動組織の一員として、2015年度から地域貢献事業を行っており、2016年は観光客等に安全・安心して道路を利用していただくため国道54号線のデリニエーター(視線誘導標)清掃を行い、2017年からは全国的にも有名なサイクリングイベント「飯南ヒルクライム」の参加選手にきれいで安全なコースで競技を行っていただくため路面清掃活動を町内の事業所と一緒になって取り組んでいる。
行政のみでは活動にも限界があるが、地域住民や企業の理解を得て協働することで、より良いまちづくりに繋がることから、今後も引き続き地域貢献活動を行っていく予定である。
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写真2:飯南ヒルクライム道路清掃活動の様子 |
まとめ
近年、国の過疎化の進む中山間地域の振興施策として「小さな拠点づくり」が動き出したところである。飯南町では地域振興課が所管しており、介護予防を担当する保健福祉課とは国の事業で考えると交わる事の無い事業であるが、「地域住民が住み慣れたまちで引き続き暮らしていくために」という目的は共通している。また、人づくりという点では公民館事業(社会教育)を所管している教育委員会と密接に関わってくる。
飯南町のような小規模自治体では一人が複数の業務を担当することから、薄く広く業務を行う傾向になり不十分な対応となりがちであるが、その一方で、課の垣根を越えた連携が比較的容易であり、それぞれの事業目的をきちんと確認し、関係者間で同じ目的であることを確認し、連携することで少ない人員でもより良い事業展開が可能となる。デメリットばかりに目を向けるのではなく、小さなまちだからこそできるメリットを十分に活かしてまちづくりを進めていくことが重要である。
今後、自治体職員はますます厳しい環境に置かれていくことが予想される中で、限られたマンパワーと予算で最大限の効果を得られる方法を常に模索していかなければならない。これまでの方法が本当に自分のまちにとってベストチョイスであったのか再考しながら自治体職員として取り組んでいきたい。
今後、様々な視点から「地域力」の向上に繋がることが自治体職員として向かうべき仕事のあり方ではと考える。
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