1. はじめに
日田市の特徴は、周囲の山々から多くの河川が流れ込み、豊富な水資源に恵まれている点にある。日田盆地に流れ込む河川は日田市街地を流れる三隈川(筑後川)へ合流し、これらの河川は、江戸時代末期には日田市周辺の地域で伐採された木材や物資を筑後川下流の都市へ運ぶ物流手段として欠かせないものとなっていた。そのため古くから人と川とのつながりが深い場所である。
日田で生まれ育った私も、小さな頃から父親に連れられ、よく三隈川に釣りに行き、オイカワやオヤニラミなどの魚を釣り上げては喜んでいたことを鮮明に覚えている。
そのような背景から、日田市のまちのイメージを標榜することばの一つとして「水郷(すいきょう)ひた」という呼び名が古くより定着している。
市の産業に注目すると、豊富な水資源を供給する源である森林は日田市林業の発展を支え、また供給された水を利用した農業、とりわけ梨などの果樹生産が盛んであり、現在では地域ブランド性を前面に出したPRや販路開拓を行いながら、国内の第一次産業の発展に寄与している
他方、水産業に目を向けると、流通業が発達していなかった頃に市民の貴重なタンパク源として利用されてきた川魚を、現在では市民が日常的に口にすることが減ってしまった。現在でもアユの漁獲量や市内の養殖生産量において一定の評価はできるものの、農林業の活性化に比較すると盛り上がりに欠けている点が指摘できる。
そのような状況から、日田市では平成24年頃より産業活性化政策として内水面事業を拡充する動きがあり、民間組織と協働しながら多様な事業を展開している。本レポートではその取り組みについて述べる。
2. 日田市の内水面漁業の特性と漁協経営の分析
ここでは日田市の内水面漁業の特性を踏まえたうえで日田漁業協同組合(以下、「日田漁協」)の経営状況を分析したのち、市と他の組織との協働の取り組みをひとつ紹介する。
前述したように日田市ではかつて、市民の貴重なタンパク源として川魚が利用されており、オイカワなどの小魚は甘辛く炊いて保存食にしたり、アユは身や内臓をすりつぶして「うるか」にするなど独自の食文化が発達していた。当然、河川での漁業も盛んであり、とりわけアユ漁に関しては、有明海から三隈川へ大量に遡上するアユを、鵜飼、竿、網や市内各地に設置された「簗」と呼ばれる仕掛けで漁獲していた。その歴史は古く、現存する最も古い記録では、733年に編纂された「豊後風土記」の中に日田のアユに関する記述が残っている。また、九州の国学者である森春樹が1830年に書いた書物の中にも、日田のアユが日本一に味が良いとの記述があり、かつての日田市にとってアユがいかに重要な資源であったかをうかがうことができる。
それでは現在の日田市にとって「アユ」とはどのような存在なのだろうか。
かつて有明海から大量のアユの遡上があった三隈川は、昭和28年、最下流域に魚道のない夜明ダムが建設されたことで回遊魚の遡上が一切できない河川となった。一時は、漁業関係者の手により夜明ダムの下流域で採捕した遡上アユを三隈川へくみ上げる放流が行われ、資源維持が図られていたが、昭和59年に筑後川下流域に巨大な堰が建設されたことなどを境にその取り組みも衰退し、とうとう天然遡上ゼロの河川になってしまったという経緯がある。それでも、日田の重要な内水面資源であったアユの存在は大きく、市内の漁業者で組織される日田漁協の手によって、県内大野川や、他県で生産されたアユの種苗を、三隈川を中心とした管轄河川に放流が行われ、これによりアユの資源管理が図られるようになった。
市内の漁業従事者数を表す日田漁協の組合員数(図1)は、平成20年は500人近くに上っていたが、高齢化や新規組合員の獲得不足を背景に減少し、平成28年現在326人となっている。
図1 日田漁協の組合員数と賦課金収入の推移 |
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その一方で日田のアユは、その大きさや釣りやすさから県内外(遠方では関東圏)より多くの遊漁者を呼び寄せており、初夏~初秋にかけて多くの太公望が竿を出す。また、大きな漁獲こそ望めないが、かつてアユ漁の主流であった「鵜飼」や「やな漁」は観光漁法となって現在に継承され、夏の風物詩として観光客の目を楽しませ、そこで提供されるアユの塩焼きなどに舌鼓が打たれている。この光景は、水郷日田を語るうえで欠かすことのできないものだ。つまり日田市の内水面漁業は、アユを求めて訪れる観光客の集客が大きく期待できるという点で観光漁業の側面が色濃く、ひいてはそれが日田市の経済活性化の一助となっていると考えられる。
ここで日田漁協の経営状況に注目すると、日田漁協では、毎年約4,000万円弱の経費をかけて100万尾以上のアユのほか魚類の放流事業を実施することで内水面資源管理を行い、これが遊漁者など観光客の集客維持につながっている。他方、放流事業経費を補うべき漁協本来の収入事業は①「遊漁事業」、②「養殖魚の販売事業」、③「組合員の賦課金」の3つが挙がるが、この3つだけでは経費を補いきれておらず、河川協力金や補助金等への外部依存が強いことも事実であり。経営基盤の改善を図ることが喫緊の課題であるといえる。
収入事業のうち①「遊漁事業」とは、漁協が放流する魚種を組合員以外が釣りなどで採捕する場合に徴収する遊漁料収入を指しており、平均して年間約1,000万円近い収入実績があることから、日田漁協が最も重要視すべき事業であるといえる。さらに本事業収入の約8割をアユ遊漁が占めていることから、アユが豊富に釣れる魅力高い漁場を今後も形成し続け、本事業収入の維持増大を図ることは漁協として避けられない課題である(図2)。
図2 日田漁協における遊漁量売上金額の推移 |
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しかし平成25~26年、そのような遊漁事業を揺るがす出来事が起きた。それが、三隈川水系におけるアユの記録的な不漁である。従来、70トン前後の漁獲量を誇っていた日田のアユ漁は平成25年、25トンにまで減少し、翌26年には例年の十分の一以下である2トンに激減した(図3)。当然、漁獲が見込めないことから遊漁者も減少し、日田漁協並びに市の観光業に打撃を与えるに至った。
図3 日田漁協におけるアユ放流量と漁獲量の推移 |
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このような状況の中、市ではまず、河川におけるアユの生息状況の把握のため、平成26年、アユの食(は)み跡を指標とする潜水調査をはじめて実施した。本調査は、日田漁協はもちろん、河川に関係する国土交通省や県、学識者など多くの関係団体との協働で行ったものだ。潜水調査の結果、アユ不漁の原因究明には至らなかったものの、多くの調査箇所でアユの食み跡が観察できなかったこと(表1)から、平成26年度におけるアユの生息状況はあまり良くないとの結果を得たほか、各河川における性状の把握もでき、関係機関一同でアユの成育状況と河川環境について情報を共有する重要な機会となった。
また、不漁の一因として考えられるアユの放流種苗の長期継代(けいだい)飼育による健苗(けんびょう)性の低下をにらみ、より河川適応力の高い「海産種苗」の導入に向けた調査にも市と漁協が連携して着手し、平成27年には、長期継代飼育を解消した人工種苗80万尾と、前述の海産種苗20万尾を日田漁協管轄河川へ放流した。再び潜水調査を実施したところ、ほぼ全調査箇所において非常に多くの食み跡を観察でき、アユの生息状況は良好であると判断でき、その年の漁獲量は57トンにまで回復するに至った。
その後も、アユの潜水調査は毎年シーズン恒例の調査となり、九電など新たな関係団体の参加も得ながら継続実施している。本調査は、毎年のアユの生息状況をデータ化し、放流効果の検証を行うことのほか、河川に携わる関係団体が、互いに同じ目線でアユの資源維持に関する議論ができるような体制づくりをめざして実施しているものである。市では、今後も行政と民間の協働の取り組みの一環として、本調査や放流事業への支援を行いながら、日田市のアユ漁の活性化を図っていく。
3. 日田市の内水面養殖業振興策
前章では市の内水面漁業について述べたが、ここからは養殖産業に注目し、市が平成24年より内水面事業振興策として重視している「市への新たな養殖魚種の導入による養殖産業の活性化」の取り組みとその意義について述べる。
もともと日田市では、アユやヤマメの養殖生産量が多く、とりわけヤマメの生産量に関しては、県内の約1/3のシェアを占めるほどであるが、この取り組みは、そこもう一つ、新たな魚種を取り入れ、魅力を付加することで、養殖産業を更に活性化させるという考えのもと、推進が図られているものである。
市が新たな養殖魚種として選定したのが「ホンモロコ」である。ホンモロコは、滋賀県の琵琶湖に生息する固有種であり、体長10㎝ほどのコイ科の淡水魚。見た目は何の変哲もない小魚だが、コイ科の中で最も美味とも謳われており、京都などの関西圏では高級魚として珍重される魚である。
この魚を選定した理由は以下の通り、事業への着手のしやすさを見越した生産量の増加を狙ってのことである。
① 種苗が入手しやすいこと、卵のまま輸送できること。
② 養殖方法が比較的容易であり、孵化から成魚出荷までが約半年の短期間であること。
③ 採卵・孵化が容易であり、完全養殖技術の習得に時間がかからないこと。
養殖魚種の選定後に取り掛かったのは、本事業の実施主体を決めなければならないことであった。市では養殖場を所有しておらず、なにより本事業を進めるうえで、基盤をより強固なものとし、取り組みに継続性を持たせるためにも、行政単体として動くのではなく、民間組織との連携体制の構築は欠かせなかったためである。
そこで市は、日田漁協に本事業の共同研究を依頼した。なぜなら日田漁協は、大規模な養殖場を所有し、アユ・ウナギ・コイの養殖にも取り組んでおり、魚の養殖に精通した人材を有していることから、比較的スムーズに事業着手が可能となると考えられたためである。
また、本事業の推進主体についても、市単独ではなく、日田漁協や市内の養殖業者、流通業関係者を含めた組織である「日田市内水面利活用推進協議会(以下、協議会)」に置き、これにより、本事業の推進について、行政視点だけではなく、様々な民間事業者の視点も含めて議論することが可能となった。
その後、ホンモロコ養殖の先進地として知られる滋賀県草津市で種苗入手に至った協議会では、さっそく日田漁協の養殖場に卵を運び、孵化育成に取り掛かった。
ところが容易とはいえホンモロコという全く未知の魚の養殖であったため、初年度は育成に困難を極め、わずか約50㎏の生産に止まる。また、九州では全くと言っていいほど知名度が低く、高級魚としての地位はおろか、よそ者(外来種)としてのイメージが強かったホンモロコは、一部の市民にとっては批判の対象に挙がることもあり、推進を行う協議会としても、PR方法について十分な検討を図らざるを得なかった。
さらに、事業主体の日田漁協と市の連携体制についても、事業着手当初は強固な連携ができておらず、両者間に温度差があったように感じる。当時は行政からの一方的な提案と捉えられていたのかもしれない。
その後数年かけ、協議会では養殖技術の確立に向け先進地での技術研修やマニュアルの作成、効率的な採卵方法の研究等を行ったほか、ホンモロコの販路開拓と知名度向上の取り組みについても重点的に取り組んだ。具体的には、市内外の飲食店に対して営業活動を行ったり、市内のイベント等でホンモロコの試食品提供を積極的に行ったほか、組合活動の一環として市職労の組合員の交流促進を図ることを目的に開催された料理教室等にも食材提供し、市職員への周知も怠らなかった。市民へのPRを行う際には、アユやヤマメ等の在来資源に関連する説明に重点を置き、市でのホンモロコ養殖の経緯を市民に知ってもらい、実際に食べ、おいしさを感じていただくことで、本事業に対する肯定的な意見も、徐々に耳にするようになった。
最も前進したと考えられることは、事業主体である日田漁協が本事業に対して積極的な姿勢を示すようになったことで、これまで他の養殖魚種の飼育と兼任で1人しか職員が配置されていなかった養殖場に、ホンモロコ専属の組合員の方が置かれたこと、さらに生産に対しても前向きな発言が増えたことは、市の担当者として非常にやりがいを感じる出来事であった。
約5年間の取り組みの成果として、生産量は徐々に向上し、販路としても平成29年6月現在、市内4件・県外2件の飲食店・加工業者への販売を達成している(図4)。
平成28年度の市内生産量250㎏を達成したホンモロコ養殖は、事業着手から6年目に当たる平成29年度は更に生産量を伸ばすべく、600㎏の生産を目標に取り組みを強化している。
では本事業を日田市で推進する意義とは何であろうか。
まず1点目は、前述したアユ漁の活性化による遊漁収入の増加に加え、養殖魚の販売事業の収益力強化を図り、日田漁協の経営改善をめざすことにあると考える。
日田漁協では、放流事業のほか、アユやウナギ、コイなどの養殖と販売事業を行っており、この取り組みを強化するためのキーポイントとしてホンモロコ養殖の取り組みが位置づけられると考える。
また、意義の2点目には、日田市の川魚ブランド力の強化が挙がる。日田市ではもともと、淡水魚養殖業や、アユ遊漁に代表される内水面漁業が盛んであることは前述したが、地域ブランド品の視点で川魚に注目した時に、その真価を発揮しているとは考えにくい点が指摘できる。例えばお土産売り場などを見渡しても、昔ながらの甘露煮や、うるかなどが少し置かれているだけで、とても特産品としてPRに成功しているとは思えない現状があった。
そこで、高級魚であるホンモロコを前面に出した売込みを行い、これを起爆剤として、アユやヤマメ等についても、併せて販路開拓を行うことで、日田の内水面資源全体のブランド力向上を図り、最終的には水郷日田のイメージアップに繋げることができるのではないだろうか。
図4 ホンモロコの販売額・生産量・販売量の推移 |
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先に、私は日田漁協の販売収入を強化するうえで、ホンモロコ養殖がキーポイントとなると述べた。ホンモロコのような新しいモノの導入は、人々の注目を集めることができるという点で、既存の資源(在来のアユやヤマメ)にも魅力を再発見させる起爆剤的な側面があると考えるからである。
ホンモロコの生産量は現時点ではまだ少なく、またホンモロコの売上げだけでは現状大きな経済効果が期待できるものではないことも承知しているが、このような付随効果も期待でき、これこそが日田市でホンモロコ養殖を行う意義だと私は考える。例としてホンモロコ導入後の日田漁協の販売事業収入は、在来魚種も含めて徐々に増加傾向に転じている。
4. 協働の先にあるもの~今後の展望~
本レポートでは内水面事業に関連する市と漁協の協働した取り組みを2つ紹介した。
アユ漁の活性化に向けた取り組みについては、「河川」という大きな公共性を伴うものに対し、あらゆる関係団体が協働してよりよい漁場づくりに臨むことはめざすべき一つの姿であり、これはアユに限らず、河川工事や水利権など様々な河川関連の問題に向き合う上で重要な繋がりとなるため、今後もより連携を強固なものとすることが望まれる。
他方、ホンモロコ養殖については、事業を継続するにあたり、行政の携わり方として、今後は共同研究の立場から、日田漁協単独の事業としてホンモロコ養殖を継続実施していけるような体制の構築へと転換していく必要があると考える。
やはり販売事業のような利益追求型の事業においては、民間組織が主体性を持つべきものであり、また、本事業に限らず、産業振興やまちづくりを主導する際にも主体は行政ではなく、あくまで民間組織にあるべきものである。民間組織自身が地域に立脚し、盛り上げ役となる「やる気」をもたなければ、その事業はバックヤード(地域の支え)が弱く、継続性を持ちえないと考えるからである。行政はそのサポート役として立ち回るのが良いのではないだろうか。
ホンモロコ養殖の取り組みはまさに現在、行政主導から民間主導に切り替わる過渡期にあるといえる。事業着手当時、行政が考える本事業の意義と、日田漁協が考える意義の間には、大きなギャップがあったように思うが、そのギャップは数年かけて徐々に埋まってきている。今後は日田漁協自身の意思で本事業に新たな意義を見出し、取り組んでいく体制が確立したときにはじめて、行政と民間との協働がうまく機能したといえるのではないだろうか。
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