1. 「消滅可能性都市」の衝撃
少し前のことだが、"896"という数字がにわかに話題となった。この"896"という数字について、何の数字か、すぐお気づきになられる方も多いだろう。元総務大臣、増田寛也氏を座長とする「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会が発表した「2040年までに消滅する恐れがある896市町村」のことである。通称「増田レポート」と呼ばれるこの報告は、2010年の国勢調査に基づいた試算で、2040年時点で20~39歳の女性人口が半減する自治体を「消滅可能性都市」とみなした。つまり、女性の人口が減少し、出生数が減っていき、総人口が1万人を切ると、自治体経営そのものが成り立たなくなるということを示しているもので、その数は全国約1,800市町村のうち実に約半分に相当している。
日本中に衝撃が走った「消滅する恐れがある896市町村(消滅可能性都市)」の中でも、特に推計人口が1万人以下になる523自治体については「消滅自治体」として名前が挙げられたこともあり、大いに不安や動揺を誘った。しかし、実際に無くなるのは「地方」そのものではなく、現在の「(地方)自治体」であり、以前から人口の減少とともに過疎化が進み、廃村や廃集落等も進行していたものと思われる。
また、地方人口が減少する大きな要因として、経済環境等の変化による、工場の撤退、大学進学等に伴う都市部への若年層の流出、子どもを産み・育てる環境や支援が不十分であることなどが挙げられている。さらに、これら様々な要因が時には複合的に絡み合い、それぞれの地方の事情等も相まって人口減少に拍車をかけているのが現在の状況だ。
2. 人口減少が自治体にもたらす影響
次に、このまま人口減少が進行した場合、自治体に与える主な影響などについて少し触れてみたい。
(1) 財政硬直化による行政サービス水準の低下
生産年齢人口の減少に伴う経済・産業活動の縮小によって地方公共団体の税収入は減少する一方で、高齢化の影響によって社会保障費の増加が見込まれているように、人口減少は地方財政に大きな影響を及ぼすことは言うまでもない。このような状況が続いた場合、住民一人当たりの行政コストが増大し、これまで当たり前に提供されていた行政サービスが廃止又は有料化されるといった状態が生じることも考えられる。サービス水準の維持は、いずれ問題になるときが来るであろう。
(2) 生活サービス(小売・宿泊・飲食・金融サービス等)の縮小
日常生活を送るために必要となる様々な生活サービスは、一定の人口規模のうえに成り立っており、必要とされる人口規模はサービスの種類により様々であるとされている。国土交通省国土政策局は、「人口規模と事業所数との間に相関がある」としており、例えば、医療・福祉サービスについては、ある市町村に一般病院が50%以上の確率で立地するためには、5,500人以上の人口規模が必要であり、80%以上の確率で立地するためには27,500人以上の規模が必要である。また、救命救急センター施設であれば、立地確率が50%以上になるためには175,000人以上の人口規模、80%以上になるためには275,000人以上の人口規模が必要であるとされている。人口減少によって、こうした生活サービスの立地に必要な人口規模に満たない場合は、市場経済の下では地域からこれらの事業所の撤退が進み、生活に必要な商品の入手やサービスを受けることが困難になり、日々の生活に支障をきたすおそれがある。
3. 人口減少から地方創生へ
先に述べたように、このまま人口減少が進めば、特に地方において住民の生活に様々な変化が生じることは明らかである。衰退の一途をたどる地方に歯止めをかけ、人口減少社会を脱却するために、安倍首相は2014年9月29日、臨時国会開会の冒頭、「若者が将来に夢や希望を持てる地方の創生に向けて、力強いスタートを切る」と力説した。いわゆる「地方創生」の幕開けである。この大号令を受け、各自治体は2015年度中に地方版人口ビジョンと総合戦略を策定した。しかし、その策定プロセスや、成果物としての策定された計画そのものには疑問を抱かざるを得ない。なぜなら、多くの自治体が既存事業の名称を変更したり、類似した規模の自治体が似たり寄ったりの政策を掲げていることが目に付くからである。
このことに関連し、ある自治体職員の声がインターネット上に掲載されていた。
「自治体の多くは交付税に依存し、特に自主財源の少ない自治体は交付税がすべてです。また、実施事業も国の補助金メニューに頼り、ある意味補助金漬けにされてきました。そのため、事業を創りだすことができる職員は育っていません。だから、地方創生で、急に金やるから地域で考えろと言われても、考えることをいろんな意味でやめてきたので対応できないのが現状だと思います。しかも短期間で上から降ってくるので、考える時間も十分に与えられません。」
匿名で掲載されていた自治体職員の生の声であるが、私も地方自治体の一職員としてこの意見には大いに賛同できるし、この「国と地方自治体の関係」は、今後変えなければならない日本の構造的な問題ではないかと考える。補助金や指導・助言などによる国の自治体への「関与」と、それに対する自治体の「依存」。この連鎖が連綿と続き、どこの自治体も似たり寄ったりの計画を立て、補助金を受けつつ代わり映えのしない事業をとりあえず実施しているのが現状ではないか。また、計画を策定するにあたり、多くの自治体が民間のコンサルティング会社に委託したと聞くが、コンサルなど外部の人材に求められるのは、課題を発見し、論点をわかりやすく整理して住民の意見を引き出すことである。どこの自治体の地方活性化策も金太郎飴のように画一化し、結局、地方の衰退と呼ばれる状況になったのも、過去何十年も国や業者に丸投げしてしたことの結果なのだろう。
4. 過去の地方活性化策はどうであったか
一方で、人口減少が進み衰退の途中にある地方を、自治体の政策により活性化させることがいかに難しいことであるのか、ということも忘れてはならない。歴代の政権下で取り組まれてきた地方活性化策を少し振り返ってみたい。
まず思い浮かぶのは、バブル経済の真っただ中に竹下登内閣(1988~89年)で実施された「ふるさと創生事業」である。この事業は、全国の市区町村に対し資金1億円を交付したが、その使途は自由で、各自治体が創意工夫してこの1億円という大金を地域振興やまちづくりに活かそうというものだった。1億円を受け取った各自治体は、地域の活性化などを目的に観光整備などへ積極的に投資し、経済の活性化を促進したが、無計画に箱物やモニュメントの建設や製作に費やしたりと、無駄遣いの典型として揶揄されることも多かった。青森県上北郡百石町(現おいらせ町)が「緯度がニューヨークと同じだから」という理由で製作した日本一の自由の女神像や、秋田県仙北郡仙南村(現美郷町)が「村営キャバレー」を設立したことなどが代表例だろう。なお、村営キャバレーは、その後赤字がかさみ閉鎖されるに至っている。
小渕恵三内閣(1999年)では、15歳以下の子どもがいる家族と65歳以上の高齢者らに対し、2万円分の「地域振興券」を交付し、消費を刺激しようとした。当時は、バブル経済が崩壊し、景気浮揚を目的として数回の減税は行われていたものの、負担軽減分は貯蓄に回ってしまい、減税本来の目的である消費の拡大という目的を果たせなかった。そのため、直接には貯蓄に回せない形で消費を刺激しようとしたものであるが、実際には間接的に貯蓄に回ったため、必ずしも意図通りの結果とはならなかった。
第1次安倍内閣(2007年)では「頑張る地方応援プログラム」に取り組んだ。少子化対策や定住促進、若者の自立支援など地域活性化に意欲的な自治体に地方交付税の一部を重点配分した。
民主党政権下の菅直人内閣(2011年)では、「地域自主戦略交付金」として、国が使途を特定する補助金の一部を自治体が自由に使い方を決められる一括交付金に切り替えた。
これまでの政策を振り返ってみても、一部の自治体において成功例として挙げられるものはあるものの、地域活性化策に効果的な施策は自治体ごとに異なるため、どこにでも有効な決定的な策というものがあるわけではない。その地域ごとの特色や立地、人口や産業の状況を判断し、独自性のある地域おこし施策の計画・実施が望まれるが、他の地域の真似をすればするほど地域ごとの独自の特色がなくなり、同じようなものが増えた分、相対的に魅力が減ってゆく。したがって、他の地域と比較した場合の、自地域の特色、本当の強みを見抜く必要がある。この「自地域の特色や本当の強みを見抜く」技術こそが、今後、自治体職員に求められると考える。
5. もう一度考える「地方創生」
過去の地方に対する振興策は、いわゆる「ばらまき」的な性格が強く、人口減少に歯止めをかけるという目的よりも、地方経済の活性化や消費喚起を目的として行われたものであるが、今回の地方創生は人口減少を克服することを目的とし、自治体ごとに人口ビジョンと総合戦略を策定させた点に特色がある。なかには地域の強みを生かしつつ、特色ある街づくりに成功する自治体も現れるだろう。しかし、街づくりに成功したとしても、地域において人口減少の歯止めとなり得るのかと考えるとき、残念ながらその効果は極めて限定的なものとなるのではないだろうか。
人口減少策をあれこれと考え、地域の衰退を防ぐ取り組みももちろん大事だが、それよりも重要なのは、「人口が減っても機能する効率的な地方行政を考えること」ではないだろうか。人口減少によって起きる事象の意味を考え、行政として社会の変化に合わせた対策を実行していくこと、と言ってもよい。
これまで自治体が実施してきた地域振興策や経済活性化策は、今後も経済が発展していくことを前提として立案され、その内容は何か目新しいことを始めたり、人の目を引く施策を考えることに重点が置かれていたような気がしてならない。しかしながら、今後は生産年齢層の減少により労働力が不足し、かつてのような高度経済成長は望めないであろう。そうであるなら、地方創生による人口減少策にあれこれと頭を悩ませる前に、既存の事業を見直し、整理・縮小を考えたほうがよいのではないか。つまり、「これまで広げてきた政策の風呂敷を、今後は静かに畳んでいく時期に差し掛かった」ものと思われる。
戦後から長らく続いてきた経済成長により国民が相対的に豊かになり、健康になって長生きするようになり、高齢者が増えた。社会が成熟し、個人が自由に個性を発揮できる世の中になったため、独身者が増え、離婚が増え、少子化へと繋がった。しかし、世界中を見渡してみてもわかるように、人口が減ること自体は近代化における自然な流れであって、それ自体受け入れるべきものであろう。
地方の衰退を阻止することも重要だろうが、ここで少し立ち止まり、足元をもう一度よく見直した方がよいのではないだろうか。今後は、自治体の実施している様々な政策を「戦略的に縮小していく」ことを考えてはいかがだろうか。
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