【論文】

第37回土佐自治研集会
第5分科会 人口減少社会をどう生き抜くか!?

 私の住む福島県いわき市では、2011年3月に発生した福島第一原発の事故から7年が経過した現在でも、他自治体の住民、約2万人が避難生活を余儀なくされています。本自治研集会第5分科会でも「人口減少」がテーマとして取り上げられていますが、「住民が急増したことにより起きた現象」を例示しながら、「元からの住民」と「移住者」双方にとって望ましい人口減少対策について提言します。



「居住者が急増した自治体」の視点から見た
人口減少対策
―― 福島第一原発事故の教訓を踏まえた提言 ――

福島県本部/いわき市職員連合労働組合 野内 一昭

1. はじめに

 2011年3月に発生した東日本大震災による地震と津波に起因した東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原発と記載)の事故により、福島第一原発が立地する「福島県双葉郡」の住民の多くが避難を余儀なくされ、7年以上経過した2018年7月現在も、4万人以上が避難生活を送っています(福島県災害対策本部「平成30年7月5日 平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報(第1743報)」より)。
 私の住む福島県いわき市は、北部が福島第一原発から30km圏内に含まれていますが、幸いにも事故による影響が双葉郡の自治体より少なかったことから、多くの双葉郡の住民が、いわき市で避難生活を送っています。そして、双葉郡の一部の自治体の「避難指示」が解除された後も、未だに約2万人がいわき市での生活を送っています(いわき市災害対策本部「平成30年7月18日 いわき市災害対策本部週報」より)。
 本自治研集会第5分科会でも「人口減少」がテーマとして取り上げられていますが、いわき市では、「受け入れ準備」が出来ていないまま「住民が急増した」ことにより、様々な現状が起きました。これらを例示しながら、「元からの住民」と「移住者」双方にとって望ましい人口減少対策について提言します。

2. 福島県いわき市について

(1) いわき市の概要
 いわき市は、福島県の太平洋側「浜通り地方」の最南端に位置しています。茨城県と境を接する、広大な面積を持ち、東は太平洋に面しているため、寒暖の差が比較的少なく、温暖な気候に恵まれた地域です。
 1966年に「5市4町5村が対等合併」して誕生し、当時は国内で1番大きい面積を有していました。1998年には中核市に指定されましたが、2000年から人口が減少をはじめ、2018年7月の人口は343,383人となっています(いわき市HPより)。
 観光面では、東北地方でも有数のリゾート施設「スパリゾートハワイアンズ」を筆頭に、水族館「アクアマリンふくしま」、「いわき湯本温泉」など多彩な観光資源を有し、2018年6月には、県内最大・東北有数のショッピングモール「イオンモール小名浜」もオープンしました。また、2010年2月からは「いわきサンシャインマラソン」が毎年開催され、2017年度のいわき市の観光交流人口は8,141,142人となっています(いわき市HPより)。

図1 いわき市の位置図

(いわき市HPより抜粋)

(2) いわき市と福島第一原発、避難自治体の位置関係
 2011年3月に発生した福島第一原発事故に伴い、当該原発から半径20km圏内に位置する自治体(12市町村)に対し、国から避難指示が出されました。これにより、ピーク時で164,865人(2012年5月時点)の住民が、いわき市をはじめとした、「避難指示が出されていない自治体」へ避難することになりました。
 その後、避難指示区域の除染(放射能汚染された場所から放射性物質を取り除く)作業やインフラの復旧等が進んだ結果、避難指示区域は見直され、複数の自治体において、段階的に避難指示が解除されましたが、未だに1市4町2村で避難指示が継続しており、46,093人(2018年5月現在)が避難生活を送っています(避難者数については、福島県HPより引用)。
 いわき市は、「放射能汚染の数値が低かったこと」や「避難自治体にもっとも近い市」であることから、多くの避難住民を受け入れることとなりました。

図2 福島第一原発事故による避難指示区域(左:2013年8月(区域設定時)、右、2018年7月現在)

(経済産業省 資源エネルギー庁HP「2017年、福島の『今』の姿は」より抜粋)

3. 居住者が「急増」したことによる影響

 いわき市は、福島第一原発事故により、受け入れ準備の整わないまま多くの避難者を受け入れることになりました。「人口増加の推移」と、「それにより起こった影響」について、各種データから報告します。

(1) 避難者数の推移
 表1は、いわき市への避難者数の推移です。福島第一原発事故から7年が経過した現在も、約2万人がいわき市での避難生活を継続しています。7年経過した現在も、避難者数は2万人の水準を維持したままです。つまり、2011年3月に発生した福島第一原発事故を境に、いわき市に居住する住民が約2万人増えたということです。
 また、「福島第一原発の廃炉作業」や「避難区域の除染作業」などに従事する作業員の数について、下表に示しています。廃炉作業には月平均で約5,000人が、除染作業にはこれまでの延べ人数で約1,300万人が作業に従事しており、中にはいわき市からの通勤者も多く含まれています。
 これら「避難者数2万人」と「作業員数」を加えた人数が、「福島第一原発事故後に急増したいわき市の住民の数」です。

表1 住民票をいわき市に移さず居住している避難者数の推移
2012年3月2013年3月2014年3月2015年3月2016年3月2017年3月2018年3月
22,532人23,901人22,567人24,150人24,110人23,299人20,997人
(いわき市HP「いわき市災害対策本部週報」より抜粋)

図3 2012年7月以降の平日1日あたりの福島第一原発廃炉作業にかかる平均作業員数(実績値)の推移

(福島県HP「東北電力 福島第一原子力発電所 労働環境の改善への取組み」より抜粋)

図4 福島第一原発事故にかかる除染等工事の作業員数推移

(環境省HP「東京電力福島第一原子力発電所事故により放出された放射性物質汚染の除染事業誌」より抜粋)

(2) いわき市における新築件数
 表2は、いわき市における福島第一原発事故後の「新築」許認可の数です。いわき市に居住する「避難者」や「作業員」が増えたことにより、アパートやマンションの建設が増えています。また、「見通しの立たない避難生活」に見切りをつけ、故郷への帰還をあきらめ、東京電力からの賠償金を元手に家を新築した避難者も多くいます。

表2 新築確認申請件数の用途別内訳
住宅(件)共同住宅・長屋(件)その他(件)合計(件)
2011年度977951411,213
2012年度1,7592032022,164
2013年度1,9962051992,400
2014年度1,7311861982,115
2015年度1,7461431882,077
(いわき市HPより)

(3) いわき市における地価の推移
表3 いわき市の地価の推移について
価格判定の基準日 住宅地の平均価格(円/m2)
2011年7月1日29,900
2012年7月1日29,000
2013年7月1日28,400
2014年1月1日34,400
2015年1月1日37,100
2016年1月1日39,700
2017年1月1日41,700
2018年1月1日42,900
(福島県HP「地価調査結果」より)

 福島第一原子力発電所の事故以降、上記(1)「居住者の急増」や(2)「新築件数の増加」に伴い、地価も大幅に上昇しました。
 表3には、福島県が公表している「いわき市の地価の推移」を、下記には福島県が毎年公表している「地価公示における福島県内の地価動向について」より、「いわき市の地価動向」を、それぞれ抜粋しました。
 震災直後は地価が下落しましたが、その後、2018年1月現在まで、毎年地価が上昇しています。また、ピークの2014年には「住宅地の上昇率全国上位10位地点を全ていわき市」が占めています。

○ 福島県「地価公示における福島県内の地価動向について」より抜粋
・ 2011年度
 地価の下落が続いている中で、東日本大震災による被災と東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線の影響により、需要がさらに落ち込み土地取引は減少した。いわき市では全般に下落幅が拡大したが、いわき市では、一部に住み替えによる需要も見られた。
・ 2012年度
 いわき市では移転需要の高まりから中心部の利便性の高い地域や「鹿島街道」沿線地域で下落率が大幅に縮小したが、津波被害の大きな地域では高い下落率を示した
・ 2013年度
 地価上昇が顕著ないわき市は、被災者及び避難者の移転需要が集中しており、鹿島街道沿線や平地区の住宅団地で上昇率が高く、その影響が周辺に波及して地価水準の低い住宅団地の上昇率も高くなった結果、ほぼ全ての調査地点が上昇又は横ばいとなった
・ 2014年度
 住宅地の上昇率全国上位10地点すべてをいわき市の標準地が占めた
 被災者需要の集中から供給が不足して、市内全域で地価上昇となっている。また、昨年までに引き続き、平地区や鹿島街道沿いの住宅団地を中心に広い範囲で上昇率が高くなったほか、四倉地区や植田・勿来地区など市中心部から離れた地域にも上昇率が高い地点が出てきている
・ 2015年度 
 平均変動率は6.7%(前年7.3%)とやや鈍化したものの、高水準の上昇率が継続しており、ほぼ全ての地点で上昇となった。平地区を中心としたいわき市中心部の上昇率が依然として高水準である。また、中心部隣接の平窪地区、双葉郡に近く割安感のある四倉地区等で需要が増加し、地価が上昇している。一方で、移転需要者の土地選別も進んでおり、植田から勿来にかけての市南部では上昇が緩やかとなっている
・ 2016年度
 移転需要は全体的にはピークを越えたが、四倉地区や人気の高い一部の住宅団地等では、依然として需給の逼迫した状況が続いている
・ 2017年度
 移転需要は減少する傾向にあり、地元の需要者による取引が増加している。全般的に落ち着きを見せているが、郊外住宅地域では、これまでの地価水準を上回る価格での取引が見られる地域もあり、高い上昇率を示す住宅地も依然として見られる

(4) 地域医療への影響
① いわき市の医療の現状
 表4は「人口10万人あたりに対する医師数」です。いわき市では、福島第一原発事故が発生する以前から現在に至るまで、医師の数が不足しており、全国平均どころか県平均も下回っています。

表4 人口10万人あたりに対する医師数の推移
(単位:人)
2010年2012年2014年2016年
全国平均219226.5233.6240.1
福島県182.6178.7188.8195.7
いわき市160.4162172161
(福島県HP「医師・歯科医師・薬剤師調査」(厚生労働省)より)

 医師不足は全国的な問題となっていますが、いわき市における大きな要因は、「新臨床研修制度の開始による医師の引き上げ」と、「救急患者やコンビニ受診の増加」です。
② 新臨床研修制度の開始による医師の引き上げとは?
 本制度は、2004年4月から導入され、導入前までは、国家試験に合格した医師は、出身大学の医局に所属し、大学病院や医局が派遣する関連病院で診療しながら、専門家の医師としてスキルを磨いていくというのが一般的でした。
 しかし新制度の特徴である、「マッチング」という制度により、2年間、研修勤務が義務付けられ、研修を受ける医師が「自分の意思で研究を受けたい病院を選ぶことができる」ようになった結果、相当数の医師が、「症例数が多く、最新の医療設備が整い、著名な指導医が籍を置く」大都市の病院を希望し、研修終了後もそのまま勤務するケースが増えたため、大学病院における人材不足が顕著となりました。
 結果、人員に余裕がなくなった大学病院が、地方病院から人員を引き上げざるを得なくなり、派遣に頼れなくなった地方病院は、慢性的な人材不足に陥っています。
③ 救急患者やコンビニ受診の増加
 表5は、いわき市における「救急出場件数、搬送人員」です。平均で約13,000件出場していますが、年間365日で割ると、「1日35回以上」出場していることになります。

表5 いわき市における救急出場件数、搬送人員
区 分2008年度2010年度2012年度2014年度2016年度
出場件数13,30513,22313,79013,28913,321
搬送人員11,96811,96612,39711,94012,017
(いわき市消防統計より)

 表6は、いわき市における2016年度の「傷病程度別搬送人員」です。内訳を見ると、4割が「軽傷」での搬送です。関係職員に聞いた話では、「手に血マメが出来た」、「子どもが転んで擦り剥いた」、「指を打撲した」など「自宅でも処置可能な症状」のケースや、「救急車で行けば待たずに診てもらえる」と「タクシー代わりに使用」するケース、「高圧的」「クレーマー」な言動を取る患者の存在などが医療従事者のストレスとなっているとのことです。

表6 2016年度 傷病程度別搬送人員
区 分件 数比率(%)
死 亡2071.7
重 症1,79014.9
中等症5,04242.0
軽 症4,96841.3
その他100.1
12,017
(いわき市救急統計より)

④ 福島第一原発事故による受診者(居住者)などの増加の影響
 冒頭記述した通り、福島第一原子力発電所の事故により、2万人以上住民が増加しましたが、その分、患者数も増加した反面、①で述べたとおり、医師数の増加はありません。また、避難者を対象とする「医療費免除」や、福島第一原子力発電所事故による「汚染地区の除染業務」や「廃炉作業」などに従事する作業員の増加などが、患者数の増加に拍車をかけています。

4. 「人口増加」後も考えた人口減少対策

(1) 実際に「増えた」場合の影響を想定する
 先述の3.『居住者が「急増」したことによる影響』に記載した、「地価の上昇」や「地域医療への影響」以外にも、「道路交通量の増加による、一部道路における渋滞の発生」や「家庭ごみ(一般廃棄物)の処理量増加」など、様々な影響が発生しています。
 地域へ移住してきた人数が「数人程度」なら大きな影響は発生しないと思われますが、その数が数百人~数千人規模となると、良くも悪くも必ず影響は出てきます。人口減少対策を考える際、「どの地域に何十人程度増加見込み」であるか、そして「地域にどのような影響を与えるか」まで想定しなければ、後述の「元から住む住民の不満」だけでなく、「自治体行政規模」での対応も必要になってしまいます。

(2) 元から住む住民への配慮
 2012年12月、いわき市役所の玄関等に「被災者帰れ」の落書きが見つかりましたが、元から住んでいるいわき市民の中には、新たに居住した2万人の住民を快く思っていない声があったことも事実と思われます。その原因はこれまで述べてきた「様々な影響」に起因するものがほとんどです。「一時的な避難受け入れ」なら「困ったときはお互い様。相互扶助だから仕方ない」と思うことができたかもしれません。しかし、すでに受け入れから7年以上が経過し、「居住者が増加」が恒常的になったにもかかわらず、先述の「影響」が解消されていないことが「現状を不満に思う住民」が発生してしまう要因になると思われます。
 例えば、「ここ数年で地価が上昇したため、家を建てるのに以前より多額の費用がかかる」、「病院に行くといつも混んでいて長時間待たされる」、「近所に仮設住宅ができたため、ショッピングセンター等に続く道路で渋滞が発生している」一方、これらに対しての解決策がないため、結局不満を感じる住民は、それが解消されないまま年月だけが過ぎ去っています。
 人口減少対策を講じた結果、「住民サービスの低下」や「生活への悪影響(悪い方への変化)」はあってはなりませんし、もし生じるなら、それを必要最小限にしなくてはなりません。「移住者」はもちろん、それを受け入れる「元から住んでいる住民」に対しても、「人口増加に伴い、これまでの生活に変化が生じるかどうか」、「もし生じるなら、それが負荷(ストレス)に感じるものか」、「もし負荷(ストレス)になるなら、それをどう減らせるか」も併せて考慮する必要があります。

(3) 「元から住む住民」と移住者の相互理解を図る
 いわき市への避難者は、避難元の自治体に税金を納めていますし、原発避難者特例法により、避難先の自治体で行政サービスを受けた際、避難元の自治体や県・国が財政負担をしています。その事実を知らず、「避難者はいわき市に住民票を移していないから、いわき市に税金を払っていない。家庭ごみの処分など行政サービスを無料で利用している」と誤解している人がいるという話を、マスコミの報道で見ましたし、私自信、直接聞いたことがあります。
 「現状への不満」や「不公平感」などが「誤解」や「軋轢」、「分断」を生みますが、これは「感情を持つ人間」なら仕方のないことなので、「それをどうやって最小限に抑えるか」が重要です。そのために、「元から住む住民」と「移住者」が、「お互いの状況」や「考え」を相互理解することが必要です。「憶測」や「うわさ話」は拡散が早いうえに、どんどん内容が変化していきますが、「悪い」話ほど、よりその傾向が強いと私は感じます。特に、SNSが普及した現在では、拡散のスピードはさらに速くなり、範囲もさらに広がりました。
 これらのことから、「先住者と移住者がお互いに直接交流する」機会や、行政・マスコミなどからの情報伝達など、先住者と移住者の摩擦と軋轢をなくすための取り組みが非常に重要です。

5. まとめ

 人口減少対策には、「人をどうやって集めるか」も非常に重要です。しかし、いわき市のように、「準備」・「下地」がなく、一気に住民が増えた場合、様々な「影響」が発生します。そしてそれが、「元から住んでいる住民」だけでなく、「移住者」にも悪影響を及ぼします。「人を集める」ことと並行して、「集まった場合にどのような影響があるのか」という視点も、人口減少対策を考える際に是非議論していただきたいと思います。