1. 公共交通体験プログラム「電車とバスでうろちょろ」とは……
(1) 公共交通体験プログラムのはじまり
私たちNPO高知市民会議交通まちづくり部会は、「"どこに行くにも自動車ばかりで、電車やバスに乗ったことがない"ことが理由で公共の乗り物を利用できない(しない)子どもたちに、電車やバスに乗る機会を創り出そう! そして公共の乗り物に慣れてもらおう! そんなイベントやってみよう!」と考え、2002年6月にNPO高知市民会議公共交通部会(後に交通まちづくり部会に改称)として最初の公式イベント「路面電車スタンプラリー」を開催しました。
そのときの「私たち市民が市民に訴え、高知の公共交通の利用者を拡げていく」という基本的なコンセプトは、現在の活動にも引き継いでおり、「公共交通を利用していない市民に、公共交通の利用体験を通して電車やバスに対する見えない壁を取り払ってもらう」公共交通体験プログラムとして取り組んでいます。
公共交通体験プログラムの概要は、貸し切りの電車やバスといった(イベント主催者には都合がいいのですが……)特別な運行を仕立てるのではなく、日常的に運行している電車やバスを移動手段として、まちをフィールドにしたイベントを行い、電車やバスの普段使いにつなげてもらうことをモットーとしています。当然私たちの都合だけで開催できるものではなく、交通事業者や行政との協働やサポートを受けて成り立っています。
(2) そして「電車とバスでうろちょろ」へ……
2014年のとさでん交通株式会社の発足(高知県中央部の交通事業者3者の統合を通じた新体制の発足)では、私たちの公共交通利用促進につなげる啓発活動を協議する窓口が一本化されただけでなく、より良いイベントにしていくために一緒に考える体制ができました。それまではどちらかというとイベントの中身は私たちが考え、それを公共交通事業者が関わる部分について支援してもらうという明確な役割分担のもとに事業を推進してきたのですが、あとで考えれば、異なる立場の視点から意見を出し合うことでより良い内容にできたのではないかと反省の多いイベントになっていたように思います。
交通事業者の統合により、地域の公共交通事業と私たちのコンセプト及び活動のさらなる連携強化につながったことは大きな転機であったと言えます。公共交通体験プログラムもリニューアルを行い、とさでん交通発足記念として2015年6月に「電車とバスでうろちょろ(とさでん交通及びNPO高知市民会議交通まちづくり部会の共同主催)」を開催することとなりました。
このイベントのながれは次のとおりです。
[イベントの基本的なながれ]
① 参加者は開会式で配布される指令書にある指令をこなしていく。指令はとさでん交通の路線沿線に点在しており、現地に行かないとクリアできない。そのための移動手段は電車かバス、そして徒歩。
② 指令の数は約40。難易度(指令そのもの難易度、移動距離や移動時間、運行便数などを考慮)や、主催者のエゴ(ここに行って欲しいなぁ~という思い等)に応じて指令ごとにポイントを設定している。参加者は指令書と路線図、時刻表を見ながら効率的な経路を考えて指令ポイントを集めていく。指令ポイントを集める! というイベントの主旨をこなすために、自然と電車やバスに乗りまくることになる。時刻表や路線図も慣れてしまうくらい見てしまうし、使ったことのないICカード"ですか"も何度体験するか分からない。
③ 制限時間内に集合場所(とさでん交通本社ホール)に戻って答え合わせ。制限時間を超えると超過時間に応じたペナルティ(減点)が科される。最終的に各グループが集めた指令ポイントを競う。
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このイベントには大きく3つのねらいがあります。
① 公共交通を利用していない人に、イベントを通じて公共交通に乗ってもらい、次の利用につなげる
② 指令の設定を通じて、公共交通で行けるまちの魅力を知ってもらい、高知のまちを好きになってもらう
③ 集まってくれた参加者の皆さんに、高知の公共交通に関する新しいサービスや便利グッズを知ってもらう
①は先にも述べているので詳しい説明を割愛しますが、やはり実際に乗ること、利用してみることで無意識に作り出している公共交通に対する壁、抵抗を崩すことができます。
②の「公共交通で行けるまちの魅力を知ってもらう」は、身近などうってことない記念碑や施設、乗り物など、自動車で移動していると存在に気づくことすら難しいまちの魅力を知ってもらい、意識してもらうことをねらっています。名前を聞いたこともない人の記念碑であっても、その人が坂本龍馬とつながりがあると分かれば、「おおおお、そうだったのか!」と、突然親近感を持ってしまうのが高知の人間です。高知にはいろいろな資料館があるのですが、このような施設の大半は有料コーナーの前に無料で楽しめるコーナーがあります。一度施設の敷居をまたぐと、次からは訪問しやすくなるので、参加者の皆さんにとってみると「こんなところやったがやね。今度来てみようか!」となります。高知の魅力のひとつとして、私たち主催者がより多くの参加者に体験してもらいたいのは浦戸湾の入口付近を東西につなぐ県営渡船です。わずか600m程度ですが無料で利用でき、何よりも船に乗るという非日常的な体験ができます。知っている人はいても自動車では利用できないため、利用したことがない人がほとんどですし、知らなかった人たちは半信半疑で利用した後「高知にこんな移動手段があったとは……」という表情で次のバスに乗り込みます。こういったところには指令ポイントを高く設定して、多くの参加者に体験してもらえるように誘導しています。
③のねらいについては、すでに新しいとは言い難い地元の公共交通を補完するサービス(例えばICカード"ですか"やバスロケーションシステム"バスこっち")であっても、これまで公共交通に見向きもしてこなかった人たちにとっては、地元の交通事業者の驚くべきイノベーションとして認識してもらえ、「便利になりゆうがや!」という思いとして5割増しくらいのアピールにつながります。
このイベントを通じて、自動車しか移動手段がないと思い込んでいる(と判断できる)比較的若い世代の皆さんに、地域のこと、地域の公共交通のことを再発見してもらうことがねらいです。移動手段だけでなんとかしてやろうと思っても、イベントそのものの楽しみの歯車はかみ合うことはなく、まちの魅力という移動の目的に通じる要素と連携し、同時にアピールすることで、より多くの楽しさとわかりやすいメッセージを持つイベントに成長できていると感じています。
2. そして「電車とバスでうろちょろ2018」の開催
(1) 開催当日
今年も梅雨入り前の6月3日(日曜日)、とさでん交通本社ホールに参加者集合で始まりました。
主催者を代表してとさでん交通代表取締役社長の挨拶につづき、高知県版バスロケーションシステム「バスこっち」やICカード「ですか」の紹介。そしてイベントのながれの説明。その後、受付時にグループ単位で引いた最初の指令くじに向かって午前10時前に「よ~い、どん!」とスタート。約200人の参加者が、一斉に各地に散らばっていきます。
いきなり大勢がスタートすると最寄りのバス停や電停はパニックになります。スタート地点の近場に徒歩で行ける指令やとさでん交通車庫における指令を組み合わせ、できる限り参加者を分散させることは、主催者として安全管理、及びイベントの快適性向上のために必要な視点です。
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写真左:最初の指令はくじ引きで決まります。家族を代表して引くのは子どもです。
写真右:開会式会場は参加者でいっぱいになります。
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写真左:出発直後のバス停は混雑します。この混雑を極力分散させるのが、最初に引く指令書とは違うくじ引き指令です。
写真右:イベントを通じて、電車やバスの乗り方、乗車時のマナーを学びます。
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写真左:高知は江戸時代後期から幕末の頃までの記念碑がたくさんあります。指令を通じて高知のまちの学習にもつながります。
写真右:坂本龍馬の家族が眠る坂本家墓所。ここには乙女姉やんも眠っています。漫画やドラマで出てくる人のお墓に行けるのも高知の魅力です。
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写真左:「お! 魚がいっぱいおる」指令とは関係のないところでも、まちの魅力と出会います。
写真右:指令のことで分からないことがあれば、積極的にまちの人にきいてもらうことをおすすめしています。
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写真左:再集合時間前には、子どもたちは満足そうに、大人は疲れた表情で帰ってきます。でも皆さん達成感は高めです。
写真右:獲得した指令ポイントに応じて表彰。盛り上がりが最高潮となります。ちなみに賞品はICカード"ですか"のチャージ券や電車一日乗車券などで、次の利用につながることを期待しています。 |
3. まとめ
(1) 成果は一石三鳥以上!
このイベントを通じて得られる成果は、イベントのねらいとして先に掲げた3つ以外にもたくさんあると考えます。
例えば、イベントの中でとさでん交通発行のICカード"ですか"を体験したことで、その日の帰りにICカード"ですか"を購入する家族がこれまでも数多くいました。使ってみることがそのまま公共交通のアピールにつながるわかりやすい例であると言えます。また、親子で一緒に電車、バスを利用してもらうことで親子の会話につながります。車内で路線図や指令書をのぞき込みながら、ああでもないこうでもないとポイントを高く集めるルートを一緒に考えている姿は横で見ていても嬉しくなる光景です。こういった会話が多い家族は、公共交通の中でのマナーもしっかりしていると体験を通して実感しています。電車に乗るなり親がスマホを出して子どもに見向きもしないと、やはり子どもも悪い方向に自由になってしまうのではないでしょうか。
身近にあるものは、どんなに便利なものであっても使わなければ風景の一部になってしまい、その存在のありがたさに気付きにくくなります。特に公共交通は使う機会が無ければ無いほど、そのような風景の一部に陥ってしまいやすいものです。いくら公共交通の利便性やサービスが向上しても、使う機会が無ければ公共交通を無意識に風景の一部と捉えてしまっている人たちには響きません。
このイベントを通じて「公共交通を風景の一部と思いこんでいる人であっても、公共交通の利用体験を通して利用してくれる人になる可能性を持っている」と確信しています。その根拠は、毎回イベント時に大人の参加者にお願いしているアンケート結果です。
図:各グループの保護者代表によるアンケート結果より(参加家族数66)
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参加グループの保護者を対象としたアンケート調査であり、サンプル数が少ないのは仕方がないのですが、いずれも7割を超える人が「ごくたまに利用」、「今回初めて利用」と回答している中、電車では37人(80.4%)、バスでは14人(31.1%)の人が「とても便利」、「便利」と回答してくれています。この割合と傾向はこれまでのアンケート結果と大差ないものです。運行本数に大きな差がある電車とバスを同列に扱うには無理があることは承知の上で、日ごろ使う機会には恵まれていないけれど、実際に利用してみることでその価値を認識してもらえたと考えています。まずは電車から、風景の一部から脱け出すきっかけになるのではないかと期待しています。
また、いずれの「不便」、「とても不便」と感じた理由なども聞いており、それらは今後の路線再編における課題のひとつとして、今後とさでん交通が考慮してくれるものと期待しています。
(2) 課題はいろいろあります
このイベントを継続して実施していくには、たくさんの課題があります。
とにかく準備が大変です! 毎年の恒例イベントとして継続していくのであれば、指令の内容を毎年更新していかなければなりません。前年に使った指令の回答が今年もその通りとは限りません。事前のチェックは必ず必要です。これらの作業は年度末終了時からスタートして、6月初旬の開催になんとかこぎ着けられる状況です。
さらに、以前は考えもしなかった悩みですが、せっかく魅力的な指令を見つけてきても、最近ではスマートフォンで検索すれば簡単に回答を得られてしまいます。指令場所の特定にスマートフォンを使用するのは仕方ないとしても、リアルに移動を体験し、楽しんでもらうのも趣旨のひとつなので、現地に行かなければ回答できない内容に工夫する必要があります。しかしそうなると、例えば「桂浜の近くにある六体地蔵はだれを供養するためのお地蔵さんか調べてくる」で済む指令が、「桂浜の近くにある六体地蔵に行き、六体のうち最も背の低いお地蔵さんは右から何番目か調べてくる」といったように、一体何のための指令か不明になるというか、指令のスケールが小さくなってしまうのが悲しくなります。
参加者のその後の移動手段の選択も気になるところです。せっかく大々的に準備して実施するイベントです。その後の参加者が少しでも公共の乗り物を使うようになっているかどうか、参加者に対するフォローアップアンケートを行うなど、行動変容の把握やあとどのような啓発が必要なのかをしっかりと検証していく必要があると考えています。
今後は、さらに利用者の意識に訴えかけ、「車を否定するのではなく、目的地やそのときの状況に合わせた移動手段を選択できる市民を増やす」ことに注力していきたいと考えています。そのためには移動の目的となる中心商店街や集客施設も同時に並行して取り組みを起こしてもらうことや、活動を連携していくことが必要不可欠であると考えています。
(3) 他の地域でも活用できる仕組みである
公共交通体験プログラムは、その名称のとおり、「イベントを通じて公共の乗り物を体験することで、次からの公共交通利用のきっかけにつなげる」ことを目的としています。そして自分たちの暮らす地域の魅力を子どもたちに知ってもらえる機会にもなります。準備がたいへんですが、熱い思いを持つ市民の活動と、協働してくれる交通事業者、そしてさりげなくサポートしてくれる行政が一緒になれば、どこででも実施できるツールであると考えています。
すでに同様の取り組みを行っているところとは連携して、開催に関する課題や悩み、そしてそれらに対する解決方法を一緒に考え、共有していきたいですし、やってみたいけどどうしたらいいのか分からないというところがあればノウハウ提供などで応援できればと考えています。
(4) 交通まちづくりに関係する者同士の連携強化が次のアクションにつながる
そもそも私たちがこの活動を開始した2003年頃は、当時の交通事業者の皆さんには「胡散臭い集団が、なんか面倒くさいことをしだした」と思われていたかもしれません。逆に私たちは地域の交通事業者の皆さんを(時効が来ていると判断してぶっちゃけますと)「できない言い訳ばかり考えて、新しい取り組みを考えようとしない困った組織」という目で見ていました。
しかし、地味な取り組みを繰り返す私たちを見て、中には私たちの活動に価値と可能性を見出してくれる人が交通事業者の中に現れ、同時に四国運輸局や高知県庁の担当者からも私たちの取り組みと交通事業者の皆さんをつなぐ事業を紹介してくれたり、意見交換できる場を設けてくれたりと、さりげないサポートをしてくれるようになりました。この関係が、高知県中央地域の移動手段を県民・市民、交通事業者、行政のみんなで考え、そして取り組んでいこうという機運醸成に発展してきました。
当時の交通事業者の皆さんには、「新しい取り組みを通じた利用促進策を考えないといけないことは分かっているが、そのような余裕はなく、そもそも前向きになれるような経営スキームになっていない」という現実があったことが、後になって理解できました。しかしそれは交通事業者の事情です。そこで「あぁ、じゃあ仕方ないな」と、私たちの活動がそこに忖度したものになっていれば、この活動は現在まで続いてなかったと思います。そんな状況であっても私たちがぶれずに取り組んでこられたのは、わたしたちを面倒くさい集団と切り捨てず、時には一緒にお酒を飲みながら「本来の公共交通とまちづくりのあるべき姿はなにか?」について議論し、一緒に考えてくれた人たち(交通事業者や行政の職員)がいたからです。
最近ではここに、「蒔いた種が実ってきた!」と実感できる瞬間があり、それがまたモチベーションアップにつながっています。それは、公共交通体験プログラムの開催後に、電車の中で参加者であった親子と出会う時です。たしかイベントの時は日ごろ公共交通を使わないといっていた親子が、今ではICカード"ですか"を使っているのです。もちろん、これは公共交通体験プログラムがきっかけだ!と、思い込むようにしています。
(5) 持続する交通まちづくりのために
先にも書きましたが、この取り組みの輪にさらに必要なのは、中心商店街や中心部の主な集客施設との連携と意識(危機感)の共有です。公共交通の事業は交通事業者と補助金だけでなんとかなるものでは決してありません。移動の目的を創り出し、それが集まっている中心市街地こそ、交通まちづくりのキーポイントです。残念ながら現在の高知市中心部では、空き店舗が駐車場に替わる事例が急増しています。交通を専門にしているある大学教授が、「街に急増する駐車場は、街の癌細胞と同じである」と言っていました。駐車場は移動手段のひとつであり、移動の目的とはなり得ません。移動の目的が集まるべき中心市街地において、移動の手段が増加していくことは、中心市街地に行かなければならない目的が減少することを意味しています。
商店主のひとりが事業を畳み、あとの土地活用をどうするかということには、様々な事情に加えて「街全体に対する気持ち」も影響してくると考えています。しかし、この気持ちには、生活者の意識も影響を与えます。この大きなスパイラルを逆回転にしていくのは容易なことではありません。
市民の立場である私たちと、交通事業者、そして行政と中心市街地が強力なタッグを組み、本当に持続するまちづくりを考え、行動する体制が必要と考えます。法定の地域公共交通会議などが本来この役を担うべきはずですが、あて職で選ばれた住民代表や目の前の事業経営のしがらみを持つ事業者代表には、本質を得た意見など望めません。
本当の意味で議論し行動できる体制ができあがった時が、交通まちづくりの取り組みが本質的にスタート地点に立つ時かなと考えています。
子どもたちは、電車やバスといった乗り物が大好きです。将来の利用者を育てるという意味でも、確実に意義を持った取り組みであると自信を持って活動を続けていきたいと考えています。
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