3. 地域医療ラインの現状と課題
(1) 現 状
① 利用者数
IGRからは2016年度の地域医療ライン対象列車の平均利用者数とあんしん通院きっぷの購入者数の公表をしていただいた。
地域医療ラインの対象列車の平均利用者数は、往路の八戸7時13分発:盛岡着9時00分着(4520M)は295人、二戸8時49分発:盛岡9時58分着(4522M)は97人で、この人数には通常運賃利用者や定期利用者も含んでいる。
次に、あんしん通院きっぷの購入者数は5,360人であった。あんしん通院きっぷは平日限定発売のため、1年間の販売日数では240日程度である。一日平均に換算すると約22人程度の利用者数であることが明らかになった。筆者が2014年9月、八戸発盛岡行の地域医療ラインに乗車した際、優先車両には10人程度の利用者が乗車している状況であったことから、あんしん通院きっぷ購入者の7割ほどが八戸発の列車を利用しているものと思われる。
ちなみに、2016年度のIGR線の年間輸送人員は約517万人で(11)、年間輸送人員から見たあんしん通院きっぷの利用者割合はわずか0.1%程度にすぎない。当然、地域医療ライン対象列車に乗車し、あんしん通院きっぷを購入していない利用者もいるため、実際の利用者数とは差があると考えられるものの、今回の調査から利用者は多いとは言えない実態が明らかになった。
② 利用者の声
利用者からは「通院の際に娘の仕事を休ませなくても済むようになった」、「盛岡は不慣れだが、アテンダントがいて心強い」、「『あんしん通院きっぷ』が2日間有効なため、通院後は息子夫婦宅(盛岡市内と推測)に一泊でき便利」、「これまで新幹線で通院していたが、金銭的にも楽になった」とおおむね好評の声が出ている。
列車内にアテンダントを乗務させ、成功した嚆矢が福井県のえちぜん鉄道である(12)。この事例を参考に、全国の地方私鉄や第三セクター鉄道の多くでアテンダント制度を採り入れているが(13)、アテンダントの業務は大きく2種類に分類される。IGRのある東北地方で言えば、青い森鉄道や由利高原鉄道のアテンダントは車内でのきっぷの販売や乗換案内業務を中心に活動している。
一方、津軽鉄道や秋田内陸縦貫鉄道のアテンダントは観光案内や車内での物品販売を中心に活動している。IGRのアテンダントは前者の形態であるが、地域医療ラインの時間帯でのみの乗車、かつ介護や介助サービス提供を主目的とし、ボランティアで乗務していることから、アテンダント導入の交通事業者としては極めて異例と言えよう。
(2) 課 題
筆者はIGRに対し「地域医療ラインの課題」を問い合わせしたところ、次の①~③を課題点として捉えている、と回答があった。なお、④は本調査によって浮かび上がった課題である。
① 岩手医科大学付属病院の移転
現在、地域医療ライン利用者の多くが通院している岩手医科大学付属病院は(14)、盛岡市内中心部の内丸地区に置かれているが、最先端医療に対応した教育診療を行うには狭隘で拡張困難であるという理由で、盛岡市の隣になる矢巾町に移転計画が進み、2019年6月には新附属病院完成、同年9月新附属病院開院のスケジュールが決定している(15)。
なお、現在の病院も「内丸メディカルセンター」として、外来機能を充実させる形で存続させる予定ではあるが、病院機能としては大幅に縮小することになる。新病院への通院には矢巾駅が最寄り駅となるが、矢巾駅はJR東北本線に所属する駅のため、IGR線からJR東北本線に乗り換えが必要となり、なおかつ盛岡駅から3駅乗車しなければならないため、別運賃も必要となる。現在、IGR線からJR東北本線に直通する列車も運行されているが、いわて沼宮内駅及び滝沢駅からの2本、かつ朝の通勤時間帯に限られるため(16)、地域医療ラインの対象となっていない。
したがって、現在、地域医療ラインの対象としている列車をIGR線からJR東北本線へ直通運行させて対応させるか、盛岡駅から新病院までの二次交通手段を確保して地域医療ラインを維持させるか、IGRとしても早急な対応が求められている。
② 地域医療ラインの運行本数
地域医療ラインとしての運行は上り(盛岡方面)2本、下り(目時方面)1本しかないため、事実上、盛岡行しか機能を有していないこと、災害や事故による運休の場合を課題点と捉えていると回答があった。
筆者がIGR線の2018年3月改正の時刻表を確認したところ、途中の好摩駅からJR花輪線に直通及びJR東北本線から直通運転している上下あわせて19本除くと(17)、八戸~盛岡間は上下あわせて19本運行している。一戸駅や滝沢駅などの途中駅までの区間列車は35本程度運行しているため、それを踏まえると2本は少ないと見ることもできる(18)。ただ、前述の乗車経験から言えば、2両中1両が優先席となることで一般客が非優先席車両に集中し、盛岡駅に近づくほど立つ場所もないほどの混雑状態であった。したがって、地域医療ラインの対象本数を増やすと、一般客の利用が難しくなる可能性もある。
また、アテンダントはボランティアで乗務しているが、同業他社では契約社員やアルバイトなど雇用の上で乗務している。地域医療ラインを増便するには、アテンダント確保も必要となるが、ボランティア人材が確保できるのかという問題や交通事業者全体で人材確保が難しくなっている問題もある。もし雇用とするならば人件費の問題も生じる(19)。
そもそも、あんしん通院きっぷの一日当たりの販売数が非常に少ない上、IGR側も利益の出るサービスではないものの、地域公共交通機関としての使命から運行していると回答しているところからすれば、前述の課題を含めて経営的な視点から安易に増便できないのが本音であろう。
運休時の代替交通機関についても、筆者の調査ではIGR沿線自治体のうち、岩手町から盛岡駅まで直通する都市間バスはあるものの(20)、一戸町や二戸市から盛岡駅を結ぶ都市間バスはなかった。つまり、バスによる振替輸送はほぼ不可能である。
地域医療ラインは沿線自治体住民の生命にかかわる取り組みでもあり、代替交通機関対応をIGRだけに担わせるのは荷が重い。自治体は自然災害によるIGR線の長期間運休も想定し、自治体の課題と捉え早急に考える必要があるのではないだろうか。
③ 医療発達による利用者のパターン変化
現在のあんしん通院きっぷでは有効期間が2日間のため、定期通院や検査通院などには対応できるが、医療発達により短期入院や日帰り手術が増え、こうした環境に地域医療ラインが対応できていないという課題があるとの回答を受けた。これについては、現行2日間の有効期限を例えば一週間程度延長する、短期入院者に対しては、入院時に病院へ提出する承諾書写しを提出することで復路のきっぷの有効期限を無期限とさせるなど、IGR側の柔軟な対応で解決できる課題ではないか、と筆者は考えている。
むしろ、最近は高齢者夫婦のどちらかが入院する、施設入所する例も増加している。そうした高齢者が家族の介護や見舞いに盛岡市内の病院や介護施設に行く場合、あんしん通院きっぷは対象外であり、利用はできない。こうした利用者に対してもあんしん通院きっぷの対象とすることを検討してもよいのではないだろうか(21)。
④ 自治体との協力・連携
今回の調査で、地域医療ライン自体はIGRがアンケートのデータ収集、オープンデータを活用し発案した営業施策の一つであり、沿線自治体から要請されて始めたサービスではないことが明らかになっている。IGRによれば、運行開始前に沿線自治体に対して広報掲載依頼やパーク&ライド駐車場の場所提供として一戸町の所有する土地の提供は受けているとのことだが、IGRと自治体とが協力・一体となって利用促進策を打ち出すことはしていない、とIGRから回答があった。
盛岡市を含むIGR沿線自治体の3市2町の人口は、2015年国勢調査の速報値を見る限り、滝沢市が10年前の国勢調査と比較して3.0%増となっているものの、それ以外の2市2町の平均では6.2%減となっており、人口減少が続いている(22)。
人口減少は利用者減少にも直結する問題であり、沿線自治体の一戸町では高齢利用者に対しての利用補助、高校生の通学定期券購入費助成を行っているが、IGRに対する支援の意味に加え、後者に至っては自治体における子育て政策の意味合いも考えられる(23)。
ただ、自治体から運行補助支出がなされたとしても、交通事業者の経営が支えることに繋がっていない現状を考えると、やはり、地域公共交通の必要性を住民に持ってもらう意識改革が必要となる。そのために鉄道事業者と自治体が一体となって住民に対するモビリティ・マネジメント教育の実施はもちろん(24)、沿線自治体が医師会などと連携して、盛岡市内への医療機関への検査や通院の際に利便性・安全性の高い地域医療ラインサービスをPRし利用促進するなど、改めてIGRと自治体が一体となって需要の掘り起こしに着手する必要があると感じられた。
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