1. はじめに
西東京市は東京都23区に隣接している、現在人口約20万人の市です。「こどもの発達センターひいらぎ」は、西東京市に住む就学前の発達に心配や遅れのある子どもたちが、家庭や地域で健やかに育つことを支援する施設です。ひいらぎが誕生して2016年で50年、その間子どもたちの発達やその家族を支える一助となってきました。このレポートでは、ひいらぎの始まりから現在に至る歴史を振り返る中で、今ある姿の確認、そして、これからの"地域の中ではぐくむスタイル"の発達支援を考えます。
2. ひいらぎの50年の歩み
(1) 障害児をもつ親の願いからつくられたひいらぎ~小規模通園施設からの出発~
ひいらぎは、1966年、保谷市の前身である保谷町の学齢の子どもたちを中心とした心身障害児小規模通園施設として始まりました(西東京市は保谷市と田無市が合併してできた市です。)。当時は障害を持つ子どもは学齢になっても、「就学免除」という名のもと、学校に通うことができず、在宅で過ごしていましたが、そのような子どもたちのために、通園の場がほしいと考えた保護者が町役場に幾度となく足を運んで話し合いを重ねた末、「指導訓練室」が開設されました。保護者の願いと努力により、当時の社会の重い扉が開かれて生まれたのがひいらぎなのです。「ひいらぎ教室」という名での出発でした。1974年にようやく、東京都で障害児全員就学制度が実施されることになり、ひいらぎは障害を持つ幼児中心の施設へと転換しました。当初は、精神運動発達遅滞の子どもたちを対象としていましたが、肢体不自由児・重度重複児も受け入れるようになり、それとともに、整形外科医との連携や機能訓練士の雇用などにより、専門的な療育を提供できるようにしてきました。その後1977年には、明らかな障害を持つ児童だけでなく、発達上になんらかの心配のある子どもたちにまで対象をひろげました。
年 | ひいらぎの事業 | 関連事項 |
1957年 | | 精神薄弱児施設、児童福祉法に位置づけ |
1966年 | 心身障害児小規模通園施設「ひいらぎ教室」発足のちの単独療育通所事業(以下くじらグループ) 対象は7歳から17歳までの就学猶予・免除された重度知的障害児 | |
1967年 | | 市制施行 |
1970年 | くじらグループ定員20人 | |
1971年 | 住吉福祉会館に移転 | |
1974年 | 東京都障害児全員就学制度完全実施に伴い、知的障害幼児中心の通園施設となる | 東京都全員就学制度実施 |
1976年 | 肢体不自由児・重度重複児の受け入れ開始 | |
1977年 | 3歳児未満児対象に親子療育通所事業(以下めだかグループ)週1回通園開始 | |
1978年 | くじらグループの対象児の年齢を2歳半に引き下げる | |
1979年 | めだかグループの対象年齢を0歳から2歳半にする | 養護学校義務制実施 |
1980年 | | 国際障害者年 |
1982年 | 一般の乳幼児対象に早期療育相談会(ことばの相談会・からだの相談会)開始 | 保谷市が障害者福祉推進都市指定を受ける |
1983年 | 「保谷市こどもの発達センターひいらぎ」と改称 通園不可能な重度心身障害児訪問指導開始 | |
1984年 | 外来機能訓練開始 一過性の言語発達遅滞児のグループ(のちの課題別学習通所事業、以下まんぼうグループ)開始 | |
1985年 | こどもの発達センターひいらぎ条例制定 | |
1988年 | ひいらぎ創立20周年 ひいらぎの実践をまとめた「地域の中ではぐくむ」をぶどう社から出版 | |
1996年 | ひいらぎ創立30周年 | 厚生省 障害者プラン~ノーマライゼーション7か年戦略 |
2001年 | 合併により西東京市となる | |
2003年 | 支援費制度発足 (くじらグループ、まんぼうグループ通所児は、応能負担による利用者負担金が発生する。めだかグループ、相談事業、外来療育事業は、東京都の補助事業とする) | 支援費制度施行 |
2005年 | | 発達障害者支援法 |
2006年 | ひいらぎ創立40周年 障害者自立支援法による児童ディサービスの事業所として指定を受ける (くじらグループ、まんぼうグループ通所児の利用者負担が応益負担になる) | 障害者自立支援法 |
2007年 | | 学校教育法施行令一部改正 |
2008年 | 住吉会館ルピナスオープン ひいらぎは、住吉福祉会館からルピナスに移転 1階 支援室 ひいらぎひろば 2階 ことばの相談室 | |
2011年 | 職員1人増員(発達支援コーディネーター) | 障害者基本法の一部改正 |
2012年 | 児童福祉法内の児童発達支援事業所として指定を受ける (くじらグループとまんぼうグループ通所児は、利用者負担金を負担) | 児童福祉法一部改正 中央教育審議会初等中等教育分科会報告 |
2013年 | | 障害者総合支援法 |
2014年 | | 障害者権利条約批准 |
2015年 | | 子ども・子育て支援法 |
2016年 | ひいらぎ創立50周年 | 障害者差別解消法 障害者総合支援法改正 児童福祉法改正(医ケア児支援努力義務) |
(2) 広く地域の子どもたちへ ~「早期療育相談会」の実施、そして「発達センターの誕生」~
1983年には「早期療育相談会」を始めました。月1回、専門の医師を招いて「ことばの相談会」と「からだの相談会」を交互に実施する形でした。これを機に、ひいらぎに通って来る子どもだけではなく、広く地域の子どもたちへも対象を拡げました。同じ年、施設の名称を「こどもの発達センターひいらぎ」と変えました。「発達センター」という言葉に、療育の場としての機能にとどまらず、地域の子育て相談の場としての役割を担おうという思いを込めたのです。今でこそ「発達センター」という名称は一般的なものとなっていますが、当時としては先がけでした。
(3) 幼稚園・保育園に通う子どもたちの発達支援 ~個別訓練・並行通園の実施~
「早期療育相談会」で発達の課題が明らかになった子どもたちの多くには、ひいらぎの通園をすすめました。またすでに幼稚園・保育園に在籍している子どもの中に、発達の課題を持ち、専門的な療育が必要と思われる子どももいました。そこで、幼稚園・保育園に通いながらもフォローが必要な子どもたちのために、1984年、個別の機能訓練と、週1回のひいらぎの療育グループを利用する並行通園を開始しました。2001年に、保谷市と田無市が合併し「西東京市こどもの発達センターひいらぎ」となりました。合併により対象となる子どもの人数は大幅に増え、ニーズに合わせてグループの定員を拡充しながら対応してきました。
(4) 相談支援体制の拡充 ~発達支援コーディネーターの配置~
2011年、職員が1人増員となり、それまで兼務していた相談の業務を「発達支援コーディネーター」として専任で担うことになりました。発達支援コーディネーターが主となりながら、よりタイムリーに相談を受け、その子どもにふさわしいと考えられる療育の紹介や、生活上のアドバイスができる体制となりました。
(5) 保護者(市民)、組合とつながってきた50年
ここまでのひいらぎの成長は市民である保護者が支えてきたものです。1961年に発足した保谷手をつなぐ親の会の活動があってひいらぎ教室が開設したと言っても過言ではありません。ひいらぎの利用者であり、市民である保護者が、仲間と手をつなぎ幾度となく市当局に訴えてきたことにより、ひいらぎの機能や職員体制の拡充が実現されてきました。また、この50年の間には、行政改革の煽りを受け、民間委託の話が何度もありました。しかし、自治労西東京市職員労働組合の仲間と共に公立の機関としての存続だけでなく、業務の多様性、利用人数の増加から職員増を訴えてきました。そして、それが発達支援コーディネーターの配置につながったのでした。
(6) さらに地域へ ~ニーズに合わせた機能を持つ施設として~
以上のように、その時々のニーズをとらえ、充実した発達支援の実現のために、多くの支えを受けつつ、ひいらぎの機能は変遷してきました。障害を持つ子どもへの「療育」の場にとどまらず、広く地域に開かれた子育て相談の場としての機能を担う施設となり、さらに地域に出向いて関係機関との連携のもと、子どもの発達支援を行う役割にも機能を拡げてきたのです(図1)(図2)。
50周年事業のシンポジウムでもひいらぎの歩みと連携について確認しました(図3)。
3. ひいらぎの今
(1) 西東京市で支援が必要な子ども
西東京市の年間出生数は、約1,600です。内閣府による障害者の状況(2016年)によると、身体障害者と知的障害者は、総人口1,000人当たり37人という数字が出ています。文部科学省による2012年に全国の公立小中学校で約5万人を対象にした調査結果で、通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合は、6.5%という数字が出ています。両方を加えると、おおよそ10%以上の子どもが障害を持って生まれるか、発達障害の子ども及び発達障害の可能性があるといえます。西東京市では、1年間で、支援が必要な子ども及び可能性のある子どもが約140人生まれていることになります。つまり、出生後、小学校へ行くまでの6年間で、約860人以上の支援を必要としている子どもがいるのです。
図1 ひいらぎの事業(2018年6月現在)
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図2 ひいらぎの療育理念
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図3 ひいらぎ50周年記念事業
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(2) 相談件数の増加と窓口としての相談の役割
そして数年、新規相談の件数が大幅に増加しています。2016年度は223件、2017年度は236件、2018年度は7月中旬までに100件を超える相談がありました。
相談の半数以上が紹介です。保健係・保健所からの紹介は、健診等の流れの中で当然多くなりますが、幼稚園保育園に入り、園の中で集団参加の難しさなどが見られ、園からの紹介を受けて相談につながった方も全体の4分の1を占めています。このことは、これまでの連携や実践において培われてきた信頼があってのことといえるでしょう。すでにひいらぎを利用されたことのある知人からの紹介もまた同様です。
ホームページや便利帳で発達の相談窓口であるひいらぎを見つけて連絡を下さる方も増えています。園に通う前の低年齢の子どもの相談が多く、多くの情報の中で保護者の方の心配が大きくなっていると感じます(図4)。
発達障害を疑われる子どもについての相談が増え続けていることがここ数年の現状です。また最近では医療的ケアの必要な子どもの相談も増えています。医療的ケアの必要な子どもには、ひいらぎの中でできるリハビリなどのサービスを提供すると共に、自宅と病院での生活から、ひいらぎが親子の地域での居場所となるよう、親子のグループを紹介しています。コーディネーターが橋渡しをしながら、共通の悩みや心配を持つ保護者同士をつなげ、仲間づくりのお手伝いをしています。
(3) 相談からのタイムリーな支援~地域に根ざしたひいらぎの発達支援
新規の相談は、コーディネーターと専門療育スタッフと共に、多面的にお子さんの様子をうかがい、必要に応じて、グループや個別の療育をおすすめします。グループは必要であれば、すぐご見学いただけることが、保護者の安心につながります。相談から療育にスムーズにつながるのは、自信を持ってすすめられる受け皿があってこそだといえます。これがひいらぎの強みです。
また相談を受ける職員もこれまで療育のグループを受け持ってきた者が行っています。ひとりひとりの子どもに寄り添った働きかけを考え、保護者とともに歩んだ経験のある職員だからこそ、親子の生活に根ざしたアドバイスや支援ができるのです。
このように、相談から療育、そして地域関係機関が一体となっているからこそタイムリーな支援が可能となっています。このような流れは、現在の発達支援センターであればどこでも行われていることですが、ひいらぎのこのスタイルは30年以上前から行われてきました。現在求められている発達支援の在り様が地域に根付き、揺るがぬ形で機能しているといえます。
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図4 ひいらぎへ紹介された経路(2016年度)
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(4) ひいらぎ事業の紹介 ~相談・発達支援・地域連携~Hくんの支援を通して~
さてこのひいらぎのスタイルについて、具体的な事業をどのように行っているかを、一人のお子さん「ひいらぎHくん」を通してご紹介します(図5)。
(ひいらぎ発達支援の事業を○で、関係機関・連携内容は□で表記しました。)
① 出会い ~母子保健とのつながりの中で~
(○初回相談 □母子保健係・健診、定例会、健診後の経過観察グループ、心理相談)
1歳6ヶ月時健診で視線の合わなさや言葉の遅れを指摘され、相談にやってきたHくん。相談時のSTの評価は言語獲得前の状況でした。保健係との月1回行っている定例会の中で検討され、1歳6ヶ月時健診経過観察のグループ(ぴょんぴょん)への誘導となりました。保健係はひいらぎ発達支援係と同様の健康課です。やりとりは日常的に行われています。ぴょんぴょんにはひいらぎの職員もスタッフとして参加しています。
② 親子で療育のスタート ~親子でつながる~
(○親子参加グループ □子ども家庭支援センター・のどかひろば □プレ幼稚園)
ぴょんぴょんでの経過を受けて、2歳児の年代から親子のグループを利用することになりました。親子グループへの通所審査は保健係とともに行っています。親子グループの中でHくんのお母さんはHくんのことを理解し、関わり方などを学びました。それでもうまくいかない子育てですが、悩みを共有できる仲間がこのグループの中でできて前向きになれたようでした。ひいらぎのある会館内の2Fが家庭支援センターのひろばとなっており、グループ以外でも安心して遊べる場として利用ができました。そのひろばのスタッフは元市内の保育士の方でひいらぎへの理解も厚く、子育ての大変な時期を支えてくださっていたのでした。親子グループと並行して幼稚園のプレにも通い、経験を広げていました。幼稚園へは情報提供の同意も得ており、ひいらぎでの様子や見解をお伝えしつつ受け止めていただいていました。
③ 療育の充実 ~Hくんの歩みで~
(○単独療育グループ □健康課保健係・栄養士 □障害福祉課 □地域の病院(発達外来)□児童相談所・手帳交付)
親子グループなどでの様子も踏まえた上で、保護者と担当職員で話し合い、年少の時期は、Hくんの歩みを大切に週4日療育をしっかり受けようと決め、単独療育グループの利用となりました。グループの整理された、療育的な環境の中でHくんは、わかってできる経験を積み、基本的習慣を身につけ、友達と一緒に活動を楽しめるようになりました。保護者向けには、月々の保護者会に加え、学習会も行っています。ひいらぎ職員による療育学習会だけでなく、市の栄養士による栄養学習会、障害福祉課の職員による障害サービスについての学習会、OBの方のお話会など、関係機関の方などにご協力いただいて、より深く障害や今後のことも学ぶ機会も設けています。Hくんのご両親は障害サービスの学習会をきっかけに、将来を見据えて、療育手帳もとることにしました。
④ 幼稚園と並行 ~地域でつながる~
(○単独療育グループ(並行通園) □幼稚園・報告書申し送り、ノートのやりとり、見学会、訪問)
Hくんは一年の間に大きな成長がみられ、翌年、幼稚園入園となりました。園へは申し送りをし、週1日療育を受ける、並行通園も利用することになりました。また、地域の病院の発達外来を主治医とし、個別のSTも定期的に受けるようになりました。合わせて、週1のグループでは園と家庭とひいらぎでノートを共有し、日常的なやりとりのみならず、見学会に園の先生が来てくださり、通園の様子をみていただいたり、ひいらぎからも訪問に出向き直接顔の見える関係を作り、Hくんの育ちを支えました。
⑤ 就学にむけて ~学校につながる~
(○課題学習グループ □教育支援課・就学相談説明会、特別支援学校、学級見学会)
年長の年は、引き続き連携を継続しつつ、療育を月2回(課題学習グループ)としました。就学に向けて、教育支援課による就学相談の学習会もあり、そこから就学の相談もスタートしました。特別支援学校、支援学級、支援教室等の見学会もひいらぎで企画しており、Hくんのご両親も毎日通うグループの頃から参加しており、情報を受け止めていました。就学相談にかかり、希望通り、特別支援学級の判定で就学先は決定しました。ひいらぎは教育支援課とも深く連携しています。就学支援委員会にはひいらぎの職員も委員として参加しています。就学にあたり、就学支援シートを担当職員が作成し申し送りをしています。
このようにひとりの子の経過だけでも、たくさんの関係機関とのつながりがみられます。お子さんによっては、医療ケアが必要であれば、病院とのやりとりは不可欠になりますし、訪問看護やその他のサービスも多く関わるようになります。また、毎日通うグループでも保護者の就労の関係から保育園を利用されている場合、送迎に地域の資源を利用することもあるでしょう。ニーズによって連携の内容を拡げ、一人の子が地域で暮らす最善なネットワークをつくっています。もちろん、根幹は療育です。その子の障害、特性を理解し、その発達を支えていくための直接支援の場があってこその連携と考えます。
ひとりの子どもとの出会いから、その子が地域の中で育ち生きるために何が必要なのか、ひいらぎでできること、つながることでできることを見つけ、具体的に実践しています。
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図5 西東京市における発達支援のイメージ図(出生から就学まで)
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4. 公的機関としての役割 ~地域の中ではぐくむ~
公的機関の担うべき役割は相談の窓口としての機能、そして地域機関との連携です(図6)。保護者の金銭的な負担や複雑な事務手続きの必要なく受けることができます。また保護者支援やアセスメントなど時間や人手が必要なことも公的機関で行っていくべきだと考えています。地域機関との連携は50年余りの間に培った信頼関係の中で、今後も期待されるものと思います。園への巡回相談件数も増加していますが(図6)、療育的な工夫についてのアウトリーチも大きな役割のひとつになっていくでしょう。子どもたちが在籍する幼稚園や保育園で適切な対応ができれば、それで十分園の活動に適応していける子どもも多数いるからです。子どもの特性に対する理解や、子どもに寄り添った具体的対応を、地域に拡げ、深めていきたいと思います(図7)。
ひいらぎの職員は、30年前「地域の中ではぐくむ」という実践記録をまとめました。その中で、厚生省障害者福祉専門官、中沢健氏は、最後に次のようにまとめています。「地域療育に完成はありません。だからこそ、あすへの希望と勇気が湧いてきます。障害をもつ人たちの地域生活という言葉をわざわざ使わなくても良いような社会づくりを、各地の療育実践と行政が一体となって進めていきたいものです。」
療育に留まらず、地域の中で子どもたちがその子らしく暮らしていける地域を作る取り組みにも完成形はないのだと思います。
障害を持つ子は学校へも行けなかった50年前と比べれば、障害や発達特性を持つ子どもたちに対する理解と支援は拡がってきたと言えるでしょう。しかしながら、障害や発達特性ということに関して、真の理解にはいたっていないということもまた直面する現実です。多くの市民の方が、その育ちを当たり前のものとして理解していけるような社会にしていくための土台作りが、公的機関であるひいらぎの担うべき役割でしょう。
そしてそれは障害や発達特性を持つ子に留まりません。「その子に合わせた丁寧な子育て」である療育の考え方、そしてその具体的な方法を地域に行き渡らせていく取り組みは、バリアのない社会づくりの土台を作る取り組みであるということです。
どの子どもも、地域の中でその子にとって必要な支援を受けられ、ありのまま、健やかに育っていけること、それを丁寧に実現していくことが私たちに課せられています。
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図6 ひいらぎネットワーク
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図7 巡回相談ケース数・実施園数
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