1. はじめに
高齢社会が進む中、100歳を超える人は、1963年には153人であったものが、2017年度の厚生労働省の発表では約68,000人、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2050年には53万2千人に達し、100歳を超えるのが当たり前の時代になってきている。
しかしながら、寿命は延びてこようとも、健康寿命(日常生活に制限のない期間)との間には、約10歳の差がある。
一方、加齢とともに、電球の交換といった「ちょっと」したことができなくなってきている実状がある。
これを解決するために、国においては一億総活躍社会の名の下に、地域住民が役割を持ち、支え合いながら、自分らしく活躍できる地域コミュニティを育成し、公的な福祉サービスと協働して助け合いながら暮らすことのできる「地域共生社会」を実現していく「我が事・丸ごとの地域づくり」が進められている。
しかしながら、「支え合い」は「役割」を持って行われるものなのであろうか。
本来は、自然と「役割」がなくても、「持ちつ持たれつ」で助け合う姿を言うのではないだろうか。
本稿では、この点を中心に、当市が進める「我が事・丸ごと」の考え方について説明していく。
ここから、それが生み出す効果、住民自治について述べ、さらに民主主義の再生につながっていくことを述べていきたい。
2. 住民の望み
まず、「支え合い」とよく言われるが、そもそも住民一人ひとりの望みは何であろうか。
様々な考え方があるが、ここでは総じて年齢や障害の有無に関係なく、「こころもからだも元気に、いつまでも住み慣れた家で自分らしく暮らす」ということではないかと考える。
先ほど述べた平均寿命と健康寿命の差は何を意味するか。それは人生最後の10年間は寝たきりなどの生活、これまでの自分とは違う生活を送っているということである。
また、施設に入所しているかもしれない。よく、歳をとったら施設に入所すれば良いという人もいるが、それは何を意味するのか。
これまでの住み慣れた地域から一人離れ、新しい地域(施設)で暮らすということである。
全く誰も知らない地域に、自由の効かない状態で赴くということである。
これって幸せであろうか。
やはりピンピンコロリが幸せではないだろうか。
これを実現するにあたっては、二つのことを進めていかなければいけないと考えている。
一つ目は、「こころもからだも元気に自分らしく暮らすこと」。もう一つは「いつまでも住み慣れた家で自分らしく暮らすこと」である。
この二つが実現してこそ、住民の望みは達成されることになる。ピンピンコロリの実現に近づくことになる。
どういうことなのか。それを見ていきたい。
3. こころもからだも元気
介護保険制度においては、「要介護状態の発生をできる限り防ぐ(遅らせる)こと、そして要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぐこと、さらには軽減をめざすこと」と目的に、2006年4月より介護予防事業を開始した。これにより、単に高齢者の運動機能や栄養状態といった個々の要素の改善だけをめざすのではなく、むしろ、これら心身機能の改善や環境調整などを通じて、個々の高齢者の生活機能や社会参加の向上をもたらし、それによって一人ひとりの生きがいや自己実現を図り、生活の質の向上をめざすものであった。
しかし、実態はどうであろう。介護度別の認定者数は現状維持どころか右肩上がりであり、介護保険事業状況報告では、2000年4月末に約218万人であった要介護認定者が、2015年4月末に暫定値であるものの、約608万人となり、この15年間で約2.79倍になっている。
これは何を意味しているのか。要支援者は、介護予防のために週一回、デイサービスに通っている。ここで、運動機能を回復するために、体操などを実施している。また、地域においてもサロン活動などでやはり体操などを実施している。しかし、効果が出ていない(中には週1回のデイサービスの活動しか行っておらず、そもそも、活動量が足らない方もいるが)。
この原因を考えると、実は「楽しさ」がないのではないかと考える。
人間、いくら歳を重ねていようとも、夢や希望、やりたいことはある。
「我が事」として考えてほしい。今の自分と20歳の自分、大きく考え方に変化はあったであろうか。それに伴い、交友関係や行動が大きく変わったであろうか。
おそらく、そうでない人が多いのではないだろうか。
一例は、少し話はそれるが、高齢者の恋愛である。人はいくつになっても恋に落ち、共に生きる人を見つけていく生き物なのである。これは人が人である以上、仕方がないものなのである。なぜなら、人はサルとは違い、社会性を持った生き物だからである。
それを「高齢者だから」という理由で「体操」をすれば運動機能も回復し、生活の質の向上につながると当てはめてきたのではないだろうか。
歳をとっても「ツーリング」をするも良し、「旅行」するも「働く」も良し。それが「こころもからだも元気に」してきた。ただ、少し体力が落ちてきたから、デイサービスで機能回復を図り、もう一度「楽しい」ことをやってみよう。これが、本来の介護予防のあるべき姿―「元の生活を取り戻す」―ということではないのだろうか(もちろん、「体操」が「楽しみ」の人はそれに越したことはないが)。
そのため、まず、高齢者は「自分の好きなこと」にどんどん取り組むことが大切である。これは高齢者に限ったことではない。障害者も大人も子どもも、住民一人ひとりが「自分の好きなこと」を活動する。それが社会参加であり、生きがいである。それがあって、始めて何かあった時には、介護保険制度などで元の生活に戻れるように側面支援をしていかなければいけない。これが行政の役割である。また、「自分の好きなこと」を取り組むための環境整備、例えば高齢者のボランティア活動にポイントをつけるであるとか、ウォーキングなどの健康づくりの仕掛けなども行政の役割である。
まずは「自分の好きなこと」をやる。このことが大切である。
ちなみに、なぜ、「高齢者だから」が「自分の好きなこと」をやることに変化してきたか。答えは簡単である。高齢者が大多数になったからである。
これまでは、高齢者はたぶんこうであろう……弱くて、家でじっとしてテレビを見ていて……勝手にラベリングをしてきた……だから、デイサービスを充実して運動させないといけない。
でも、これは高齢者自身の立場にたてば違うということになる。
このことに、高齢者が大多数になることで、ようやく気付いたのが今である。
そこに目を付けたのが、国の言う、「我が事・丸ごと」のちいきづくりである。
4. 自分の好きが誰かの助けに
しかしながら、加齢などで「ちょっとした困り事」が出てくるのも事実である。
それを、国の「我が事・丸ごと」では「役割を持ち、支え合い」で解決をしようとしている。
役割って何であろうか。「住民のみなさん、あなた方は支え合う役割があります。だから、困っている人を見かけたら助けてあげて下さい」というのであろうか。
これは住民に「支え合い」をしなければならないと押し付けているのではないだろうか。
このことは、自分の意に沿わないことをしていくことになるので、「楽しみ」もなく「こころもからだも元気」ではなくなるのではないだろうか。これが結果的に、本人の自分らしい暮らしを奪っていくことになるのではないだろうか。
例えば、定年退職後、仲間と農業サークルをして芋を育てている高齢者たちがいる。近くには保育園があり、子どもたちは芋掘りをしたいと思っている。「自分の好きな」農業で育てた芋を子どもたちに掘らせる。これって立派な「支え合い」ではないだろうか。高齢者たちに「あなた方は、保育園児が芋ほりをするために芋を育てる役割がある。だから頑張りなさい」と言われて、誰が楽しんで芋を育てるのであろうか。
このように考えると、「支え合い」は別に役割ではない。「自分の好きなこと」で「ちょっとした困り事」を解決する。そして、「ありがとう」と感謝され、心が温かくなる。これが、「楽しく支え合う」ことではないだろうか。
そこには「役割」も何もない。あるのは「自分の好きなことだし、いいよ」という「ちょっとした気持ち」なのではないだろうか。
「自分の好きが誰かの助けに」―支え合いってこれで良いのではないだろうか。
5. 持ちつ持たれつ(もちもち)
「自分の好きが誰かの助けに」なることで、「こころもからだも元気に自分らしく暮らすこと」は解決をしていく。
しかし、「いつまでも住み慣れた家で自分らしく暮らすこと」を実現するには、さらに「自分の好きが誰かの助けに」を昇華させていく必要がある。
例えば、重たいごみを出そうとしている高齢者がいる。これを見かけた隣に住むサラリーマンが手伝う。これ、ありふれた行為であるが、サラリーマンは別にごみ出しが「好き」で手伝っているのではない。あるのは「持ちつ持たれつ(もちもち)」という関係である。
「もちもち」で「支え、助け合う」ことができれば、「ちょっとした困り事」はもっと、解決できる。その「もちもち」は人同士かもしれないし、近所の八百屋さんといった民間事業者かもしれない。
地域で困っている人が「もちもち」で、みんなで「支え、助け合う」。これが本来の「我が事・丸ごと」ではないであろうか。
「もちもち・ちいき」をつくっていくこれが大切だと考える。
6. 地域の実状
ここで「もちもち・ちいき」をどう作るのかを述べていきたいが、その前に地域の実状を押えておくこととする。
地域では、これまで、都市化・核家族化の進展により、これまで住民みんなでしていた高齢者の面倒(住民は「介護」とは言わない。「介護」はプロのサービスがするものであって、自分たちがするのは「面倒」を見ているだけとのこと)や子育てが関係の希薄化(個人主義の進展・隣の人は何するものぞ)により困難となってきた。
つまり、住民全体がそれぞれ「ひと事」となり、まち全体が「ひと事」のまち―倒れている人がいても、関与しないまち―が生まれてきた。
その穴を行政は、高齢施策、児童施策等各福祉施策を充実させることで対応してきた。
また、自治会役員、民生委員・児童委員等に地域住民を「支える」役割を担わせ、行政の施策と相まって、福祉は展開され、完全とは言えないまでも、一部の人の熱意により「ひと事」のまちを支えてきた。
しかしながら、「ひきこもり」や「認知症」など地域における課題は複雑化をしていったが、それを支える施策で全てをカバーすることはできず、地域の「支える」方々に大きな負担を与え、地域福祉の進展のため、「自ら進んで」行ってきた役割が、「しんどくて嫌な」役割へと変質をしていった。
また、「支える」方々を担ってきた高齢者も、年金額の減少などにより、自らの生活を守るのが精一杯となり、地域のためより自分のことを優先するようになった。
このように、「自分の生活で精一杯なのに、人のために、地域のためになんて活動できない」、「税金を払っているんだから、行政がやれば良い」という考え方が広がり、地域を「支える」担い手が減少してきている。
地域における福祉はもはや制度疲労を起こしている状態であり、「ひと事」のまちが「無縁社会」を引き起こしている実状がある。
7. もちもち・ちいき
では、ここで、「もちもち・ちいき」をつくっていくにはどうすれば良いかを述べていきたい。
「もちもち・ちいき」をつくるためには、住民みんなで「もちもち・ちいき」がなぜ必要か、どうしていけば良いのかを話し合いながら進めていく必要がある。
何を話し合うのか、それは「助けて」とお互いに言える地域をどうつくるかにある。
そのために、年齢や障害の有無に関係なく、地域住民みんなが「我が事」として話し合いに参画しなければ、できないものである。
なぜなら、地域はそれぞれ特性を持っている。それを例えば行政から「こんな『もちもち・ちいき』をつくりましょう」と言われてつくっても、それは地域特性にあったものとはならない。また、行政からの押し付けでは、これまで通りの「市が言うからやったってる」という「ひと事のまち」しかできない。
このようなまちは「住みやすいまち」でしょうか。子供たちが大きくなっても住んでみたいと思えるまちであろうか。
自分たちが「もちもち・ちいき」を作るからこそ、愛着が湧き、そこが「ふるさと」になるのではないであろうか。
また、住民自治が進展することで、自治会長や民生委員・児童委員といった地域を「支える」方々の負担が軽減され、「やらされている」役割が「もちもち・ちいき」のために「喜んでする」といことになるのではないだろうか。
さらに、「自分の好き」でいきいきと活動することで、医療負担、介護負担の軽減も図られる、言い換えると、その分のお金をさらにいきいき活動に回すことで、より元気になるとともに、「はたらく」という点で言えば、コミュニティビジネスといった、新ビジネス……ボランティアではないが、がっちり「はたらく」ではない新しい生き方も生まれてくるのではないだろうか。
現に、高齢者が栽培した野菜を障害者が加工し、老舗料亭に納品するといった事例も出てきている。
このように、「もちもち・ちいき」の進展は、「支える」方々の力をより支援を必要とする人に向けることになり、住民同士の「もちもち」―民生委員等の地域の「支える」方々―行政というように重層的な支援体制の構築につながるとともに、「支える」はそんな大変なことではなくなり、担い手不足と言われている現状を解決していくことにつながっていく。
さらに、住民自治の進展は、これまでの政治を大きく変える可能性も秘めている。
戦後、我が国は民主主義国家として繁栄をしてきた。その原動力は、もちろん国民の勤勉性によることも多いが、それを支える政治がうまく機能してきたことを意味している。
人によってその点の解釈は異なると思うが、少なくとも、これまではうまく機能をしてきた。それが一時期、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われる世界第二位の経済大国を生み出してきた。
第二次世界大戦において、壊滅的な打撃を受けた我が国が奇跡の復活を遂げたのである。
それをなし得た政治は、これまで国民は国・県・市町村レベルで積極的に参画をしてきた。東西冷戦という世界情勢もあるが、活発に議論をし、どのように我が国を導いていくかを考え、玉虫色と揶揄されつつも、多くの方が納得できる方向性を導きだしてきた。これが、国民を一丸とし、現在の豊かな国を作り出してきた原動力であったのではないだろうか。
しかし、先述の核家族化等による「ひと事」の進展は、行政では「すぐやる課」といった、何も考えなくても、関わらなくても勝手にしてくれるという依存の状態を生み出し、それが国民の政治に参画する意欲・考えを減少させることにつながり、「どうせ何をしたって変わらない」という風潮を生み出したのではないだろうか。
「どうせ何をしたって変わらない」――そう思い込ませることで、いわゆる無関心層をつくりだすことで、政治は一部に人の意見に左右される政治となり、民意とは外れた政治がまかり通るようになったのではないだろうか。
それが、より助けを必要としている人の声が届かない政治につながっていったのではないだろうか。
しかし、よく考えてほしい。では、政権交代・民主党政権は何だったのか。評価は分かれるところであるが、無関心層が関心を持てば、大きく政治は変わるということを表した画期的なことではないだろうか。
8. 幸福度第一位に
「もちもち・ちいき」づくりは実は、身近な住民自治への参画、変化を通じ、これは市政や県政、国政にも関わりたいという住民、関心層に変化することを期待されるものである。
確かに、まずは自分に関わることからであるが、そこから思いをはせ、市政、県政、国政も「我が事」として考えることで、大きく我が国の民主主義は変化していくのではないだろうか。
それが幸福度第一位の国につながっていくのではないだろうか。
9. まずは第一歩
本市では、「もちもち・ちいき」をつくるため、現在、各地域の自治会において、啓発活動を進めている。
また、地域住民同士の話し合いの場を中学校単位ですが、開始をしているところである。
話し合いといっても、まだまだ固く、会議のような形で進んでいるのが実情である。
そのような中、市内で高齢化率が一番高い自治会長と話す中、住民みんなで話し合いを持っていくことの必要性を認識し、これから取り組みを進めていくための話し合いが開始したところである。
自治会長より、住民からは「よけいなことするな」「何でこんなんせなあかんねん」別に「もちもち」がなくても、行政サービスがあると考えている住民が多いとの意見が大半とのこと。
この住民たちをどう目覚めさせ、立ち上がっていただくのか。
悩ましいところである。
自治会長は、話し合いということ自体に住民は鎧をまとっている。
これをいかに解きほぐすのか。
そしていかに継続した話し合いを進めていくのか。
それを自治会長たちと行政、社協とともに取り組んでいく予定である。
自治会長は、話し合いと一口に言うが、こんなに大変なことはない。まして、「もちもち・ちいき」ができるには長い時間を必要とすると話をしている。
しかしながら、現在、地域を「支える」方々はあと10年すればとても担える状態ではない。
そう考えると、残された時間はあと10年が限界となる。
また、まちの活性化を考えると、まちを出ていった子どもたちにも帰ってきてもらいたい。
様々なことを考えながら、取り組むこととなる。
本稿執筆中ではまだ記載できないこと、ご容赦願いたい。
10. 最後に
高齢者や障害の有無に関係なく「もちもち・ちいき」をつくる。
これこそ、自然と一人ひとりが認められ、居場所と出番があることにつながる。
さらに、住みやすさにつながり、愛着ある「ふるさと」、帰ってきたい「ふるさと」になる。
また、住民自治への参画を通じ、民主主義を体感することで、担い手不足の減少から、政治を変えていくことにもつながっていく。
遠い道程である。そして時間がかかる。
しかし、今、この機会を逃さず、一歩一歩進めることこそが、戦後70年経ち、綻びが目立ち始めた我が国の民主主義をもう一度再生することにつながるのではないであろうか。
「我が事 丸ごと」
これは「もちもち・ちいき」つくりを「我が事」と捉え、年齢や障害の有無、また民間事業者といった地域で「丸ごと」話し合うことである。
これに挑戦することは、本当に楽しいことである。
いろんな意見に耳を傾けながら、議論をしていく。
これが、これからの幸福度第一位の国日本を創っていく。
さぁ、みなさんも共に創っていきませんか。
新しい日本を。 |