【論文】

第37回土佐自治研集会
第8分科会 市民とともに「憲法」と「平和」を考える

 山口県では1982年から上関町に原子力発電所建設計画が持ち上がり、現在も推進派と反対派に分かれて議論がされている。町長は建設推進の立場であり、町議会議員についても推進派が7割を占めている状況である。この状況を見ると上関町民の大多数が推進していると考えられるが、本当に原子力発電所は必要なのだろうか。なぜ推進派が多数なのか。どうすれば建設計画を撤回させることができるのかを考察したい。



原子力発電所に頼らない生活の模索
―― なぜ原子力発電所建設計画推進派が多数派なのか。
彼らの意見を真摯に受け止め円満な解決をめざす。 ――

山口県本部/山口県国民健康保険団体連合会職員労働組合 林  圭一

1. 概 要

 2017年12月1日時点での人口は2,874人、高齢化率55.71%、面積が34.81平方キロメートル※ⅰの瀬戸内海にある山口県上関町は、自然減少(平均で年間約71人減少)及び社会減少(平均で年間約34人減少)が続いている状況であり、男女別産業人口は、男性は漁業をトップとして、建設業、製造業と続いており、女性は医療・福祉をトップとして、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービスと続いている。特化係数(産業の業種構成などでその構成比を全国の構成比と比較した係数。ただし、極端に全国の構成比が小さい業種では特化係数が高くなるので注意が必要)で見ると男女ともに漁業が飛びぬけている町である(図1)。※ⅱ
 上関町では1982年から原子力発電所建設計画が持ち上がり、現在も推進派と反対派に分かれて議論がされている。なお、2018年2月の町議会議員選挙(定数10)で推進派7人、反対派3人が当選し、反対派が1人増え、反対派の議席数の増加は24年ぶりとマスメディアで報じられた。
 ここで、推進派と反対派の意見を簡単にまとめてみる。
 推進派の意見としては、漁業・造船・海運業等の主要産業の衰退、人口減少、平地が少なく交通の便も悪いという地理的条件により、町の衰退に歯止めがかからない状況に原子力発電所建設計画が持ち上がり、建設を起爆剤とした町づくりを行いたいと主張し、1997年には上関町内有権者の72%の署名を添えて、陳情書を県知事及び県議会議長に提出しており、上関町民の大多数が推進しているのに、上関町民の一部住民と外部からやってきた反対派の工事妨害に苦慮していると主張している。※ⅲ
 反対派の意見としては、もちろん原子力発電所は危険であり、自然環境も破壊されるし、風評被害による上関町のイメージダウンである。特に自然環境については瀬戸内海屈指の好漁場で、希少生物のスナメリも生息しており、世界的にも貴重な貝類も発見されている※ⅳ。これらを守るために現在まで反対行動を続けている。
 しかしながら、議席数からもわかるように推進派が多数を占めているのが現状である。なぜ推進派が多数派なのだろうか。なぜ原子力発電所の建設で町づくりをしないといけないのだろうか。次節で考察していきたい。
(図1)上関町の産業人口の状況 ※上関町人口ビジョンより

2. 問題の本質

(1) 日々の生活に必要な賃金の面から考察
 上関町では高齢化率が55.71%であり、漁業が盛んであることは概要で記載したが、このことから、上関町民の多くはすでに年金を受給している年齢であり、年金は厚生年金ではなく国民年金であることが推測できるだろう。
 漁業で、どの程度の賃金を得ているのかはフィールドワーク等を実施していないため、詳しく把握することはできないが、山口県のホームページの各種統計データを見ると、上関町は山口県内で一番賃金等が低い町であることから、あまり漁業で生計を立てているとは言い難いと思われる(図2)。
(図2)※山口県ホームページより

 つまり、国民年金が上関町民にとって重要な収入源であるが、国民年金は満額でも6万円程度しかないので、日々の生活は苦しいと考えられる。過疎地のため自家用車が必要だが、自家用車を使用すればガソリン代や自賠責保険、任意保険の加入、自動車重量税等の税金の支払いが発生する。家を建てていれば固定資産税も支払わなければならないだろう。それから電気代や水道代等の支払いもある。食事代もかかる。病気になれば医療費も負担しなければならない。
 国民年金だけでこれらの支払いをするのは、かなり負担を感じるだろう。もともと国民年金ができた経緯は、戦後の復興が進む中で被用者保険や厚生年金が機能をしていく中で、この保険に加入していない多くの農民や自営業者たちに1950年代の半ばから、従来の制度の不備を埋める機運が出来あがり、1959年に国民年金法が制定されたことである。しかし国民全員を対象とする新たな総合的制度を創出するのではなく、既存の制度から漏れていた人を対象に新たな制度を作ることが選ばれた※ⅴ。そして共済年金や厚生年金と比較して安い掛け金であるため受給額が少ないことは、サラリーマンは定年があるのに対し、自営業者たちは定年がなく生涯働けるので受給額が少なくても問題ないと考えられていた。
 当時は問題なく生活できていたと思われるが、ダイエーの登場により自営業者は経営が難しくなりシャッター通りという言葉が生まれるような状況になったのは記憶に新しい。上関町の主要産業は漁業だが、漁業も海産物の輸入等により自営業者たちと同じように価格競争にさらされ苦しい状況に置かれているのは言うまでもない。また、原油価格の高騰で漁船の燃料は高くなるのに対して、あまり魚が獲れなければ当然赤字になるが、まして大漁となっても豊作貧乏という言葉があるように、価格が下落する。漁業での収入は減っていくのに対し、年金の受給額は上がらない状況で上関町民は生活が苦しいと考えられる。

(2) 人口減少の面から考察
 推進派は人口減少等による町の衰退を、原子力発電所建設を起爆剤として町づくりを行いたいようであり、原子力発電所建設による交付金で道の駅「上関海峡」や温泉施設「鳩子の湯」を建設し、観光客数が年間5~6万人台で推移していたのが、これらの観光施設の恩恵で2014年には17万人超となっており、町は少しずつ活気づいているようである。(図3※ⅵ
 しかし、観光客数は増加しても日帰り客が圧倒的に多く、宿泊している観光客はほとんどいないのが現状である。日帰り客が多くなっても人口減少に歯止めがかからない状況であることは変わらない。観光施設の整備により若者の雇用の場が提供されたことは良いことだが、毎年社会減少が続いている状況を冷静に考えれば、若者は上関町内に雇用の場があっても住みたいとは思っていないことが推測できる。
 これは明らかに逆選択が起きていると言えるのではないだろうか。逆選択とは、市場における情報の偏りが、消費者にとってより望ましいはずの商品やサービスを逆に淘汰してしまうことである。
 つまり、原子力発電所建設の交付金で町づくりを行えば行うほど、若者たちは自分の住む町に危険なものが建設される不安から、上関町を離れて行ってしまっているのではないだろうか。
 原子力発電所建設による交付金で道の駅等の施設を建設して、今現在は日帰り客が増加しても、他の市町村にも同じような施設はたくさんあるので、観光客数の増加はあくまで一時的で、いずれこれらの施設は陳腐化して観光客数は減少していくだろう。その時、観光客もいなくなり、町の若者もいなくなる最悪の状況になるだけではないだろうか。

(図3)観光入込客数 ※上関町人口ビジョンより

(図4)観光入込客数の推移 ※上関町人口ビジョンより

3. 円満解決をめざす

 推進派は、原子力発電所建設を起爆剤とした町づくりを行いたいと主張していることから、原子力発電所が安全で、二酸化炭素を排出しないクリーンで素晴らしいものだと考えて建設したいわけではなく、衰退していく自分たちの町をなんとかしたくて、衰退を食い止める1つの手段として建設を進め、交付金を手に入れようとしているだけである。そのため、賃金水準を改善して日々の生活が楽になり、若者が定住して人口減少に歯止めをかけることができれば、推進派は原子力発電所に頼る必要はなくなるだろう。
 まず、賃金水準の改善について考えてみると、上関町民の半数以上が高齢者で国民年金受給者と推測できるが、国民年金の受給額を増額することは容易ではないし、受給額を増額することはすなわち掛け金を高くする必要が出てくる。低い掛け金で高い受給額にすることは、現実的に考えて不可能である。そのため、彼らの主要産業である漁業で生計が立てられるように支援することが求められる。また、卸売業・小売業、宿泊業・飲食サービス業も女性を中心に盛んであるため、これらの産業も支援していくことが重要である。
 漁業で生計を立てられるようにするためには、安い海外産の魚や県外産の魚を購入するよりも、高くても上関産の魚を購入していくことである。そして魚の購入も上関町の卸売業・小売業から購入すれば上関町の産業の支援にもつながる。漁業で生計を立てられるようになれば、親から子へ漁船を受け継いでいき、若者が地元で働き続けることができるだろう。
 他にも宿泊業・飲食サービス業も主要な産業であるので、上関町内に宿泊し、上関町内で飲食をすればかなり支援をすることができるだろう。原子力発電所建設予定地では希少生物のスナメリも生息しており、世界的にも貴重な貝類も発見されているので、これらを観光資源としてエコツーリズムを推進し、昼間はエコツーリズムをして、夜は上関町内に宿泊し居酒屋等で上関町を満喫する観光コースを構築すれば、新たな雇用が生まれ、若者の雇用促進につながることも期待できる。
 次に人口減少に歯止めをかけることについて考えると、先ほども記載したように漁業で生計を立てられるようになれば親から子へ漁業を受け継いでもらえれば、若者が上関町に定着していくだろう。さらにエコツーリズムで若者の雇用が生まれ、宿泊客が増加すれば上関町内の宿泊施設や飲食業での雇用が生まれ、若者が地元で働くことができるので、人口減少に歯止めをかけることができるだろう。また、原子力発電所を建設しなければ、「危険」という負のイメージが払しょくされ、逆選択が解消されることになり、地元への定住にプラスの要因となるだろう。
 以上のことから、我々一人一人が、上関町民が自立できるように支援し、支援することで雇用が生まれ、若者が定住することにつながれば、推進派は原子力発電所建設に頼ることはなくなり、自ずと原子力発電所建設計画を推進することはなくなると考える。

4. 最後に

 原子力発電所建設の問題に限らず、自分の考えこそが正しいと思い込み、その考えを他人に押しつけることが当たり前のようになっている。自分の考えを押しつけるだけでは何も解決しない。反対派が上関町内で反対行動を行えば行うほど推進派の感情を逆なでし、推進派をより頑固にさせてしまっているのではないだろうか。概要でも記載したが、推進派は上関町民の大多数が推進しているのに、上関町民の一部住民と外部からやってきた反対派の工事妨害に苦慮していると主張している。外部からの反対行動に嫌悪感を抱いているのが現実としてある。反対派からすれば、外部からの人間が反対行動を起こしているが、これらの外部の人間は、上関町の賃金水準が突出して低いことや人口減少に苦しむ事実に目を向けず、シュプレヒコールをして自己満足して帰っていくと映っているのではないだろうか。
 上関町民は賃金水準が低いことから、原子力発電所を建設し交付金を手に入れなければ暮らしていけないほど生活が苦しいと思われる。未来に残す美しい自然環境の保護よりも今を生きる賃金がほしいのに、外部から来た自分たちよりも裕福な人間に、町をめちゃくちゃにされていると考えているのではないだろうか。
 原子力発電所建設が正しいとか間違っているという論理で考えているから、この問題は1982年からずっと解決されないで現在までこじれてしまったのではないだろうか。
 また、中国電力が発電所を建設しようとしているが、彼らは原子力発電所をなぜ建設しようとしているのだろうか。コストが火力よりも原子力のほうが安いという要因もあるだろうが、地球温暖化の大きな原因の1つは火力発電による二酸化炭素の排出であり、地球温暖化を阻止するために原子力発電を建設したほうがよいという判断が大きいのではないだろうか。
 そして今は電気に余剰があり発電所の建設は必要ないという意見があるが、施設はいずれ老朽化する。老朽化してから建設しては遅いので、今のうちに発電所を建設したいのだろう。
 なぜ発電所を建設しなければならないのか。それは人間という名の欲望の塊が電気を無駄遣いするからである。人間が欲望の塊なのは、経済学の父といわれるアダムスミスの国富論を読めばわかることだろう。
 原子力発電所を建設させないためには、上関町民を支援するだけでは意味がない。なぜなら、上関町民が原子力発電所建設に頼らない生活ができるようになり、建設計画を拒否するようになれば、今度は別の都道府県の貧しい地域で新たに建設計画が持ち上がるだけである。
 太陽光や風力発電を建設すればよいという声があるが、そのような発電は日本の国土全体の電気を賄うことは、まったくもって不可能である。最も大切なことは、我々が電気を節約し、発電所の建設が必要なくなるような環境づくりをすることではないだろうか。
 生活が苦しく、生きるために原子力発電所建設に希望を託す人間を悪と決めつけて反対行動を実施し、シュプレヒコールを上げた後は自己満足して帰宅し、上関町民よりもはるかに裕福な生活を謳歌する我々にも責任があるのではないだろうか。
 我々に必要なことは、推進派の苦しみに寄り添い、推進派の苦しみを取り除いてあげることではないだろうか。




 山口県上関町ホームページ  
ⅱ 上関町人口ビジョン 2015年12月上関町
ⅲ 上関みらい通信 上関町まちづくり連絡協議会ホームページ
ⅳ 祝島ホームページ 
ⅴ 高齢社会と福祉国家 足立正樹著
ⅵ 上関町人口ビジョン 2015年12月上関町