1. はじめに
今、保育現場で大きな問題となっているのが「保育士不足」です。国は待機児童の解消に向け、保育所・幼稚園から認定こども園に移行を促したり、小規模保育事業、事業所内保育事業を拡大することで保育の受け皿拡大を行っています。受け皿拡大によって保育利用者は増えていますが、それに対して必要な保育士を確保することが難しい状況になっています。保育士資格を持っている人は全国で約120万人といわれ、その中で現在保育士として働いているのが約40万人、資格を持っていても働いていないいわゆる潜在保育士は約80万人います。子どもたちの将来なりたい職業に保育園の先生という子が多かった時代がありましたが、今はどうでしょうか。大変だから保育士を職業にするのはやめた方がいいと言わざるを得ない、悲しい状況になっています。
保育職場の労働環境を36協定の締結の取り組みをきっかけにして、そこで働く保育士自身がよりよく変えていく必要があることを認識し、組合の運動にしていきたいと思います。
2. 4年前の北海道労働局の是正勧告
(1) 是正勧告に至った経緯
① 2013年 北海道労働局に対し保育士らの労働条件に関する相談が増加
毎年一定数の相談が寄せられており、休憩時間が確保されていない、サービス残業が常態化している等の声が多く上がるようになりました。
② 2013年4月 北海道労働局によるチェックリスト(点検表)を配布
北海道内ほぼすべての保育所1,167カ所(認可保育所850カ所、認可外保育所310カ所、事業所内保育所を除く)に対して労働条件の自主点検をするチェックリストを配布し、提出するように指示がありました。提出をした事業所は1,013カ所でした。
③ 2013年7月~12月 チェックリスト未提出で法令違反の疑われる保育所を中心に抜き打ちで立ち入り調査
北海道労働局の調査で次の結果が出ました。
ア 対象数 認可保育所 161カ所 認可外保育所 59カ所 合計220カ所
イ 違反数 認可保育所 140カ所 認可外保育所 41カ所 合計181カ所
ウ 特徴的な違反の内訳(重複)
「法定労働時間に関する事項 133件」
|
時間外労働に関する労使協定を締結・届出せず、時間外労働を行わせている。(法定労働時間を超える時間外労働を行う場合は、通称「36協定」と呼ばれる労使協定を締結し、所轄労働基準監督署に届出ることが必要となっている。) |
「労働条件の明示に関する事項 71件」
|
労働契約を締結する際に書面で労働条件を明示していない、または法定で定める必要な事項を明示していない。 |
「時間外労働時間等の割り増し賃金に関する事項 36件」
|
法定の労働時間を超える時間外労働に対して2割5分以上の割増賃金を支払っていない。法定の割増賃金を計算するに当たり、基礎単価に手当等の一部が算入されておらず、適正な単価となっていない。 |
「就業規則に関する事項 24件」
|
私立保育所で10人以上の労働者がいる場合に、就業規則の届出又は変更の場合の変更届が所轄労働基準監督署に届出されていない。(事業場に10人以上の労働者がいる場合に届出が必要となる。) |
「賃金台帳の記載に関する事項 14件」
労働時間数・時間外労働時間数等の法定の必要な事項を賃金台帳に記入していない。
このほかにも、休憩、休日、最低賃金、健康診断に関する事項での違反がありました。
④ 2014年1月27日 北海道労働局は労働基準法などの法令違反が見つかった181カ所に是正勧告
保育所への是正勧告の報道が新聞報道で発表されました。北海道労働局は是正勧告とともに、保育所を認可する北海道と札幌、旭川、函館の各市と認可保育所でつくる北海道保育協議会に労働条件の改善を求める異例の要請を行いました。是正勧告を無視するような悪質なケースがあれば書類送検をすると明言していました。
(2) 保育職場の実態調査を実施、現場の声を把握する
① 2013賃金労働条件実態調査を実施
回答市町村109単組のうち保育士のいる単組は、81単組。
81単組中、50単組が「36協定」を締結していないことが分かりました。調査に回答していない単組が多く、実態はさらに多くの単組が取り組めていないことが考えられました。
② 幹事会や集会、学習会で保育士の声を聴く
道本部の保育集会や地本の集会で保育士から状況を聴きとり、次のような声が上がりました。
・仕事の量が多く、サービス残業が常態化している。
・人員不足で休暇が取れない。
・子どもを見守りながら休憩しているので、休憩できていない。
・賃金が他の職種より低い。
・正規職員がほとんどいないため、非正規職員と正規職員が同じ内容の業務をしている。
(3) 北海道労働局と自治労北海道本部との意見交換会を行う
2014年2月に労働局の是正勧告についての内容を確認する機会を作り、次の事項を話し合いました。
・毎年一定数の相談が保育士から寄せられており、潜在的に問題を抱えている職場だと認識していた。
・特に子どもや介護などの対人サービスを行っている事業所の違法行為を是正し、底上げを図っていくことを目的に実施した。
・すべての事業者に自主点検表への協力を要請した。回答のないところに対して、立ち入り調査を実施、法令違反のある事業所に対して是正勧告を行った。
・労働基準法等に関して「よくわからない」という回答の事業者が多く、数字で示された実態よりも多くのところで様々な問題や課題があると思っている。
・調査内容、事業所等は公表しないことを前提に調査を行った。全国ニュースとなったことで反響があり、犯人探しや公表したことによる数字が独り歩きしてしまうことを懸念している。
・働いた対価を払うのは当然であり、ルール違反に対して厳しい対応を取るというスタンスで臨む。
当時、是正勧告を受けた事業所は全体の20%であり、「一部の保育所の問題」と捉え、立ち入り調査や勧告を実際に受けなかった事業者は「法令が順守されていて問題がない」と認識しているところもありました。自治労北海道本部社会福祉評議会では大きな問題と受け止め、各単組に「36協定」の締結を行うよう周知を図りました。
3. 国の保育施策に合わせた労働組合の活動
(1) 「36協定」の締結に向けて
是正勧告を受けた時は、自治体で実施している保育所は、「36協定」を結ぶ必要がないと認識していたところが大半でしたが、その後の集会や学習会において「36協定」について説明し、協定届の見本を提示したり、提出の方法等を伝えることで、締結している保育所は増えていきました。
(2) 子ども子育て支援新制度の施行
保育の量の拡大と質の向上を目的として、保育制度が大きく変わりました。幼稚園と保育所の給付の一元化、認定こども園への移行等、保育現場は新しい制度の変化に対応することで精一杯でした。是正勧告を受けてからの自治労北海道本部社会福祉評議会の取り組みでは、新制度の学習会を開催し周知を図りました。また、この頃から保育士不足の問題があげられており、欠員の募集をしても集まらないことが多くなってきました。保育士の仕事がやりがいのある素敵な仕事であることを確認し、保育士になりたいと思える職場にしようと全道保育集会で「保育士の仕事を考える」をテーマに処遇改善に向けて意見を出し合う機会を作る取り組みをしてきましたが、具体的な結果は出ませんでした。北海道庁に対しては「道政への要求と提言」として、道庁担当課の職員と意見交換会を行い、保育士不足の現状を伝えました。
(3) 保育所現場調査の実施
自治労本部社会福祉評議会では、2016年に「保育所現場調査」を実施しました。この調査ではクラス担任の配置状況、特に公立保育所で実施が進んでいない3歳児クラスの職員配置の20対1から15対1がどれぐらいできているかなどを調査しました。結果的には、保育士がいないこともあり3歳児15対1にすることができていない保育所が多くありました。
4. 調査から1年、保育現場の実態を再調査
(1) 2017年保育士の配置基準等に関する調査の実施
本部が実施した「保育所現場調査」から1年が経過し、この1年間での配置基準改善に係る進捗状況とそのほかの職場実態を把握するために道本部社会福祉評議会として独自調査を実施することにしました。また、「36協定」に関してまだ締結が実施されていない保育所があることを北海道本部として確認したこともあり、「36協定」の締結についても調査することにしました。
調査の項目は次の5点としました。
① 3歳児の配置基準15対1を実施していますか。
② 無資格の保育士がいますか。
③ 民営化の話が出ていますか。
④ 保育士が足りていますか。
⑤ 時間外・休日労働に関する協定届(36協定)を労働基準監督署へ提出していますか。
調査結果は次の通りでした。(回答数173カ所)
① 3歳児の配置基準 15対1を実施している 106カ所
15対1を実施していない 53カ所
② 無資格保育士の有無 無資格保育士がいる 37カ所
無資格保育士はいない 125カ所
③ 民営化の予定の有無 民営化の予定がある 19カ所
民営化の予定はない 146カ所
④ 保育士不足の有無 保育士が足りている 51カ所
保育士が足りない 112カ所
⑤ 36協定の締結 締結している 129カ所
締結していない 29カ所
(2) 調査から見えてくること
「36協定」の締結については、29カ所で実施されていないことが分かりました。割合としては2割を切っていますが、法令違反をしたままで運営している自治体の保育所があることが分かりました。一年ごとに協定を結び届出をしなければいけないことの周知が足りず、是正勧告を受けた時には行っていたのに継続してできていなかったところもありました。3歳児の配置基準については、53カ所が実施できていませんでした。この数は非常に多いと受け止めています。回答には、保育士が確保できないので実施できないのはやむを得ないという報告がありました。無資格保育士がいるところが37カ所、保育士不足の有無について、保育士が足りないところが112カ所あることからも分かるように、有資格の保育士の採用が難しくなってきています。
5. 保育士不足をなくすための運動を
(1) 36協定の締結に向けた取り組み
社会福祉評議会保育部会で、調査項目に36協定の締結がされているかを入れて取り組みを図ってきました。しかし、保育部会幹事たち自体が36協定についてもっと知識を高めなくてはいけないとして、「保育職場と36協定」の学習会を開催しました。時間外勤務は当局にお願いされて行うもので、するのが当たり前の状況ではない。当局は労働者と協定を結び時間内にできない仕事を臨時的なものとしてやってもらうのであるということを知り、サービス残業や勤務時間内にできないことの多い保育所の仕事を考え直す必要があることを再確認しました。また、幹事会では、36協定の届出を見たことがない保育士が多いのではないか、締結しているけれどどんな内容が書かれているかきっと分からないのではないかという意見が出ました。今までは、36協定を締結することが目的となっていましたが、実際の処遇を見ると良くなっていないところが多いと思われ、今後は保育士の労働環境についての改善に向けた取り組みが大切だと感じました。
(2) 臨時・非常勤職員の処遇改善に向けた取り組み
公立保育所では正規職員の退職補充が正規ではできなくなり臨時・非常勤職員が採用され非正規職員の割合が非常に高くなってきています。そのため、非正規職員と正規職員との仕事内容の差が少なく、ほぼ同じ仕事を行う状況が起きています。非正規職員の処遇を見てみると、給与が低く賞与がなかったり、雇用が安定していないなど、労働環境の悪い不安な中で働いています。保育士不足はこのような処遇の悪さから起こっていることは明らかです。
2020年4月から地方公務員法、地方自治法の一部改正により、「会計年度任用職員」を新設し、任用のあり方を整理することとなりました。保育現場で働く非正規職員にも大きく関わることですが、現場の保育士まで周知がされず、分からないでいる保育現場が多いことが幹事会などでも話題となりました。そこで、会計年度任用職員制度についての学習会を社会福祉評議会保育部会の幹事で行い、幹事が理解したうえで講師となり各単組の学習会に積極的に出向いて周知を図る取り組みを行うことにしました。
幹事会の中で非正規職員の処遇改善を行う運動が、今できる一番大切なことなのではないかという意見が出ました。ある保育所では、非常勤の保育士に産休制度がないために、子どもを産むときは保育所を辞めなければならず、戻ってこられる保証がない。本人は保育士が大好きで辞めたくなく、ずっと保育士として働き続けたいという気持ちがありました。保育現場の大半を占めるようになった非正規職員が安心して働き続けることができない職場で果たして良いのだろうか。働くお母さんたちの子育てを手助けしている保育所なのに、そこで働く保育士が働き続けられない状況に憤りを感じます。今回の会計年度任用職員への移行は、一つの処遇を見直すきっかけとなり、周知のための学習会を行う中で、非正規職員の自治労への加入を促し組織拡大運動につなげていきたいと思います。
(3) 保育現場の声を運動の力に
保育士不足はどうして起こっているのかを考えると、給与の低さと処遇の悪さがあげられます。では、具体的に何が大変かを出し合うと一番出てくるのが「忙しくて時間がない」という意見が多くあがりました。書類関係の事務が非常に増えていて、それが時間外勤務や持ち帰り残業になっているところが多いのです。そこで事務の簡素化、書式の見直しを行い、自分たちで時間を作っていくしかないのではないかということになり、全道保育集会で記録用紙の書式を持ち寄り、簡素化につなげる取り組みを行いました。他では保育士の休憩が取れていないところが多いのですが、休憩時間の確保対策として午睡時間専用の保育士を採用し、しっかり休憩と事務の時間を確保することができるようにしている保育所もあります。勤務時間では出勤して保育準備をする時間は勤務時間に入っておらず、自分で早めに出勤している保育所がある中で、保育準備をする時間を子どもが登園する前20分取っていて勤務時間とみなしている保育所もあるなど具体的に話をすることで、今の職場から改善できるところがあることが分かりました。大変な現場の声が多くあげられますが、自分の保育所ではうまくいっているというところもあります。みんなの声を出し合い、好事例を処遇改善のヒントとして紹介しながら、自分たちで考えて取り組むことが大切だと感じました。
6. まとめ
保育現場は日々忙しく、自分たちの労働環境について考える時間がない状況にあります。でも、このままでは、何も変わりません。自分たちが働きやすい職場にすることが結果、そこに通う保護者や子どもたちのためにつながります。保育士一人では考えつかないことでも、他の単組の保育士に聞くと解決できることもあります。
自治労本部社会福祉評議会では国に対しての要請行動を行い、保育士がゆとりを持って働けるよう保育士の配置基準を変えたり、保育以外の仕事にも予算をつけ人を配置し、保育士は保育だけに専念できる労働環境をつくるように働きかけていき、自分たちが一保育現場でできることと自治労本部が国に対してできること、この2つをともに行っていくことが今後も大切な取り組みとなります。保育士の仕事がやりがいのあることは分かっていますが、みんなが将来に職業として誇りを持って就くことができるものにしていくよう、今現場で働く保育士が力を合わせて変えていかなければいけません。そのためにも、自治労の社会福祉評議会の存在が試される時だと信じ、改善への取り組みを仲間とともに行っていきたいと思います。
|