1. 児童自立支援施設の概要と課題
(1) 概 要
児童自立支援施設とは、不良行為をなし、又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導を有する児童を入所させる施設として、都道府県に設置義務が課せられている。2018年6月初日現在、民間施設を含め全国に58カ所設置されている。
なお、1997年の児童福祉法の改正により、「教護院」から「児童自立支援施設」に名称を改め、対象となる子どもを拡大し、「家庭環境その他の環境上の理由により生活指導を有する児童」が加えられている。
(2) 課 題
近年、家庭での子育て力の低下や地域における養護機能の低下など子どもを取り巻く環境の空洞化、さらに教育現場では、いじめ、不登校・ひきこもりといった問題、重大な少年事件の発生など子どもの育ちの問題が一層深刻化している。
これは、子育てが社会的支援を必要とし、且つその範囲が拡大し複雑化を増している傾向にあるということを指していると思われる。又、社会的養護や子どもの貧困についてテレビや新聞で報道されることも多くなり、社会的関心も高くなってきている。
1997年児童福祉法が改正され、児童自立支援施設の対象となる子どもの拡大が図られた。これは、日本経済状況の構造的変化に伴って、子どもを取り巻く環境も大きく変化し、旧法では支援できない多様な問題の顕在化、さらに、公教育の保障問題などの対応が顕著に表れ児童自立支援施設の対象児の拡大が図られ改正されたものである。その後、虐待経験や発達障がい等を有する子どもの入所割合が増加する傾向にあり、子どもたちに対する支援・援助における専門的技術指導方法の向上、とりわけ「心の問題」について検討する必要性が求められているところである。又、2016年改正法では、「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」「国及び地方公共団体は、児童が家庭において心身ともに健やかに養育されるよう、児童の保護者を支援しなければならない」とされ、社会が子どもの養育に対して保護者(家庭)とともに責任を持ち、家庭を支援しなければならないことが法的に裏付けられ、社会的養護のニーズが高まってきている。
2006年「児童自立支援施設のあり方に関する研究会」報告書では、施設内における支援については、子どもの健全な発達・成長のためには、最善の利益の確保・権利擁護を基本として、個々の問題改善・回復や発達課題の克服・達成など、欠落した「ニーズ」に応じたきめ細やかな支援・援助を実施することが重要であり、施設は「発達障がい等」新たなニーズにも対応できる自立支援の体制づくりが求められており、それらを築くためには、新たな支援を担う「高度な専門性を有する人材の確保」・「高度なサービスの提供」は不可欠であり、まさに施設整備は重要で且つ急務と思われると報告されている。又、被虐待経験や発達障がい等を有し、特別な「ケア」を要する子どもの支援・援助は、関わる職員と「医療・福祉・教育」など外部関係機関スタッフとの「情報の共有化」「緊密な連携」を図ることは不可欠で、そのためにも、専任医師の配置や外部医療機関との連携・協力は欠かせないところであり、その体制を整備することは重要で必要不可欠であるといえ、心理療法担当職員については、現在1人配置であるが、複数の職員配置をすることで、「集団で行うグループワーク」「個別的なカウンセリング」・「個人療法」などが的確に施行されることが期待されるところであるとされている。
また、2014年1月に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行され、政府が中心となって関係施策の総合的な推進が図られようとしている。この法律は、子どもの貧困対策は、子ども等に対する教育の支援、生活の支援、就労の支援、経済的支援等の施策を、子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現することを基本理念としている。児童自立支援施設に入所してくる児童の多くは、養育環境に問題を抱えていたり、経済的に困窮している家庭で育っており、今後、児童自立支援施設において、子どもが再び貧困に陥らないための役割も担っていく必要性がある。
さらに、2017年8月に示された「新しい社会的養育ビジョン」では、施設に入所してくる子どもたちの多くは、虐待や不適切な養育体験等に起因するトラウマ関連障害やアタッチメント(愛着)に関する問題を抱えていることが多く、施設養育は、子どもたちの呈する複雑な行動上の問題や精神的、心理的問題の解消や軽減を意図し、治療的養育を基本とすべきであるとされている。さらには、日常生活において表現される子どもの問題行動への対応技術、家庭の抱える問題(家族病理)に対する深い理解とそれに基づく子ども・家族への支援など、極めて高度な専門性が求められるとあり、施設は早急に体制を整備していくことが求められている。
2. 向陽学院の現状と課題
向陽学院においても、1997年の児童福祉法改正以降、「家庭環境その他の環境上の理由により生活指導を有する児童」が増加しており、現在では入所者のほとんどが、被虐待経験や発達障がいを有している状況にある。児童に対する、支援のあり方も、法改正前の「非行少年」に対する集団の力を利用した「教護的」な支援のあり方から、特別なケアを要する児童のニーズにあわせた「個別的」「専門的」な支援へと変わってきている。「新しい社会的養育ビジョン」においても、集団の力に過度に依存した養育や個別的関係性を軽視した養育は不適切であり、従来のルールによる集団管理に依拠してきた生活のあり方を根本的に改める必要があるとされている。又、入所児童の多くが、母子家庭等の片親世帯であり、生活保護を受給していたり経済的に困窮している世帯が少なくない。又、向陽学院は全国でも3カ所しかない「女子児童」だけの施設であり、性の商品化・性被害にあっている児童も多く入所しており、デリケートゾーンに関する悩みや質問にも対応しなければならない。このように、向陽学院においても、「児童自立支援施設のあり方に関する研究会」や「新しい社会的養育ビジョン」で示されているとおり、子どもが抱えている問題性の改善・回復や発達課題の達成・克服など、一人ひとりの子どものニーズに応じたきめ細やかで高度な専門的支援を実施することが重要である。特に、「新しい社会的養育ビジョン」で求められている、治療的養育を実現するためには、支援を担う専門性の高い人材の確保と質の高いサービスを提供できる施設の整備が急務である。又、「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が施行されたことにより、子どもの育った環境に左右されない教育の支援、生活の支援、就労の支援等、子どもを貧困から救う具体的な支援のあり方を検討しなければならない。
しかし、現状においては、常勤の心理療法担当職員が1人、特別職非常勤の保健指導員が1人の配置となっており、早急に心理療法担当職員の増員並びに保健指導員常勤化が必要である。特に保健指導員については、嘱託医師や外部医療機関との情報の共有化、緊密な連携を図る上でのパイプ役を担っており、連携・協力体制を整備する上でも、早急に常勤化する必要がある。
3. 心理療法担当職員の現状
向陽学院においては、児童施設設置基準の改正にともない、2012年度から心理療法担当職員(主査)1人が配置されている。その業務は、入所児童の心理療法や場面面接、職員への助言指導、研修等の業務を担うこととされている。心理療法の回数は、児童面接においては、2015年度1,357件、2016年度1,371件、2017年度1,036件となっており、施設職員等への助言指導や援助方針会議への出席等を含めた心理療法の合計は、2015年度1,915件、2016年度2,277件、2017年度1,843件となっている。この、心理療法の件数を見ても業務の多忙さは明らかであり、それに加えて、心理療法に伴う記録の整理、施設職員等に対する研修主催、職員への助言指導、嘱託医師等の医療機関との連絡調整、さらには、2013年度からは中卒児童を対象としたSST授業(週1回)、2017年度からは、全児童を対象とした健康教育(性教育)授業(週1回)を開始しており、業務の煩雑さは明らかである。
今後も、被虐待経験や発達障がいを有している子どもの入所は増加すると思われる。入所してきた子ども一人ひとりのニーズにきめ細かく応えるためには、心理療法担当職員を複数名配置し、業務分担等により子ども一人ひとりに対して割く時間を確保することが望まれる。心理療法担当職員の複数配置が望ましいことは、前述の「児童自立支援施設のあり方に関する研究会」報告書で示されているとおり明らかであり、「新しい社会的養育ビジョン」で示されている治療的養育環境を整備するためにも、早急に心理療法担当職員の複数配置を実現させる必要がある。
4. 保健指導員の現状
向陽学院において保健指導員は、特別職非常勤職として1人配置されている。その業務は、児童の保健・衛生、児童の健康管理、嘱託医との連絡調整・受診指導、健康・安全の授業に関することとなっており、勤務時間は、①8:15~15:00、②8:45~15:30となっている。
近年、前述のとおり、被虐待体験や発達障がいを有する子どもの入所が増加しており、その子どもたちの特徴として、親又はそれに代わる保護者がうまく対応できずに、「つかえない」・「どうせお前は、だからダメなんだ」、さらに「何をしても上手くいくはずがない」と罵倒される、或いは、逆に「過度」の期待をされた結果、親の期待どおりに「ならない」と放って置かれてしまった子どもたちが多く入所してきている。人と上手く関わってきた経験の乏しい子どもたちであるため、大人との付き合い方が下手で、言葉を通してのコミュニケーションが、親子関係の元では機能していなかったため、コミュニケーションそのものを最初から諦めるといった様相が濃くなったり、言葉で表現するよりも身体症状で表現し、訴えることが多くなっている。又、食生活や生活習慣の乱れから、虫歯の多い児童も多く、運動する経験の乏しい児童や、多動傾向の児童もおり、日常的に怪我や打撲、捻挫をする児童が増えてきている。
子どもたち一人ひとりの多種多様な身体症状の訴えに対して、耳を傾け手当てすることが保健指導員に求められる重要な役割である。この手当ては、絆創膏を貼る、薬を飲ませるといった単純な関わりに限らず、「どうしたの」・「大丈夫かい」・「痛かったね」、「よく我慢したね」と声を掛け、手を触れて確認するなどの当たり前のように見られる行為が、向陽学院に入所してくる子どもたちが望んでもかなわなかった「私は大切にされた」という感覚を与える役割となっている。
入所以前から定期通院している児童もおり、診療情報をもとに適切な治療を行ってくれる医療機関を探し、予約し通院させる。又、骨折や脱臼等の突発的な事故や急な発熱に対応して児童を通院させ、事故経過の説明や医師からの治療経過を直接処遇職員に周知することも保健指導員の重要な役割である。過去3年間の保健指導員の処置・指導回数は、2015年度670件、2016年度834件、2017年度844件であり、通院回数は2015年度185回、2016年度235回、2017年度235回となっており、ほぼ毎日、児童の通院対応を行っている状況である。
しかし、現状の勤務時間や時間外ができない等の制約があるなかでは、児童の活動時間に合致しないため、子どもと寄り添う時間が限られる、授業時間中に通院しなければならない、子どもの様子について直接処遇職員との引き継ぎを行う時間が少ない(現状では、保健指導日誌を職員が閲覧又は、課長を通して寮職員等に周知する)等の不都合が生じており、結果的に児童の不利益となってしまうこともありえる状況である。又、2015年度は、7月に保健指導員が退職し、ハローワーク等を活用して後任の早期採用を図ったが、採用希望者すら現れない状況で3ヶ月間保健指導員が不在となる事態となってしまった。専門性の高い業務でありながら、非常勤ということでの低賃金等の待遇の悪さが、後任が決まらなかった原因と考えられる。
「新しい社会的養育ビジョン」で示されている治療的養育環境を実現するためには、支援を担う専門性の高い人材の確保と質の高いサービスを提供できる施設の整備は重要課題である。子どもに寄り添い、子どもたち一人ひとりのニーズに合わせた対応を行うためには、児童の活動時間に合わせた保健指導員の勤務体制が必須であり、早急に保健指導員を常勤職として配置することが急務である。
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