【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第10分科会 みんなで支えあおう 地域包括ケアとコミュニティー

 大阪府豊中市では、2015年度より施行された生活困窮者自立支援制度にかかる取り組みの中で、先進的な就労支援を実践している。同市における就労支援の現行の手法の特徴を、その確立に至る経緯から整理した上で、自治体が就労支援を行っていくことの意義や可能性について考察する。



自治体就労支援の可能性
―― 豊中市の実践に基づき ――

北海道本部/公益社団法人北海道地方自治研究所 正木 浩司

1. 生活困窮者自立支援制度にかかる就労支援の取り組み

 生活困窮者自立支援制度では、実施機関(福祉事務所設置自治体)の必須事業にして関係事業の中心となる「自立相談支援事業」が設定されている。同事業では相談者のニーズに広範に対応することが求められるとともに、自立に向けた就労支援の実施が支援の柱とされている。
 豊中市の生活困窮者自立支援事業の最大の特徴は、充実した就労支援の施策の整備にある。自立相談支援事業の中で実施される就労に向けた基本的な相談などに加え、就労準備支援事業、就労訓練事業といった本制度関係事業が、地域就労支援事業、無料職業紹介事業、その他の就労訓練にかかる独自の取り組みなどとの連携のもとで行われている。
 2017年度の時点で実施されている就労支援にかかる事業や独自の取り組みは以下のとおりである。
・自立相談支援事業の枠組み内での取り組み(インテーク・アセスメントなど)
・就労準備支援事業:集団で体力確認、働く達成感を体験
・就労訓練事業(非雇用型):本人の理解に合わせて段階的体験
・就労訓練事業(雇用型):支援付き雇用
・事業所内実習:職種適性や職場相性、雇用可能性を探る
・地域就労支援事業:キャリアカウンセリングなど
・無料職業紹介事業:職業紹介、定着支援など
・その他、関係事業(被保護者就労準備支援事業など)
 上記の諸事業は一般就労が可能な状態からの距離によってステップ状に配置され、相談者の心身や就労意欲がどのような状態にあるかに応じて、どの事業からスタートするべきかが選択される。その上で、事業を通じて本人の心身や就労意欲に改善・向上が見られれば、その度合いを見定めながら、参加する事業を現状に合わせてより相応しいものに変えていく、すなわち、ステップを上がっていくイメージである。
 加えて、本制度には直接関係のない他の制度や国の補助事業・モデル事業なども積極的に活用し、本制度関係事業との連携や充実化を図る取り組みもある。近年の取り組みとして、▽主に30~40代の女性を対象に非正規雇用から正規雇用への転職を考えることを趣旨とした講座(転職カフェ)の開催、▽就労経験は少ないが意欲の高い若者などと地元企業とのマッチング、▽シニア層と地元企業との就労のマッチング(Sサポ)、▽サポステなど若者支援の諸事業との連携、などである。

2. 生活困窮者自立支援制度以前の豊中市の就労支援の取り組み

 豊中市の就労支援が今日の姿に到達するまでには、2000年代以降に取り組まれた、いくつかの関係事業の実践を通じたノウハウの蓄積、支援者人材の育成、地域資源の開発、連携先の民間事業者の開拓、地元企業との相互信頼に基づく関係づくり、などが進められてきた経緯がある。以下、これまでの流れを概説する。

(1) 地域就労支援事業
 国の同和対策事業が2002年3月末をもって一般施策化されるのに伴い、大阪府は、支援対象を「就職困難者」へと拡大した「地域就労支援事業」を新設し、府内市町村にその実施を依頼した。
 地域就労支援事業とは、府内の各市町村が様々な支援機関との連携のもとで「就職困難者」の就労の実現を支援する取り組みであるとされる。「就職困難者」は、「働く意欲がありながら、年齢、身体的機能、家族構成、出身地などの理由により就労が実現できず、就労に向けた支援を必要とする人、雇用・就労に関する意識が希薄な学卒無業者」と定義される。
 本事業の実施拠点は、各市町村に設置される「地域就労支援センター」であり、これを中心に様々な機関が連携して支援に当たることとされる。同センターには相談に応じる「就労支援コーディネーター」が配置され、その役割は、相談・職業カウンセリングの実施、職業能力開発等の支援プランの作成、職業紹介、定着支援、教育・福祉等の庁内関係セクションとの調整、関係機関や支援団体で構成される個別ケース会議等での協議などである。豊中市では現在、本事業の就労支援コーディネーターは生活困窮者自立支援制度の支援員を兼務している。

(2) 自治体の無料職業紹介事業
 2003年6月に「職業安定法」が改正され、自治体に無料職業紹介事業の実施者となることが解禁された。豊中市で無料職業紹介事業がスタートしたのは2006年11月からで、実施機関として「無料職業紹介所・豊中」が開設された。
 市が本事業の目的としたのは、①人手不足に悩む中小・零細企業に人材供給面で公的なバックアップを行うこと、②就職困難者を人手不足に悩む中小・零細企業へ橋渡しをすること、の2点である。
 本事業での求人情報は非公開の「クローズド求人」と称され、求職者の生活状況や心身の健康状態などにきめ細かに対応しながら、より就労可能性の高い仕事をマッチングできることであり、場合によっては、企業側に対し、年齢上限や勤務時間などの募集条件の緩和を求めることもある。
 一方、本事業による人材供給を希望する企業は、まず無料職業紹介所に「求人事業所」として登録し、求人票を出す必要がある。その際、担当課職員が登録を希望する企業を訪問し、事前に仕事の内容や職場の体制などを確認するという。自治体が企業との間に相互に顔の見える関係性を築いた上で人材紹介を行うことが重要な特徴として指摘できる。
 なお、いわゆる「第6次一括法」の中で「職業安定法」が改正され、「地方版ハローワーク」の創設が法定化された。これを受け、豊中市でも2018年4月から「豊中しごとセンター」が開設されている。同センターを訪れる求職者の中にも生活困窮者やその予備軍が含まれることが想定され、自立相談支援機関との連携の進展が期待される。

(3) パーソナル・サポート・サービスのモデル事業
 パーソナル・サポート・サービス(以下、PSサービス)とは、「様々な生活上の困難に直面し本人の力だけでは個々の支援を適確に活用して自立することが難しい利用者に対して、パーソナル・サポーターが、個別的かつ継続的に相談・カウンセリングを行い、問題を把握し、必要なサービスのコーディネートや開拓、自立に向けてのフォローアップを行う、いわば「人によるワンストップ・サービス」」であり、「地域のNPOや教育機関、民間企業等が提供主体となって個別支援を行うことが大きな特徴であり、このような取り組みが有効に機能するためには、地域において行政や制度の「縦割り」を超えた制度横断的な支援体制を作ることが重要である」と説明される。2010年から2~3年の間、全国数カ所でモデル事業が実施され、豊中市もその選定を受けた。
 豊中市のモデル事業の特徴は、「豊中市パーソナル・サポート運営協議会」を設置し、支援員を配置するプランを提示するものであり、PSサービスにつながりうる活動の実績として、地域就労支援事業の運用実績(就労支援コーディネーターによる個別のサポートプランの作成、ケア会議の開催、施策横断的な就労支援など)の蓄積があるとした。同モデル事業は2011年4月よりスタートし、後の就労準備支援事業につながる中間的就労事業を実施したほか、運営協議会には、キャリアカウンセラー、看護師、精神保健福祉士、社会保険労務士といった専門職を集め、複合的な問題を抱える支援対象には「専門家によるチーム支援」での多角的なサポートを実践した。
 PSモデル事業は2013年4月からあらためて生活困窮者自立促進支援モデル事業に位置付けられ、自立相談支援、就労準備支援、就労訓練、家計相談支援の各モデル事業が実施された。同市における生活困窮者自立支援事業はPSモデル事業が前身である。
 以上で見てきたような既存の就労支援関係諸事業の実践と経験が、現在の豊中市における生活困窮者自立支援制度のもとでの就労支援に結集し、支援スキルの開発や地域資源の開拓・育成において実質を与えている。先行する各事業に由来する要素は、以下のように整理できよう。
① 地域就労支援事業
・「就職困難者」という支援対象の設定により、幅広い要支援者像を想定
・専任のコーディネーターによる対応、ケース会議の開催、個別支援プランの作成、多機関の連携などによる、就職困難者に対するきめ細かな就労支援の実践

② 無料職業紹介事業
・信頼関係に基づく、地元企業・事業所からの求人情報の収集
・求職者の個別事情に合わせた求人情報の内容の調整
・クローズド求人による、求職者の生活スタイル、心身の状態などに応じた地域の仕事のマッチング
③ PSモデル事業
・就労支援にとどまらない、自立に向けた総合的な生活支援の実践
・中間的就労、家計相談(多重債務者支援)のノウハウの習得・蓄積
・多職種連携などによる、複合的な問題を同時に抱える困難ケースへの対応

3. 豊中市の就労支援事業の到達点と課題

(1) 生活困窮者の早期発見の追求
 豊中市で課題とされていることの一つは、生活困窮者の早期発見、早期の支援開始である。その問題意識から現在、非正規労働者、独身女性、ひきこもり者、高校中退者、ひとり親世帯の親など、「生活困窮者予備軍」へのアプローチを試みている。離職、傷病、扶養者の死亡、離婚などの要素が加わると、生活困窮層に陥るリスクが高い層と考えられている。
 これらの人たちを生活困窮者自立支援制度の相談に導く方策として、豊中市では現在「ファーストコンタクトのチャンネルの多様化」が進められており、関係する取り組みの中に、以下のような様々な工夫が見て取れる。第一に、他の事業も積極的に活用し、そこでつながった人を必要に応じて生活困窮者自立支援の相談へと導くこと。第二は、制度所管課に限らず、全部局の市役所職員の生活困窮者をキャッチする目を養うこと。第三は、若者支援事業と生活困窮者自立支援事業の積極的な連携である。

(2) 企業支援の視点
 就労支援は雇われる側である個人だけでなく、企業・事業所への支援も必要・重要である。豊中市には中小・零細企業が数多く存在し、多くは人手不足に悩んでいる。広範な生活上の支援も必要とする求職者(就職困難者)を一方的に送り込むだけでは、企業側の負担ばかりが大きくなるので、求職者と企業の双方を支援し、より確実に就労を成立させる環境をつくることが、市による公的なバックアップの最大の使命になる。
 豊中市が無料職業紹介事業などを通じて積み重ねてきたのは、一般就労が難しい層も受け入れることが可能な市内の企業・事業所の開拓や育成であり、「企業の困り事について話し合いができる関係が出来れば、自然と求人も出てくる」という。この十数年の企業支援の取り組みにより、開拓・育成されてきた市内の企業・事業所の中でも特に協力的なところが、無料職業紹介の資源となるだけでなく、生活困窮者自立支援制度関係事業の委託先にもなっている。

4. まとめに代えて

 「生活困窮者自立支援のあり方等に関する論点整理のための検討会」の報告書(2017年3月)には、「『生活困窮者の自立と尊厳の確保』と『生活困窮者自立支援を通じた地域づくり』については、法の施行における不変の目標として掲げ続けなければならない」と書かれている。
 この記述から、人権擁護とまちづくりが生活困窮者自立支援制度の根本目標として設定されていると解され、自治体の実施する生活困窮者自立支援や就労支援にはこれら2つの観点が備えられることが望ましい。
 生活困窮者自立支援制度は、制度の適用範囲や支援対象をどのように設定するかによって、生活保護制度の脇に付随する狭小な防貧制度に収まるか、地域づくり・まちづくりの基軸へと昇華するか、その姿を大きく変えうるものである。いずれに向かうかは、自治体の支援に対する考え方、取り組みの姿勢が問われるところである。後者の道を追求する自治体が今後拡大していくことへの期待を述べ、本稿を締める。

<まさき こうじ・公益社団法人北海道地方自治研究所研究員>