1. はじめに
現在、国においては急速な高齢化に対し、可能な限り住み慣れた地域や自宅で日常生活を送れるよう、各地域で「住まい」「医療」「介護」「予防」「生活支援」の各サービスを一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の構築が急がれている。
地域包括ケアには消防の関わりも重要であり、秋田市でも高齢者に対する救急の出動件数は増加傾向にある。
秋田県は全国一の高齢化県であるが、県庁所在地である秋田市の高齢化率は、現時点では全国平均と比較しても、それほど差は見られない。しかし、今後は高齢化が加速度的に進み、2030年度には全国平均よりも約5%高い状態となることが予測されている。救急要請件数の約6割が高齢者からの要請であるため、高齢者が有効・適正に救急車を利用することへの取り組みは重要な課題である。
このように高齢者を救急搬送する際、情報収取をスムースに行うことが現場活動を大きく左右する。疾病のため話すことができず、独居または関係者が不在であれば、傷病者に関する情報収取は困難になる。このような場合、秋田市社会福祉協議会が希望世帯に配布している救急医療情報キット(以下「安心キット」という。)があれば、傷病者に対する情報をスムースに把握し、適正な医療機関への搬送と関係者への連絡を行うことができる。秋田市消防本部では安心キットの有効性に注目し、2015年に高齢化社会対策調査研究ワーキンググループを立ち上げ、安心キット活用の実態を調査し、円滑な現場活動の実施をめざしているところである。
今回、秋田市職員連合労働組合と秋田市社会福祉協議会、秋田市消防本部が協力し、大規模な市民への安心キット啓発を実施した活動について紹介する。
2. 秋田市社会福祉協議会が「安心キット」事業を開始した経緯と現状
2009(平成21)年に同様の取り組みを紹介していた放送番組がきっかけとなった。秋田市内の明徳地区社協から「導入したい」という声が上がり、取り組みが始まったが、いずれは全市的な取り組みが必要であるという呼びかけがあり、2010(平成22)年10月から市内全域でスタートした。スタートするにあたって、秋田市民生児童委員協議会の理解を得て、各地区の社協や民児協、町内会連合会等の方達との合意形成をはかりながら、また、市の関連部署や消防本部、医師会の方達にも年に一度開かれる「安心キット合同推進委員会」に参加いただいており、安心キット事業の改善点や普及の推進策などについて話しあっている。
2014(平成26)年度より年齢制限をなくし、設置を希望するすべての市民に無料で配布している。これまでの安心キット設置実績は、図1のとおりである。
この間の周知啓発により、医療機関から「安心キットのサンプルが欲しい」といった声や、実際に通院している患者からキットの設置希望が出るなど、一定の成果はあったが、引き続き安心キットを必要とする世帯へのさらなる普及が必要である。
年 度 | 2012 (H24) | 2013 (H25) | 2014 (H26) | 2015 (H27) | 2016 (H28) |
新規設置世帯数 | 880 | 659 | 1,407 | 781 | 547 |
設置世帯数(延) | 8,030 | 8,311 | 9,628 | 10,123 | 10,380 |
秋田市世帯数(件) | 132,890 | 133,716 | 134,630 | 134,756 | 135,004 |
設置率
(設置世帯数/秋田市世帯数)
| 6.0% | 6.2% | 7.1% | 7.5% | 7.6% |
※ 各年度の設置世帯数(延)については、転出・死亡等による減少分があるため、前年度延べ世帯数+当該年度新規設置世帯数の合計と一致しない。
※ 2017(H29)年については現在集計中。 |
3. 秋田市消防本部における状況
(1) 救急要請の現状
2016(平成28)年の救急出動件数および搬送人員は過去最高となった。救急出動件数・搬送人員の増加の主たる要因は、高齢化の進展によるものと考えられる。
(図2) 救急出動件数の推移
高齢者、特に75歳以上の高齢者は、他の年齢階層に比べ著しく搬送率が高い傾向にある。(図3参照)
(図3) 年齢階層別救急搬送率
※ 救急搬送率=年間の救急搬送人員÷当該年の人口[2010(H22)年~2014(H26)年]
高齢者人口の増加により、2035(平成47)年頃にピークを迎え、救急出動件数は12,726件、救急搬送人員は11,838人に達することが見込まれる。 |
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(図4) 救急出動件数の将来設計
※ 2010(平成22)年から2014(平成26)年までの5カ年の秋田市の平均救急搬送率と「日本の地域別将来推計人口」[2013(平成25)年3月、国立社会保障・人口問題研究所]を用い、今後の人口構造の変化に伴う救急出動件数と救急搬送人員を算出した。
なお、今後の搬送率(救急車の利用率)や社会情勢等の変化は考慮していない。 |
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(2) 救急活動時の安心キット活用現状
(図5) 過去4年間の安心キット活用状況
(図6) 安心キット活用経路
(図7) 安心キットを利用した世帯の構成
※ 図6・図7のグラフにおける「その他」は、近隣住民・民生児童委員等である |
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安心キット活用の理由事例は、傷病者(家族を含む)との意思疎通困難という場合が多くみられる。高齢者夫婦で難聴、認知症等で会話が困難であったり、脳卒中による呂律不良、心肺停止状態となった場合、情報収取が難航することがある。
しかし、現場に安心キットがあれば、情報収取を迅速に行うことが可能となり、現場滞在時間の短縮に繋がる。また、他の家族や関係者が居合わせた現場であっても、安心キットが救急隊に提供されたため、既往症や服用薬を把握することができ、搬送先医療機関の選定に役立った事例もあった。
(3) 消防行政の取り組み
秋田市消防本部では2015(平成27)年に「高齢化社会による救急需要の展望と対策に着目し、救急救命士を中心としたワーキンググループを設立。高齢者福祉施設職員に対する救急訓練や、高齢化社会の問題を調査・研究し、事故を未然に防ぐことを目的に次のような活動を行っている。
① 高齢者福祉施設職員に対する救急訓練
増加する高齢者福祉施設からの救急需要に対し、職員へ救急時の対応について理解を深めてもらうよう、集合型と派遣型の訓練を2017年度から実施。今後も定期的に開催していく予定。
② リーフレットの作成と配布
119番「救急」通報対応シートを作成し、救命講習会等で市民へ配布。
③ 視 察
高齢化社会対策の先進地である神奈川県相模原市と伊勢原市を訪問。担当者との意見交換や、高齢者施設職員に対する救急訓練を見学。
④ 高齢者への対応
高齢者へ救急車の適正利用や安心キットの内容更新を啓発。
これまでは、当該WGをはじめ消防本部内が単独でこれらの取り組みを推進してきたが、啓発を進めるうえで、「資料等の作成費用捻出」や「関連施設や団体への効果的な周知」などに一定の限界が生じてきていた。特に、既に安心キット導入済の世帯に対しては、適宜「情報の更新」が必要であるが、定期的な更新の必要性について周知が進まない、という課題もあった。
4. 秋田市職連合の取り組み
秋田市職連合では結成60年を契機(2017年2月には結成70年)に、職員や市民の「意識の醸成」を基本に、様々な活動を展開してきた。2016年度には、秋田市社会福祉協議会・秋田市消防本部の三者と連携・協力し、自治研事業として「入浴事故の防止」をテーマにした各種イベントを実施している。
本件の推進にあたっても、三者が連携することとし相互の理解を得た。そのうえで、住民理解を深めるための第一歩として、「周知啓発用リーフレット(チラシ)」や「ポスター」の作成費用の助成を行うこととした。
また、市職連合の組合員は、「秋田市民」の一員でもある。それぞれが普段から町内会や自治会等を通じ、市内各地域において住民と密接に関わり合っている。こうしたことから、組合員・職員に対しても安心キット事業の趣旨を伝えることで、より幅広く当該活動の趣旨が広がると考え、単組内においても、学習会や教宣等で積極的な周知に取り組むこととした。
【安心キット啓発に関するチラシ】
(表)
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(裏)
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【安心キット普及啓発用ポスター(左)/安心キット本体(右)】
2017(平成29)年10月には、秋田市社会福祉協議会が主催する「秋田市社会福祉大会」へ消防本部の当該WG職員に参加してもらい、約800人の民生児童委員や町内会長等の前で、安心キットが救急現場に「あった場合」と「なかった場合」の活動をデモンストレーションとして実施。参加者の多くに安心キットの有効性を理解していただくことができた。
以下は社会福祉大会ステージ上でのデモンストレーションの様子。
当日の社会福祉大会内では、救急医療と在宅医療から見た地域包括支援システムを考える機会として、医療法人社団 新樹会 恵泉クリニック顧問 太田祥一氏を招き、「『救急医療、在宅医療からみた地域包括システム』ほぼ在宅、ときどき入院をめざして ~みんなが主役 地域包括ケアシステム~」と題した講演をいただき、参加者の間で理解を深めた。
このほか、会場内では消防職員が直接対応する「119番通報体験」コーナーや、器具を使った心肺蘇生体験等の展示も実施した。
なお、当日は参加者全員に「安心キット」普及啓発に関するチラシ、119番救急通報を適切に行うためのリーフレット、入浴事故防止啓発グッズ(マスク)を配布した。
秋田市職連合内では、2017年10月に本庁舎内組合員を対象に「ランチトーク」を開催。消防本部WG職員および社会福祉協議会担当職員から、今回の取り組みについて組合員への報告と周知を行った。また、出先職場においても、各種集会や学習会の際、安心キットの現物を持参しPRを行った。以降、不定期ではあるが教宣紙に安心キット設置の取り組みについて掲載している。
社会福祉大会での取り組み後、社会福祉協議会に対しては、以下のような反応があった。
① 市民から新たに安心キットに関する問い合わせ・申し込みがあった。
② デモンストレーションを見た福祉関係者から「市民に対し安心キットを設置しているメリットを伝えやすくなった」という声が寄せられた。
③ デモンストレーションが大変好評で、その模様を撮影したDVDを市内38地区社協へ配布した。
④ これまで3地区の社協から安心キットの講演依頼があった(地区社協・町内会・民生委員・福祉協力員向け)。
5. まとめ
当初、組合員に対して「安心キットって知ってますか?」と投げかけても、最初はほとんどが何のことか分からない、事業自体を知らない、という事実に直面した。
この事業は、そもそも市民の「安全」「安心」担保のため、市社会福祉協議会が先進事例を元にいち早く導入し、普及啓発に努めてきたものである。にもかかわらず、行政のサポートは長く続かず、実際に秋田市の行政に携わる職員・組合員の多くが理解していなかった。
こうした状況のもと、安心キットの普及推進により生活面での安全・安心をはかりたい「市社会福祉協議会」と、キット情報を活用し救急救命を迅速かつ的確に行いたい「市消防本部」が、双方の取り組みだけでは一定の限界を感じていたところであった。
今回も引き続き、市職連合が社会福祉協議会のネットワークを活用することにより、多くの市民に『安心キット』は高齢者や単身者等の「見守り」が必要な人にも寄り添うことのできる手段になりうることを伝えられたのではないか。
この取り組みは、現在国が積極的に取り組みを進めている「地域包括ケア」の考え方にも通じるものである。
今後も今回の取り組みを通じ、一人でも多くの人が不用意に命を落とすことのないよう適切な救急対応方法や応急措置を広く普及・啓発していく必要がある。そのためにも、一過性のものとならないよう、引き続き関係機関と連携を密に取り、当組合の組合員からも市内各地域において広く効果的に周知・発信できるようにしていきたい。
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