【自主レポート】

第37回土佐自治研集会
第10分科会 みんなで支えあおう 地域包括ケアとコミュニティー

 住民が安心して生活する為には、地域における安定した医療体制の提供は必要不可欠です。しかし、東日本大震災以降、福島県相双地域の医療提供体制は厳しい状況にあります。併せて、避難区域の解除で、問題は新たな段階に入ってきています。本レポートでは、福島県相双地域における医療提供の課題と、行政施策が地域住民へ及ぼす影響を、県の計画や市町村の取り組み等を検討しながら、必要な施策について提言します。



福島県相双地域における医療提供体制の現状について
―― 地域住民の健康福祉の確保のために ――

福島県本部/自治研推進委員会・第三専門部会

1. はじめに

 地域において住民が安心して生活する際に、安定した医療体制の提供は必要不可欠である。しかし、地方の地域医療の現状は、非常に厳しい状況にある。
 福島県においても、会津地域や相双地域、県南地域の山間地を中心に医療提供体制に偏在があり、従来からその是正が必要だとされてきた。
 2013年3月に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故は、これまでの問題点をより深刻化させ、その偏在化の状況に一層の拍車をかけた。さらに、震災後・原発事故後の緊急対応時から避難区域の解除が進められている現在、各地域において問題は新たな段階に入りつつある。
 ここでは、地方における医療提供にあたっての大きな課題である医療人材確保と、それらの行政施策が地域住民へ及ぼす影響について、県の計画や各市町村の取り組み等をもとに検討しながら、今後の必要な施策について検討したい。


2. 相双地域におけるこれまでの医療提供体制
「福島県地域医療再生計画(相双医療圏)」

(1) 福島県の地理的特性と医療圏の設定
 福島県は、西の奥羽山脈、東の阿武隈高地により、地理上、西から東に「会津地方」、「中通り」、「浜通り」という3つの地方に区分される。福島県は、「福島県医療計画」において、その地理上の地方区分を踏まえ、「県北」、「県中」、「県南」、「会津」、「南会津」、「相双」、「いわき」という7つの二次医療圏(注1)を設定している。
 県内でも医療人材の偏在の現状がある。福島県立医大や医療人材の養成機関が所在する県北医療圏、県中医療圏は、医療機関、医療人材が充実しているのに対し、山間部を多く含む南会津、相双地域は、医療人材が慢性的に不足しており、医療機関が少ないうえに、公共交通機関の整備も十分ではなかった(注2)。
 福島県は、その状況を踏まえ、2009(平成21)年に、相双医療圏と南会津医療圏を対象とした「福島県地域医療再生計画」を策定し、両医療圏の地域医療提供体制立て直しに着手していた。以下、「福島県地域医療再生計画(相双医療圏)」の記載内容に沿って、相双医療圏の問題点を確認する。

(2) 相双医療圏における従来の問題点
 相双医療圏は、福島県の北東部に位置し、相馬地域(相馬市、南相馬市、新地町、飯舘村)と双葉地域(広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村)で構成される。面積1,737.77平方キロメートル、福島県の震災前の2005(平成17)年の国勢調査によると当時人口約20万人を有する圏域であった。
① 医療人材の不足
 医療人材の不足は震災前から問題点として指摘されていた。
 福島県が2009(平成21)年11月に策定した「福島県地域医療再生計画(相双医療圏)」では、相双医療圏の主な課題として、医師数、特に病院勤務医の絶対的な不足、二次救急医療を担う中核病院の不在、医療人材の確保の必要性が指摘されていた (注3)。
 相双医療圏における、2006(平成18)年末の人口10万人あたりの医療施設従事医師数は110.2人であり、全国平均206.3人、県平均176.1人を大きく下回っていた。また、同年末の人口10万人あたり病院勤務医師数も、全国平均が131.7人、県平均108.4人に対し、相双医療圏においては61.6人と県内で最も少なかった。2002(平成14)年度と比較すると、全国、県平均ともに増加しているにもかかわらず、減少傾向にあった。
② 二次救急医療体制
「双葉郡等避難地域の医療等提供体制検討委員会中間報告」
 救急医療体制はさらに厳しい状況にあった。救急医療を担う病院勤務医の恒常的な不足により、時間外勤務や当直夜勤が過重となっており、南相馬市は非常事態宣言を出し、南相馬市立総合病院では一定の診療制限を実施していた。
 特に、双葉地域においては、多くが中小規模の病院であったことから、地域内で夜間救急、二次救急医療をすべて担うことができず、救急搬送の半数を相馬地域やいわき医療圏に依存していた。双葉地域等から搬送される救急患者により、近隣地域の南相馬市立総合病院やいわき市立総合磐城共立病院の負担が増しており、双葉地域内での二次救急医療の早急な整備が必要とされていた(注4)。
 また、相双医療圏は、阿武隈高地をはじめとする中山間地域が多く、県内でも無医地区数の最も多い地域でもあった。高齢者の割合が高く、公共交通機関も少ないなど、住民が医療サービスを受けにくい状況があった。


3. 震災後の相双医療圏の状況

(1) 概 況
 2011(平成23)年3月の東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故により、相双医療圏は、東京電力福島第一原子力発電所を中心に設定された警戒区域により南北に分断された。そして、医師や看護師等の医療従事者の流出を招き、多くの医療機関は今なお休止を余儀なくされている。相双医療圏は、医療提供を受ける環境としては依然として厳しい状況にある。

旧避難区域における居住状況
※福島県HP「福島復興ステーション 避難区域の状況・被災者支援」、各市町村HPを基に作成
※震災前の状況は2010年国勢調査または、2011年3月11日状況。現在状況はそれぞれ2018年2月末から3月1日現在。

 一方、相双地域の各自治体でも、2018(平成29)年4月までに、帰還困難区域を除く大部分の避難指示区域が解除され、公的機関や民間事業所、教育機関等の再開とともに、住民の帰還が徐々にではあるが進んでいる。
 双葉郡8町村においても、2018年4月時点で、避難指示解除から1年を経過した市町村(広野町、川内村、楢葉町、田村市(都路地区))では、約7千人程度(震災前の4割程度)が帰還したとされており、避難地域12市町村全体でも約1万人程度の住民が生活の拠点を旧避難地域内に移しているものと推測されている(注5)。このほか双葉地域で勤務している復興関連事業従事者などを含めると、日中人口は2万人を超えると推計されている(注6)。

(2) 医療機関の再開状況
① 再開の現況
 2017(平成29)年4月現在、避難地域が設定された12市町村の医療機関の再開状況は一様でない。
 避難指示解除から1年以上が経過した市町村(田村市(都路地区)、広野町、楢葉町、川内村)では病院・診療所・歯科診療所16施設中14施設(87.5%)が再開しているが、避難指示解除から1年程度の市町村(南相馬市(小高区)、川俣町(山木屋地区)、富岡町、浪江町、葛尾村、飯舘村)においては、62施設中10施設(16.1%)にとどまっている(注7)。
 特に、病院については、開院しているのは震災後も継続して診療を続けてきた広野町の高野病院と、外来のみを再開した南相馬市立小高病院のみであり、震災前の二次救急医療機関は現在も4病院すべてが休止中である。
 旧避難地域内での診療再開は、公立診療所が先行している。富岡町、浪江町、川俣町山木屋地区、葛尾村、川内村において診療が再開されたほか、県は県立大野病院付属ふたば復興診療所(楢葉町)を開設し、2016(平成28)年10月以降、平日の一般診療に加え、日曜日・祝日の救急対応を開始した。
 新設を含め、徐々に民間診療所においても再開が進んでいるものの、歯科、小児科、産婦人科の専門科は依然不足している。また、医療機関とあわせて必要となる薬局は、薬剤師不足等の影響から、避難地域内に震災前31施設に対し、現在再開しているのは2施設(6.5%)にとどまっている。
 さらに、相双医療圏の救急医療体制を支える南相馬市立総合病院や、三次救急医療を担ういわき市のいわき市立磐城共立病院は、双葉地域からの救急搬送増加に加え、医療人材の確保が困難なことから、医師、看護職員の負担が非常に大きくなっている。

② 医療機関の再開意向
 2017(平成28)年10月に県が避難地域の医療機関を対象に実施した「再開に向けての意識調査」では、回答があった43施設のうち、11施設(25.6%)が地元(避難地域)での診療再開の意向を示した(条件付き再開を含む)。35施設中20施設(57.1%)が再開意向を示していた1年前の意識調査の回答から大きく減少した結果となった。二つの調査に対象地域や質問内容が異なる点はあるが、震災から6年という時間の経過や施設・設備の老朽化、他地域で再開した医療機関があることや、医療従事者を解雇している医療機関が多いことなどが要因となっている(注8)。
 地元での再開・継続に否定的な理由では、旧避難地域の厳しい帰還状況から採算が取れないこと、医療人材の確保が困難であること、建物・設備の損傷が激しく復旧に多額の費用を要することが挙げられている。医療機関に雇用されていた医療従事者の多くは、地元地域に居住していたことから、引き続き人材の確保が困難な状況は続くことが予想される。
 また、双葉郡よりも先行して再開が進んだ南相馬市等の医療機関では、医師、看護職員等の医療人材が不足しているため再開できない、病床を全面稼働できない状況がみられることから、医療機関の再開支援とあわせて、医療人材の確保が必要となっている。
 再開している医療機関においても、医師・看護職員等のシフトは依然として震災後の緊急時の勤務体制を継続しているところが多く、長期的に安定して医療体制を提供できる人員体制にまでは回復していない(注9)。長期的に安定した医療提供ができる人員体制を整備するために、今後も人材の確保と医療人材の勤務労働条件の整備が必要な状況となっている。


4. 福島県の相双地域医療復興施策

 福島県は、「浜通り」、「相双地域」、「避難区域」と範囲が重複する地域を対象としながらも、帰還した住民が必要とする医療を提供し、住民の健康を確保するために計画を策定している。以下、県の策定した計画・施策を概観する。

(1) 医師の確保
 福島県立医科大学は、医師の絶対数の不足を解消するため、2007(平成19)年に80人だった医学部の入学定員を、2008(平成20)年から段階的に増やし、2014(平成25)年には定員130人とした(2019(平成30)年は100人)。
 また、「緊急医師確保修学資金」を創設・拡充し、一定期間県内での勤務条件を付すなど、福島県立医科大学医学部生の県内定着を図っている。中短期的には県外からの医療人材の招へい等を活用しながら、修学資金貸与事業等の取り組みにより、継続的かつ長期的に医療人材の養成・確保に取り組んでいる。
 また、県は、2013(平成25)年度から、公立相馬総合病院及び南相馬市立総合病院を臨床研修病院に新たに指定した。このことにより相馬地区に研修医が勤務することが可能となり、相馬地域における地域医療機関へ医師の定着と今後の医療人材確保が期待されている。

(2) 看護職員等医療人材の確保
 看護職員等の確保については、浜通り地方の医療機関が看護職員等の確保に必要な住宅の確保、養成所への進学支援やキャリアアップの経費を補助している。その他、保健師等修学資金貸与(月額1万9千円~5万6千円、5年間の県内勤務を条件)や近隣地域を含めた准看護学校の整備を支援している。
 また、避難住民において要介護率が上昇するなど健康指標が悪化していることから、県内への就業を促進するため、理学療法士等の養成所に在学している学生に対しての修学資金の貸与制度を設けているほか、看護職員離職防止・復職支援事業として、外部からの技術支援や看護補助者の育成支援や、中長期的な取り組みとして看護職員等が利用する24時間対応の保育所等に係る経費の支援を行うとしている。

(3) 避難地域の医療機関再開支援等
 県では、採算見通しの不透明さから、震災以前から警戒区域等(双葉郡町村は全域対象)にあって再開ができていない病院、診療所、歯科診療所の再開のため、必要となる施設整備や、運営費等を補助し、再開及び運営を支援している。
 また、双葉郡市町村が、警戒区域等(双葉郡内)で医療機関・仮設診療所を開設する場合の施設整備や運営費の補助や、双葉郡町村等がいわき市内の復興公営住宅集会所内に設置する診療所開設に必要な経費を補助している。これらを活用し、川内村国保診療所や、富岡、浪江、葛尾村の公立診療所が再開された。いわき市復興公営住宅にも二つの診療所が設置された。

(4) ふたば救急総合医療支援センター
 県は、2016(平成28)年4月には、双葉地域における救急、再開医療機関の支援及び医療従事者の確保を目的として、「ふたば救急総合医療支援センター」を福島県立医大内に発足させた。同年6月には双葉地方広域消防本部(楢葉分署)に、ふたば救急医療支援センターの救急医(内科系・外科系医師2人1組)を日中の間駐在させ、二次救急確保の支援にあたっている。これにより治療を開始するまでの時間が短縮され、これまで119番通報から平均75分超要していた治療開始までの時間が、約57分短縮され、平均18分となったとしている。
 また、在宅訪問を促進のため、双葉地域8町村の地域包括ケア会議等へ参画し、在宅訪問のニーズを調査や地元医療機関等が対応できない訪問診療等の対応を支援している。

(5) 二次救急医療機関の整備
 県は、双葉地域の二次救急医療提供体制の拠点として、「ふたば医療センター付属病院」を整備、居住エリア・常磐道インターチェンジに近い富岡町王塚地区に2018(平成30)年4月23日に開院した。
 救急科と内科の診療を実施し、原則救急搬送患者や地域医療機関が開院していない時間帯の急病患者を受け入れ対象として救急医療を行う。病床30床や救急治療手術室を備え、緊急被ばく医療や多目的医療ヘリを活用した搬送対応のほか、今後、自治体や医療機関、介護福祉施設と連携して訪問診療や訪問看護を実施する。
 医師は県立医大から交代で派遣され、平日4~5人、休日3~4人、夜間は2人体制を検討している。双葉地域の二次救急医療等必要な医療を確保するとともに、近隣地域の二次・三次救急医療機関の負担軽減をはかるとしている。

(6) 近隣地域の病院の機能強化
 県は、相馬地域で、中核医療機関となる公立相馬総合病院や南相馬市立総合病院の機能を強化し、施設整備等の拡充を支援している。具体的には、南相馬市立総合病院に対して、南相馬市休日夜間急患センター運営経費の支援や脳卒中センターの整備費支援を、公立相馬総合病院に対しては病棟の建替えを支援している。
 また、浜通りの三次救急体制等の機能強化、周産期母子医療センターを整備するため、いわき市の総合磐城共立病院の新病院整備に要する費用を補助している。
 その他、夜間救急の運営支援や特に医師不足が深刻な相馬地域、双葉地域の病院診療所を対象として、県立医大からの継続的な医師派遣を、県外医師の招へい・確保とあわせて実施している。

(7) 地域包括ケアシステムの構築
 県は、県高齢福祉課、相双保健福祉事務所職員、学識経験者等によるアドバイザーチームを編成し、現状分析や戦略策定体制整備の支援や自治体の地域ケア会議開催を支援するための専門家を派遣している。
 また、医療介護連携事業として、相双保健福祉事務所の調整の下、病院とケアマネージャによる退院調整ルールの策定や町村の在宅医療・介護連携を支援している。
 その他、市町村が実施するモデル的な取り組みへの補助や、広野町、復興公営住宅における住民主体の介護予防事業を支援、県外から相双地域等の介護施設等に就職を予定しているものに対して、一定期間の勤務をすれば全学返済免除となる奨学金を貸与している。

(8) 薬局開設支援
 県は、2017年11月に原発事故で避難指示が出た12市町村の地域において薬局の再開・新設を支援する方針を示した。避難指示解除後も薬局の再開が進まない現状を踏まえ、2020年度までに、富岡、浪江、楢葉、飯舘の4町村に各1カ所の開設を目標に再開や新規開局への支援体制を整備するとしている。薬局内には、健康相談窓口などを設け未病段階での健康管理などを担うほか、病院診療所などを結ぶシステムを構築し、医師やケアマネージャへの情報提供も検討している。
 当該地域には震災前に31カ所の薬局が開設されていたが、現在は採算性の問題や薬剤師の高齢化や後継者不足により、再開しているのは小高調剤薬局(南相馬市小高区)と広野薬局(広野町)の2カ所にとどまっている。


5. 自治体・地域の取り組み

 各自治体・地域でも、県及び福島県立医大の支援補助を活用しながら、地域の医療提供体制の確保に向けた新たな動きがみられる。

(1) 南相馬市立総合病院の取り組み
① 脳卒中センターの開設
 南相馬市立病院は、県補助を受け、2017(平成29)年2月に相双圏における脳卒中及び脳疾患に係る緊急対応の中核的役割を担うため「脳卒中センター」を整備した。相双医療圏で、唯一脳血管疾患の救急対応や入院ができる病院としての機能を充実させ、ヘリポート整備によりドクターヘリを運用した脳血管患者および救急患者への迅速な対応を行う。また、リハビリテーション機能を充実することにより、患者の早期回復、早期退院、社会復帰を支援している。
② 地域包括ケア病棟
 南相馬市立総合病院は、2017年12月に急性期・回復期・慢性期をカバーするため、「地域包括ケア病棟」を開設した。これまで入院3週間の急性期で転院していた患者が「急性期→療養期」として2か月間入院し、療養・リハビリが可能となることから、県北地域や仙台の病院に転院していた患者及び家族の負担軽減につながることが見込まれている。
③ 人工透析治療における遠隔治療支援システムの運用
 南相馬市立総合病院と福島県立医大は、2018年3月26日に遠隔医療支援システムによる透析治療を開始した。両病院をタブレット端末でつなぎ、患者の表情や血圧心拍数などの情報を電子カルテを通じて共有し、福島県立医大の専門医から助言を受けた南相馬市立総合病院の医師が治療する。南相馬市立総合病院に専門医がおらず、当面初診の患者の受付は行わない方針だが、県外等の医療機関に通院していた患者約50人の対応が可能となった。

(2) その他の自治体等の取り組み
① 双葉郡7町村による認知症支援チームの合同運営
 広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町の7町村は、福島県立医大からの協力を受け、認知症支援チームを合同運営する。富岡町に開所する県立ふたば医療センター附属病院の医師、看護師、保健師、介護福祉士らで構成するチームが、家族からの相談を受け、認知症の兆候がある高齢者の自宅を訪問し、医療介護サービスなど症状に沿った支援計画を策定する。症状の経過を観察し、必要があれば専門医に紹介する。
 チームは、通常市町村ごとに組織するが、双葉郡はサポート医となる医師が不足しているため、福島県立医大に協力を要請し組織された。各地に分散する住民を、限られた人員で効率よく対応できるかが課題となるが、広域連携における試みの一つとして期待される。
② 地域医療法人における訪問介護事業
 広野町の高野病院を運営する医療法人は、2019年1月に訪問介護事業を新たに開始した。療養病棟での勤務経験のある看護師3人が、相馬郡南部の広野町、楢葉町、富岡町、川内町の利用者宅を訪問する。かかりつけ医の指示を受け、健康状態の確認や点滴などの医療処置、リハビリ等を行っている。
 これらは実施事業の一部だが、県や当該自治体の支援や補助を活用しながら、それぞれの医療機関等が、厳しい状況下にあっても自主的に取り組んでいる点が評価できる。
 現在は、県の支援・補助を受けながら公立病院・診療所が先行して医療提供体制の再構築に着手している状況であり、県の施策がどのような効果をもたらすのか、また、各自治体・医療機関の取り組みの課題について、今後も注視していく必要がある。


6. 地域健康福祉の観点からの課題

 震災後、避難区域が含まれる自治体や原子力災害の影響を受けた自治体においては、避難によるストレス、日常生活の大きな変化により、生活習慣病の罹患率や介護認定率が上昇している。2010(平成22)年から2014(平成26)年の介護保険認定率(要介護(要支援)/第1号被保険者数)の推移をみると、全国平均が17.4%か18.2%、県平均17.4%から19.3%となっているのに対し、相馬地域は15.1%から18.8%、双葉地域は16.4%から24.0%と大幅に悪化した(注10)。
 南相馬市においては、2014年の特定健康診査の質問票で「運動習慣なし」「体重増加」「睡眠不足」と回答した人の割合が県・全国と比較して高くなっているほか、介護認定者における有病率推移において、精神疾患の罹患者が急増2012(平成24)年度 32.8%→2014(平成26)年度 38.2%)している状況がみられるなど、現在の生活習慣の把握と分析、健康維持・改善の取り組みが喫緊の課題となっている(注11)。
 その一方で、南相馬市では、特定健康診査対象者に対する受診率が低迷しており、保健指導対象者の把握と早期指導への取り組みが進まないことが課題となっている(注12)。検診結果に基づいた予防対策や積極的な訪問事業により状況を早期に把握し、自治体、医療機関、介護業者が連携して、在宅医療・在宅介護を提供する体制の構築が必要となっている。特に、山間地集落や避難地域の住民は、交通機関も限られており、自主的な通院、介護予防サービスを受けづらい環境にあることから、早期の対応が求められる。
 県の調査によると、2017(平成29)年7月1日現在の介護事業者の双葉郡内地元市町村での再開状況は、震災以前の37.5%(18事業者)にとどまっている(注13)。再開した施設においても介護職員の確保が困難であることが課題として挙げられている。相双地域における地域包括ケアシステム構築に向けた課題は多い。
 また、浪江町では、長期の避難生活によるストレスの増大や生活習慣の乱れにより、アルコール依存症や精神疾患の発症、孤立した環境下に置かれることによる認知症の症状の進行などの事例が増加傾向にある(注14)。
 これらに加え、地域における障がい者の現況把握や住民等のメンタルヘルスの状況把握は、これまで十分に行われておらず、その悪化が懸念される。原則は市町村の事業となる分野だが、市町村独自の対応にも限界があることから、国・県を含めた事業の展開による対応・市町村の支援が求められる。


7. 相双地域の住民健康の維持改善・確保にむけた提言

 これらの現状や県の計画・施策、各自治体の取り組みを見たうえで、改善にむけた提言を述べてみたい。

(1) 医療人材確保
 医療人材確保は、これまで、福島県が実施する各種施策が効果的に実施されるとともに、次の点が肝要である。
① 勤務労働条件の改善
 常勤医の確保は第一の課題である。しかし、相双医療圏において稼働している病院に勤務する常勤医は、通常の病院より勤務が過重となる状況にある。加えて心的・身体的ストレスが過重にかかることから、長期的に安定して休息・休暇が適切に取得できるように配慮が必要である。
 福島県立医大や県外派遣医師の非常勤・派遣医師を活用したローテーションを組み合わせ、地域の常勤医が安定して勤務できる支援体制を構築する。現在ある医療資源を最大限に活用するため、公立病院のみでなく、現在稼働する民間病院を対象に含め積極的なサポート体制を構築するべきである。
 また、看護職員についても、勤務労働条件の改善が人員確保にむけた最も大切な条件となる。医師の確保と同様の対応により、夜勤等ローテーションの負担を軽減するなど、長期的に安定して勤務できる条件整備が必要である。
② 生活環境の整備
 医療人材の確保において、給与の確保は大きな要素であるが、居住生活環境の整備も同様に重要である。勤務先での住居や家財道具の完備、商業施設、保育所など、医療人材が生活しやすい、職務に専念できる環境を整える必要がある。特に女性の医療人材にとっては、保育施設の整備が勤務にあたっての必要条件となる。
 震災前の医療人材は当該地域の住民であったことから、生活しやすい環境を整備することは、医療人材確保にも効果があることを理解し、その整備を先行させることが必要である。
 商業施設、学校、保育所などは、避難解除後間もない地域では実現困難な部分もあるが、補完するサービスの提供(たとえば生活必需品の共同購入や病院内保育所の整備など)によっても実現可能であり、国、県、自治体と病院が連携して取り組むべきである。
 これらは、外部からの医療人材の派遣受け入れに際しても必要な条件であり、他の過疎地やへき地医療においても、同様に効果が見込まれる。
③ 地域における研修医体制の拡充
 浜通りの医療機関での研修を可能にするよう研修医指導体制を強化する。研修医がキャリア形成の段階で都市部を選択する理由は、その研修体制が十分でないことも一因となっていると思われる。地域密着型の医師を育成するためにも、各地域で臨床研修が可能となるよう、福島県立医大から指導医の配置を行う。また県外支援を積極的に活用し、研修医の受入体制を整備する。研修医の受入拡大は、長期的には当該地域での常勤医の確保にもつながる。

(2) 地域における医師間・病院間の連携の強化
 地域の公立・民間病院をネットワーク化し、医師が、情報の共有や研修・指導できる体制を構築することによって、さまざまな症例や患者に対応できる体制を整える。症例の適切な判断を行うため、病院間ホットラインの開設、電子カルテや情報通信技術(ITC)を活用した連絡体制を構築し、二次・三次救急医療機関との連携を円滑にする。
 また、緊急時においては、相互に医師が協力するため地域の医療機関同士で協定を締結する。その際、地域における公立病院はその中核としての役割を担う。福島県立医大は、症例診断の支援や人材派遣等で公立・民間病院に積極的に支援を行う。国・県は、連携に必要な機器の導入や連携に必要な経費を資金面で支援する。

(3) 健康診査情報の共有と予防保健事業の充実
① 自治体・医療機関が連携した積極的な保健訪問事業の展開
 慢性疾患や要介護状況への体調の悪化を未然に防ぐため、医療機関と自治体が連携し、積極的な健康保健事業を展開する。具体的には、共有するデータの項目・規格など共通プラットフォームを策定し、それを共有することによって、医療機関と自治体が住民の健康状況の情報共有を行い、保健事業と医療事業の移行をスムーズにする。
 また、同様の手法により介護事業者との連携も行い、早期での対応、適切な引き継ぎを可能とする。
② 市町村健康診査と県民健康調査との連携強化
 県内外で一定程度の受診者がいる県民健康調査の結果を、これまで以上に早期かつ迅速に当該市町村と共有することにより、その結果を踏まえた健康指導を適切に行う。
 被災自治体における住民は、県内・県外に避難しており、また、放射線被ばくによる健康障害を懸念することから、一定数が受診しやすい県民健康調査を受診している。その反面、市町村が実施する健康診査を受診しない住民が増えており、市町村による早期の健康指導につなげられないことが、市町村の住民健康の確保における課題となっている。
 加えて、県民健康調査の結果は市町村に提供されるものの、検査時から期間が経過した時期に提供されることから、提供されたデータを活用した健康指導が行えないという課題がある。
 これらの課題を解決するために、県民健康調査における検査項目と市町村の実施する健康診査の検査項目の共通化・整理を図り、そのデータの迅速な関係市町村への提供を行い、当該住民の適切な健康指導へとつなげる。

(4) 市町村職員の心身面での健康確保
 住民の健康確保を行うにあたり、自治体及び公立医療機関はその活動の中核を担う。しかし、震災以降の業務増加により、勤務する職員が心身共に疲弊している状況にある。住民の健康確保の事業を迅速かつ効果的に行うためには、まず、それに携わる職員が健康であることが不可欠である。
 現在勤務する職員が健康に勤務できる勤務状況を確保するために、自治体当局は意を尽くすべきである。震災以降、退職者の発生により経験ある中堅職員が減少し、公務職場の実行力の低下は否定できない。新規職員の採用による人員確保は当然必要だが、経験ある職員は短期間に得ることができない。職員が安定してその能力を十全に発揮できるよう労務管理を行う必要がある。


8. さいごに

 本部会では、浜通り・相双医療圏における医療・地域福祉の状況という範囲設定の中で、広範な問題について議論してきた。その中で、部会員から「医療・福祉と分けるのではなく連携した視点が必要」、「浜通りの現在おかれている状況は、複数の問題・要因が関連しているのではないか」との意見が多く出された。この意見は事態の本質をとらえている。
 医師・看護職員等の医療人材の確保は急務だが、この間の人材育成や給与の引き上げといった施策のみでは実現できていない。求められているのは、安定して勤務できる医師・看護職員の勤務労働条件の改善であり、生活環境の整備(住居、子育て環境、商業施設整備など)が必要なのではないか。それは、住民が帰還するために必要となる環境整備と同じであり、地域に居住しながら医療機関に勤務していた医療人材の確保の基礎となるものである。
 過疎地やへき地における問題点も構造は同じである。福島県は、原子力災害という特殊な環境下における状況であるが、前述のとおり福島県、そして浜通りは震災前から医療提供体制に不安を抱えており、その基本構造は変わっていない。偏在する医療格差をどのように改善するかは、現在の日本の地方自治体における大きな課題の一つである。この問題の解決に、国、県、市町村が、また民間企業の支援も受けながら、先進的な施策・技術をもって取り組むことが望まれる。
 一方、震災から7年を経過し、避難生活や生活環境の変化により、生活習慣病や慢性疾患など住民の健康問題として浮上してきた。相双地区における糖尿病などの慢性疾患の増加や、要介護認定率の明らかな悪化は、震災後に発生した多様な要因が住民の健康に少なからず影響を与えたことを示しており、また、住民への健康福祉施策が十分に行き届かなかった結果もたらされたものである。
 しかし、住民の健康を守るためには、医療機関のみの対応では限界がある。市町村の保健福祉部門、医療機関、介護施設、地域住民の連携体制を構築し、訪問在宅医療などのアウトリーチ型の手法も駆使しながら、効果的に予防に努める必要がある。
 厳しい状況にあるからこそ、地域医療の安定化、地域包括ケアシステムの構築のための「モデルケース」として、国、県、自治体がこれまで以上に積極的な取り組み・支援を展開すべきである。
 相双地域で実務にあたっている自治体、医療機関、介護事業者は厳しい状況に日々苦闘しながらも、住民の健康確保にむけた対策に真摯に取り組んでおり、それぞれの取り組みは少しずつだが、地域住民の健康確保につながっていることはいうまでもない。
 「イノベーションコースト」などの耳目を引く産業振興策と異なり、これらの分野は地道な取り組みではあるが、地域住民には必要不可欠な事業である。本報告で述べたことがきっかけとなって、今後、医療、介護、地域保健それぞれの専門家から、相双地域の住民の健康福祉向上に効果的な知見や改善案の提言などが寄せられることを望みたい。
 本部会も、引き続き、現場の声と住民の声を拾い上げ、相双地域の住民の健康確保の一助を担っていきたい。




○参考文献・資料
福島県、「福島県地域医療再生計画(会津・南会津医療圏)」、2009年11月
福島県、「福島県地域医療再生計画(相双医療圏)」、2009年11月
総務省、「地域医療の確保と公立病院改革の推進に関する調査研究会報告諸骨子(案)」2017年
福島県、「第二期福島県医療費適正化計画 新生ふくしま健康医療プラン(概要版)」2017年
福島県保健福祉部、「第六次福島県医療計画」、2013年3月
双葉郡等避難地域の医療等提供体制検討会、「双葉郡等避難地域の医療等提供体制検討委員会中間報告」、2016年9月
谷川攻一、「福島県浜通りの原発事故後の地域医療体制の変遷と残された課題」、公衆衛生第81巻第4号別刷、医学書院、2017年4月
福島県、「福島県浜通り地方医療復興計画」、2012年2月
福島県、「福島県浜通り地方医療復興計画(第2次)」、2013年9月
福島県、「避難地域等医療復興計画」、2017年7月
福島県高齢福祉課、「双葉郡内の介護サービス現況および再開に向けた意向調査結果(2017年7月1日現在)」、2018年7月
南相馬市、南相馬市保健事業実施計画(データヘルス計画、2016~2023年度)、2017年3月
南相馬市、「南相馬市地域包括ケアシステム推進会議」資料
福島県復興情報ポータルサイト「福島復興ステーション」「避難区域の状況・被災者支援>避難指示区域の状況」、http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/list271-840.html
(注1) 福島県における医療圏の設定は以下の通り。
 一次医療圏は、「かかりつけ医等を中心とした健康相談や初期診療などの一次医療、日常的な健康管理を中心とした保健医療が確保される基本的な圏域で、市町村を単位とした区域」、二次医療圏は、「医療法第30条の4第2項第10号に規定する圏域で、高度、特殊な医療サービスを除き、原則として入院医療及び専門外来医療を提供する区域」、三次医療圏は「医療法第30条の4第2項第11号に規定する圏域で、高度特殊なサービスを提供する区域、より専門的・広域的な医療サービスを提供する圏域で全県域」とされている。(「第六次福島県医療計画」P13)
(注2) 福島県、「福島県地域医療再生計画(相双医療圏)」、2009(平成21)年、P4~11
(注3) 前掲、P15~20
(注4) 前掲、P30~35
(注5) 福島県、「避難地域等医療復興計画」、2017(平成29)年、P4
 福島民友新聞「特集震災7年 避難自治体のいま」、2018年3月12日、6~7面によると2月末から3月1日現在の各市町村の帰還人口合計は11,286人(田村市都路地区、川俣町山木屋地区、南相馬市小高区を含む)となっている。また、県・各自治体HPを基に集計した2018年2~3月の居住人口(帰還人口)も13,855人と1万人を超えている。
(注6) 双葉地域では作業員の増加、高止まり傾向が続く一方で、南相馬市では、最盛期1万人近くいたと推計される除染等作業員が、2017年3月末で住宅除染終了し、現在は1,000人程度までに減少している状況もある。
(注7) 福島県、「避難地域等医療復興計画」、P7
(注8) 前掲、P8~9
(注9) 相馬地域の医療を支える南相馬市立総合病院では、震災前は看護師の勤務シフトは3交代だったが、震災以降、緊急時対応としてとられた2交代のシフトが継続されている。本部会でヒアリングした際には、「看護師等の医療人材はだいぶ確保できるような状況となった」と回答があったが、これは「震災後の混乱時または繁忙を極めた時期から比べると落ち着いてきた」ということであり、決して人員体制が万全の状況とは言えない。引き続きの支援が求められる。
(注10) 前掲、P19~21、ならびに双葉郡等避難地域の医療等提供体制検討会「双葉郡等避難地域の医療等提供体制検討委員会中間報告」P8~9。両者の数値に若干の相違があるが、傾向は同様である。ここでは後者の数字を記載した。
(注11) 南相馬市、「南相馬市保健事業実施計画(データヘルス計画)2016年度~2023年度」、2017(平成29)年4月、P23、P38
(注12) 県民健康調査は、①県内外での多くの場所で受診が可能、②甲状腺検査及びホールボディカウンタなどの検査が同時に受けられる、③年齢層、健康保健の種類によらず受診できる等の利点が受診される誘因として挙げられる。同年に2つの健康診査を受けることになることから、市町村の健康診査の受診率が下がる遠因となっていると思われる。また、審査結果は市町村に提供されるものの、検査から提供まで時間が経過していることから、市町村は対象住民の早期の健康指導につなげられないという課題がある。
(注13) 福島県高齢福祉課、「双葉郡内の介護サービス現況および再開に向けた意向調査結果(2017年7月1日現在)」、2018年7月
(注14) 本部会が、南相馬市・浪江町に住民健康福祉について、アンケート調査を行ったところ、①生活の変化による生活習慣病に罹患するリスクの増大、②地域・家族の見守りの低下による認知症の進行、③地域間交流の欠如からのとじこもり、生活不活発化やストレスの増大、などの課題が示された。事実、南相馬市地域包括支援センター「南相馬市地域包括ケアシステム推進会議」では「認知症」「見守り」「生活支援」など、増加する認知症への対処が議論されており、引き続き今後も大きな課題となるものと懸念される。